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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.09.10]

LES ETE DE LA DANSE DE PARIS 夏のパリ・ダンスフェスティバル

Ballet National de CUBA キューバ国立バレエ団 パリ市民を魅了した躍動感

 ヴァカンス組が脱出したパリの夏にもイヴェントを、と始まったダンスフェスティバルが3年目を迎えた。一昨年のサンフランシスコ・バレエ団、去年のアル ヴィン・エイリー・アメリカン・ダンスシアターに続き、今年は往年の名プリマ、アリシア・アロンソが設立し、今なお芸術監督として采配を振うキューバ国立 バレエ団が7月17日から8月3日まで公演した。出し物は、アロンソが十八番としていた『ジゼル』と、スペインの文化色が強いキューバならではの『ドン・ キホーテ』。今なおアロンソの息吹がかかる同団が対照的な両作品をどう演じるのか。パリ公演は1998年以来のこととあって、関心を集めた。

今年から、夏のパリ・ダンスフェスティバルの会場となったのは、1900年のパリ万博時に建設されたセーヌ川沿いのグランパレだ。歴史をたたえ た外観と、アールヌーボーを思わせる内観。グランパレ=「大きい宮殿」に相応しく、中に入ると天井の高さ、とてつもない空間の大きさに圧倒される。しか し、右手には50年代の冷蔵庫50台がポップアートのオブジェとして点在していたり、左手にはバー・コーナーが設けられたりして、建築の格調美とのミス マッチが否めない。そのど真ん中に400平方メートルのスペースを確保し、3000人の観客を動員できる鉄筋プレハブ劇場を特設しての公演だった。

妖しい魅力のジゼル

アリシア・アロンソ、リハーサルより

  『ジゼル』は7月16日のプレ公演を含めて全9回上演され、私は後半の7月27日に足を運んだ。
客層はふだんオペラ座で見る観客とは趣が異なる。周囲では英語やドイツ語が飛び交い、観光客も多い。グランパレの中とは言え、ステージはむき出し。天井 が高いだけに、雰囲気は野外劇場とさほど、変わらない。照明設備も簡易で、両側に巨大スピーカーが設置されていた。録音テープを使用するのに入場料が最高 63ユーロとは、高めの設定だ。
開始の直前、トルコブルーのスーツ姿でアロンソ芸術監督が二人の男性に両脇を抱えられて入場すると、客席から大きな拍手が沸き起こり、最前列の関係者席 に着いたアロンソも客席側を向いて立礼した。1921年にハバナに生まれたアロンソは今年86歳。もう決して健脚とは言えないが、物腰に備わった凛とした 美しさが、オーラを放つ。その強烈な余韻は序曲のように幕前の期待感を煽り、観るものを一気に『ジゼル』の世界に引き込んだ。
上演されたのは、1948年にアロンソが発表した改訂振付版。この日の配役は、ジゼルが第一舞踊手のサデーズ・レンシビア。アルブレヒトがプリンシパルのミゲルアンゲル・ブランコ。ヒラリオンは、第一舞踊手のジャヴィエ・トレスだった。
第1幕では、三者の人物像がしっかりと描きこまれる。最近の演出では踊りに重点が置かれる傾向が強く、ジゼルの心臓が悪いことは、後半になって付け足し のように演じられることも少なくない。が、アロンソの演出では、冒頭からジゼルが額に手をやったり、胸元をかばったりする動きを通じて、虚弱体質であるこ とを印象づける。実際、ジゼルを演じたレンシビアの長くしなやかな手は、陽気にアルブレヒトと戯れるときでさえも、常に「悲劇」を背後にのぞかせる。
その影のあるジゼルに続いて舞台にドラマを持ち込むのは、アルブレヒト役のブランコだ。顔立ちはマチュー・ガニオかと見間違えるほどノーブル。王子役の ために生まれてきたようなエレガントな身のこなしに加えて、鋼のような筋力をもつ長く引き締まった脚から紡ぎだされる表現力は息を呑むほど美しい。ヒラリ オン役のトレスは肉体派で、動きも単純明快、森番にはぴったりの様相だった。
しかし、何といっても圧巻だったのは第2幕だ。第1幕で”病弱気味”を意識して踊っていたレンシビアは、完全に重力を失った霊界のウィリーに変身を遂げ る。表情から血の気が失せ、魂を引き抜かれてしまったような目がうつろに宙を漂い、身体の動きひとつひとつが「死の淵」をはっきりと意味づける。加えて、 超人的な柔軟性と筋力でバットマンやデヴェロッペ、パンシェを完全にコントロールし、人間的な要素をことごとく排除してゆく。
『ジゼル』ではアルブレヒトの見せ場はそれほど多くないが、ブランコが見せる跳躍やピルエットは、すべてがジゼルのため、と思わせるほどの絶望感を訴えかける。特に、跳躍後に舞台に倒れこむ演技は、計算を超えた捨て身そのもの。人間の愚かさを悔いる真摯な姿を描いていた。
群舞のコスチュームはジゼルと異なってロングチュチュより若干短め、白が基調だが黄色い糸もあしらわれている。そのため、ジゼルの清純さが一層引き立つ。華奢な体格でないキューバ・バレエ団の群舞が演じるウィリーの迫力はすさまじく、心底、怖い女たちだった。
スピーカーの能力を超える音量で音が割れる箇所もあり、照明の使い方も劇場とは比べ物にならないほどお粗末だった。しかし、最後の最後まで集中力を欠く ことなく踊りぬいた主役陣の存在感の方が大きく、「総合芸術というよりも、結局はダンサーの資質で決まる」と妙に納得させられた舞台だった。カーテンコー ルを受けるレンシビアの妖しいまでの魅力は、在りし日のアロンソを彷彿とさせるものがあった。

