フラメンコ・フェスティバル2024 からスペイン国立バレエ団公演と「カラ・フラメンカ」をレポートします

ワールドレポート/ニューヨーク

ブルーシャ 西村 Text by BRUIXA NISHIMURA

Flamenco Festival 2024「フラメンコ・フェスティバル2024」

芸術監督&プロデューサー:ミゲール・マリン( Miguel Marin)

Ballet Nacional de España(BNE)スペイン国立バレエ団
ルーベン・オルモ(Rubén Olmo):芸術監督
ルーベン・オルモ(Rubén Olmo)アントニオ・ナハーロ(Antonio Najarro)マリオ・マヤ(Mario Maya)ラファエラ・カラスコ(Rafaela Carrasco)ルエダ・トナ(Rueda Tona)マノロ・マリン(Manolo Marin)イサベル・バヨン(Isabel Bayon):振付
Gala Flamenca「ガラ・フラメンカ」
マヌエル・リニャン(Manuel Liñán):ステージング
マヌエル・リニャン、エル・イヨ(EL YIYO)パウラ・コミトレ(Paula Comitre)アルフォンソ・ロサ(Alfonso Losa):振付

ほぼ毎年恒例のフラメンコ・フェスティバルのニューヨーク公演は、今年で23年目になります。今回のニューヨーク公演は今までになく長期間で、2週間に渡り、ニューヨーク・シティ・センターでは3月8日から17日までフラメンコが上演されました。
2つの公演レポートをお送りします。
毎回公演が始まる直前にフラメンコ・フェスティバル全体の芸術監督でプロデューサーであるミゲール・マリンが登場して、スペイン語と英語で簡単な挨拶をします。
ゲールの話によると、スペインのフラメンコの伝統では音楽も大切な要素であるので、今回のフラメンコ・フェスティバルでは偉大な2名の歴史的ギタリストであるビセンテ・エスピネルとパコ・デ・ルシアを称えて、その音楽も特集しているとのことです。ミゲールは、「スペインの伝統的なフラメンコ音楽の重要なパートであるギターの形式の生みの親は、ビセンテ・エスピネル(Vicente Espinel アンダルシア州マラガ出身1550年12月28日‐1624年2月4日)であったと我々は信じています」と語りました。
ビセンテ・エスピネルはスペインの芸術的な黄金世紀の時代のアーティストで、サラマンカ大学で学び、文学、詩、音楽の多彩な分野で活躍した方で、5弦ギターの形を最初に作ったと言い伝えられています。パコ・デ・ルシア(Paco de Lucia:アンダルシア州カディス出身1947年12月21日 -2014年2月25日)は名盤をたくさん残した世界的な天才ギタリストで、日本でもファンが多いです。(スペインの黄金世紀 Siglo de Oroとは、15世紀から17世紀にかけてのスペインの美術、音楽、文学隆盛の時期を指します)

スペイン国立バレエ団(BNE)

3月8日から10日まで3日間、スペイン国立バレエ団(BNE)の公演がニューヨーク・シティ・センターで上演されました。BNEは度々、ニューヨーク公演を行ってきていますが、今回は2019年、20年の作品を上演しました。
BNEは1978年にアントニオ・ガデス(1936 -2004)が芸術監督に就任し、創設されました。フラメンコだけではなくバレエの鍛錬も必須で、融合された舞踊を特徴としています。ガデスは歴史的なダンサー・振付家で、スペイン国家演劇賞(プレミオ・ナシオナル・デ・テアトロ:Premio Nacional de Teatro)、スペイン国家舞踊賞(プレミオ・ナシオナル・デ・ダンサ:Premio Nacional de Danza)などを受賞。フラメンコを民族舞踊から国際的な舞台の形式に昇華させて、世界に普及させました。芸術監督は2019年からルーベン・オルモです。オルモは2015年にスペイン国家舞踊賞を受賞しました。

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「Inovacion Bolera」© Jesu Robisco

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「Inovacion Bolera」© Javier Fergo

