創立75周年を迎えたニューヨーク・シティ・バレエ団、フォール・シーズンは多彩な「オール・バランシン・プログラム」を上演する

ワールドレポート/ニューヨーク

香月 圭 text by Kei Kazuki

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ジョージ・バランシン振付『ジュエルズ』より「ダイヤモンド」NYCBプリンシパル・ダンサーのラッセル・ジャンゼンとサラ・マーンズ Photo credit: Erin Baiano

創立75周年という節目の年を迎えたニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)の2023年秋シーズンは、9月19日、リンカーン・センターのデヴィッド・コーク劇場での『ジュエルズ』で開幕した。上演後、スザンヌ・ファレル、アレグラ・ケント、パトリシア・マクブライド、エドワード・ヴィレラ、そして堀内元など歴代のスター・ダンサーたち総勢250名ほどが舞台に登場して観客の喝采を浴びた。
この日、プリンシパル・ダンサーのインディアナ・ウッドワードとタイラー・アングルは「エメラルド」のメイン・ダンサーとしてデビューした。「ルビー」ではミーガン・フェアチャイルドとアンソニー・ハクスリーのペアが主演し、「ダイヤモンド」ではサラ・マーンズとラッセル・ジャンゼンの二人がメインとなった。ジャンゼンは9月24日にも「ダイヤモンド」に主演し、この公演をもって、2008年より16年在籍したNYCBを引退した。彼は2014年にソリストとなり、2015年にクライヴ・バーンズ賞を受賞、2017年よりプリンシパル・ダンサーとして活躍した。ニューヨーク・タイムズで9月20日に掲載された彼の手記によると、今後は大学で社会福祉関係の学位を取る予定だという。

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NYCB 75周年記念シーズンの開幕公演の舞台で挨拶するカンパニーの新旧ダンサーたち Photo credit: Erin Baiano

10月11日の「75周年記念ガラ」では、1948年ニューヨーク・シティ・センターで行われたバレエ団の旗揚げ公演と同じ日に、当時披露された3演目『コンチェルト・バロッコ』『オルフェウス』『シンフォニー・イン・C』が再び上演される。
『コンチェルト・バロッコ』は、バッハの「2つのヴァイオリンのための協奏曲 ニ短調 BWV1043」の音楽を視覚化した抽象バレエ作品で、二人のリード・バレリーナが二つのバイオリン独奏のパートを受け持つ。元々、スクール・オブ・アメリカン・バレエのレッスンで踊られていたものが、アメリカン・バレエ・キャラバンによる1941年の南米ツアーで初演された。1945年、モンテカルロ・ド・バレエ・リュスのレパートリーになったとき、ダンサーたちは練習着を舞台衣装として身に着けていた。NYCB公式サイトの解説によると、これが恐らく、レオタードが衣装として初めて登場したモダンバレエの舞台だという。
『オルフェウス』はギリシャ神話の吟遊詩人オルフェウスが妻のエウリュディケーを冥府から救い出そうとする物語。この作品はNYCBの前身バレエ・ソサエティからストラヴィンスキーに委嘱され、バランシンはストラヴィンスキーと緊密に協力し合って創作し、1947年に初演された。舞台美術と衣装はイサム・ノグチによる。
『シンフォニー・イン・C』の音楽はジョルジュ・ビゼーがパリ音楽院でシャルル・グノーに師事していた17歳のときの作品「交響曲第一番 ハ長調」だ。バランシンは、パリ・オペラ座バレエにゲスト・バレエマスターとして招かれ、1947年に『水晶宮』をわずか2週間で振付けた。1948年10月11日のNYCBの第一回公演では、舞台セットや衣装を簡素化し、作品タイトルを『シンフォニー・イン・C』と変更した。それ以来、この作品はバレエ団の重要なレパートリーと位置づけられている。2012年春にNYCB衣装デザイナーのマーク・ハペルが新しい衣装をデザインし、ティアラなどのヘッドピースやイヤリングなどの装飾品は全て、スワロフスキーのラインストーンが用いられている。
ニューヨーク・タイムズのジア・クーラス記者による9月19日の記事には、NYCB創立当時の様子について語る存命のダンサーたちの証言が紹介されている。1948年のNYCBの旗揚げ公演に出演した92歳のバーバラ・ワルチャックによると、バランシンはダンサーたちの身体が不完全なまま、一から基礎をやり直したそうだ。クラスではタンジュから始めて、ゆっくりと丹念に動き 「クラスを通して、バレエのステップは一つもなく。私たちがフロア全体を横切って踊ることは一度もなかった」という。彼女たちが『シンフォニー・イン・C』を初めて踊ったとき、バランシンと一緒にその様子を観ていた舞台マネージャーから「もうすこし照明を明るくしようか」と問いかけられたバランシンは「だめだ、だめだ! まだ足が出来ていない。充分な出来とは言えない」と制したという。また、ワルチャックは「1」と小節を数える前の「and」で動き出していたと語っている「演奏家と同じように、指揮棒が上がると、私たちダンサーも音楽が鳴る前に動き出したのです」。

