ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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唐津 絵理 text by Eri Karatsu 
[2005.05.10]
From Nagoya -名古屋-

●愛・地球博開催特別記念公演 パリ・オペラ座『シーニュ』


 2005年3月から半年にわたって開催されている愛・地球博の特別記念公演として、
フランス政府は、自国が誇るパリ・オペラ座の愛知県単独公演を開催した。世界で最も歴史の古いパリ・オペラ座は、日本でも大変人気が高く、来日の度に話題を振りまいてきたが、21世紀の愛・地球博に合わせて、従来のような古典バレエではなく、コンテンポラリー作品が選ばれたことは、大変意義の深いことだと思う。

 パリ・オペラ座は、日本ではバレエの殿堂として人気が高いが、このバレエ団の凄いところは、偉大な歴史を踏襲しつつも、常に新しい動きに敏感なところである。現代的な作品の創作にも挑むそんな積極的な態度こそが、今日までその繁栄を保ちつづけているゆえんなのだろう。

1980年代頃に、活発になったフランス文化政策の後押しで、フランスが発祥といわれる「(フランス)コンテンポラリー(ヌーベル)・ダンス」の発端となったのが、実はパリ・オペラ座であるということを知る人は少ないのかもしれない。1974年、パリ・オペラ座は、新しい作品の創作に向けて、アメリカ・モダンダンス界のカロリン・カールソンを招き、75年にはパリ・オペラ座現代舞踊団(GRTOP)を設立、彼女は、その芸術監督に任命された。そして、まさにこのカールソンこそが、今回の上演作品『シーニュ』の振付家なのである。

 97年に初演された『シーニュ』は、ひとりの画家オリヴィエ・ドゥブレがバレエ団に絵画を持ち込んだことから作品が生まれたという。つまり、舞台美術としての絵画が先にありき、で振付されていったのである。

 作品は、ドゥブレによる7の絵画、それぞれを施した帆布に象徴される7つの場面からなる。時間と空間が交錯した色彩豊かなこの不思議な舞台に、2人の男女、カデール・ベラルビとマリ=アニエス・ジロが迷いこんだところから作品がはじまった。
最初のシーン「微笑みのシーニュ」。微笑みの表情をした顔の形の絵画の一部が紗幕ごと上にとばされ、空間に舞い上がる。それは一瞬のうちに2次元から3次元へと時空が変化するという作品の意図を、瞬時に感覚的に理解させる見事な幕明けである。

シーン2「朝のロワール河」では、真っ赤な太陽を情景に、この作品を上演してエトワールに任命されたばかりのジロが存在感のあるエネルギッシュな踊りを見せる。絵画と同じくドゥブレのデザインによる鮮やかな衣裳を身につけた20名のダンサーたちの均整のとれた身体から紡ぎ出される動きは、ゆるやかなリズムの中、刻々と進んでいき、絵画という平面の世界を超えて、新たな時空を創造していくかのようである。

シーン3「ギランの山々」。青々とした植物たちは、上から下へと水墨画のように流れ、幻想的な風景画が描かれる。ジローのダイナミックな、それでいて繊細さももち合わせた動きは、指先から足の先まで、少しの隙もなく、見事な線を描き出した。弧を描くジローの身体のライン、手足の末端まで細やかな動きは、筆の動きにも似て、空間に絵画を描く身体、それこそまさに「ダンス」そのもの。

シーン4「バルト海の修道僧」では、赤と黒の強い色彩の強いコントラストの中、沢山の修道僧のたちがシンプルな動きを耽々と繰りかえす。絵画から抜け出た「時間」が、まさに進行していることを感じさせる印象的な一場面。

シーン5「ブルーの精神」。ブルーの衣裳のベラルビとジロが舞台の両サイドから現れ、青一色の舞台は、深い精神世界の海のよう。2人は再び出会い、さらに微笑む。

シーン6「マデュレの色彩」は、『シーニュ』で最も明るく華やかな場面。赤、緑、青、黄色と華やかな色たちに囲まれて、ダンサーたちは激しく踊り、舞台には躍動感が溢れる。

そして最後の場面「シーニュの勝利」では前場面から一転、モノトーンの世界。その黒色の濃淡は日本の墨絵のようにもみえる。摺り足で素早く駆け抜けるたくさんのダンサーたちが、ベラルビとジロを取り囲む。糸につながった数珠玉のように、円はどこまでもつながり、永遠がいつまでも2人を包み込む。宇宙はどこまでも広がり、時空を超えた果てしない幸せが続いていくかのごとく・・・。

フランス語で「しるし」を意味する『シーニュ』は、が2次元の絵画の世界に、そのまま時間軸を滑り込ませた美しい舞台であった。空間そのものが時間と共に生きていることを、ダンスが観客の目の前の、今この舞台で生み出されていることを、多くの観客が、実感できたことだろう。そしてこれこそが、私たちが舞台を観たいと思う、究極の理由なのかもしれない。


(2005年4月14日 愛知県芸術劇場大ホール)
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