"Turn It Out With Tiler Peck & Friends"で英国批評家協会賞を受賞したタイラー・ペック、「次はどこで公演したい?」と聞いたら、みんな「日本!」と答えた

ワールドレポート/ニューヨーク

香月 圭 text by Kei Kazuki

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タイラー・ペック © NYCDanceproject

昨年夏に行われた「The Artist - バレエの輝き-」で『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』などを披露したニューヨーク・シティ・バレエ(NYCB)のプリンシパル、タイラー・ペック。バランシンの本拠地のカンパニーならではの卓越したダンスと音楽の融合に魅了された方も多いだろう。
"Turn It Out With Tiler Peck & Friends"と題して、フォーサイスの新作とタップダンサーとのコラボレーションでエンタティンメント・ダンスと自身の振付を見事にまとめた秀逸な舞台を2022年3月ニューヨークで初演。翌年3月にロンドンでもお披露目し、英国批評家協会賞(ナショナル・ダンス・アワードNational Dance Awards)の女性クラシック・ダンサー部門最優秀パフォーマンス賞(タイラー・ペック)、最優秀クラシック振付賞(ウィリアム・フォーサイス『The Barre Project』)そして最優秀インディペンデント・カンパニー賞の3部門を受賞した。英米で話題となった公演のディレクション、ダンスウェア・コレクションのデザイン、バレエ絵本の執筆など幅広い活動を展開して、注目を集めるタイラー・ペックに聞いた。

――今年の英国批評家協会賞女性クラシック・ダンサーの最優秀パフォーマンス賞を受賞されましたね。

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英国批評家協会賞(NDA)の授賞式会場、ロンドンのコロネット・シアターにて

ペック アメリカでトニー賞授賞式に参加したことがあったので、イギリスのオリヴィエ賞のイメージはつかめていました。一方、英国批評家協会賞は、舞踊批評家によってノミネートされる賞で、アメリカにはそのような賞はありません。ブロードウェイに出演しないとダンスが認識されないので、イギリスでこれほどダンスが尊重されていることが信じられないほどで、圧倒されていました。ロンドンのお客様に、本当に歓迎されていると感じます。ノミネートされただけも十分うれしかったのですが、受賞できたのは格別なことでした。

――受賞式には、英国ロイヤル・バレエの金子扶生やウィリアム・ブレイスウェルがいました。「The Artist - バレエの輝き」で共演した彼らと話す機会はありましたか。

ペック ええ、二人に会うのは「The Artist -バレエの輝き-」の公演以来で、会場では大きなハグをして再会を喜び合いました。まるで同窓会のようでした。ノミネートが発表されたとき、扶生と一緒の部門に私もノミネートされ(最優秀女性ダンサーおよび傑出したパフォーマンス)、すごい人達と一緒にいるのだなとあらためて思いました。扶生は最優秀女性クラシック・ダンサー賞を、ウィリアムも最優秀男性クラシック・ダンサー賞を受賞し、とても嬉しかったです。彼らは、昨年3月に開催されたロンドンの私の公演を見に来てくれました。私も英国ロイヤル・バレエ団のクラスを受けに行ったんですよ。

――授賞式には、お母様もご一緒のご様子でしたね。あなたが受賞されて、さぞお喜びだったでしょう。

ペック はい。母マーガレットは私の公演ツアーの出演契約を担当しており、彼女が交渉を成功させなかったら、私はロンドンで公演をすることができなかったわけです。ですから、授賞式に母を伴って行けたことは大きな意味がありました。自分の名前が呼ばれた瞬間、私はショックを受け、座ったままで動けませんでした。母が「タイラー、タイラー!」と呼んでくれて、ようやく我に返りました。母と一緒に受賞を祝うことができ、楽しい時間を過ごすことができました。

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ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場、自主公演"Turn It Out With Tiler Peck & Friends"のポスター

――"Turn It Out With Tiler Peck & Friends" は最優秀インディペンデント・カンパニー賞を、この公演で上演されたウィリアム・フォーサイスが振付けた『バー・プロジェクト』も最優秀クラシック振付賞を受賞して、高い評価を受けました。

