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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2017.03.10]

グラハムのオリジナルとシディ・ラルビ・シェルカウイ作品などをマーサ・グラハム・ダンスカンパニーが上演した

Martha Graham Dance Company マーサ・グラハム・ダンスカンパニー

アメリカのモダンダンスを築いたマーサ・グラハム・ダンスカンパニーの公演がニューヨークで行われた。今年はグラハムのオリジナル作品と外部振付家の新作を取り交ぜた三つのプログラムで2週間公演され、そのうちのグラハムの特徴と言えるギリシャ神話ものを含むプログラムCを見た。

ny1703d_01.jpg Abdiel Jacobsen and Ben Schultz in "Clytemnestra"
Photo by Brigid Pierce

『クライテムネストラ(Clytemnestra)』はマーサ・グラハム(Martha Graham)のギリシャ神話を扱った代表作の一つ。本来フルナイトの作品だが、今回は第2幕のみが上演された。愛憎を交える複雑な物語であり、しかも第二幕のみの上演ということもあり、同カンパニーの芸術監督のジャネット・エイルバー(Janet Eilber)がストーリーを解説して舞台は始まった。

ストーリーを紹介すると、ミューケナイの王アガメムノンの妻クライテムネストラは、前夫のタンタロスと娘のイフジナイアを殺害したアガメムノンを恨んでおり、10年間の戦役から帰ってきた夫を、彼の留守中に愛人となったアジャスティスと組んで殺す。殺されたアガメムノンは亡霊となって、クライテムネストラとの間に生まれた息子のオレステスと娘のエレクトラを誘導し、妻とアジャスティスを殺害する。女性が戦利品として扱われた時代の愛憎を描く、典型的なギリシャ神話の物語である。

ny1703d_03.jpg PeiJu Chien-Pott in "Clytemnestra" Act 2
Photo Brigid Pierce

幕が開くと、舞台の上にはイサム・ノグチ(Isamu Noguchi)による素晴らしいセットが置かれ、椅子に座ったオレステス(アブディエル・ジェイコブセン/Abdiel Jacobsen)、Xの形に立てた槍のセットの後ろに立つアガメムノンの亡霊(ベン・シュルツ/Ben Schultz)、ベッドに横たわるアジェスティス(ロレンゾ・パガーノ/Lorenzo Pagano)、ベッドに寄りかかって眠っているクライテムネストラ(ペイジュ・チェン・ポ―/Paiju Chien-Pott)が現れる。アガメムノンが呪うように手を震わせると、上体を震わせて苦しむクライテムネストラ。彼女は赤い布で全身を覆っており、これは血を意味している。立ち上がった彼女は悶えるように動き、悪夢に悩まされているかのように踊る。エレクトラ(シン・イン/Xin Ying)が怒りを表現する3人のコーラスと一緒に現れる。エレクトラはオレステスを責めるように踊ると、オレステスは頭を抱えて悩む。アガメムノンの亡霊が息子に近づき、憑りつく様を見せる。エレクトラが弟に語り掛けるように踊る。母親殺しを説得しているのであろう。自分を責めるように苦しむ弟。しかし、二人の間で企てが合意される。クライテムネストラは赤い布を脱いで黒と金のドレスになって、素晴らしいピッチターンを見せながら踊る。彼女は夫の亡霊に気づき、二人の子供と夫の亡霊に向き合う。子供たちに責められるクライテムネストラ。踊りというより芝居を見ているようだ。しかし、素晴らしい踊りになっている。ハリム・エル・ダブー(Halim El-Dabh)による抽象的な音楽を素晴らしく使っている。二人の子供を後ろから押すようにする父親の亡霊。母親に剣を突きつける子供たち。ベッドに横たわるアジェスティスをかばおうとして、オレステスの刃にかかるクライテムネストラ。アジェスティスは逃げ、苦しむオレステスの姿で終わる。クライテムネストラのチェン・ポーは流石の貫禄で、素晴らしい。エレクトラを演じたインは昔のプリンシパル、木村百合子を連想させるダンサーだ。オレステスを演じたジェイコブセンは表現力もテクニックも満足させる、楽しみなダンサーである。

ny1703d_05.jpg Xin Ying Abdiel Jacobsen Lorenzo Pagano and PeiJu Chien-Pott in "Clytemnestra" Photo by Brigid Pierce
ny1703d_04.jpg Xin Ying and Lorenzo Pagano in " I Used To Love You"
Photo by Brigid Pierce

