ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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唐津 絵理 text by Eri Karatsu 
[2005.10.10]
From Nagoya -名古屋-

●『忘れられた壁』ルコラン・ダンス公演

 官能的といわれるアラビック・ダンスと、現代の身体表現であるコンテンポラリー・ダンスの融合したダンスで、 現代のアラビック・ダンスの新領域を開拓したといわれているヴィルジニー・ルコランによる初来日公演が愛知県芸術劇場にて開催された。

ルコランを招聘したのは、パフォーミング・アーツ・フェスティバルあいち(以下、PAFA)。PAFAは、地域に根ざしながら世界水準の舞台芸術を企画することを目指して、愛知の舞台芸術関係者が設立したNPO法人。 近い将来、本格的なフェスティバル<ドラコーン・フェスティバル>の開催を目指している。今年度は、小規模な舞台であるものの、異なるジャンルから3つの主催事業を企画した。 7月に開催したコンサート&ダンス『海馬の夢』(イタリア)、8月には、地元の天野天街演出による演劇『百人芝居◎真夜中の弥次さん喜多さん』(愛知)、 そして9月にはこのダンス公演『忘れられた壁』(フランス)を上演した。

 ルコランは、フランスに生まれ、ソルボンヌ大学で哲学とアラブ文学・演劇を学んだ才女。 『忘れられた壁』は、パレスチナの国民的詩人マハムード・ダルウィッシュの詩をもとに、ルコランが振付し、フランス各地のフェスティバルで絶賛を浴びたソロ作品である。 時おり、ダルウィッシュの訳詩をスライドで流しながら、1時間強にわたって味わい深いダンスを披露した。

ベリー・ダンス特有の長いドレスをはためかせた腰の回転や下腹部を小波のように微妙に震わせる動き、両腕を斜め前に差し出しながら回り続けるトルコの旋回舞踊など、ルコランは多用な舞踊技法を自在に操る。 踊りのシークエンスの中で必然的に登場するこれら数々の動きは、いずれも比較的ゆっくりとした楕円運動から始まり、そのスパライラルの軌跡は、どこまでも果てしなく続いていくようである。 この優美かつダイナミックな踊りは、過酷な社会に生きる様々な女性たちのドラマを、投影される詩の断片とともに次々と舞台上に立ち上がらせる。 ドラマティックな色彩、仮面やスティックを使用しての舞台から生み出される美しくも悲しい物語は、民族や時代を超えて、ひとりの人間の身体のミクロコスモスが、宇宙のマクロコスモスと一致する瞬間を導き出す。 これこそ、伝統や地域といった歴史を携えた人間と、現代の表現が交差する唯一点でもあり、ルコランが現代社会で格闘している時空間でなのであろう。

ルコランのダンスへの考え方は、PAFAの目指す「芸術文化とは社会への応答である」という考え方と合致するものであり、 今回の作品は、それを象徴するものとなった。この点からも、「鋭い目をもつもの」という意味をもつドラコーン・フェスティバルへの入り口として相応しい公演であったろう。

ルコランの来日に合わせて、公演以外にも、地域での子供向け、一般向けのワークショップ、日本の舞台関係者とのシンポジウムや、他のアーティストとの交流など、フェスティバルならではの充実した日本滞在となった。
(愛知県芸術劇場小ホール 2005年9月13~15日)