ペック 私たちアメリカ人は大健闘したと思います。『バー・プロジェクト』は、彼が、すべてのダンサーが気に入ってくれるような作品作りを目指したものです。ダンサーたちは「どうしてあんなに速く動いているの? まるで早送りや巻き戻しをしているように見える!」と思ったことでしょう。ビル(ウィリアム・フォーサイス)は、時間を引き延ばされ、あるいは圧縮されて見えるように、ムーブメントの見え方に遊び心を加えるのを好みます。この振付の動画を初めて見たとき、きっと巻き戻ししているのだろうと思いました。しかし、そうではなく、できるだけ今のポーズを長く続けて、その分、次の動きにより早く追いつくようにするのです。こうして、これまで考えもしなかったような体の動きが生まれます。彼からは、どのように振付するかを学んだだけでなく、どのように踊るかを学びました。素人目には、それが技術的にどれほど難しいのかはわかりにくいのですが、私たちに与えられたステップは非常に難しいものでした。

――『バー・プロジェクト』は、コロナ禍期にオンラインで創作されたそうですね。

ペック はい、私とレックス(・イシモト)はカリフォルニア、ローマン(・メヒア)はコネティカットで創作を始めました。最後に皆がカリフォルニアに集まったのは、撮影も含めて2日間だけでした。ビルはずっとバーモントにいて、Zoomのスクリーンを通して動画を見ていて、直接会うことはありませんでした。でも、彼は皆を信じて、この作品を私たちのために作ってくれました。この作品の好きなところは、ダンサーとしての幅広さを見せられたことです。私がいかにもテクニックに長けているように見えるシーンもありますが、ビルは美しくゆっくりとしたソロも私に作ってくれました。このパートはエモーションを表現する踊りで、タイラー・ペックというバレリーナがどんなダンサーなのかを伝える作品となりました。

――2022年3月に、ニューヨーク・シティ・センターで「アーティスト・アット・ザ・センター」シリーズの初回アーティスト・キュレーターとして招かれましたね。

ペック シティ・センターから、私自身のショーをキュレーションしないかとお誘いを受け、どんな内容にしようかと検討を始めました。アロンゾ・キングとは、これまで一緒に仕事をしたことがなかったのですが、コロナ禍中に私とローマン(・メヒア)のために新作を作ってくれました。高速で踊るソロ・セクションがあり、美しいスロー・パ・ド・ドゥに入るのですが、踊るのが素敵だと感じられる作品です。先ほどお話しした、ビルの『バー・プロジェクト』と合わせて、この2作は皆さんに舞台でお見せしたいと思いました。新作『タイム・スペル』の制作には、シティ・センターにも協力していただきました。
ある日、バリシニコフと話していたとき、「プログラムには、君が振付けた作品も必要だね。3作品に君が出演するなら、もう1作、自分が振付けた作品を置かないと、君がプロデュースする公演の意味がないだろう?」と言われました。そこで2019年のヴェイル・ダンス・フェスティバル(コロラド州で1989年より開催されている)で世界初演した私の2作目の振付作品『Thousandth Orange』を上演プログラムに付け加えることにしました。

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オリヴィエ賞授賞式に出席したタイラー・ペック

――『タイム・スペル』はイギリスの演劇賞ローレンス・オリヴィエ賞の最優秀新作ダンス賞にノミネートされました。振付はあなたと著名なタップダンサー、ミシェル・ドーランス、そしてエンタテイメントダンスの振付家でダンサーでもあるジリアン・マイヤーズが共同で担当されました。この作品はどのようにして生み出されたのでしょうか。