今回の公演は、1回の休憩をはさんで、2幕で構成されていました。
第1幕は3つの小品集で、すべてマヌエル・ブスト(Manuel Busto)、オルケスタ・デ・ラ・コムニダッド・デ・マドリッド(Orquesta de la Comunidad de Madrid)の録音の音楽を使用していました。
最初に上演されたのは『イノバシオン・ボレラ』(Inovacion Bolera)、振付はルーベン・オルモ、初演2020年です。
暗闇に薄い照明で、ダンサー達が浮かび上がっていました。22名の大勢のダンサーが出演して舞台上はダンサーでいっぱいで、群舞が多く迫力がありました。男女ペア、ソロ、4~5名のグループ、11名の男性のみのグループ、同じく女性のみのグループで踊るところもありました。ずっと両手にカスタネット(パリージョ)を持って鳴らしながら踊っているシーンが多かったです。大勢が同じ振付を踊って揃っていて、フラメンコがベースで舌が、ジャンプ、アチチュードやピルエットなどを織り込んでいました。
スペイン系のダンサー達の中に、アジア系のダンサーも2名ほど混じっていたのが印象的でした。外見はアジア人女性ですが、スペインの舞踊であるフラメンコを立派に踊っていてカスタネットも巧みで、全体にすっかり溶け込んで違和感がなかったです。
スペインでは、現在、アジア系のバイラオーラもプロとして同じ土俵で溶け込んで活躍する時代になっていることを目の当たりにしました。もともとはフラメンコはスペインのアンダルシア地方の民族舞踊で、スペイン国内でさえ別の地域のスペイン人にはフラメンコの根っこ(ライース)が無いから表現できないダンスだとされていましたが、スペイン国立バレエ団のオーディションにアジア系のバイラオーラが合格して入団していることに驚きました。フラメンコの根っこ(ライース)が無いはずのアジア系が入団することは、近年まで考えられなかったことでした。また、フラメンコの文化がスペインだけでなく世界中に広まって浸透しているということと、フラメンコは普遍的な芸術である証拠で、人種や国籍関係なくやってみたい人々がだんだん増えてきていることを肌で感じました。
『ハウレーニャ』(Jaulena)も振付はルーベン・オルモ、初演2020年です。女性ソロの踊りでした。
音楽なしのシーンではサパテアードの音が刻まれていく様子を長い間聴かせていて、客席もじっくりと集中していました。伝統的なフラメンコのバイレです。
『エテルナ・イベリア』(Etrena Iberia)、振付はアントニオ・ナハーロ、初演2019年です。アントニオ・ナハーロはスペイン国立バレエ団の元芸術監督です。
26名のダンサーが出演して、小さいグループごとにダンサー達が右へ左へ踊り通り過ぎていき、速い展開が続いていきました。特に、男性のみ、女性のみや、全員が出演する大人数の群舞は迫力がありました。
女性達のグループも裾を足の側面で蹴り上げてぐるぐると周り続けたり、裾を手に持ってサパテアードを見せたりしていました。男性達のグループはコートの1種であるマントを着てきて、マントを手に持ってぐるぐる回したりしたり、闘牛のような仕草を入れて踊っていました。男女が大勢、カスタネットを両手に持って鳴らしながら踊ったり、すごく速いリズムでサパテアードの足さばきを見事に見せたり、伝統的なフラメンコの基礎も披露していました。

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「De La Flamenco」© Ana Palma

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「De La Flamenco」© Ana Palma

第2幕の『デ・ラ・フラメンコ』(De La Flamenco)は、偉大なマリオ・マヤ(Mario Maya 1937 - 2008)に捧げた作品で、2020年初演です。
マリオ・マヤがデザインした衣裳を再現していて、ほとんどの振付はマリオ・マヤのものでしたが、一部、別の振付家、ラファエラ・カラスコ、ルエダ・トナ、マノロ・マリン、イサベル・バヨンの振付もありました。
マリオ・マヤは1937年グラナダ生まれ、フラメンコ発祥の起源といわれるロマ族(ヒターノ)の家庭出身で、20世紀の偉大なフラメンコ・マスターと言われていて、スペインで最も革新的で影響力のあるフラメンコ・バイラオールの一人です。1992年にスペイン国家舞踊賞を受賞しました。
最初はパーカッションだけの音が鳴り、その音に乗って、幕前で女性がソロで伝統的なサパテアードを披露したところから始まりました。
幕が開くと、舞台後方にミュージシャン達が演奏を始めました。この日は、ギター3名、カホンとパーカッション1名、カンタオール達5名でした。通常のフラメンコ公演よりも、ミュージシャンと歌手の人数が大所帯で分厚い音で、音楽だけでも聴きごたえがありました。
男女が数名ずつ出てきて素速いリズムに乗って踊った後、超ロングで引きずる裾の段々スカートのドレス、フラメンコ独特のバタデコーラを着た7名の女性達が、舞台いっぱいに長い裾を足の側面で蹴り上げて、回り続けました。男性たちも出てきて、同じ振付で速いリズムで踊り、伝統的なフラメンコの形式で、スピードのあるサパテアードで音も音量も大きく迫ってきました。
ナレーションの録音が流れて、ソロの男性が座っていて、手と上半身だけゆったりと動かしていて、立ち上がり、速いリズムで激しいサパテアードで踊り、パルマも入れていました。
ピルエットも続けて何回転もしていました。シェネとピルエットをけっこう入れていて回転が多く、バレエの技と混ぜた現代的なバレエ・フラメンコの振付でした。

