ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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斎藤 珠里 text by Julie Saito 
[2007.01.10]

BALLET DE L'OPERA パリ・オペラ座から

Giselle 『ジゼル』 デュポンとプジョルの女性像でル・リッシュも激変

 オペラ座では12月8~30日『ジゼル』が上演された。オレリー・デュポン(ジゼル)とニコラ・ル・リッシュ(アルブレヒト)が踊った初日と、DVD化用の配役に選ばれたレティシア・プジョル(ジゼル)とル・リッシュが初登板した14日、ガルニエ宮で観た。

デュポンとル・リッシュ

 初日ということもあって、劇場が華やいだ雰囲気に包まれた。が、この日の観客はクラシック音楽ファンの観客に も似ていた。主役が登場したときの「待ってました」と言わんばかりの拍手、踊りの途中にも関わらずアクロバット級テクニックを見せるダンサーへの「驚嘆」 を表す拍手がない。また、同じ心象風景の中ではひとつの踊りから次の踊りへの静寂を保ち、拍手で緊張感をぶった切るような真似をしない。語弊があるかもし れないが、高尚な観客だったのだ。

  第1幕。ル・リッシュの登場には、いささかがっかりさせられた。なぜか、最初から非常ににやけているのだ。貴族というより、いわゆる色男の雰囲気を漂わせ ている。ジゼルの家の前をうろつき、中の様子を伺っているのが、女たらしのようで好感がもてない。ジゼル役のデュポンが家の中から現れ、二人の関係をうか がい知る場面でも、まるで初心なジゼルをたぶらかしているようだった。ベンチに腰を下ろし、恥らうジゼルの片腕をとって頬を近づけ、キスの嵐を浴びせる。 フランス的な愛の囁き方だとしても、ニュアンスが問題だ。相手の気持ちに寄り添った愛情表現がないのだ。ル・リッシュの一方的な求愛行動は動物的で、違和 感を禁じえない。しかし、実は婚約者がいる身であることを隠して近づいていると考えれば、この男の自己チューさをうまく演じているといえるのかもしれな い。

ニコラ・ル・リッシュ、
オレリー・デュポン、
エミール・コゼット

  一方のデュポンは、これまた本当にあの田舎くさい母親の娘なのかと思うほど清純だ。足先の軽やかさ、身のこなしのしなやかさ、育ちのよい少女のような笑 顔---。ある意味では、二幕での「変身」を運命として背負っている女性を連想させるような透明感がある。だから、ル・リッシュにしつこく付きまとわれて 「大丈夫なの?」とさえ思ってしまったのだ。やがてアルブレヒトの素性を知り、婚約者までいたというダブルショックを受ける「狂乱の場」。動揺から狂気へ と気持ちが移ってゆく時間の変化を、デュポンは淡々とていねいに積み重ねてゆく。狂った女性をヒステリックに表現するのではなく、悲しみとして深く追求し ている。その変遷をしっかり描いた迫真の演技で、舞台と客席の間に独特な緊張感が生まれた。

 この日のヒラリオンは、第1舞踊手(プルミエ・ダンスール)のカール・パケット。この役柄はどうにでも演じられると思うが、パケットからはそのヒラリオ ン像が見えてこない。ストーカーのような執拗さ、片思いする男の情けなさ・・・何かが感じられないと、物語に変化がつかない。『椿姫』などではコミカルな 役どころがうまかったが、人生経験が浅いのか人間的な悩みを演じるにはもう少し勉強が必要そうだ。パケットの演じるヒラリオンは、どちらかといえば頭が軽 い男だった。

 優柔不断なアルブレヒトと頭が回らないヒラリオンの間に挟まれて、心臓発作を起こしてしまうジゼル。誠に気の毒なジゼルなのだが、ル・リッシュはアルブ レヒトを美化して演じない。ジゼルが絶命した直後、ふつうならもっと悲しみを表してもよさそうだが、亡骸に寄り添うのもつかの間。ル・リッシュはジゼルを そっちのけにヒラリオンに掴みかかり、「お前のせいだ」と攻め立てる。2人の自己チューな男どうしが目をひんむき言い争う様は、まったく男って・・と思わ せる真実味がある。

 もうひとつ言い忘れてはならないのが、村人のパ・ド・ドゥを踊ったミリアム・ウルドブラアム(プルミエール・ダンスーズ)とエマニュエル・ティボー(プ ルミエ・ダンスール)。ゆるぎない安定感のウルドブラアムも然ることながら、跳躍力、ブリゼやピルエットで見せる足さばきにエネルギーたっぷりのティ ボー。見ごたえ十分だった。さらに、コールドバレエも粒がそろっていて躍動感もあり、レベルの高さを見せてくれた。

 さて第2幕。のっけからル・リッシュはアクシデントに見舞われた。花束をたずさえマントをひるがえしてジゼルの墓の前で何周か走るシーンで、マントに足 がひっかかったのか派手に転んでしまったのだ。足首でも捻挫したのではと気がかりだったが、立ち上がって花束を拾い、何事もなかったように踊りを続行し た。逆に、ル・リッシュはそのアクシデントの分も回復するかのような集中力を見せてくれた。高く跳躍しながら足を小刻みに何度も交互させるシャンジュマン やブリゼの応酬は、息を呑む美しさだった。


