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「特別インタビュー:イガール・ぺリー」

 
 ニューヨークのぺリ・ダンス・センターの創始者で、学校運営とダンサーの育成指導をなさっている、イガール・ペリーにインタビューしました。アメリカ在住のイスラエル人です。彼は同時に、ぺリ・ダンス・アンサンブルというカンパニーも持っていて、ダンスを振付け、芸術監督も務めています。現在、かつてスクールがあった場所の近くに、新しいダンス・センターを再オープンする工事中で、一時的にABTのスタジオを借りて授業を続けています。ぺリ・ダンス・スクールには毎年、日本人学生が多く留学していて滞在ビザをはじめペリーにお世話になっています。彼自身はとても親日家ですし、スクールの生徒たちに対してとても愛情あふれた眼差しで教育を行っている様子がひしひしと伝わってくるので、日本の読者の皆様にもぜひ紹介してみたいと思いました。実物は、とても人柄の良さそうな、感じの良い方です。

ぺリ・ダンス・センターを移転して今年秋に、再オープンする予定だそうですね

ペリー:はい。秋を希望しています。工事が長引く可能性がありますが、今年中に再オープンを予定しています。

今度のスクールには、そこでパフォーマンスができるように、シアターもつくられるのですね。

ペリー:はい。2つの大きなスタジオを作って、それをシアターにチェンジして使えるような仕組みにします。スタジオ・シアターです。私は3階建てのビル全体を長期間の賃貸契約ができたのでダンスセンターにする予定です。

ダンサーとしてのキャリアをお聞かせください。

ペリー:イスラエルで、イスラエリー・フォーク・ダンサーとして、キャリアをスタートしました。12~13歳頃です。イスラエルでは、フォークダンスは若者にとってとてもポピュラーなものです。若者が、クラブやディスコに踊りに行くように、イスラエルでは、私たちはフォークダンスをしていました。その後、イスラエルにもディスコなど他の国の若者のダンスが入ってきました。当時の私たちにとっては、フォークダンスが、外に踊りに行くエンターテイメントでした。17歳の頃に、イスラエルでダンスカンパニーに入り、本格的にダンストレーニングを受け始めました。私は、ダンスのトレーニングを受け始めたのは遅いスタートでした。

プロのダンサーになるためには、遅くスタートしたのは大変ではありませんでしたか

ペリー:私の身体はダンサーには向いていなかったので、たいへんでした。すごくハードに練習して努力しました。私はダンススクールで学んだ経験がなかったのですが、いきなりプロのダンスカンパニーに入り、トレーニングを毎日受けるようになったのです。理由は、1つには、ダンサーを志望する男性が少ないので、いつも男性ダンサーが不足気味だったことと、もう1つには、試しにダンスカンパニーがトレーニングさせてみて、プロとしての才能の素養がすごくある人は、すぐに採用されるからなのです。彼らは、私にはとても才能があると見込んでくれたのです。

それはすごいですね!おそらく、あなたの身体が、ダンサーとしてスタイルが良かった(グッドルッキング)こともあるのでしょう

ペリー:ノー!スタイルが良かったからではないです。私の身体は決してダンサーには向いていないのです。私の潜在的な才能が、アーティスティック、繊細、そして、とても音楽的(ミュージカル)だったからダンサーとして採用されたのです。ダンサーになるためには、「音楽的」であることがとても重要なのです。

私は、あなたの振付作品がとても好きなのですが、全部の振りが流れるようにつながっていて、複雑ですよね。クラシック・バレエのトレーニングを受けたことがあるのでよく理解できますが、ダンサーにとっては、踊るがとても難しい振付ですね。

ペリー:ありがとう。はい、私の振付は難しいですが、踊ると楽しいですよ。

4月に、ユニオンスクエアーで行われた授賞式で招聘されたあなたの新しいパフォーマンスを拝見しましたが、とても斬新で面白かったです。”こんな振付も作るのか!”と驚きました。

ペリー:ああ、クレイジーな作品でしょう?私は様々な違うスタイルの振付をするのが好きなのです。1つだけのスタイルをやり続けるのは好きではないです。作品によって、私は様々なスタイルを選んで振付けします。私のやり方で、常に、自分自身に制限をつけません。

