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三崎 恵里 text by Eri Misaki  
[2015.12.10]

能『羽衣』をウェランとソトウが踊り、舞踊やオペラなどの表現を転換して見事な舞台を創った

BAM Next Wave Festival ウエンディ・ウェランとジョック・ソトウが踊る『羽衣』
International Contemporary Ensemble インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブル
"Hagoromo" Choreographed by David Neumann, Conceived and directed by David Michalek
『羽衣』デーヴィッド・ニューマン:振付、デーヴィッド・ミカレク:創案・演出

毎年、次世代を築くであろう斬新な作品やカンパニーを世界中から招待して行われる、BAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)のネクスト・ウエーブ・フェスティバル(Next Wave Festival)はニューヨークでも定評ある文化祭典だ。このフェスティバルには将来性のある新しい作家だけでなく、例えば山海塾のような大御所的な存在のカンパニーの斬新かつ大胆な作品が紹介される。今年このフェスティバルの中に、昔ニューヨーク・シティ・バレエのプリンシパルとして活躍した、ウェンディ・ウェラン(Wendy Whelan)とジョック・ソトウ(Jock Soto)が参加した制作があった。しかも、テーマは日本の能「羽衣」に基づくものだ。
BAMのハーヴェイ・シアターは古い劇場だが、ぼろぼろになった壁や階段などを敢えて残して、古き良き時代の劇場の味わいを残した、雰囲気のあるシアターだ。ステージも普通の大劇場よりは小ぢんまりとしているが、天井は高く、2階席の上まである。こだわりの強いアーティストの多くは、BAMの本劇場よりは、離れのようなこの劇場の方を好む傾向がある。

ny1512a_01.jpg 「羽衣」ウェンディ・ウエラン
photo/Julieta-Cervant

インターナショナル・コンテンポラリー・アンサンブル(International Contemporary Ensemble )の意欲的な制作『羽衣』では、このステージの天井の高さを利用して、ステージを上下2段に分け、2階部分を壁に沿った回廊の用に作ってミュージシャンを配置、ステージそのものは能楽堂を意識したようにほぼ正方形につくり、本来、音楽家たちが陣取るオーケストラピットを埋めて黒く光る素材を張り、光が反射して、まるで暗い湖の様に見せた。作品は大きく二つの場、「天国(The Heavens)」と「地上(The Earth)」で構成され、休憩なしで演じられた。
四角いステージの中央に衣紋掛けが置かれ、黒字にオレンジ色の模様が入った、メタリックな薄く透き通る軽い四角い布がかけられている。2階回廊には如何にも宇宙を想像させる不思議な楽器が並び、抽象的なオリジナル曲の演奏の中(作曲:Nathan Davis、指揮:Nicholas DeMaison)、白い東洋風の衣裳を着たコーラス(Brooklyn Youth Chorus )の清らかな歌声が流れる。人影が横の壁に大きく映し出され、黒いユニタードの肘から先と膝から下がグラデーションで白くなっている衣裳を着たウェランが入場、ゆっくりと美しいフォームで歩く。これは能のシテの出と動きに似ている。月の宮殿という設定だが、ステージは暗く、華やかさはなくシンプルで、むしろ儀式的だ。ウェランは顔や手足を白塗りにしており、動きは直線的で質素だが、鳥肌立つ美しさだ。

黒子に操られて等身大の人形が二体現れる。ウェランに顔がそっくりで、同じ衣装を着ているように見えるが、体は金属の芯のみで頭と四肢だけの人形である。3人の黒子で一体を操作して、まるで人間かと思わせるスムーズで見事な動きだ(人形:Chris M. Green)。ウェランと2体の人形が一緒に踊った後、人形たちは舞台中央奥の丸い窓を開ける。それでこれが月だとわかる。二人の黒子によって、中央の衣紋掛けにかけられた布がふわりとウェランの肩にかけられる。羽衣を羽織った天女は、舞台の淵からしばらく下界を覗くと、羽衣を再び衣紋掛けにかけて舞台から消えた。
次に現れたのは、数人の黒子に操られる大きな白い猫のパペット。紙だけで作られた人形で、黒子たちは人形使いというよりは、動きで人形を表現するダンサーだ。猫は羽衣に興味を持ち、じゃれ始める。すると今度は小さな犬が出てくる。滑車に乗った黒子が折り紙の犬のパペットをもち、もうひとりが滑車を押して、犬のスピード感を出している。リアルに演じられる犬と猫の無邪気な布の取り合いの果て、ふわりと宙に浮いた羽衣は、舞台の淵から黒い下界に落ちてしまう。

