ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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 皆様、こんにちは。ニューヨークは、ずっと異常気象で不気味なくらい暖かかったのですが、最近やっと寒くなってきて、雪も降りました。通常、ニューヨークの冬は寒いものなので、寒くなってほっとしました。  さて、今月号は、芸術監督・振付家として大活躍中の、金森穣のインタビューも盛り込みました。今後、世界でますます注目されるだろうと期待しています。彼が率いるNoism07の『NINA Materialize sacrifice - 1st part』の公演がニューヨークで行われ、読者の皆様に代わって、作品を作る側の目線で、ダンサーや振付家が彼に聞いてみたいような内容を質問してみました。

ニューヨークの金森穣に聞く

金森穣/演出振付家・ダンサー。りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・舞踊部門 芸術監督、Noism05芸術監督。幼少より父、金森勢に学ぶ。ルードラ・ベジャール・ローザンヌにて、モーリス・ベジャールらに師事。ネザーランド・ダンス・シアターII、国立リヨン・オペラ座バレエ、ヨーテボリ・バレエを経て、2002年に帰国。2003年、朝日舞台芸術賞・舞台芸術賞、キリンダンスサポートをダブル受賞。2006年、第37回舞踏批評家協会賞、松山バレエ団芸術奨励賞受賞。

---振付については、音楽が先にあってイメージを膨らましていくのでしょうか、それとも、振付が先に浮かんでいて音楽を後で探して当てはめていくのでしょうか?

金森 『NINA - 物質化する生け贄』の場合は振付が先でした。音楽はなかなか作曲家が送ってくれなかったので、時間がなかったため、振付をどんどん先に進めました。


金森穣
---音楽は『NINA - 物質化する生け贄』のために作曲したのですか。

金森 そうです、オリジナルです。作曲家はアンで思う音楽を作るということ、こちらはこちらで体のあり方に基づいた動きを作ってみて、音が出来たら、そこに体の動きを当ててみました。

---振付は、まずご自分の頭の中で組み立てて作ってみてご自分で動いてみて鏡に映して作るのか、ダンサーを動かしてみてだんだん作っていくのか、どのようにやっていますか。

金森 両方ですね。作り方は本当に、音楽に対してのアプローチの仕方も、動きを作る作り方も、毎回作り方が違います。特定のスタイルを持ちたくないから、そのつど、色々なことにトライしてみています。あるテーマを与えてダンサーに即興で動いてもらって作るときもあります。今回の『NINA』は全部自分で作りました。いちいち“こうして”“ああして”と振りを自分で示して一緒に作りましたが、それでもこう、自分一人でスタジオで振りを作って“はい、これやって”という感じではなかったです。スタジオの中で自分がやって見せてから、ダンサーがやってくれている中に、必ずしも自分がやった通りではなくても良ければそれは生かしました。まあ、共同作業ですからね。

---振付の中で、リフトのやり方が難しくてレベルが高い、複雑そうだなと感じましたが、それは、ヨーロッパで学んだやり方ですか。

金森 そうですか。自分にとってはそんなに複雑なリフトはしていないつもりです。私の師匠の一人であるイリ・キリアンは、パ・ド・ドゥの美しさにおいては凄い方だし、彼のリフトに比べたら随分シンプルだと思います。彼のもとでダンサーとして踊ったし、彼から学んだことは大きいのでね。まあ、シンプルだと思います。

---そうですか。私が観たコンテンポラリーの公演の中では、金森さんの振付の、特にリフトは、とても抜きん出ていました。リフトをほとんど使っていない、空間的にぺっちゃんこな印象の公演は多いのです。金森さんは、きっと、これからどんどん世界で評価が高まって活躍していかれるなと感じています。振付のレベルは世界水準にいっていると思いました。金森さんが語ったことや書かれたことを色々ウェブで拝見させていただいたら、とても深く考えていて、しっかりしていらっしゃるので驚きました。ダンサーではなかなか、そこまで色々なことが見えていて理解している方は少ないと思います(ダンサーは、ずっとダンスの練習に朝から晩まで明け暮れなくてはならないので、専門職特有にその道一筋になって、どうしても視点が狭くなりがちなので)。やはり、金森さんは、10代から10年間も一人でポツンとヨーロッパに行かれたので、その分大変だったでしょうけれど、色々なことを学んで理解が深まったのでしょうか。

金森 ものは、小さい頃から色々考えていますけれど、自分が考えていることとか、やろうとしていることを、言葉で説明するということをし始めたのは、日本に帰ってきてからですから、まだ5年です。ヨーロッパにいたときは、作品のこととかテーマ、コンセプトについては一切話さないし、話さなければいけない状況にならないです。

---結果だけ、作品だけを見せるということですか。

金森 そうそう。それが良ければいいし。予算を市から取得するために、自分たちがやっていることを企画書に書いたりとか、そんなことをしだしたのは日本に帰ってきてからです。

---そうですか。金森さんのおっしゃることは興味深いので、これからも色々と語っていただきたいと思います。ところで、体力の維持のために、どんなことに気をつけていらっしゃいますか。例えば、普段の食事とか。

金森 食事は、特別なにかを我慢しているとかはないです。これは結果論なのですが、自分はアルコールが飲めないのですよ、アレルギーなので。タバコも吸っていたのですけれどやめました。ですから、結果的に今すごく健康な身体になっています。でも、お酒も飲めていたら凄く飲んでいただろうと思います。あんまり考えないですね。

---トレーニングはしていますか。

金森 トレーニングはしますよ。今はカンパニーができているから、観る側、作る側の立場で、自分が踊っているよりも観る時間のほうが多いです。それでも朝、クラスはしています。カンパニーメンバーに関しては、毎朝10時からクラシックバレエを基本にしたクラスをやって、リハーサルを6時までやる、これを週6日、隔週で5日間やっています。

