日本人ダンサー4人が活躍しているワシントン・バレエの『くるみ割り人形』公演を観てきました
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ワールドレポート/ニューヨーク
針山 真実 Text by MAMI HARIYAMA
The Washington Ballet ワシントン・バレエ
" The Nutcracker" Choreography by Septime Webre
『くるみ割り人形』セプティム・ウェーバー:振付
ニューヨークから車で4~5時間ほどのアメリカの首都、ワシントンD.Cにあるワシントン・バレエの『くるみ割り人形』を観に行きました。
ワシントン・バレエの歴史は1944年、アメリカ人女性二人によってワシントン・バレエ・スクールが設立されたことから始まります。先にバレエ学校が設立され1950年ごろからプロフェッショナルの手前であるダンサーたちがプレ・プロフェッショナルグループとして活動を開始し、ツアー公演なども行われていました。そして1961年にワシントン・バレエ版の最初の『くるみ割り人形』が上演され、バレエ学校の生徒らが多く出演。それからさらに年月を経て1976年、バレエ学校の生徒たちにプロフェッショナルなパフォーマンスを見せる目的で公演を行い、それをきっかけに全米芸術基金からの資金を得て、正式なバレエ団として「ワシントン・バレエ」が始動することになったそうです。
2023年までは元アメリカン・バレエ・シアターのプリンシパルダンサーで長く活躍したジュリー・ケントが芸術監督を務めていましたが、ジュリーはヒューストン・バレエに移籍。2024年から元ニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパルダンサーとして活躍した台湾出身のエドワード・リャンが芸術監督になりました。
Ayano Kimura ©Ceylon Mitchell
Ayano Kimura ©xmbphotography
Ayano Kimura ©xmbphotography
ワシントン・バレエには現在4人の日本人ダンサーが在籍しています。
私は偶然にもこの4人と以前から縁があります。
まず木村綾乃さんは京都出身で、彼女がバレエ留学をする前の十代のころすでに、大阪にある宗田バレエスクールで出会っていました。木村さんは2011年にワシントン・バレエに入団し、現在はバレエ学校で指導も務めるなどワシントン・バレエで頼られる存在です。
大貫真希さんは2010年のUSA International Ballet Competition(通称・ジャクソンコンクール)で銅メダルを受賞、その時のコンクールに私も仕事で出向いていて大貫さんに出会いました、あの時のダイナミックな『ダイアナとアクティオン』のパ・ド・ドゥの踊りは今でも覚えています。
宮崎たま子さん、宮崎さんも2010年と2014年のUSA International Ballet Competition(通称・ジャクソンコンクール)で出会い、拝見しました。2010年は受賞に至らなかったですが、そのリベンジとして2014年に見事銀メダルを受賞。あの時、『エスメラルダ』のパ・ド・ドゥで会場が割れんばかりの拍手に湧いたことはよく覚えています。
そしてワシントン・バレエ入団1年目の飯田慧さんは2011年彼がまだ少年だったころ、私が主催した夏のニューヨーク短期バレエ留学に参加した生徒でした。あれからバレエに励み、ワシントン・バレエ学校に留学。留学後はアメリカのコロンビア・クラシカル・バレエ団、そしてニュージャージー・バレエ団に移籍し数々の主役を任され活躍。コロナになり活動の制限で日本に一時帰国した時期もありましたが、ニュージャージー・バレエで再び活躍し、今シーズンからワシントン・バレエ団に入団しました。
そんな4人との縁もあり、いつかワシントンへ彼らを観に行きたいと思っていました。
ワシントン・バレエでは『くるみ割り人形』の公演が今年は35回ほど予定されていて、その公演の中で4人ともが「金平糖の精のグラン・パ・ド・ドゥ」を主演する日があり、全員の踊りが見たかったのですが、今回は飯田さんが主演する日を鑑賞しました。
劇場はホワイトハウスから徒歩圏内にあるミュージカル劇場のようなワーナーシアター。舞台が客席から近くて舞台と会場に一体感があり、ダンサーやセットも見やすい劇場です。
この日も家族連れが多く訪れており、会場ではドリンクやアルコールとスナックの販売も行われていて、客席での飲食を歓迎。家族連れやデートで訪れている人たちがカジュアルな雰囲気でバレエを楽しんでいる様子が好印象です。
現在上演されている『くるみ割り人形』は物語は一般的なストーリーと同じで、振付を手がけたのは1999年から2016年までこのバレエ団の芸術監督を務め、現在、香港バレエ団に移籍したセプティム・ウェーバー。
