ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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三崎 恵里 text by Eri Misaki 
[2016.12.12]

振付家、教師として世界のダンサーに大きな影響を与えた平林和子追悼公演にスタンディング・オベーションが手向けられた

企画名: Kazuko Hirabayashi Memorial Celebration
平林和子追悼公演

今年3月に82歳で逝去した日本人振付家で、教師として世界中のダンサーに大きな影響を与えた平林和子の追悼公演が、11月7日にニューヨークで行われた。当日は平林と関りがあった多くの著名なダンサーやカンパニーが踊るとあって、会場のシンフォニー・スペースは満席となった。

ny1612d_01.jpg (C) Stephanie Berger ny1612d_02.jpg (C) Stephanie Berger
ny1612d_18.jpg Photo provided by Daniel Madof

舞台中央に若い頃の平林の着物風の衣裳を着た写真が映写され、それに向かって正座している人影のシルエットと共に観客全員が黙祷をささげ、公演は始まった。
最初に男性ダンサーのために振付けられたという平林の作品『冬眠(Hibernation)』の二つのヴァージョンが踊られた。1982年作のものは、般若心経の詠唱を基にした音楽を使っており、リモン・ダンス・カンパニーのキャスリーン・アルター(Kathryn Alter)が踊った。女性がこの作品を踊るのはこれが初めてという。1991年作には聖音の「オーム」という詠唱を使った音楽が使われ、この作品を平林が直接振付けた植山武博(Takehiro Ueyama)が踊った。いずれも苦悩する心を描いている。悩み、苦しみ、もがいて佇む人生のひと時を動物の冬眠にたとえ、複雑な動きを交えず、シンプルでありながらしっかりとメッセージを伝える、古き良きモダンダンス作品である。

『冬眠』を皮切りに、10人の振付家の作品が踊られた。それらの作品の合間を縫うようにしてダニエル・メイドフ(Daniel Madoff)制作の、平林の人生の軌跡を辿る映像が流された。

ny1612d_03.jpg Kathryn Alter『冬眠(Hibernation)』
(C) Stephanie Berger
ny1612d_04.jpg 植山武博『冬眠(Hibernation)』
(C) Stephanie Berger

1933年に愛知県名古屋に生まれた平林は、第二次大戦後、日本の大学で法学部を卒業したにも関わらず、演劇、生け花、外国語、琴などを学び、能を好んだ。(平林は後に自分のカンパニーのロゴに能面を使った。)  結婚するか弁護士になるかを迫られ、渡米を決意する。当時の日本の常識からすると、数十年先を行く平林のものの考え方だった。1958年にシアトルに到着した時、トゥシューズに興味を持ち、ニューヨークに到着するとABTでバレエのレッスンを取った。1962年にジュリアード・スクールに入り、当時活躍していたアメリカ第一線の振付家たちに学んだ。特にアントニー・チューダー、マーサ・グラハム、そしてマース・カニンガムの影響を強く受けた。グラハムのカンパニーで踊る傍ら、彼女自身もジュリアード・スクールで教えたり作品を創るようになる。平林の作品はアジア文化を取り入れた新しい作風と高く評価される。上映された映像には平林がマーサ・グラハムの『プリミティブ・ミステリー(Primitive Mystery)』や、強いテクニックと表現力でジャズダンスを踊る姿が収められていた。ジュリアードとアルヴィン・エイリー・スクールに加え、州立大学パーチェス校でも教え、またマーサ・グラハム・スクールでは1972年から1974年までスクールのディレクターを、1994年から1996年までマーサ・グラハム・アンサンブルのディレクターを務めた。
映像には平林の愛された人柄を語るエピソードも多く含まれた。平林は日本に居るころから熊が好きで、自宅にも熊のぬいぐるみをたくさん持っていた。また、メンターとして慕い敬ったアントニー・チューダーとは、ジュリアード・スクールでは教師として同僚だったが、ある日チューダーのクラスを追い出された(理由は不明)。が、翌日何事もなかったかの様な顔でクラスに戻ったという。彼女の作品の一つ『春の祭典(Rite of Spring)』の、時折爆笑を交える和やかなリハーサル風景は、映像を見ている観客にも笑いをもたらした。

ny1612d_19.jpg 『Primitive Mysteries』
Photo courtesy of the Martha Graham Center
ny1612d_20.jpg Photo courtesy of Kathryn Maclellan
ny1612d_15.jpg Photo provided by Daniel Madof ny1612d_16.jpg Photo provided by Daniel Madof
ny1612d_17.jpg David Chase, Robert Swinston, Kazuko Hirabayashi in Rahoman
Photo provided by Daniel Madof

平林に学び、強く影響を受けた世界中のアーティストたちからのビデオメッセージが映像に含まれていた。その中には元マーサ・グラハム・ダンスカンパニーのプリンシパル木村百合子、バットシェヴァ・ダンス・カンパニーの創立者オハッド・ナハリン(Ohad Naharin)、日本の新国立劇場舞踊部門プロデューサーの望月辰夫などのものが含まれており、会場から歓声が湧いた。