---それはすごいですね。コンテンポラリーのダンスカンパニーで、そこまで毎日長時間、1日中練習を積み重ねているところは、ほとんどないですよね。

金森 そうです。ないですよね。そういう意味では、古典的ですよね。でも、ヨーロッパのコンテンポラリーのカンパニーでは、同じように、10時から6時までの練習をやりますからね。アメリカもそうかもしれないですが、プライベートのカンパニーだと、スタジオを持っていないじゃないですか。スタジオを借りるのにお金がかかるし、他にも色々なことにお金がかかるから、作品を作るために最低限の時間しかリハーサルをしないでしょうね。でも、ヨーロッパだったり、劇場の中のスタジオを使っていたり、それなりの環境が整っていれば朝から晩まで活動できるし、あるいはそうしなければ、身体なんてすぐに衰えますからね。

---練習時間を見ても、語っていることを読んでも、プロとしての意識が高いですね。

金森 自分にとっては当たり前のことだし、日本で初めて出来たプロフェッショナルのカンパニーとして、一般市民の税金から出来ていて、生活をしていけるカンパニーは、うちだけですから。誰もバイトをしていないし、ダンスだけで飯を食っていますからね。それだけの環境を得ているからこそ、それなりのトレーニングと、それなりのパフォーマンスを毎回していかないと成立しないです。説得力無いですから。

---どんどん、海外に出て行ってください!海外でも、必ず評価が高まっていきますよ。私はこれだけたくさん公演を観ているのに、金森さんの公演を観て、レベルの高さにびっくりしました。抜きん出ています。日本人でこんな人がでてきたなんて、とても嬉しいです。新潟市のカンパニーとして作るまでには、プレゼンテーションだとか、そこに至るまでは大変でしたか。

金森 いえ、そんなことないですよ。当然、自分の知らないところで、すごくたくさんの人が動いてくれたっていうことはあるでしょう。 自分が市長にお会いして説明したことであったり、新潟の劇場の支配人など運営している人たちに言ったことは極めてシンプルなのです。向こうから、自分に、芸術監督になってほしいというオファーがありました。“ダンスカンパニーができないのであれば、そのダンサーがダンスだけで生活できないのであれば、芸術監督にはなれない”、ということがはっきりしていましたので、本当に単純に、そこだけでしたね。なんで給料が必要でとかそれなりにテキストは書きましたけど、いちいち何回も足繁く通って説明してっていうことよりも、“自分を芸術監督として欲しいのであれば、自分が要請するものをください”っていう駆け引きが成立しました。ただそれだけです。

---そうですか。

金森 別に芸術監督になりたくなかったですから。だってカンパニーがなかったら芸術監督なんて意味ないですから。日本の各地方に劇場がたくさんあって芸術監督制度を設けていますけれども、それはあくまでもプロデューサー制度です。劇場にどういうものを中央から呼ぶか、そのために、地方の皆さんの税金を使って何を呼ぶかっていう選択をするだけのプロデューサー的なものには、すごく違和感があります。それでは税金の無駄使いだと思います。地方独自のものを何かそこで作って、そこから発信する何かを作らなければ、文化政策としていかがなものか?っていう考えは、自分の中にあります。それをするためにもダンサーに給料を払って、しっかり朝から晩までの活動して、こういうパフォーマンスができるわけですから。別に自分が芸術監督になって、金森穣芸術監督ってね、なんか別に注目されても面白くはないのです。実は、自分は日本をもう離れようと思っていたのです。

---そうですか。私も、“なぜこんな世界水準の人が日本に留まっているのかな”と、実は不思議に思いました。

金森 まさに新潟があったから日本に今いますけど、なかったら離れています。とりあえず、日本はもう無理だと思っていましたね。2年間やってみて、自分の今あるクオリティーをただ消費していく場所しかなくて、さらに上を目指す環境も無いですから。自分が踊ることに関しても、作ることに関しても、さっき言ったように、お金を払ってスタジオを借りて忙しいダンサーたちを集めて、1日2時間とかね、“じゃ、これやって”ってやってもらってやるパフォーマンスっていうのは、作品のアイデアとかコンセプトとかは伝わるかもしれないけど、本当の意味でのパフォーマンス、体がそこで表現するものの力っていうのは“絶対に”生まれないですね。

---そんなに毎日長時間練習しているプロのコンテンポラリーダンサーたちは、周りではいないです。

金森 それは自分の中でも確信としてあったので、それが通らないのであれば、日本には興味ない。

---はっきりしていますね。

金森 そうですね。そのはっきりしているのが、多分日本においては珍しかったのではないですか。だって、普通は喜ぶでしょう、芸術監督っていったらねえ。分からないですけど。

---そうですよ。はっきりしているのは、ヨーロッパが長かったからでしょうかね。

金森 そうですね。ちょっとウエスタナイズされているでしょうね。でも、日本も少しずつ変わってきていると思います。自分が今実際にこういう活動を出来ていて、自分がこうやって話すことを少なからず理解してくれる人がいるっていうことが、少なからずお役に立てればいいなと思います。

---現在準備中の次の新しい公演について、教えてください。

金森 Noism07は、4月20日~22日の新潟公演を皮切りに、『PLAY 2 PLAY-干渉する次元』を世界初演します。静岡公演は5月3、4日、東京公演は5月8から10日、兵庫公演は5月19日です。衣装はファッションデザイナーの三原康裕、空間は世界的な若い建築家の田根剛、音楽はTon That Anのオリジナル曲ですから、そうそうたるメンバーです。相当なコラボレーションなので、大そうなものができるのではないかと自負しています。