タイラー・ペックとロマン・メヒアが見事な踊りを見せたニューヨー・シティ・バレエ『白鳥の湖』
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ワールドレポート/ニューヨーク
針山 真実 Text by MAMI HARIYAMA
NEW YOPK CITY BALLET ニューヨーク・シティ・バレエ
"SWAN LAKE" by Peter Martins after Marius Petipa, Lev Ivanov, George Balanchine
『白鳥の湖』ピーター・マーティンス:振付(マリウス・プティパ、レフ・イワノフ、ジョージ・バランシンに基づく)
ニューヨーク・シティ・バレエではピーター・マーティンス版『白鳥の湖』を1999年に初演しました。
まず幕開けの第一印象は、アメリカン・バレエ・シアターやマリインスキー・バレエの舞台セットと大きく違って、色遣いほとんどなく、重厚な雰囲気ではあるが、これまで私が見てきた『白鳥の湖』の華やかな宮殿とはだいぶ違っていて少々驚きました。ダンサーたちも単色の衣裳で、例えば王子は青いシャツに青いタイツの青一色、ベンノは赤一色などかなりシンプルな衣装で、王室という雰囲気はあまり感じません。
1幕の王子の友人のパ・ド・トロワを踊ったのはサラ・アダムス、エリカ・ペレイラ、K.J.タカハシの三人。エリカ・ペレイラは以前にも何度か見たことがあり機敏な動きと安定したテクニックのあるダンサーですが、今回の踊りからはあまり彼女の魅力が見られなかった印象で少し残念です。サラ・アダムスはボストンからニューヨークに来てトレーニングを積み、2008年に入団したソリストダンサーだそうで、笑顔の可愛らしさと華やかさがあり足のラインも美しくて目を惹きました。K.J.タカハシはテキサス州育ちで2023年に同カンパニーのソリストに昇進。スピーディな踊りでテンポの速いコーダの俊敏な動きが印象的。ジャンプやテクニックにも勢いが感じられて、注目の若手ダンサーだと思いました。
1幕で目立ったのは道化役のスパルタク・ホジャ。北はモンテネグロやコソボ、東はギリシャに挟まれたアルバニア出身で2002年にニューヨークに来て、NYCB付属スクール・オブ・アメリカン・バレエに入門したという現在コール・ド・バレエのダンサー。首が長くて手足も長いダンサーで、コミカルな道化の雰囲気を顔の表情を大きく使って表現していて、ユーモラスでコミカルな感じがよく見えました。テクニックが多くて、とくにNYCBヴァージョンの演出では道化が踊るシーンが多い気がしましたが、役柄をしっかりと踊って、たくさん飛んだり跳ねたり、そして回転も多く入った大変な振付けでしたが、ポディションのキレイなジャンプや安定した回転を見せてくれました。ソリストでは無いことを不思議に思いましたがきっと昇格するでしょう。
Tiler Peck and Roman Mejia in New York City Ballet's production of Peter Martins' Swan Lake. Photo credit: Erin Baiano
2幕の湖のシーン。王子の友人たちが全員で狩りに湖にやってきて、いっせいに獲物を狙っているところは、実際の湖畔の森にこんなに大勢のハンターが来たことを想像するとたまらないなと思いました。
NYCBの白鳥たちの衣装は長いスカートヴァージョン。コール・ド・バレエの動きにはパ・ド・ブレという爪先立ちで細かく動く動きがとても多く入っています。白鳥たちが水面を動いている様子と、コール・ド・バレエのフォーメーションを変えながら動く見せ場をパ・ド・ブレで表現していると思いました。美しい振付でした。しかしバレエダンサーたちにとったら、毎日リハーサルと本番でパ・ド・ブレをやり続けるのはなかなか大変だと思います。
この日の白鳥のオデットはタイラー・ペック。現在アメリカでは彼女の人気が沸騰しており、流行りのSNSでもほぼ毎日さまざまな投稿をすることで若手のファンを確実に集め、NYCBを長く支援するパトロンから若手までの支持を得ています。SNSで彼女を見ていて彼女の舞台を見てみたいと思っていました。
