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すずな あつこ text by Atsuko Suzuna 
[2008.10.10]
From Osaka -大阪-

佐々木美智子バレエ30周年記念公演『バフチサライの泉』

『バフチサライの泉』は日本で上演されることの少ない演目だが、関西では法村友井バレエや大阪バレエカンパニーも手がけており、他の地方に比べると上演機会が多い。そのなかでも、特にこの演目が印象的なのがこの団体だ。10年前、20周年の折に上演し大評判になり、25周年で再演、その時には文化庁芸術祭優秀賞を受賞している。そして今回が3回目、ちょうどまた5年を経た30周年での上演。

 今回のマリアは、この団体出身でドイツのハノーファー・オペラ・バレエで活躍する二杉圭子、長身に長い手足のたおやかな様子は悲劇のヒロインのイメージそのもの。恋人ワズラフには、ノーブルで優しげな黄凱。この2人の“クラシック・バレエ”の主役としての王道といった雰囲気に対して、押さえた演技が素晴らしいギレイ汗・小原孝司、妖艶なハーレムの第一夫人ザレマ・下村由理恵が加わり、深い物語を創っていく。今回、特に印象的だったのは、下村のザレマ。私は個人的に、観る前、彼女はマリアに似合うような気がしていた。おそらく、マリアを踊ったとしても素晴らしいものを観せてくれただろう。けれど、今回踊ったのはザレマ。彼女のザレマは、威厳を保とうとしつつも、ギレイが愛おしくて愛おしくてたまらない──だからこそ、狂ったように嫉妬してしまう──そんな“愛”に一途な存在だった。第一夫人の地位や豊かな金銀財宝にこだわるハーレムの女というよりも、一人のギレイ汗という男を夫として愛し抜く正妻、今までに観たザレマのなかで、もっともピュアに見えた。

 踊るバレリーナによってイメージがガラッと変わるのが生の舞台芸術であるバレエのおもしろさ。この作品も、マリアとザレマという2人の女性を、2人のプリマバレリーナがどう演じ踊るかといったところが見どころとされることが多い。今回もそれが楽しめたわけだ。

 ところで、もちろんそこが大きな見どころなのは間違いないのだが、このバレエ団の『バフチサライの泉』が特に印象的な理由をあらためて考えてみて思ったことがある。佐々木バレエでは、その男女のドラマにプラスして、ダッタンの兵士達の迫力が尋常ではないのだ。一幕でポトツキー伯爵の館を攻める場面から、佐々木大が踊る隊長ヌラリを中心としたその荒々しさに眼を奪われた。そしてラスト、ザレマが処刑された後、ギレイ汗をなぐさめるように踊る男性群舞の迫力。佐々木を中心に、心をひとつに床を縄で激しく叩き狂うように踊る男たち。バレエの男性というと、ノーブルにノーブルにと言われることが多いが、この砂埃のなか汗が飛び散るような男臭い踊りもまた、ダンサーとしてのレベルが高いからこそ見せられるものだろう。この盛り上がりがあるからこそ、『バフチサライの泉』という物語のドラマが素晴らしく幕を閉じることができるのだとつくづく思った。
(2008年8月29日 大阪厚生年金会館大ホール)