映像や写真の前で踊られた作品の中からいくつか紹介すると、平林に振付家としての才能を開発してもらったというジル・エコー(Jill Echo)による、『イズ・イット・ポシブル(Is It Possible)?』は、グラハム・テクニックを中心としたモダンダンス・テクニックのデモンストレーションで、恐らくは平林のクラスを再現したものと思われる。日本人の亀井彩花を含む、ダンスの名門ニューヨーク州立大学パーチェス校で平林に学んだ若いダンサーたちによって踊られた。
往年のマーサ・グラハム・ダンスカンパニーのプリンシパル、クリスティーン・ディキン(Christine Dakin)は、グラハムの1930年の名作、『ラメンテーション(Lamentation)』を踊った。卓越した表現力で知られるディキンは、黒っぽい、筒になった伸縮の利く布の衣裳の穴から、警戒して外を見るような、かと思うと穴から抜け出そうとするような、あるいは閉じ込められた穴から救いを求めるような、悲しみや苦悶、痛みを交えた、誰にも見られたくない自分だけの姿を描いて見せた。これまで、この作品を幾度となく見てきた私だが、この日初めてこの作品を理解できたと思った。

ny1612d_05.jpg 亀井彩花 (C) Stephanie Berger ny1612d_06.jpg Christine Dakin『Lamentation』
(C) Stephanie Berger
ny1612d_10.jpg 『Short Story』(C) Stephanie Berger

『ショート・ストーリー(Short Story)』は、ニューヨークで長年地道にモダンダンス振付家として活動してきたダグ・ヴァロン(Doug Varone)の作品。ヴァロンと、やはりグラハム・カンパニーの往年のプリンシパル、テレス・カプシリ(Terese Capucilli)のデュエットで踊られた。二人とも一線を退いたとはいえ、シャープな動き、かつ豊かな表現力で観客を圧倒した。長い年月を共にした夫婦のいたわり合いと語らいのような作品で、怒りと悲しみで荒れ狂い、疲れて慰め合って労わり合う。それでも分かり合えない孤独感、人生そのものを数分間で描いている。カプシリの表現が現役の時以上に素晴らしかった。

その他に踊られたのは、ジョージ・フェイゾン(George Faison)のファンキーなモダンダンス『オーティス組曲(Suite Otis)』、マース・カニンガムの静かで美しい作品『Un Jour ou Deux』。アントニー・チューダーの年の作品『葉は色褪せて』(ステラ・アブレラとアマンダ・マッケローのステージング)は、ABTのスカイラー・ブラント(Skylar Brandt)とガベ・ストーン(Gabe Stone)が踊った。アルベルト・エステバネズ・ロドリゲス(Alberto Estebanez Rodriguez)によるフラメンコとバレエを折衷した美しくも情熱的なデュエット『Se Nos Rompio El Amor』、オハッド・ナハリンのこの会のために振付けられた『オマージュ(Homage)』、カイル・アブラハム(Kyle Abraham)の『静かなダンス(The Quiet Dance)』。ロバート・バトル(Robert Battle)『目覚め(Awakening)』は、大きなスケールでの人々の苦悩を描いたと思われる迫力のある作品で、瀬河寛司(Kanji Segawa)を含むアルヴィン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアターのダンサーたちによって踊られた。
後半では、平林が住んだニューヨーク市郊外ハリソンの家の映像が映し出され、その家のドアから平林が出て来て観客をはっとさせた。林の中の大きな家で、2014年3月に撮影されたものだ。既に発病してやつれた平林は晩年は声が出ず、タブレットに指で字を書いてコミュニケーションを取っていた。にも拘わらず、「I am so happy」と書いて、あどけない笑顔を見せた。長い間一緒に仕事をし、家族ぐるみの付き合いだったという、ロバート・スウィンストン(Robert Swinston)の「Thank you Kazuko」という声が人々の声を代弁するようだった。平林が無邪気に木の向こうから覗く姿を映し出しながらも、苦しそうな息遣いが流れた。

ny1612d_07.jpg 『Un Jour ou Deux』(C) Stephanie Berger ny1612d_08.jpg 『葉は色褪せて』(C) Stephanie Berger
ny1612d_09.jpg 『Se Nos Rompio El Amor』(C) Stephanie Berger ny1612d_11.jpg 『静かなダンス』(C) Stephanie Berger

最後に踊られたのは、平林の2010年の作品、『菊と刀(The Chrysanthemum and the Sword)』。マーサ・グラハム・ダンスカンパニーのプリンシパル、シャーロッテ・ランドロウ(Charlotte Landreau)とホセ・リモン・ダンスカンパニー(Jose Limon Dance Company)のジェシー・オブレムスキー(Jesse Obremsky)が踊った。平林の最後の作品というこの踊りは、第二次世界大戦当時を描いたものらしく、刀を振り回す男に、悲しみを隠せない女を描いている。愛し合いながらも、自由に人生を追及できなかった人々の葛藤をデュエットにしたものと思われ、これは平林の反戦歌であろう。
映像の中で最後の作品について、平林は「世界の混沌(Chaos of the world)を描く」と語る。「このダンスには希望はない。ヘルプレスのダンスだが、それでも(しばらく沈黙)、それでも希望はある」と話した。そして、ダンサーの協力なしではできないと語る平林の感謝の言葉とともに、公演の最後にお辞儀をする平林の姿で映像は終わった。その前に最後に踊ったランドロウがスクリーンに向かって正座をして座り、われわれはそれがこの追悼公演の一番最初の場面であったことに気づいた。
映像の中で頭を下げている平林に、観客全員からスタンディングオベージョンが手向けられた。
(2016年11月7日夜 Symphony Space)

ny1612d_12.jpg 『目覚め』(C) Stephanie Berger ny1612d_13.jpg 『菊と刀』(C) Stephanie Berger
ny1612d_14.jpg (C) Stephanie Berger