ペック 新作を創るのだったら、ミシェルと一緒にやってみたいと思っていました。リズムを細かく刻むタップダンサーの彼らと共演すると、バレエダンサーである自分は音楽性に欠けているな、と落ち込んでしまうほどです。彼女は「もう一人、ジリアン・マイヤーズにも手伝ってもらいましょう」と提案しました。ジリアンに会ったことはありませんでしたが、ジャネット・ジャクソンのリード・バックダンサーや映画『ラ・ラ・ランド』のアシスタント・コレオグラファーなどを務めたエンタテイメント界のダンサーであることは知っていました。彼女はコンテンポラリージャズ、ヒップホップの才能があり、タップもできるので、ダンスのジャンルを繋ぐ美しい架け橋となってくれました。最終的には、バレエからタップダンスへシームレスに融合された作品となりました。ミシェルとジリアンがおもに振付けましたが、私もバレエ・パートの振付をお手伝いしました。そして、バレエやコンテンポラリー、そしてタップダンスも踊ることができるレックス・イシモトにも出演してもらいました。

――あなたが企画した公演は評判を呼び、ロンドンとアメリカ各地でも上演されました。

ペック このプログラムは素敵なショーに仕上がったので「ニューヨーク公演だけではもったいない。もっとたくさんの人に見せたい」と思いました。そこで我々は"Turn It Out With Tiler Peck & Friends"と名付け、それをロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場にまずかけたのです。それからカリフォルニアでもツアーを行いました。「次はどこに行きたい?」と出演者に聞くと、ほとんどの人が「日本!」と答えるので、日本を再び訪れて、私たちのダンスをお客様と共有できればと願っています。日本のお客様は、これまでに行ったどの国よりも私たちを歓迎してくれます。とても熱心にダンスを鑑賞しているように感じます。

――この公演は、どうして成功したのだと思いますか。

ペック このプログラムでは、バレエやタップダンスだけのショーとは異なり、ひとつのショーで幅広いジャンルのダンスを見られます。NYCBのベストメンバーであるダンサーたちや天才タップダンサー、ミシェル・ドーランスが同じ舞台に立っていることが、お客様には信じられないのではないか、と思います。パンデミック後、再びダンスを愛する仲間たちと一緒に踊ることができるようになった喜びも舞台に表れているのではないでしょうか。このプログラムは非常に親しみやすく、様々なジャンルのダンスが見られます。バレエ愛好家でなくても、この公演を見て「バレエがこんなものだとは思わなかった!」とバレエの新たな魅力に気づく方々もいらっしゃいます。

――このガラ公演のタイトルは、コロナ禍の時期に、インスタグラムでオンライン・レッスンやダンス関係者とのインタビューなどを投稿し続け、バレエ・ファンを励まし続けたコンテンツ・シリーズ名"#Turn It Out With Tiler Peck"から名づけられたのですね。どのようなメッセージが込められていますか。

ペック "Turn out"は「一緒にターンアウト(バレエ)の練習をやりましょう」という意味が込められています。あの頃は、世界が閉鎖されていて、私も怪我から復帰したばかりだったので、インスタライブをやったことがありませんでした。これ以上休みたくはなかったので、両親の家のキッチンであっても、自分のためにバレエクラスを続けなければ、と決意したのです。私のほかにも、ダンススタジオが閉鎖されているため、家にこもっている人が大勢いるだろうと思いました。そこで、私が自分のために行うバレエクラスに、誰でも参加してもらえばいいのでは、と考えてオンライン・クラスを始めたのです。始めた当初は、20人くらいだろうと予想していたのですが、実際は15,000人もの視聴者がいました。これはまさに必要とされていることだったのだ、とあらためて思い、このシリーズに名前をつけることにしました。多くの友人に相談したところ、タイラーの「T」と語呂がいい"Turn it Out With Tiler"という案が出され、即決しました。ガラ公演を行う際も、ただの「タイラー・ペック・アンド・フレンズ」というタイトルにはしたくなかったので、よく知られるようになった、このハッシュタグ・フレーズを採用したのです。

――あなたのSNSの投稿を楽しんでいる人は多いと思います。

ペック 昨年、父を亡くし、本当に辛い時期を過ごしましたが、NYCBで振付をすることになっていたので、5日後には現場に戻りました。ずっと落ち込んではいられません。私はポジティブな人間で、物事の明るい面を見るようにしています。私のSNS動画からも、そのように見えると思います。