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「羽衣」ウェンディ・ウエラン photos /Julieta-Cervant

場面は「地上」となる。黒子が黒い長い布を舞台の端から端へと渡し、抽象的な木のセットを舞台下手前に置く。舞台2階の回廊でドラムの音が響くと、教会の聖歌のようなコーラスの合唱が流れた。漁師白龍に扮したジョック・ソトウが登場。着物を想定したシンプルな衣裳だ。ドラムを叩いていたテノールのピーター・タンツィッツ(Peter Tantsits)が素晴らしい声で、白龍の心情を歌うなか、ソトウが抑えた動きを踊る。モダンダンスだが、流石に動きの流れが美しい。黒い布がうねって急に突風が吹き、白龍は風に翻弄され砂浜に打ち上げられたように仰向けに倒れる。羽衣が飛んできて、木にひっかかる。やがて天候は回復し、鳥がさえずる。黒子たちが扇をはためかせて、鳥か蝶々が起き上がった白龍の周りを飛ぶ様を表現する。白龍は木にかかっているきらきらと光る羽衣を見つけ、はためかせたり羽織ったりするうちに、この宝物を自分のものにしたいという衝動に駆られる。
そこへ天女が現れる。ウェランはオレンジとベージュの衣に同色の髪飾りという、最初とは全く違う華やかな衣裳だ。羽衣を白龍が抱えているのを見ると驚きと困惑を見せ、それは天の衣、人間は着られない、返して欲しいと迫るが、自分の物だと主張する白龍。そのやりとりを天女をケイトラン・キャロリー(コントラルト)が、白龍をタンツィッツが歌い、歌詞(Brendan Pelsue)がステージの上のスクリーンに流れる。ウェランとソトウはモダンダンスの抽象的な振付けでそれを表現。謡と舞でストーリーを展開させる、能のスタイルをここでも踏襲している。

羽衣の返却を拒否された天女は力を失い衰弱する。人形のように倒れるウェランを黒子が支える。振付けがシンプルであるが故に、ウェランのうっとりする美しいラインが強調されて、本当に宙に浮いているかの様な軽さだ。白龍は地に倒れる天女を見て哀れを覚え、天女の舞を見せてくれるなら羽衣を返すと言う。羽衣なしでは踊れないと天女は言うと、白龍は騙されるのではないかと疑う。人間の浅ましさを嘆く天女を見て恥じた白龍は、羽衣を天女に返す。
羽衣を羽織った天女は舞い始める。黒子たちが2体の天人の人形を連れて来て、ウェランとのトリオになる。天女は白龍にまとわりつくように踊りながら感謝の意を示す。この場面がウェランとソトウのデュエットになっている。ソトウのリフトで宙に浮く様なウェラン。美しい世界が広がる。やがて後ろ向きに飛びながら消える天人たち。そして天女も飛び去る。ひとり残った白龍は月に見入る。

ミカレクは数年前に日本の能の本の翻訳を読んでいて「羽衣」に出会い、この制作を思いついたという。黒子が操る人形劇を交えるためか、照明はほぼ全体を通じて暗く、衣裳や羽衣の布の色調も日本人の感覚とは全く違う選択をしている。敢えて日本人の感覚で言うと、白龍の衣裳には烏帽子か被り物が有ればもっと良かったし、羽衣は色がシルバーや白に近ければ更にイメージが掻き立てられたと思われる。しかし、日本の古典を西洋人の感覚で消化して複数のコンテンポラリー芸術フォーム(舞踊、オペラ、人形劇)に転換し、見事に異次元を表現した素晴らしい作品であった。特にウェランの動きはラインがバレエダンサーならではの美しさで、非常に魅惑的で、鋭いまでの印象を残した。
(2015年11月7日 BAM Harvey Theater)

ny1512a_04.jpg 「羽衣」ウェラン、ジョック・ソトウ photo/Julieta-Cervantes