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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2017.07.10]

ヒー・セオとデヴィッド・ホールバーグが踊った『オネーギン』、ABTの見事な舞台

American Ballet Theatre アメリカン・バレエ・シアター
“Onegin” by John Cranko 『オネーギン』ジョン・クランコ:振付

バレエ『オネーギン』は、ロシアの小説家アレクサンドル・プーシキンの原作『エフゲニー・オネーギン』に基づき、ジョン・クランコ(John Cranko)がバレエ台本化してシュツットガルト・バレエに振付け、1965年に初演した。主役のタチアナを踊ったのはマリシア・ハイデであった。ABTの初演は2001年で、タチアナをジュリー・ケント、オネーギンをロバート・ヒル、レンスキーをウラジミール・マラーホフ、オルガをマリア・リセットが踊った。

ラリーナ夫人の館の庭では、タチアナの誕生日パーティーのためのドレスを女性たちが準備している。当のタチアナは寝転がって恋愛本を読んでいて、ドレスやパーティーには興味がない。ラリーナ夫人は遠縁でタチアナに好意を持つグレミン公爵とタチアナが結ばれることを望んでいた。そこに妹オルガの婚約者で詩人のレンスキーが友人のオネーギンを伴って訪れる。オネーギンは都会に飽きて、田舎なら何か面白いものがあるかもしれない、とやってきたのだ。洗練されたオネーギンにタチアナは惹かれるが、オネーギンにとって彼女は恋愛本に感化された田舎娘に過ぎなかった。タチアナはオネーギンへの初恋に夜も眠れず、ラブレターを書いて乳母に託す。そして彼女の誕生日パーティーの日、現れたオネーギンは冷たく彼女の目の前で手紙を破り捨てて見せる。そして、遊び心にオルガをダンスに誘い、激怒したレンスキーはオネーギンに決闘を申し込む。お互いに引っ込みがつかなくなった二人はタチアナとオルガが止めるのも聞かず決闘を実行、レンスキーは死ぬ。
数年後、人生の虚しさから逃避するために旅行していたオネーギンがサンクトペテルブルグに帰ってきたところへ、今は結婚したグレミン公爵から舞踏会の招待が届く。宮殿へ出向いたオネーギンの前に、今は公爵夫人として成熟した女性となったタチアナが現れ、オネーギンはそのエレガントな姿に愕然とする。しかし彼を認めたタチアナはそそくさと姿を消す。過去の失敗を悔いながらオネーギンは彼女に愛の告白の手紙を書き、密会を希望する。手紙を受け取ったタチアナは、その日、夫に自分を一人にしないでほしいとせがむが、事情を知らない夫は出かけてしまう。現れたオネーギンは強引に求愛するが、混乱しながらもタチアナは彼の手紙を破り捨て、二度と自分の前に現れぬよう強く拒否する。絶望したオネーギンが去った後、一人残されたタチアナは号泣する。

ny1707b_01.jpg Hee Seo and David Hallberg in Onegin. Photo: Gene Schiavone.

タチアナをヒー・セオ(Hee Seo)が、そしてオネーギンをデヴィッド・ホールバーグ(David Hallberg)が踊った。セオは第一幕での読書好きな少女の場面では清楚な若い女性のイメージがぴったりだ。一方、ホールバーグのオネーギンはまさに氷の様に冷たい威厳を保ち、物事を斜に構えて見る都会人のイメージが良く出ている。細い美しいラインでうつろなソロを踊るホールバーグは、女の燃え立つ思いを冷ややかに見る男の心理を表現した。夜中にタチアナがラブレターを書く場面では、イメージのオネーギンとのデュエットになるが、タチアナのときめきを描くように、早く大きなリフトをふんだんに取り入れた振付で、エネルギッシュかつロマンチックな場面だ。鏡に映るタチアナの像の後ろからオネーギンが現れるという演出も優れている。
第二幕ではイライラするオネーギンの怒りに、誕生パーティーの主役であるはずのタチアナの恐れと悲しみが良く描かれ、セオの演技は彼女の気質がそのまま出ているかの様であった。第三幕での恋の逆転の場では、セオは舞踏会では真っ赤なドレスで、オネーギンとの密会では真っ黒なドレスで踊るが、成熟した女性を演じるには、清純さが勝ちすぎて少々物足りない。もう少し、人妻のしたたかさが欲しいと思われた。
ホールバーグは舞踏会では成長したタチアナの存在に圧倒され、身を隠すようにしながらも彼女から目が離せない様子や、タチアナの部屋に忍び込んだ時には、媚びるように跪き、愛を求めるオネーギンを別人のように演じた。このデュエットでは、何とか言いくるめようとする強引なオネーギンに対して、心乱れたセオのタチアナは清純さがにじみ出る。ついにはフォームを崩して踊るほどの熱演だが、清純なイメージが強過ぎて、何度もオネーギンの腕の中に落ちるかと思われた。一方、ホールバーグの演技は男の身勝手さが滲み出る。結局オネーギンを拒絶してしまいながら顔を覆って号泣するセオの様子は、観客に思わず、これで良かったのか? と思わせてしまう部分があった。それはそれで良いのだが、この役は年配のダンサーの方が表現が深くなると思われた。

ny1707b_02.jpg David Hallberg in Onegin. Photo: Gene Schiavone.

さて、準主役のレンスキーをジェフリー・シリオ(Jeffry Cirio)が、オルガをスカイラー・ブラント(Skylar Brandt)が踊った。シリオは振付の随所にふんだんにピルエットを入れて端正なテクニックを見せながら、エレガントで誠実なレンスキーを演じた。ブラントとは良く息の合った組み合わせで、熱愛中のしっとりとしたデュエットは素敵だ。また、オネーギンが無理やりオルガと踊ってレンスキーを挑発する場面では、動きはほとんどないものの、怒りを募らせる若い男性の心理を良く描いた。ブラントは無邪気だが、若さゆえに思いが行き届かない未熟な女性を良く表現し、オネーギンに誘われるままに、レンスキーを振り切って一緒に楽し気に踊って見せた。決闘の場でのレンスキーの憂いに満ちたソロも、シリオは素晴らしいピルエットやシェネターンを多く組み入れながら、後悔と悲しみを表現、良い演技であった。
グレミン公爵を演じたトーマス・フォスター(Thomas Forster)は豊かな体格に上品なイメージで、役柄にぴったり。第三幕の舞踏会の場では、セオとともにロマンチックで成熟した大人のデュエットを踊り、この場は女の幸せを絵にした様であった。
この製作は時代考証、文化考証も行き届いており、誕生パーティーのダンスの場も、若い人たちだけの群舞にするのではなく、老若男女による群舞が展開したり、タチアナの友人たちの踊りではロシア民族舞踊の振りを入れたり、若い男女の戯れ合いを入れたり、また第三幕の宮廷での舞踏会の広間は非常に豪華に作られていて、真っ赤な壁に大きなシャンデリアがいくつも吊るされるなど、時代や文化の背景を示唆する場面がたくさんある。紗幕を使っての過去の再現による心理描写なども、繊細に物語の展開を支えていて、あらゆる意味で非常に良く出来たバレエである。最後の幕が降りた後、ずしりとした満腹感があった。
さて、実際の生活にもありそうなこのバレエがくれる教訓とは? 男よ、外見で女を量るなかれ。女よ、外見でしか判断できない男は相手にするなかれ。世界中どこでも、いつの時代にも通じる教訓である。
(2017年6月21日夜 Metropolitan Opera House)

ny1707b_03.jpg Scene from Onegin. Photo: Gene Schiavone.