池神和奏がマリー役に抜擢され、ニューヨーク・シティ・バレエ『くるみ割り人形』オープニングナイトを踊った

ワールドレポート/ニューヨーク

針山 真実 Text by MAMI HARIYAMA

New York City Ballet ニューヨーク・シティ・バレエ

George Balanchine's The Nutcracker by George Balanchine
ジョージ・バランシン版『くるみ割り人形』

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photo/針山真実

アメリカ最大の祝日である感謝祭の翌日、ニューヨーク・シティ・バレエのバランシン版『くるみ割り人形』2023年冬シーズンが開幕し、この初日公演を鑑賞しました。
この『くるみ割り人形』は1954年2月2日にニューヨーク市で初演されて以来、この街の冬の風物詩となって上演され続けています。

幕開けの序曲に映し出された輝く流れ星と天使の絵が、これから素敵な夢の世界に連れて行ってくれるような気分にさせます。
シーズン初日となるオープニングナイトの主役、マリーに抜擢されたのは日本人の池神和奏(いけがみわかな)さん。池神さんは笑顔が可愛い11歳で、昨年も同公演で五回マリー役を演じたそうです。茶目っ気と上品さの両方があり、マリー役がよく似合っていました。
パーティのシーンではとても楽しそうに子供らしさを感じさせ、ネズミと兵隊の戦いシーンでは恐怖を持ちつつ勇敢な様子、そしてお菓子の国へ導かれるときは夢見る少女を表現しており、とても堂々と演じていました。また演技が自然体なところも良かったです。

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ユダ・ホーレンフェルド、ロバート・ラ・フォス、池神和奏  photo/ Erin Baiano

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池神和奏、ユダ・ホーレンフェルド  photo/ Erin Baiano

1幕のパーティのシーンは、パーティに訪れた客人とその子どもたちは踊るというより、子どもたち1人1人にそれぞれの個性や動きがあり、本当にパーティを楽しんでいるような様子がバランシンの振付によってとてもうまく表現されていると思いました。
ドロッセルマイヤーには、アメリカン・バレエ・シアターで6年間プリンシパルとして活躍し、後にニューヨーク・シティ・バレエに移籍して同カンパニーでもプリンシパルとして活躍した、現在64歳のロバート・ラ・フォスが特別ゲストアーティストとして登場。経験豊富なだけあってミステリアスでコミカルかつ威厳のあるドロッセルマイヤーを演じました。

パーティを終えてマリーが眠りに入るシーンでは同じチャイコフスキー作曲である『眠れる森の美女』からの楽曲が挿入されていました。演奏ではバイオリンのソロが楽しめる情緒的な演奏シーンで、ここは音楽に聴き入るための演出ではないかと思いました。
ネズミと兵隊の戦うシーンでは、大きなお尻の着ぐるみのネズミたちが愛嬌があり、時折、コミカルに笑わせる動きを織り交ぜながら戦い合う振付があって、ここでもバランシンは素晴らしいなと思わせました。
マリーが小さな王子に連れられてお菓子の国に行く途中の森の情景では、降り続く雪がとても美しく、終盤にかけていっそう吹雪が激しくなる中、16人の雪の精たちが機敏に舞うシーンは見ごたえがあります。

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photo/ Erin Baiano

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photo/ Erin Baiano

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池神和奏、ユダ・ホーレンフェルド  photo/ Erin Baiano

ドロッセルマイヤーの甥っ子としてパーティのシーンから登場し、後に小さな王子となる重要な役を演じたのは12歳のユダ・ホーレンフェルド。この日初めてこの役に挑戦したそうで、1幕では緊張しているのうな様子もありましたが、2幕冒頭で最も注目を集めるシーンで、金平糖の精から「なぜここに来たのか? ここへ来るまでに何が起こったのか」と尋ねられ、数分間にわたって1人で演技を見せるシーンでは見事に堂々と演技し、客席から拍手が湧きました。このシーンのためにたくさん練習を積んだと想像出来ます。

2幕のお菓子の国の背景は、ピンクと白を基調にとても華やかで夢の世界観を美しく演出していてうっとりとしました。
2幕で特に目を惹いたダンサーは、花のワルツのソリストとしてデュードロップを踊ったミラ・ナドン。今年プリンシパルに昇格したそうで、ダイナミックな身体の使い方で踊りが大きく、彼女が出てくると舞台が明るく華やかになり素晴らしかったです。
そして絶対的な安定感、安心と貫禄があったのは、今年金平糖の精を踊るようになって20年目になるというプリンシパルダンサーのミーガン・フェアチャイルド。身体の軸の強さがありポーズに揺れがない。動きと動きの繋ぎはしなやかで決めるところは決める。難易度が高いはずの動きも身軽で優雅なので、さすがだと感心させられました。ミーガンとは個人的な友人でもあり、彼女は双子を含む三人の幼児を育てる母親で、母親業とプリンシパルを努める姿に感銘を受けます。

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ミラ・ナドン  photo/ Erin Baiano

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メーガン・フェアチャイルド  photo/ Erin Baiano

今日は改めて、バランシンがいかに音楽を大切にして振付構成しているか、ということを強く感じました。
思い出したことがあります。昔、わたしがお仕事をさせてもらったバレエ教師で生前バランシンと共にバレエ団にいた方が仰いました、「ミスター・バランシンは私たちダンサーも楽器だ。ダンサーは楽器となり音楽を表現する。音と踊りは一体になって表現されなくてはいけない、と言ったわ。だからダンサーは音を良く聞いて感じなくてはならない」と。
ある知人が、バレエはあまり興味はないけどバランシンのバレエは見ても飽きないから楽しめる、と言いました。バランシンが創るバレエは音が踊りで表現され、フォーメーションの動きも多いので見ごたえを感じられるのだと思います。
ですからバランシンは物語がなく、動きとそのパターンが見どころの抽象バレエの創始者と言われています。

バランシン版の『くるみ割り人形』には同カンパニー付属バレエ学校に所属するたくさんの生徒が出演し、総勢125人以上の子役が起用されているそうで、9月末からリハーサルに取り組んでいたそうです。
客席にはお友達を見るために駆けつけた家族連れの姿も見られ、舞台上の友達を見つけて嬉しそうでした。
また今シーズンは全49公演予定されているとのことで、これから年末にかけホリデーシーズンを楽しむ多くの人たちに夢の時間を与えてくれると思います。

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photo/針山真実

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photo/針山真実

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