アネット・デルガド ジョエル・カレーニョ アネット・デルガド
ヴィクトー ル・ジリ
2幕 2幕


スペイン情緒溢れる『ドン・キホーテ』


こちらもアロンソ芸術監督が改訂振付したもの。全編を通して、この作品がスペインを舞台にしていることを強く印象づける演出だった。”ドン・キホーテの 夢想の旅”という作品自体のテーマには固執せず、純粋にエンタテインメント性を追求する手法をとる。難易度の高いテクニックの応酬で、観客には息もつかせ ない。
ダンサーたちの大半は南米系ルーツを伺わせる褐色の肌で、ゴヤの絵画を思わせる色使いの衣装がよく映える。立っているだけでもエロスが香るような肉感的 な身体性もキューバ国立バレエ団の特徴だ。第一幕、市場の場面では群舞の動きのディテールにまでこだわった演出で、リアルな世界が現れる。そこに登場する キトリとバジル。私がみた8月2日の公演は、キトリがアネット・デルガド、バジルがジョエル・カレーニョ(ホセ・カレーニョの弟)という両者とも実力派プ リンシパルの豪華キャスティングだった。それだけに、むずかしい片手リフトも何なくこなす安定感はピカイチ。デルガドも、脚を前後水平に開いて跳躍すると きに、後ろ脚が後ろに跳ね上がる曲線を見事に描き、要所要所の見せ場で大きな拍手を浴びた。
しかしこの日、一番の印象を残したのは共に第一舞踊手で、プログラムにプロフィールも載らなかったエスパーダ役のタラス・ドミトロとメルセデス役のヤネ ラ・ピニェラだ。どちらかというと中肉中背のカレノに対して、ドミトロはすらっとして手足が長く、腰の位置も高い。マタドールの衣装がこれほど似合うダン サーもいないだろう。黒い髪をなでつけ、美しい脚を脳裏に残すような連続跳躍を見せられて、客席からはため息が漏れたほどだ。ピニェラも技術で押すタイプ のデルガドと比べると、もっと妖艶な女らしさが香る。ドミトロとメルセデスのコンビは、バジルとメルセデスを食うほどの相性を見せ付けた。
若手ダンサーたちの教育にも力を入れているキューバ国立バレエ団の底力を感じさせられた舞台だった。加えて、フランスやイギリス、ロシア、アメリカにはない独特の人間くささがある。アロンソ芸術監督がまだ元気なうちに、日本へのツアーも行われることを願っている。

アネット・デルガド アネット・デルガド
アネット・デルガド、ロメル・フロメタ