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ジョージ・バランシン振付『シンフォニー・イン・C』NYCB Photo credit: Erin Baiano

ファッション界やショー・ビズ界とのコラボレーションで華やかに開催される恒例の「フォール・ガラ」では、ガーシュィンの音楽とバランシン振付による『フー・ケアーズ?』の抜粋と、フィリップ・グラスの楽曲とロビンズ振付作品『グラス・ピーシズ』のニューヨークをテーマにした2作品が上演される。反復的な構造の音楽が繰り返されるグラスの音楽に乗せて、大勢のダンサーたちが舞台を行き交う『グラス・ピーシズ』は大都会ニューヨークの活気が俯瞰的に捉えられた作品だ。一方、『フー・ケアーズ?』では、ニューヨークの摩天楼を背景に、ガーシュインの心躍るメロディーに合わせて、男女のロマンチックなデュエットが踊られる。今回の『フー・ケアーズ?』の衣装は、ファッション・ブランド「キャロリーナ ヘレラ」のクリエイティブ・ディレクター、ウェス・ゴードンが担当する。シンガーのパティ・ルポーン、ヴァネッサ・ウィリアムズ、ジョシュア・ヘンリーも『フー・ケアーズ?』の舞台にゲスト出演する。

2023年秋シーズン初日の9月19日、リンカ―ン・センターの正面では、10月1日までの夜間(午後7時〜11時半)、デジタル・アーティスト、デヴィッド・ミカレクによる「スロー・ダンシング/NYCB」と題したバランシン作品を踊るダンサーたちの50種類の100分の超スローモーション映像が大型スクリーンでループ再生されていた。NYCB副芸術監督ウェンディ・ウェーランもこの企画の共同監督として参加した。

NYCBの2023年秋シーズンは、カンパニー創立者の功績を称える5つの「オール・バランシン」シリーズを4週間に渡って上演中だ。「オール・バランシン I」はバランシンがアメリカ音楽にインスピレーションを受けた作品群が並ぶ。『ウェスタン・シンフォニー』ではアメリカ民謡をハーシー・ケイが管弦楽として編曲した楽曲が用いられ、『スターズ & ストライプス』ではジョン・フィリップ・スーザによる勇壮な行進曲が使用されている。
『タランテラ』は、1964年の初演でパトリシア・マクブライドとエドワード・ヴィレラがナポリ風の衣装を着てリズミカルなデュエットを繰り広げた作品だが、音楽はニューオリンズ出身のルイス・モロー・ガチョークによる。
「Unanswered question (答えのない質問)」は、アメリカ現代音楽のパイオニアとされるチャールズ・アイヴズが1954年に逝去した直後に、バランシンが彼の管弦楽曲を基に創作した『アイヴジアーナ』の第二部の作品である。初演では、アレグラ・ケントが男性ダンサーたちに常に抱えられて動く孤高の女性を演じ、彼女を追い求め続ける若者をトッド・ボレンダーが踊った。

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ジョージ・バランシン振付『ウェスタン・シンフォニー』NYCBソリスト エミリー・キクタとカンパニー・メンバー Photo credit: Erin Baiano

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ジョージ・バランシン振付『アゴン』NYCBプリンシパル・ダンサーのユニティ・フェランとエイドリアン・ダンチグ=ワーリング Photo credit: Erin Baiano

「オール・バランシン II」は、1949年に初演されて以来、近年はほとんど上演されてこなかったエマニュエル・シャブリエの同名の楽曲に振り付けた『ブーレ・ファンタスク』の復活上演と、ストラヴィンスキーとのコラボレーションの最高傑作とされ、NYCBの象徴的作品とされる『アゴン』、そしてリチャード・ローレンツ作曲による1936年のミュージカル『オン・ユア・トウズ』の劇中バレエ『十番街の殺人』という、バランシンの多才さを堪能できる演目が揃う。

