関口 紘一 text by Koichi Sekiguchi 
[2005.07.10]

●ギリシャ神話の神々の世界と共鳴した「デルフィ芸術フェスティバル」

海外レポート


 ギリシャのデルフィ市で6月5日から11日まで開催された「デルフィ芸術フェスティバル」に参加して、ヨーロッパやアメリカなどで行われるフェスティバルとはまた異なった、貴重なダンス体験に遭遇することができた。

デルフィ市はアテネからおよそ170キロ。ピンクや白の夾竹桃が咲き乱れ、蛇行する山腹の道をバスに揺られて3時間ほど乗ったところ。 急峻な斜面を横切る街道に張り付いて暮らしている、空気の澄んだ小さな町である。 眼下を見下ろすと、一歩踏み外したら落下してしまいそうな崖の下方には見晴るかすパノラマが開けて、深く入り組んだイオニア海のコバルト色の入り江が見える。

アポロ神殿の遺跡

古代ギリシャでは、デルフィは<大地のへそ>であり、世界の中心と考えられていた。 (実際に<へそ>に見立てられていた石が博物館に保存されている)そしてここには、世界遺産である「アポロンの神殿」の遺跡がある。 紀元前6世紀頃、デルフィはアポロンの神託(予言)が下された聖地で、各都市国家の盛大な捧げものが贈られて大いに繁栄した。

古代のアテネではオリンピックの祭典が行われるようになったが、ここデルフィでは、アポロが芸術の神であったことから、音楽や舞踊の祭典「ピュティア祭」が行われた。
20世紀初頭、イサドラ・ダンカンはクラシック・バレエが盛んだった西欧で革新的なフリーダンスを踊った。 ダンカンは古代ギリシャの文化を深く信奉し、実際に彼女の一家を引き連れてアテネに渡り、舞踊学校を創り様々の芸術的活動も行った。 そして、当時は当のギリシャ人たちの間でも忘却の彼方にあった、古代ギリシャ文化の素晴らしさを再発見させた。 ダンカンはその頃、デルフィにも訪れて「ピュティア祭」復活のインスピレーションを与えた。実際、20世紀に入ってから二度ほど「ピュティア祭」の復活は試みられている。

今年はデルフィ市長の呼びかけに、ダンカンの継承者でニューヨークのイサドラ・ダンカン国際学校の芸術監督ジーン・ブレシアニが応じて、「デルフィ芸術フェスティバル」開催が実現した。
と、前振りが長くなってしまったが、ブレシアニの主導のもと各国から60名余の参加者が集い、フェスティバルが幕を開けた。


ジーン・ブレシアニのレクチャー

天野サチのレクチャー

ビーチでのワークショップ

イサドラ・ダンカンのダンスの復元、古代ギリシャにまつわるダンス公演、神話学のレクチャー、ヒーリングのムーヴメントの講習、ビーチでのワークショップ、 デルフィの遺跡ツァー、神話に関するフィルム上映、洞窟の古代劇の鑑賞など、連日細密なスケジュールが組まれた。
多くの参加者は、ホテルから朝7時30分のヒーリングのムーヴメントの講習に出てストレッチも行い、時には朝市に立ち寄る。 午前中は神話のレクチャーを受け、午後はワークショップ、フィルムの上映会などに参加し、最終日に向けたダンスのリハーサルを行う。 夜はパフォーマンスを観て、ディナーでみんなと交流する、といったかなりハードなスケジュールをこなした。


佐藤道代のソロ
 日本からはダンカン・ダンスの研究者でダンカン国際学校の大使でもある佐藤道代が、能管奏者の天野サチの演奏で、能とヘレニズムの日本への影響を踊った。 佐藤は最終日にはソロを踊ったし、天野は能の笛をピアノを駆使したレクチャーを行い、共に喝采を浴びた。また、ダンカン・ダンスとともにフラ・ダンスを踊る木村久子は、『涙そうそう』を踊って賞賛された。

このフェスティバルの大きな特徴は、初日から最終日のダンス公演に向けて、参加者全員のリハーサルが連日行われたことである。(ダンスのキャリア不問、強制参加ではない)
つまりは、文化の異なった人々が古代ギリシャの芸術の祭典が行われた地に集い、明るい太陽とコバルトブルーの海に囲まれて、神話的世界を背景にダンカンが理想に描いたダンスを共に踊ろう、という趣旨のフェスティバルだったのである。

そして最終日。古代ギリシャの競技場の遺跡に参加者全員が集 まって、クロージング・セレモニーが行われた。 この競技場は、7000人の観客を収容できたという巨大なもので、トラックの長さは178メートルもあり、大理石でできたスタート台まである。ちょっと手 入れをすれば今でも充分に使えそうな雰囲気だった。
競技場のほぼ中央にキャンドルが灯されて、リノリュウムがひかれ、ダンカン・ダンスの復元やブレシアニの振付作品、古代ハープの演奏やモノローグ劇などが繰り広げられた。 そしていよいよデルフィ市長が見守る中、全員がギリシャ風のチュニックを纏って、リハーサルの成果を踊り、深い交歓を交わし歓びを分かち合った。
人類とダンスの関わりの根源を改めて実感した「デルフィ芸術フェスティバル」は、こうして幕を閉じた。

木村久子の「涙そうそう」

佐藤道代(左)と天野サチ

ジーン・ブレシアニ