ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From Paris <パリ>: 最新の記事

From Paris <パリ>: 月別アーカイブ

斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.06.10]

L'OPERA DE PARIS パリ近郊のダンス公演から

Ballet National de Marseille マルセイユ国立バレエ団

FREDERIC FLAMAND/ZAHA HADID : Metapolis II
フレデリック・フラモンとザハ・ハディッド:『メタポリス』2
  パリ中心部から地下鉄で1時間弱。クレテイユ市のメゾン・デ・アールで、マルセイユ国立バレエ団が昨年に発表した作品『メタポリス』2を上演した。最初の 『メタポリス』は2000年、イラク系英国人の女性建築家ザハ・ハディッドとバレエ団芸術監督のフレデリック・フラモンの共同作業から生まれた。現代の都 市をモチーフに、ダンサーたち一人ひとりの個性が作品に投影されているという。
 今回の『メタポリス』も趣旨は同じだが、都市が時代を経て別の様相を見せるように、バレエ団のメンバーも変わることで当然、動きも変わってくる。本来な ら、『メタポリス』1と2の両方を見くらべて都市とそこに生活する人の“変遷”を味わったほうがいいのかもしれない。

『メタポリス』2

 

『陽気な人、思い耽る人、
そして穏健な人』

  オペラ座で上演されたオーリンの実験的作品『陽気な人、思い耽る人、そして穏健な人』でも映像ダンサーを組み合わせる手法が用いられていたが、『メタポリス』では都市を様々な視点から映し出した映像に、意図的に人間らしさを排除した“人”を組み合わせる。
ス トーリーは無いのだが、高速道路のトンネルの中で、びゅんびゅんと走り抜けてゆく車の上で人がもがいていたり、マンホールのようなオブジェの穴から人が出 入りしたり、と、街の意外な側面を頭上や足元から切り取ってみせるのが面白い。作品のジャンルは間違いなくコンテンポラリーダンスだが、動きの核はバレエ に他ならない。フォーサイスやキリアン・・・といった流れをも感じさせる。

ニコラ・ル・リッシュ  
『陽気な人、思い耽る人、 そして穏健な人』


同団の前身は1972年にローラン・プティによって設立されたマルセイユ・プティ・バレエ団だ。『コッペリア』や『失われた時を求めて』など数々の個性的 な作品が生まれた拠点となり、ドミニク・カルフーニやデニス・ガニオが活躍したことでも知られる。プティが同団を去った後は、マリ=クロード・ピエトラガ ラが芸術監督として就任、アバンギャルドな作品づくりに拍車がかかったが、2004年からベルギー人のフラモンが指揮をとっている。
カ ンパニーでは、スターダンサーズ・バレエ団出身の遠藤康行がソリストを務める傍ら、フラモンの右腕となって創作にも力を貸している。ほかにも、日本人ダン サーの宮澤身江と加藤野乃花が東洋的なニュアンスを見せる場面がある。作品の中で使われるBGM的ナレーションには、日本人男性(遠藤か?)の声もかなり の分量で入っており、“白人主体”のパリ・オペラ座とは趣を異にする。
作品には刺激的な要素がふんだんに盛り込まれているが、1時間15分、エネルギーをフル回転させっぱなしのダンサーたちを見ているのは、ミニマルミュー ジックにも似た疲労感を覚える。若いダンサーたちだからこそ“身を粉にして”踊れるのだろうが、それを頼りに作品づくりをしていたら破綻が来るのではない か。都市という無機的な題材と、有機的な人間の苦悩や葛藤はどう折り合い、反発するのか。テーマが奥深いだけに、建築家と振付家のコラボレーションの原点 に今一度立ち返る必要があるのではないか---。
いつになったら終わるのか、と時計を見ながら、そんなことを考えてしまった。

『陽気な人、思い耽る人、そして穏健な人』
アリス・ルナヴァン
『陽気な人、思い耽る人、そして穏健な人』


(『陽気な人、思い耽る人、そして穏健な人』の解説は前ページ)