オレリー・デュポン、
ニコラ・ル・リッシュ

ミルタの女王:
エミール・コゼット


 1幕の「とんでもない坊ちゃまアルブレヒト」を、ル・リッシュは2幕で罪を悔いて真摯に花を手向ける男として演じている。そこに現れる妖精のジゼル。1 幕のときの可憐さは消え、力強ささえ感じさせる。心臓が弱くて思い切り踊れなかったジゼルが、水を得た魚のように瑞々しく超人的な軽やかさで舞う。ここは 皮肉ともいえるアンチテーゼなのだが、身分が違うことが障害だった2人の関係は逆転する。2幕では、ジゼルがむしろ弱者アルブレヒトを救う立場になる。1 幕では死の危険も顧みず踊ったジゼル、2幕では死ぬまで踊るよう命じられるアルブレヒト。
  怖いミルタの女王の下、ヒラリオンとアルブレヒトが同じ境遇に置かれながら、なぜ2人の男の運命は袂を分けたのか。それは、ヒラリオンとアル ブレヒトの跳躍に非常によく現れていたといえる。ヒラリオンは、まさに踊りたくないのに踊らされているというジャンプ。アルブレヒトは、自ら死んでも構わ ないというほどの跳躍をみせる。映画『赤い靴』のように、死ぬまで踊ってやるという覚悟がひしひしと伝わってきた。

 もちろんデュポンとのからみも筆舌に尽くしがたいほど美しかった。しかし、この2人のカップリングの妙は、ただ美しいのではない。現世では愚かな人間の 弱さの犠牲になった男女が、霊界では限界に果敢に挑戦する強さを備えた恋人に生まれ変わる。その人としての成長の過程が全体の構成、演技力から見えてく る。

 ミルタの女王役のエミール・コゼットは無難に役をこなしていたが、冷徹な女の怖さがいまひとつ伝わってこなかった。これも経験がものをいう役柄なのかも しれない。言葉を選ばず言わせてもらうなら、ウィリーの世界は、男に捨てられたり愛されなかったりした女たちの園を思わせる。情を感じることの出来ない女 の冷酷さが際立つと面白いのではないか。

 今回の舞台を支えていた大きな力のひとつは、ポール・コンリー指揮パリ・オペラ座オーケストラの演奏だった。弦楽器や管楽器のソロでは心情が切々と歌い 上げられ、チャイコフスキーの『白鳥の湖』を彷彿とさせるほどだった。アダン作曲の『ジゼル』の音楽はクラシック・ファンの中傷のネタにもなるほどだが、 この演奏を聴けば考えが変わるに違いない。

プジョルとル・リッシュ


 DVD化されるというゴールデン・カップルのレティシア・プジョルとル・リッシュの組み合わせの一回目が14 日だった。この日の舞台は、元旦の夜10時、3チャンネルでも放映されるとか。それもあって出演者たちの気合は十分だったが、先にも書いたようにデュポン とル・リッシュが踊った初日のような観客層とは若干異なっていた。カーテンコールも、初日のときには数回続いたが、この日はカーテン前での挨拶が一回の み。ほかの組み合わせでまだ見ていないので意見するのは時期尚早だが、私ならデュポンとル・リッシュでDVD化してほしかった。


レティシア・プジョル
  プジョルはデュポンと比べると村娘にはぴったり。地のまま、というところは自然だが、工夫がないようで面白みにかける。悪くいえばオーラを感じないという か、ハッとさせられる部分がない。技術的には申し分ないのだが、だからといってパンシェや脚を高く上げるデヴェロッペで超人的かというとそうでもない。演 技か、身体能力か、少なくともエトワールにはそのどちらかで泣く子も黙らせる存在感を示してほしい。それが、プジョルには欠けているように思えた。

相手が変わるとル・リッシュも変わる。デュポンに対しては違和感を感じさせるほど能動的だったが、プジョルとは何となく「お似合い」に見えてしまう。も ともと貴族という顔立ちではないル・リッシュだから、村娘どんぴしゃなプジョルと一緒にいるとアルブレヒトも村男に見えてきてしまう。身分相違という物語 の前提が際立たないと、2幕への期待感も薄らいでしまうのが残念だった。


 ヒラリオンはウィルフリード・ロモリ。パケットとは対照的に、年齢がかなり行っているのが見え見え。体も少々太めで重たい。こんな男にストーカーされたらジゼルだって引いてしまうだろうな、という意味では真実味があった。

この日、よかったのは初日にも登場した村男と村女を踊ったウルドブラアムとティボー。そして圧倒的な存在感を示したミルタの女王役のマリ=アニエス・ジ ロ。群舞のウィリーたちを従えて余りある迫力を見せてくれただけでなく、きめ細やかなパ・ド・ブレが美しい。さらに、群舞の足先も見事。ロマンチック・ チュチュからのぞく脚の部分が少ないだけに、足の甲が目立つ。さすがにオペラ座バレエ学校から厳選された「規格」にあったダンサーばかりで構成されている バレエ団の強みだと感じた。

オペラ座の『ジゼル』は12月30日まで。12月15日に始まった『コッペリア』は、1月4日までバスティーユで上演。1月は招待公演のシュットガルト・バレエの『じゃじゃ馬馴らし』が5日~9日までガルニエ宮で。この評については、次号で紹介する。


レティシア・プジョル、
ニコラ・ル・リッシュ

レティシア・プジョル、
ニコラ・ル・リッシュ