どのように振付けていくのですか。

ペリー:いつもスタジオでいきなり作り始めます。私は決して、家で前もって考えてきたり、計画を立てたりしません。ダンサーと共に、彼らに動いてもらって、それを観ながら変化させて振付けていきます。もちろん、アイデアは考えて頭に浮かべていることはありますが、そのアイデアは実際にスタジオでダンサーたちを動かしているうちに、常に変化していくのです。

あなたのダンスカンパニーであるぺリ・ダンス・アンサンブルは、いつスタートなさったのですか。

ペリー:まず1983年にダンス・スクールをニューヨークで始めました。1年後に84年にダンスカンパニーを始めました。

ダンサーはカンパニーに何名所属していますか?

ペリー:作品ごとに異なります。公演をするときには大勢のダンサーをピックアップして増やしますが、海外にツアーに行く時は8人から10人くらいで、例えば去年の夏はイタリアに行きました。もうすぐ新しく自分のスタジオ・シアターがオープンしたら、もっとカンパニーの公演回数を増やす予定です。まだ分からないですが、出来れば、例えば毎月1回レギュラー公演をするのが希望なのです。回数はまだはっきり決まっていませんが。例えば2、3週間に一度とか。シリーズでレギュラー公演をしていきたいです。そうすることによって、私たちは、よりたくさんの作品を作っていくことができます。

あなた自身が振付をしていくのですか。

ペリー:私だけではなく、他の人々にも振付けてもらいます。特に、若い振付家にも参加していただいて、新しいエネルギーを吹き込んでいきたいです。

現在のあなたにとっては、ダンスカンパニーとしての活動よりも、ダンス教育の活動に力を入れているのですか。ダンス教育の方が大切なのでしょうか。

ペリー:ノー。私にとっては両方大切なのです。プロのダンスカンパニーを持つためには、プロとしてのハイレベルの教育はとても重要です。ハイレベルで高いクオリティーで、高い訓練をされたプロのカンパニーという目標には、教育が必要です。私にとっては、プロとしてのカンパニーと、プロのためのハイレベルな教育と2つとも大切です。私は現在も、毎朝、クラスを受け持っていて教えています。アマチュアのためのダンス教室にはあまり興味がありませんが、プロのためのダンス教育には興味があります。

ダンスカンパニーの芸術監督と運営と、ダンススクールの運営を同時に一人でこなしていらっしゃいますが、ビジネスを維持するのは大変なことではないですか。

ペリー:はい、大変ですよ。それでも、簡単にお金を作るためにアマチュア向けのクラスを作ったり、そういうことはしません。あくまでも、プロ向けのクラスだけを開講しています。ダンススクールをしているのはビジネスのためですが、本来私がやりたいことは、ダンスカンパニーと、プロ向けのダンス教育なのです。

多くの日本人学生を受け入れて、滞在するための学生ビザなどの面でも助けてきていますよね。

ペリー:はい。私のスクールの留学生は日本人が多いです。60%が日本人、30%は他の国の人々ですね。日本人にとってニューヨークは留学しやすい場所ですから。例えば、フランスに留学するのは遠いから、日本人にとっては大変でしょう。ヨーロッパの人々にとっては、近くのフランスなど他の国にちょっと留学するのはもっと簡単なことですから。そんなわけで、私のスクールには日本人が多いのだと思います。学生には学生ビザを出しています。3年間学生ビザで学んだら卒業して、その後1年間のプラクティカルトレーニングのビザを取得できます。その1年間に、彼らはアメリカに滞在して、ダンスカンパニーに所属してみたり、試すことが出来ます。その後、多くの日本人卒業生は、帰国して日本でダンス教育に従事する人が多いです。中には、アメリカにもっと長く残って、ダンスカンパニーに所属してダンサーとして活動する人々もいます。私にとって、ダンスとは、国際的でなければならないのです。ダンスには、異文化の対話がなければならないと考えています。ダンスをはじめ、芸術は、違う文化の人々が対話できる唯一の方法です。戦争や政治は良い対話ではないと思います。芸術はとても良い対話なのです。これは、私のミッションの1つでもあります。
もちろん、私の一番のミッションは、とてもハイレベルなプロフェッショナル・ダンス・カンパニーです。

http://www.peridance.com/