「オール・バランシン III」は『アポロ』『夢遊病の女』『チャイコフスキー・ピアノ・コンチェルト 第2番』の3作。ギリシャの神とミューズたちとの交流を描いた『アポロ』は、1928年にパリで創作されたディアギレフ率いるバレエ・リュスの作品で、NYCBのバランシン作品の中で最も古いバレエである。イーゴリ・ストラヴィンスキーとの最初の協働作品は国際的な注目を浴びることになった。
『夢遊病の女』は、朽ち果てた城の仮面舞踏会に招かれた詩人が白い亡霊に魅せられる悲劇。1946年にモンテカルロ・バレエ・リュスのために創作した作品で、アレクサンドラ・ダニロワ、ニコラス・マガラネス、マリア・トールチーフが初演の舞台に立った。
『チャイコフスキー・ピアノ協奏曲 第2番』は1941年、バランシンが自身のバレエ団を持っていなかった時代、アメリカン・バレエ・キャラバンの南米巡業のために『バレエ・インペリアル』と題して発表された。帝政ロシアの伝統とペテルブルクでクラシック・バレエを発展させたプティパ、そしてチャイコフスキーへの敬意が込められていたが、1973年にバランシンは曲名を自身の作品タイトルとし、衣装・舞台装飾もシンプルなものとなった。2019年冬、NYCB衣装ディレクターのマーク・ハッペルのデザインによる、スワロフスキーのラインストーンをふんだんに用いた衣装が新たに登場した。

「オール・バランシン IV」は『コンチェルト・バロッコ』『放蕩息子』『シンフォニー・イン・C』のトリプル・ビル。『放蕩息子』はディアギレフ率いるバレエ・リュスの最後の作品で、音楽はプロコフィエフ、舞台美術と衣装デザインはジョルジュ・ルオー、1929年の初演では、セルジュ・リファールがタイトル・ロールを演じた。

「オール・バランシン V」では『セレナーデ』『オルフェウス』『テーマとヴァリエーション』というプログラム。『セレナーデ』は、誕生したばかりのスクール・オブ・アメリカン・バレエの生徒たちのために、バランシンがアメリカで初めて振り付けた作品で、NYCBのレパートリーのハイライトとして観客に愛されている。
『テーマとヴァリエーション』はチャイコフスキーの「管弦楽組曲第3番 ト長調」第4楽章に乗せて主役の男女のプリンシパル・ダンサーを頂点に、ソリスト、群舞が織りなす華麗なシンフォニック・バレエで、バランシンの代表作のひとつに数えられる。1947年アメリカン・バレエ・シアターによって初演が行われた。

《NYCB 2023秋シーズン・プログラム》

『ジュエルズ』9月19日、20日、21日、22日、23日(昼・夜2回)、24日(ラッセル・ジャンゼン引退公演)
 「エメラルド」「ルビー」「ダイヤモンド」

「オール・バランシン I」9月26日、27日、28日、10月3日
 『ウェスタン・シンフォニー』
 『Unanswered Question(答えのない質問)』(『アイヴジアーナ』より)
 『タランテラ』
 『スターズ & ストライプス』

「オール・バランシン II」9月29日、30日(昼夜2回公演)、10月1日
 『ブーレ・ファンタスク』
 『アゴン』
 『十番街の殺人』

「オール・バランシン III」10月4日、6日、7日(昼公演)、8日
 『アポロ』
 『夢遊病の女』
 『チャイコフスキー・ピアノ協奏曲 第2番』

「フォール・ガラ」10月5日
 『フー・ケアーズ?』
 『グラス・ピーシズ』

「オール・バランシン IV」10月7日(夜公演)、13日、15日
 『コンチェルト・バロッコ』
 『放蕩息子』
 『シンフォニー・イン・C』

「オール・バランシン V」10月10日、12日、14日(昼夜2回公演)
 『セレナーデ』
 『オルフェウス』
 『テーマとヴァリエーション』

「75周年記念公演 」10月11日
 『コンチェルト・バロッコ』
 『オルフェウス』
 『シンフォニー・イン・C』

◆NYCB公式サイト
https://www.nycballet.com/

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