一幕のパーティーシーンはカンパニーダンサーらとバレエ学校の子役たちが一緒に和気あいあいとパーティーを楽しんでいる様子が表現されていて、プレゼントをもらって喜ぶ子どもたち、お喋りを楽しむ大人たち、いたずらをする子どもたちなど、楽しそうな雰囲気が伝わってきて微笑ましい。特にバレエカンパニーのダンサーたちの演技がそれぞれとても上手いことに感心しました。
この日は1幕のご婦人役に大貫真希が出演しており、エレガントなご婦人を演じる大貫は今シーズンが20シーズン目というお目出たいシーズンを迎えたようで、立ち振る舞いからもバレエダンサーとしての経験が感じられます。
そしてコロンビーヌ人形に宮崎たま子。ジャクソンコンクールの時の強靭な強さを思い出させる踊りで、お人形のテキパキとしたロボットのような動き。彼女のポワントワークの足の強さを特に際立たせて表現していて流石でした。
Maki Onuki ©Ceylon Mitchell
Maki Onuki ©m3mitchellmedia
場面が変わり、ネズミと兵隊達の戦いのシーンでは子ネズミたちが愛らしく、そのネズミたちと大きなネズミと兵隊たちが目まぐるしく慌ただしく戦い、パーティーシーンでも感じられましたが、とにかく観客を飽きさせないのです。初めてバレエを観る人でも、子どもでも、このプロダクションは舞台上で常にそれぞれの何かの動きがあったり、ちょっとした驚く仕掛けがあって、客席からは笑いが起こったり、間もあかずにテンポが良く目が暇になりません。
ロシア流バレエなどと比べると流れが速く、慌ただしいと感じるかもしれませんが、バレエをエンターテインメントとして楽しませるように、うまく工夫されていることが理解できます。
雪の精のシーンでは木村綾乃にすぐに目が留まりました。多くの主演も務めているだけあって、やはり若手との違いがすぐに感じられます。
すべての日本人ダンサーを観ていて感じたのは、彼らの繊細さと隙のなさ。ちょっとした瞬間やポーズとポーズの間のポール・ド・ブラが美しくて芸術性が高いと思いました。
雪の精などのとても速い動きで、アクロバティックだったり、焦ってしまいがちな動きでも彼ら日本人の踊りは芸術的でしなやかさが失われていません。これは彼らが受けたトレーニングと努力と経験から培われたもの。
Tamako Miyazaki ©Ceylon Mitchell
Tamako Miyazaki ©Melissa Suarez Skinner
2幕のカヴァリエ役で登場した飯田慧は、1年目から主役として抜擢されていて素晴らしい。跳躍が高く、しなやかで、着地も柔らかく、ジャンプや回転技のあとのポディションが美しく入ります。柔軟性もあって足を開くジャンプは空中で美しい形が決まっていて、これは彼の強みです。
相手役として金平糖の精を踊ったEun Won Leeは、登場の際は少し表情が硬く感じられたが、飯田の暖かく優しい雰囲気のリードに、彼女の表情も徐々に自身に満ちた表情に変わり、グラン・パ・ド・ドゥでは息合った踊りを見せました。飯田がこれからもカンパニーで期待されるダンサーであることは間違いないでしょう。
2幕でもワシントン・バレエのオリジナルがたくさん盛り込まれており、かわいらしい子どもたちがキノコになって出てきたときは会場がその微笑ましさに湧き、お魚たちや、眠れる森の美女のような猫も出てきました。スペインの踊り、ロシアの踊りはカンパニーダンサーがしっかりとしたテクニックでプロの踊りを見せ会場を盛り上げ、花のワルツでは女性バレエダンサーたちがピンクの衣装で華やかで優雅な踊りを見せました。
Akira Iida ©Ceylon Mitchell
Akira Iida ©Ceylon Mitchell
カンパニーダンサー27人、スタジオカンパニーダンサー10人、そしてバレエ学校の生徒たちが約2時間のパフォーマンスを存分に楽しませてくれました。
しかしどれだけバレエが好きでも、ダンサーにとって35回公演をほぼ毎日続けるのは本当に大変なことだし、疲労も溜まることは間違いないのですが、ダンサー全員が力を合わせて多くの観に来た人たちを笑顔にし、ホリデーシーズンの想い出の一ページを創っているのだと思うと、本当に素晴らしいと思いました。
ワシントン・バレエに到着するとスタッフが暖かく迎えてくれて、日本人ダンサーたちがカンパニーで愛されているからこそ、私もこのように迎えていただけたと思います。
ニューヨークからはもっと遠いと思っていたけれど意外と近く、ぜひまたワシントン・バレエを見に来たいです。
(2024年12月19日 The Warner Theatre)
宮崎たま子 ©Ceylon Mitchell
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