このプログラムに含まれた新作の一つ、『昔あなたを愛していた(I Used To Love You)』は、1941年にグラハムが手掛けたコメディ作品の『パンチとジュディー(Punch and the Judy)』だが、エイルバーが振付家のアニーB・パーソン(Annie-B Parson)に依頼して、あらためて製作しなおしたもの。しかし、グラハムの作品を再生するのではなく、パーソン独自の作品としてイメージしなおす形にしたという。グラハムのオリジナル作品の映像が後ろに照射されながら、テイ・ブロウ(Tei Blow)の音楽にウィル・エノ(Will Eno)によるナレーションが流れる中で上演された。
華やかな衣裳の3人の女性がマイクロフォンを前に椅子に座って、台詞を喋りながら、激しいドラムの音と共に動く。軽快な音楽が流れる中、3人が喋ったり回転椅子に座ったまま床を蹴って動いたりする。主人公のジュディ役のシン・イン(Xin Ying)が登場して踊る間、3人がナレーションを続ける。夫のパンチが現れ、夫婦一緒に踊り出すが、途中から口喧嘩となる。娘が登場するが、途中から壊れた人形の様になった娘をジュディが抱きかかえると、娘をかまう妻を諫めるパンチ。娘とパンチが一緒に踊ると、娘ははしゃぎだす。しかし、夫には男の恋人がいた。スクリーンに昔のバージョンの映像が映っているが、突然映像が消える。オリジナルフィルムが切れたので、という説明が映し出されて、そのままブラックアウトになる。男二人が眠っている間にジュディが出てきて楽し気に踊る。後ろのスクリーンに彼女の映像が照射される。ジュディの激しい不満を表現するような踊りだ。娘が出てきて、寝ている男たちが目を覚ます。後ろにグラハムの写真が映写される。結局、これは夫婦の問題と片付けて終わる。
この作品はあまりにも焦点をたくさん置きすぎており、振付家の主張も考え方も、解釈も見えない。恐らくはアメリカの20世紀半ばのコメディー、『パンチとジュディー』を知っている人には何かイメージを与えるのかもしれないが、当時を知る人も今は少ないと思われ、残念ながらこの製作は成功したとは思えない。

もう一つの新作はモロッコ人の血を引くベルギー人振付家、シディ・ラルビ・シェルカウイ(Sidi Larbi Cherkaoui)による『モザイク(Mosaic)』。暗いステージの中、ダンサーたちが固まってポーズを取っている。フェリックス・バクストン(Felix Buxton)による、インド風の音楽が流れると、女性の滑らかな大きな動きのソロが始まり、他のダンサーたちが一人ずつ踊りに加わる。グループが崩れてダイナミックにダンサーたちが踊る。複雑な手の動きを使うが、さほど奇妙ではなく比較的受け入れやすい、円周運動を多く使った動きだ。ダンサーたちはグラハム・テクニックとは全く違う動きだが良くこなしており、動きの楽しさが伝わってくる。盛り上がったところで全員中央にかたまり、象徴的なイメージになるが、一人がはじき出される。その後、暗い照明に戻り、今度は四角を多く使った動きとなる。音楽もリズミックなものになる。インド舞踊を取り入れた、滑らかでダイナミック動きが続く。わずかにちかちかしたバイブレーションの照明も使用された。くねくねとした動きは、強いセンターが必要と思われた。途中で全員が衣裳を脱いでミニマルなコスチュームとなると、筋肉の動きが強調された。最後に全員が中央でポーズを取ってバイブレートした後、一人がサスに残って激しくバイブレーションして終わる。ダンサーたちが楽しんでいるのが分かり、観客も楽しめた作品であった。

ny1703d_02.jpg (L to R)Leslie Andrea Williams  Lorenzo Pagano  Anne Souder Lloyd Mayor Anne O’Donnell and Abdiel Jacobsen in "Mosaic" Photo by Brigid Pierce ny1703d_06.jpg Xin Ying Center Leslia Andrea Williams Abdiel Jacobsen in "Mosaic". Photo by Brigid Pierce

Cプログラムの最後を飾ったのは、グラハムの最後の作品、『メープル・リーフ・ラグ(Maple Leaf Rag)』であった。スコット・ジョプリン(Scott Joplin)の同名の曲を使ったものである。これは、グラハムが自分自身の作品をパロディーにしたものだという。舞台中央に長いベンチが置かれている。男性がユニタードの女性を頭上高くリフトして舞台を横切ると、舞台奥からユニタード姿のダンサーたちがベンチを囲むように走って、リードの女性(ローレル・ダリ―・スミス/Laurel Dalley Smith)をベンチに残して去る。すべての動きは典型的なグラハム・テクニックだ。「ああルイ、『メープル・リーフ・ラグ』を弾いて」と昔の音楽監督、ルイ・ホーストにせがむグラハムの声で、陽気な音楽が始まる。それに乗って楽し気に踊るダンサーたち。女性はユニタード、男性はタイツのみ。因みにこの衣裳はカルヴァン・クライン(Calvin Klein)によるもの。全く飾り気がないだけに、真に美しい肉体が要求される。
作品はまさにグラハム・テクニックのショーケースであるとともに、グラハムのユニークなセットの使い方も見せている。中央のベンチの足は下が弧になって揺れるようになっている。これを自在に使って振付けられている。スムーズなリフトや素晴らしいテクニックが展開しながら、常にダンサー同士の間にコネクションがあり、それだけで作品を意味あるものにしているのが分かる。ギリシャ神話に出てくるような悲劇的な動きをするダンサーたちを、びっくりしたように見ているダンサーが拍手をする。グラハムのジョークが満載だ。まさに天才の仕事で、全体がぴしりとまとまっていて、メッセージを確実に観客に届け、しかも楽しませる作品である。

今回の公演を見て考えさせられたのは、ダンサーたちの質は相変わらずワールドレベルで素晴らしいが、グラハムが世界を制覇した本来の作品があまり見られないこと。やはり、ギリシャ神話を扱った大作はフルナイトで見たいと思われた。同カンパニーは2012年にハリケーンでセットや衣裳の多くを失うという不幸にも見舞われており、可能であれば国の支援などでこうした損失を復活させて、アメリカの国宝ともいえるグラハム作品をリバイバルしてほしいものである。
(2017年2月19日午後 Joyce Theater)