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2024年2月、NYCBで初演されたタイラー・ペックの振付作品"Concerto for Two Pianos"、デヴィッドH. コーク・シアター © Erin Baiano

――昨年お亡くなりになったお父様に捧げられた、この作品"Concerto for Two Pianos(2台のピアノのための協奏曲)"(音楽:プーランク)は、今年2月にNYCBで初演されました。

ペック NYCBは、バランシンとロビンスの作品を受け継いでいく「家」のような存在です。この場所で、私たちは一生をかけて彼らの作品を踊るために研鑽を積んでいきます。一方、NYCBに創作をしに来る新しい振付家は、多くの場合、コンテンポラリーな作品を創る傾向にあります。それは素晴らしいことですが、私自身はクラシック・バレエを前進させる一助になれれば、と願っています。

――NYCBのプリンシパルとしての活動と並行して、今後も振付や公演を主催していきたいと思われますか。

ペック ダンサーとして踊るときは、振付家の考えたステップを自分の好きなように解釈できるという楽しみがありますが、私自身がショーを企画し、監督するときは、何もないところから作品を創り出し、ダンサーを選んで、私の意見を聞いてもらいます。それは今後も、やり続けたいことでもあり、自分でも向いていると思います。

――女性ダンサーで振付をされている方はまだまだ少ないですね。

ペック 意識したこともありませんでしたが、確かにそうですね。先駆者として、このようなロールモデルを見せることが大切だと思います。

――プリンシパル・ダンサーと振付家との両立は難しいですか。

ペック ええ。バレリーナとして、まだ十分なキャリアもあるので、両立は難しいです。NYCBの『くるみ割り人形』の時期でしたが、少し余裕があったので助かりました。スタジオに6時間こもって、バレエクラスの直後、まだ体が温かいうちに、最初の3時間を自分の踊りの練習に充て、残りの3時間はトウシューズを履いたまま、振付に充てました。ダンサーたちの前に立って踊り方を見せるわけです。

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振付中のタイラー・ペック © Mark Mann

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Só Dançaのブランド・アンバサダーとして"Love, Tiler" コレクションを展開している

――レオタードのデザインもされているそうですね。

ペック "Love, Tiler"というダンスウェア・コレクションのデザインをしています。ファッションが好きで、街着よりも長い時間レオタードを着ている自分は、ダンスウェアをデザインするのに向いていると思います。ストラップを固定したりする必要がない、機能的でベーシックなレオタードを着て、自分らしさを表現してほしいのです。

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絵本"KATARINA Ballerina"(第1巻、シリーズ全2冊)

――子ども向けに「Katerina Ballerina」という絵本も執筆なさいました。

ペック テレビや舞台で活躍している俳優カイル・ハリスとショーで共演したときに意気投合して、彼に書いてもらった詩を基に絵本を作りました。主人公のカテリーナは、クラスのみんなの中で最高のテクニックを持っているわけではありませんが、彼女のダンスには、皆が見たくなるような、内側からの光があります。子供たちに、他の人と同じように見える必要はないということを伝えたかったのです。最高のダンサーになるために、理想的な脚を持っている必要はありません。バレエを通して私が学んだこれらの教訓を、これからダンスを始める若い人たちに教えてあげたいのです。

――本業のダンサーとしてのお仕事と、その他の活動のバランスをどのように取っていらっしゃいますか。

ペック 私は何よりもまず、踊ることが大好きなダンサーです。他のことはすべて、私がダンスを愛していることの延長にすぎません。

――バレエダンサーとして充実している時期かと思いますが、現在の心境を教えてください。

ペック いろんな地域を回って、他の人が踊っているのを見ると、ダンスについて学ぶことが多く、多様な文化についても知ることができます。それらの経験はすべて自身の舞踊に反映されるようになっていきます。こうしてダンサーは成熟していくのです。若い時分は、テクニックだけが自分の拠り所ですが、芸術性を高めるための人生経験が足りないものです。今はその両方が揃った最良の時期なので、現在の自分の恵まれたキャリアを享受したいと思っています。

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