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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.05.10]

L'OPERA DE PARIS パリ・オペラ座公演から

RUDOLF NOUREEV : CENDRILLONヌレエフ版「シンデレラ」

ハリウッド映画界のスター誕生物語

オレリー・デュポン

  ヌレエフが振付や改訂版を手がけた14の作品の中で、『シンデレラ』は13番目につくられた作品。亡くなるほぼ6年前の1986年10月、パリ・オペラ座 で初演された。ほかの作品に関しては、古典作品に演出面での趣向を凝らすといった再構成がヌレエフ版の特徴だったのに対し、『シンデレラ』は完全にヌレエ フの世界。設定から登場人物、ストーリーに至るまで、がらがらポンで読み替えた奇想天外なオリジナリティーが光っている。  

舞台設定は、1930年代のハリウッド映画界。チャーリー・チャップリン、バスター・キートン、キング・コング、フレッド・アステア・・・無声からトー キーへの転換、大掛かりな作り物、ミュージカルと、めまぐるしい勢いで映画界が変貌を遂げた時期でもある。
くしくも作曲家プロコフィエフがロシア革命から逃れてアメリカに渡ったのが1918年。しかし、23年からフランスに移り住み、ドイツやイタリア、カナダ などを転々として本国に戻った。憧れをもって行ってみた西洋社会の物質文明や表面主義的な空虚さに嫌気がさした、という。その後、何度も着手しては中断し ていた『シンデレラ』が完成したのは1944年、モスクワでボリショイ・バレエ団によって上演された。
同じくロシアを出て西洋に亡命したヌレエフにとっては、プロコフィエフがアメリカに行って見破った華やかさの本質を、自分のものとしても受け止めたに違い ない。シンデレラの物語で「真夜中の12時にすべて消える」と忠告した魔法使いを、ヌレエフはシンデレラの女優としての才能に見込んで抜擢したプロデュー サーに置き換えた。彼が「時間がないから急げ」といった言葉の真意には、美貌もカネも成功もはかないもの。幸運は、女神の前髪を掴まなければ消えていって しまうもの、というメッセージも含まれていて、なかなか奥が深い。

私が観たのは4月11日。初日として予定されていた10日が技術スタッフのストライキとかで公演中止になったため、事実上の初日だった。この日の配役は、 シンデレラにはオレリー・デュポン、男優スター(物語では王子にあたる)はマニュエル・ルグリ。継母はポワントを履いたジョゼ・マルティネス、意地悪な連 れ子の姉妹はレティシア・プジョルとステファニー・ロンベルグ。シンデレラを抜擢するプロデューサー(物語では魔法使いにあたる)はウィルフリード・ロモ リ、ダンス教師役にクリストフ・デュケーンという豪華キャストだった。
第1幕の見せ場は、何といっても継母と意地悪な姉さんたちの大げさな演技だ。コミカルな振りをしながらポワントも使う動きを、ジョゼ・マルティネスが少々 危なっかしい場面もあったが好演していた。プジョルも、エトワールの殻を破り捨てたかのような演技で、笑いをとっていた。
衣装を担当したのは森英恵。1幕の春夏秋冬、時計の時間を刻む12人の男性たちの黄金色のコスチュームが見事だった。一つひとつは豪華でカラフルなのだ が、決して奇抜ではなく、物語であることを忘れさせないファンタジーな色彩で全体の調和を図っている。30年代のアメリカを思わせるノスタルジックな衣装 も、いいアクセントになっていた。

オレリー・デュポン オレリー・デュポン  


  シンデレラにとっての憧れは、ルグリが演じるスター男優だ。二人が心を合わせる場面ではプロコフィエフの官能的な音色と旋律が舞台に充満し、マジックな瞬 間が生まれる。その音をルグリもデュポンも肌で感じ取って、身体表現に載せて観客に感動を伝える---。音楽とダンサーが溶け合った舞台芸術の妙を、存分 に味あわせてくれた。
ルグリもデュポンもベテラン・カップルだけあって、デュポンはルグリに完全に身を任せて踊っているのだが、それは運命に身を任せた女性の生き様ともだぶっ て見えた。ルグリも、決して派手な見せ場はないのに、立ち姿から漂うオーラ、いつもながら正確なプレースメント、時たま見せるバッテリー(脚を空中で打ち つける動作)が美しく、息を呑むほどだった。

 5月11日まで。コーエン・ケッセルズ指揮、オペラ座管弦楽団の演奏。(敬称略)