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「De La Flamenco」© Javier Fergo

女性達が10名くらい出てきて、スカートの裾をまくり上げて持って踊り、男性達は舞台端のテーブルの周りの椅子に座って両手をグーにしてテーブルをたたいてリズムを刻んでいました。男性は女性の踊りを見ながら、ハレオをかけていました。いくつか舞台上に椅子を並べて、椅子に座った男性ダンサーが踊りました。椅子を片付けて、フラメンコのサパテアードを速いリズムで踊りました。伝統的なフラメンコの宙を手でつかむような腕使いもありました。
女性ソロが踊った後、ダンサー達全員でフィナーレが始まり、舞台上を少人数ずつ行ったり来たり通り過ぎながら踊って、目まぐるしい展開で迫力があり、フラメンコがベースですが振付と舞台構成は現代的な要素を採り入れていて、見ごたえがありました。7名が舞台上に広がって、素速いリズムでメリハリが強い動きの踊りを見せました。アンコールに答えて踊と演奏があり、すごい拍手に包まれて、幕が降りました。
(2024年3月10日午後 ニューヨーク・シティ・センター)

「ガラ・フラメンカ」

3月16日17日の2日間、「ガラ・フラメンカ」公演がニューヨーク・シティ・センターにて上演されました。
4名のフラメンコ・バイラオールとバイラオーラが主にソロでそれぞれ出演し、すべてのステージングはマヌエル・リニャンによるものです。リニャンは1980年グラナダ生まれ、闘牛士だったマヌエル・アロヨを父に持ち、バイラオール、振付家で、2017年にスペイン国家舞踊賞を受賞した実力派です。ダンサー、振付家として受賞歴多数です。幼少期には父に闘牛士になることを勧められましたが、マヌエルは最初から母のように踊ることが好きで、ダンスの道へ進んだそうです。
リニャンは元々、伝統的で純粋なフラメンコを学び育ってきましたが、伝統の枠から飛び出して、独自の前衛的なフラメンコのスタイルを確立していき、新しいフラメンコ・ファン層を広げています。

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ALFONSO LOSA © Beatrix Mexi

この日の出演バイラオール達は、マヌエル・リニャン、エル・イヨ、パウラ・コミトレ、アルフォンソ・ロサです。ミュージシャンは5名。ギター2名、パーカッション1名、カンタオーラ、カンタオールです。
最初は『ロマンセ・ブレリア』で、ダンサー4名全員が出演しました。幕開けから、ミュージシャン達もダンサー達もいきなり速いリズムで音楽を刻み、展開していきました。
ギターが主な音を奏で始め、私達が期待している伝統的なフラメンコの形式で、しっかりとした基礎の純粋なフラメンコのバイレを見せてくれました。フラメンコといえばやはりこういうバイレが観たいものです。
4名で踊っていましたが、徐々に順番にソロでサパテアードの音に集中して速打ちをしていくダンス・バトルを披露して、盛り上がって、音楽、サパテアード、ハレオの掛け合いのバトルで、とても速いリズムですごい迫力でした。
4名とも体幹がしっかりしていて重心が安定しているので軸がビクともせず、ダンスの実力が高かったです。4名ともにバレエのピルエット2回転以上を繰り返していて、バレエの基礎も学んでいる様子。伝統的なフラメンコのバイレにバレエの要素も加えてアレンジしていて、現代的な振付になっていました。