王子には最近結婚を発表して、タイラーと実際に人生のパートナーとなったロマン・メヒア。
二人の見せ場のオデットと王子のパ・ド・ドゥは、踊りやポーズする姿はとても美しいのですが、どこか切なさや徐々に惹かれ合いあふれる愛の感情は、そこまで見ている観客の心に刺さる感じはなく、お互いにもう少し感情的でもいいように思いました。しかしオデットのヴァリエーションはタイラーの得意とするところですが、芯が強く、揺るぎなくコアが安定していて、さすがはNYCBを引っ張るプリンシパルダンサーです。
最近のバレエ界では筋力トレーニング、ピラティス、ジャイロなどといったさまざまなバレエダンサーの身体の動きをより良く活かせるトレーニングが注目されていて、ジムに通うダンサーも少なくはなく、その結果、ダンサーの身体能力が向上していることをバレエ公演を見るたびに感じます。
そして湖畔のシーンの最後のコーダでは、オデットの見せ場である、テンポの速いアントルシャ・カトルとパッセの連続もタイラーの動きはとても素晴らしく、足さばきが完璧で感心しました。
Tiler Peck, Roman Mejia and the Company in New York City Ballet's production of Peter Martins' Swan Lake. Photo credit: Erin Baiano
3幕は白鳥そっくりの黒鳥に扮したオディールが、王子を騙しに悪魔ロットバルトと婚約披露宴にやってきます。タイラー・ペックは黒鳥の方が似合っていると思いました。
そして王子のロマンもここからの方が感情が入りやすくなった様子で、黒鳥のオディールに惹かれて自分の気持ちが抑えられなくなっていき、絶対に結婚するという強い気持ちが前に前に溢れてくる様子が伝わってきました。
タイラーとロマンの二人ともがグッと良くなり、ストーリーに入って見入ることが出来ました。テクニックに関しても二人とも申し分なく、素晴らしいグラン・パ・ド・ドゥで会場を大きく沸かせました。
この二人の感情を更に盛り上げる重要な役を果たしたのが、ロットバルトのプレストン・シャンブリー。プレストンは14歳でバレエを始めたそうで、男性の方が遅く始めるという話しは聞きますが、かなり遅めのスタートではないでしょうか。しかし、ロットバルトの彼は本当に素晴らしく、立ち姿、歩き方、出で立ち、威厳、強さ、悪さ、どれもロットバルトに求められているものがあり、とても魅力的でした。彼のお蔭で3幕と4幕の素晴らしさが引き立ちました。
Tiler Peck and Roman Mejia in New York City Ballet's production of Peter Martins' Swan Lake. Photo credit: Erin Baiano
4幕の白鳥オデットと王子、ロットバルトの格闘も3幕に続いてとても良かったのですが、さらにコール・ド・バレエの振付も4幕が特に素晴らしく、白鳥たちは逃げ惑いながらオデットを守ろうとし、ロットバルトをなんとか近づけないようにします。オデットと王子を守ろうと白鳥たちが必死で団結して舞う様子、そしてオデットと王子がロットバルトと戦う様子が、とても複雑に上手く表現された振付で、胸が熱くなる演出でした。
エンディングでは、ロットバルトは倒されますが、オデットと白鳥たちも王子と共になることは出来ず離れ離れになってしまい、王子が1人とり残されるというエンディングでした。『ジゼル』のような静かなエンディングでは無いですが、終わり方としては朝日が昇り精霊であるジゼルたちが森に消えていく演出と少し似ているかもしれません。
今をときめく超人気ダンサー、タイラー・ペックと、そして人生のパートナーにもなったロマンの二人の踊りを見ることが出来ました。特に後半から、一段と惹き込まれた公演でした。
(2025年2月23日 David H. Koch Theater)
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