CREATION ET TRADITION
創造と伝統:オペラ座ダンサー仲間の夕べ

マルティネスの振付やルテステュの衣装

『アカティジ』
ステファン・ブイヨン
ルカ・ヴェジェッティ『O』
『ソリ・テール』

  5月16日、パリから車で40分。セーヌ・サンドニ県ブロン・メニル市で、オペラ座のスジェを務めるブルーノ・ブシェの呼びかけに集まったオペラ座の同僚 たち10人が、新旧の小品を地元住民たちに披露した。日ごろオペラ座では見られない作品や組み合わせがあったり、特別参加でエトワールのジョゼ・マルティ ネスがソロを踊ったりで、パリ市内から駆けつけてきたダンス関係者の姿も見られた。本体メンバーの内訳は、スジェ7人、コリフェ1人、カドリーユ2人。
 興味深い作品では、オペラ座で現役スジェでありながら振付家の肩書きも持つニコラ・ポールによる『アカティジ』。この作品名の意味は、精神病理学の専門 用語で「座っていることが出来ない」状態を指すのだという。先日のオペラ座公演『失われた時を求めて』で、肉感的な同性愛者モレルを好演したステファン・ ブイヨン(スジェ)のために創られたソロだった。
 この作品でも、ブイヨンは白いショーツ一枚の姿で、筋肉質の肉体を晒した。ベンチに腰掛けた状態から、両腕を使って身体をイスの上から持ち上げたかと思 うと、体位を自由自在に変えながら動きのモチーフを次々に見せてゆく。体操選手顔負けの身体機能を備えたブイヨンならではの作品でもある。本来なら病的な 「座っていられない」状態を、創造性を駆り立てる根源として捉えた振付家ポールの寛容さ、発想の豊かさに驚かされた。
 イタリアの気鋭振付家ルカ・ヴェジェッティの『O』は、男女2組の幾何学的な動きを見せる。
 様々な形で引っ張り合ったり、分離したりする姿そのものが、造形美を形作っている。どんな結合でもいい、でも男女がいなければ世界は無味乾燥としたもの・・・そんなメッセージが聞こえてくるようだった。
三者三様の男性と1人の女性のからみを描いた『ソリ・テール』はマルティネスの振付、アニエス・ルテステュが衣装を担当した作品だ。ふつうの動きの中にコ ミカルな要素を盛り込むことに成功していた。衣装も、洗練された「街の普段着」を演出することに一役買っていた。
この公演では“特別参加”のマルティネスが、“さすが“と思わせる舞台を見せてくれた。まずは、スジェのローラ・エケと組んで踊った『白鳥の湖』第2幕の パドドゥ。エケがこんなに実力あるダンサーだったとは、と思うほどの感性をのぞかせるオデットだった。ところが、エケがスジェ仲間のフロリアン・マニエュ ネと『白鳥の湖』第3幕のオディールに臨んだときは、観ている方がハラハラさせられっぱなし。36回のグランフェッテ・アントールナンも20数回かそこら でダウンしてしまった。バレリーナの実力も相手次第、と思わせられた舞台だった。

 
『白鳥の湖』
ジョゼ・マルティネス、ローラ・エケ
『アダージエット』  


この日の極めつけは、マルティネスがソロを踊った『三角帽子』。スペインの作曲家ファリャの音楽が効果的に使われ、足踏みや手拍子など、フラメンコの要素 をふんだに盛り込んだバレエ作品だ。マルティネスは、ラテンの血、情熱を内に秘めながらも、フラメンコにありがちな泥臭さとは無縁の、あくまでも自分の持 ち味を前面に出した端正な世界を演出する。新旧のエッセンスが交じり合った、まさに今公演の趣旨にぴったりの傑作だった。

『三角帽子』
ジョゼ・マルティネス
『ライモンダ』 『ドリーブ組曲』