ダンサー達が去り、次に、カンタオーラのサンドラ・カラスコ(Sandra Carrasco)が登場して、ゆったりしたリズムで、ソロのカンテがありました。演目は『カンティーニャス』です。
美しくて雰囲気のある方で、女性には珍しくすごく声量があり歌声に引き込まれて圧倒されてしまいました。カラスコは1981年アンダルシア州のウエルバ生まれで、ソロ・アルバムをリリースしており、世界ツアーを行なうなど活躍しています。フラメンコだけでなくジャズやワールドミュージックなど他のジャンルの曲も幅広く歌えます。ウエルバ大学で芸術学士号を取得し、音楽法における教育のディプロマを取得しています。この公演では、サンドラ・カラスコはもう1曲、合計2曲をソロで歌い、すごい拍手でした。
次は、バイラオールのエル・イヨによるソロで、『アレグリアス』でした。イヨは1996年にカタルーニャ地方のバダロナ生まれで、バダロナとハエンのロマ(ヒターノ)の両親を持ちます。ロマの家庭で育ったため、生まれた時から生活の中にフラメンコがある環境ですから、赤ちゃん時代から歩くことを覚えると同時にフラメンコのバイレを自然に覚え始めたそうです。7歳から世界ツアーやタブラオに出演するようになり、現在25歳ですでに17年間もプロのバイラオールとしてのキャリアがあるので、若くしてベテランの域に達しています。フラメンコだけでなく、クラシックとコンテンポラリーも学んでいます。

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El Yiyo © Lorenzo Carnero

エル・イヨがソロで踊り始めてすぐに、その迫力と実力の高さに大変驚きました。そのうえ、フラメンコのバイラオールの中ではかなり身長が高いですし体格がしっかりしていてスタイルが良く、フラメンコらしいエキゾチックな精悍な顔立ちで雰囲気があります。容姿に恵まれているだけではなく、賢そうな感じなので、これから大スターとして活躍しそうです。エル・イヨが舞台上で刻みだすサパテアードは音量が大きく、そのスター性とカリスマ性に大いに発揮していました。有無を言わさない巧みさとリズム感で、完璧なテクニックです。伝統的なフラメンコの踊り方だけでなく、バレエのピルエットなど回転もよく加えていて、枠にとどまらずに新しい世代の個性的な踊り方をします。
私は、ヘスス・カルモナがニューヨーク公演に登場し始めた頃を思い出し、その姿と踊り方が重なり、すでに同じ位のレベルのテクニックと実力があることに気が付きました。後にヘスス・カルモナはスペイン国家舞踊賞とブノワ賞を受賞して世界的なスターに成長してい来ましたが、エル・イヨにも同じような将来性を感じました。しかもまだ若々しくてエネルギーにあふれ、踊り方に余裕があるのでこの先かなりの伸びしろがあり、さらに成長していくことでしょう。
エル・イヨは、まだ若手で新進気鋭のバイラオールで、スペインのフラメンコ界では「新しいスターが登場したと考えられている」という段階だそうです。彼自身のカンパニー(El Yiyo & Su Troupe)を率いて公演ツアーした国はまだスペイン国内、フランス、ポルトガル、台湾だけです。しかしエル・イヨは、すでに国際的にクリエイター達の目に留まり、写真家や映画監督やミュージシャンから注目されていて、著名なファッション・ブランドのアルマーニのモデルも務めています。彼はすでに、フラメンコのアイコン的存在となりつつあり、かつてのホアキン・コルテスのようです。
今回のフラメンコ・フェスティバルは3つの公演をすべてを見ましたが、その中でエル・イヨのこのソロのバイレが一番すごくて、驚き、衝撃を受けました。

パウラ・コミトレはソロで『グアヒーラ』を、パタデコーラを着て踊りました。1994年セビージャ生まれで、セビージャのアントニオ・ルイス・ソレール舞踊専門学校を卒業、アンダルシア・フラメンコ・バレエ団に在籍後、ソロで活動しています。2020年に初演のソロ公演「カマラ・アビエルタ」がXXIVヘレス・フェスティバルでレベレーション賞、初演の「エレクトロフラメンコ・デ・アルトマティコ」がXXI
セビージャ・ビエナル・デ・フラメンコでヒラルディージョ賞を受賞し、新進気鋭のバイラオーラ、振付家で注目されています。
この演目では、パタデコーラを着て長いスカートのスソを蹴り上げながらぐるぐる周り、女性らしくアバニコを使って優雅に踊りました。さらにスカートのスソを両手でつかんで上にまくって激しくサパテアードを刻んで踊り、伝統的なフラメンコの基礎をしっかりと表現していました。よく上半身を極限まで後ろに反っていましたが、踊りながら背中をすごく後ろまで倒して動き続けるのはよほど体幹がしっかりしていなければバランスをとるのが難しい技です。
そして最後はパタデコーラを生かしてスソを蹴り上げ続けて長い間スピーディにぐるぐる周り続けて、急に上を向いてアバニコをぱっと開いてポーズをとって終わり、喝采を受けました。
彼女のパタデコーラの扱い方は圧巻で、長い時間をスソを蹴り上げ続けてぐるぐる周り続けることは難しい技です。体幹がしっかり鍛えられ重心が安定していました。
次は「ベルディアーレス」をマヌエル・リニャンとアルフォンソ・ロサの男性2名が踊りました。サンドラ・カラスコも登場して歌いました。
ギターがゆったりしたリズムで演奏し始め、カラスコが歌い始めると、男性2人がそれぞれ手にパンデレタ(タンバリン)を持ち、たたきながらゆったりと踊りました。カンテが激しくなるにつれて、バイラオール達も激しいサパテアードにエスカレートして、全体で盛り上がっていきました。パンデレタを置いて、ピトを鳴らしながら、タメもあって強弱を強くしていました。2人とも重心がとても安定していて、片足でバランスを取って立ち、ピルエット2回転を何回かやったり、アチチュードで回転したり、バレエのテクニックもマスターして入れていました。
最後はダンス・バトルのようにサパテアードの速打ちを繰り広げて盛り上がり、パンデレタをたたいてリズムを交互に複雑に刻みながら、急にライトが消えて終わりました。
バイラオール2名が去り、サンドラ・カラスコが舞台上に残って、ソロで「ファンダンゴ」を歌いました。ギター2名が演奏して、カホンでリズムをたたいて、男性のカンタオールもすごい迫力で歌いました。
カラスコの歌声は大きくて、フラメンコ独特のこぶしの回し方も上手く、歌声の息がすごく長く続く素晴らしいフラメンコのカンテでした。
次は、アルフォンソ・ロサがソロで『ファルーカ』を踊りました。彼は、マドリッドの王立プロダンスコンサバトリー出身で、様々なフラメンコ・カンパニーのゲストとして参加しています。彼は伝統的なフラメンコの形式をマスターしていて忠実に再現しています。このことは、地味ですが重要な役どころなので、数々の著名なフラメンコ・バイラオールから公演にゲスト参加のオファーが多いのです。
ロサは、バストン(ステッキ)を手に持って出てきて、ステッキで床を打ってリズムを刻みながら、同時にサパテアードの音を組み合わせて複雑なリズムを奏でて踊りました。サパテアードの音は正確で大きくて、動きにもメリハリが強く、安定していて迫力がありました。体の重心が安定していてビクともせず、バレエの鍛錬も積んでいる様子で、回転を多く入れていて上手でした。ピルエット連続で5回転か6回転くらいしていて、拍手が起こりました。次第に、カンタオール達に囲まれてロサのバイレがヒートアップしていき、バトルのように掛け合いも激しく盛り上がっていきました。即興のようなダンス・バトルを何度も繰り返し、足もすごい速打ちでした。

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Manuel Liñán © Lorenzo Carnero

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Paula Comitre © Lorenzo Carnero

次は、偉大なギタリストであるパコ・デ・ルシアに捧げる演目で、パコ・デ・ルシアの曲『フエンテ・イ・カウダル』を使って、男女のマヌエル・リニャンとパウラ・コミトレが踊るプログラムでした。
男性ギタリストが2名、フランシスコ・ヴィヌエサ(Francisco Vinuesa)とハビエル・イヴァニェス(Javier Ibanez)が、ゆったりと静かに2人のギター演奏だけが披露されました。このフランシスコ・ヴィヌエサのギター演奏があまりにもレベルが高くて、驚かされました。私の記憶をたどってみてもこのヴィヌエサの実力と才能は抜きんでていて、現在生きているギタリストの中でも上手いと思いました。ギターの弦をとても細かい神経を行き届かせてコントロールして、音色の長さや鳴らし加減が完璧すぎて、演奏がとても素晴らしかったです。彼のギターの音色は強弱のコントラストが強くメリハリがあってドラマチックですが、温かさも伝わってきて完璧としか表現ができないです。このギター演奏はまさに天才パコ・デ・ルシアの曲に恥ずかしくない高いレベルでした。こんな若手フラメンコ・ギタリストが現代のスペインから出てきていることを初めて知りました。ヴィヌエサは1985年、マラガ生まれです。
ギター演奏が盛り上がった後、ギタリスト達が舞台端のバンドの席へ移動して座り、そのまま音楽は流れて、コミトレがソロで長いパタデコラを足で回しながら、マントンを大きく振り回して踊り始めました。コミトレが舞台の上手の端のほうでマントンを大きく上に掲げていたところに、もう一人、彼女の後ろにマントンに隠れながら黒いロングドレスの衣装を着たダンサーが現れました。そしてすぐにコミトレがマントンを閉じて舞台から去っていって、次のこの黒ドレスのダンサーへ入れ替わりました。その女性ダンサーの動きを追っていたところ、照明が少し明るくダンサーを照らし始めると、踊り方と衣裳は女性なのですが、なんと顔はマヌエル・リニャンで、女装して踊っていることに気が付きました。
・・・プログラムのこの演目は、てっきり、リニャンとコミトレのパ・ド・ドゥかなと期待していましたが、実際はコミトレはリニャン登場のつなぎ役としてコントラストを強めてから驚きを倍増させる役割だったようで、コミトレのマントンの陰に隠れて女装したリニャンが登場したのでした。
衣裳と振付はフラメンコの女性バイラオーラそのもので、顔と髪型は女装していなくて普段のリニャンのままで、さすがスペイン国家舞踊賞受賞ダンサーならではの実力で、ビシビシとキレのある超絶技巧を駆使してすごい迫力のバイレを展開して長時間ソロで踊り圧倒されました。

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© Lorenzo Carnero

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© Lorenzo Carnero

リニャンは、大判のマントンを振り回しながら、超ロングのパタデコラのドレスを着ていて、ぐるぐる周りながら足の側面でスカートのスソを蹴り上げて回転し続けていました。それが男性だから筋力と身体能力が高いため力強いので、その回転しながらスソを蹴り上げて回り続ける速度が今までパタデコラで観たこともないほど素速くて動作が大きく、ビュンビュンと布の音が聞こえそうなほどにパタデコラのスソが床から宙に浮いて回っていました。女性の筋力では、パタデコラをこんなにビュンビュンと宙に浮かせてすごい速度で回し続けることは不可能です。
リニャンのマントンの振り回し方も観たこともないほど凄く、急速回転し続け、マントンも電光石火、大きく振り回し続けて、布が完全に肩から水平に180度広がったまま宙に浮き続けている状態でした。マントンの長いフリンジの端までピシッと水平に延びて浮き続けて回転しているので、宙を鋭利に切っていくナイフのように見えてきました。リニャンが動かすマントンの残像が、まるで大きなワシが羽を開いて大空を飛んでいるような風景にも見えました。今まで観たこともない迫力のバイレですごかったです。
男性バイラオールのリニャンが女装して女性バイラオーラの振付で踊るということは、一歩間違うとマチズモ(男性優位主義)が色濃いスペインでは笑いものか、下手物になりかねないと思いますが、実際はスペインでもこの女装バイレは逆に賞賛されているそうで、その評判はヨーロッパとニューヨーク、世界へと広まっています。
このように彼の男性の身体能力を生かして女性では出来ないパタデコラとマントンの動かし方と回転速度を観客に見せつけて、その独創的なバイレと実力が賞賛されていったのでしょう。もしバイレの実力が下手な男性だったならこのような賞賛にならなかったかもしれませんが、リニャンの場合は実力派の男性だったので良い方向へ評価が進んでいったのでしょう。LGBTの時代の後押しもあったでしょうし、現代のフラメンコ・バイラオールだと思います。
この最終日の公演が一番迫力があり、どの出演アーティストもレベルが高い実力派で感動しました。この様々なアーティスト達を選んでまとめてステージングを務めたのがマヌエル・リニャンなので、若手の中から歌手、ギタリスト、ダンサー達を的確に選ぶ審美眼も確かなのだと思います。公演後、今でもまだあのリニャンのパタデコラとマントンのキレのある動きが残像となり、目に焼き付いたままです。
(2024年3月17日夜 ニューヨーク・シティ・センター)

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© Paco Villalta

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© Paco Villalta

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