ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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 明けましておめでとうございます。早いもので、もうあっという間に2005年を迎えました。本年も皆様にとってよいお年でありますように、お祈り申し上げます。  ニューヨークはもう随分寒くなりました。外に出るだけで凍りつきそうですが、例年に比べて暖冬だとのことです。 12月は公演が目白押しです。いつもこのコラムのためには、その中からニューヨークらしい公演4つくらいをピックアップしてレポートしております。 さて、今月号は、去年インタビューで取り上げました、宮本亜門氏のブロードウェイ・ミュージカル『太平洋序曲』について大特集いたします。 東洋人初で、オン・ブロードウェイでミュージカルを演出したということで、こちらでもとても注目されています。 11月12日にプレビュー、12月2日から公開されています。記者会見にも行って参りました。

●宮本亜門のブロードウェイ・ミュージカル『太平洋序曲』

「パネル・トーク」

宮本亜門のオン・ブロードウェイ・ミュージカル『太平洋序曲』のプレビュー(11月12日)に先駆けて、11月1日にジャパンソサエティーで、パネル・トークが行われました。 パネルは宮本亜門と、このミュージカルのオリジナル版を1976年に創作したスティーヴン・ソンドハイム、ジョン・ウェイドマンです。このトークの前売り券は、発売後間もなく完売という人気でした。ミュージカル公開前から、話題になっていて注目されていました。

スティーヴン・ソンドハイムは、たくさんのミュージカルの音楽を作詞作曲してきた巨匠です。有名な作品は、誰でも知っている、『ウエスト・サイド・ストーリー』(1957年)があります。『パッション』(1994年)、『イントゥー・ザ・ウッズ』(1987年)、『スウィ―二―・トッド』(1979年)、『ア・リトル・ナイト・ミュージック』(1973年)、『フォリーズ』(1971、1987年)、『カンパニー』(1970年)で、ト二―賞を受賞しています。映画音楽のスコアも書いており、アカデミー賞を受賞した『ディック・トレーシー』(1990年)もあります。

ジョン・ウェイドマンは、脚本家で、同じく巨匠です。名門イェール大学ロースクール出身という変り種。驚きです。回り道をしてきたインテリで、それを作品に還元して自分の好きなミュージカルで成功した彼の人生は、私にとって理想的なもので憧れます。きっと、他の人には書けないような、深い作品をたくさん生み出したことでしょう。現在はニューヨーク在住で、ドラマティスツ・ギルド・オブ・アメリカの社長です。ト二―賞のベスト・ブック・アンド・ベスト・ミュージカルにノミネートした、『太平洋序曲』も彼が書きました。『エニシング・ゴーズ』でト二―賞(ベスト・ミュージカル・リバイバル)を受賞しました。1986年から『セサミ・ストリート』の脚本を書いてきており、11のエミー賞を受賞しています。

 この日のパネル・トークでは、このお二人の巨匠が1976年当時に『太平洋序曲』を作っていた若かりし日の映像が流れ、会場は大いに沸いていました。映像のお二人は、まさにヒッピーのようで、長髪にベルボトムで、若いエネルギーに満ちていました。今のお二人は、すっかり白髪の、穏やかなジェントルマンという感じです。

亜門はお話をするのがとても上手で驚きました。英語だったにもかかわらず、会場のアメリカ人たちを笑わせていました。さすがです。 彼は、子供の頃から歌舞伎など日本の文化が大好きだったことや、18才頃にミュージカルを知って目覚めたこと、ブロードウェイ・ミュージカルが大好きで憧れ続けたことなどを最初に話し始めました。 今回の『太平洋序曲』は、オリジナル版と同じ曲ですが、オーケストラをタイトにして、テキスチャ―が違う、ミュージシャンも俳優のように参加するようにしたと語りました。 歌舞伎はずっと唸りつづけると観客が疲れてくるので、もっとシンプルにやってみたそうです。舞台セットも演出も、シンプルなのが特徴だそうです。最後に会場からの質問にも答えていました。

「現代の日本の物質主義は、我々は止めることが出来ないでいますが、心の中では皆、充足していないと感じています。観客には、ショーの後、“あなたのネクスト(次)は何ですか?”と問いかけたいです。この作品の終わり方は、ネガティブなのかポジティブなのか、そのどちらでもないです。どちらかに決めるようなことはしたくなくて、あまり重要ではないです。観客にその後を考えてもらうことを大事に考えています」と語っていました。

---いよいよ公開された『太平洋序曲』

11月12日プレビュー。12月2日から一般公開の、宮本亜門演出のオン・ブロードウェイ・ミュージカルです。彼が演出と振付をした作品です。出演者はほぼ東洋人ばかりで、日本人も数名います。衣装デザインはコシノ・ジュンコさんなので派手目で、時代が飛んで現代のシーンでは、黒ずくめで網シャツや金属のチャックを多用したデザインで、まるでロッカーのように派手でした。ストゥーディオ54という、70年代には著名人たちが集まっていた有名なディスコだったという劇場で上演しています。私は実は、亜門のミュージカルを観たのは初めてです。

ダンスは少なく、唄と芝居中心の作品でした。舞台セットは、お能のような、分厚くて太い木で出来たものです。水平ではなく、舞台の床が斜めに客席に向いていて、高さも低めに設置されていました。このセットは、水に浮かんでいる静かで聖なる島国、神が宿る日本を表しているそうです。デザインは全て、直線的で直角的です。 私がスペインに住んでいた頃、スペイン人たちが、「日本の家屋や家具のデザインはすべてて直角と直線で、曲線が一つも無いので、ヨーロッパの建築や家具と全く違ってとてもエキゾチックだ。格好いいデザインだ」と言っていたことを思い出しました。舞台はとてもシンプルで、日本的な美しさがあります。

この作品は、徳川政権時代に約250年間も鎖国が続けられていた後、アメリカの黒船・ペリー来航によって西洋文化が入ってきて変化していくお話しです。 日本の文化の様々な断片が、たくさん盛り込まれているので、この作品は、外国人観客に日本の文化を短時間で紹介できるものでもあると思いました。お能、神道、神主、山伏、亀の甲羅を使った吉凶占い、天皇制、茶道、チャンバラ、侍、切り捨て御免、剣道、殿様、着物、花魁、指圧、折り紙、お琴、家紋など、たくさん出て来ました。アメリカ人は、身長2メートル以上の大男で必要以上に大きな付け鼻をつけて、とても大げさに表現されていました。 やがてイギリスやフランスなども日本に入ってくるところも表現されており、それぞれの国は、その当時のデザインの大きな国旗を手に持っていました。最後は、アメリカによって、原爆が落とされて、舞台セットもぶっ壊れてしまうところで終わります。廃墟の中から人々がやがてむくむく起き出して、フィナーレで踊りました。


---宮本亜門のプレス会見レポート

 宮本亜門のプレス会見が、一般公開の前日の12月1日、上演後に行われました。激務と聞いていたので、さぞやつれているかと心配していましたが、とてもお元気そうでした。様々な媒体の記者達に囲まれて、質問に答えていました。その模様をまとめてレポートいたしましょう。

「11月12日のプレビューから、演出は劇的な変化をしてきています。まだ変化しつづけています。もっとカットできるところがあるし、明日もあさっても、動きを変えていく予定で、まだそういった作業をしています。いつもソンドハイムたちと、客席のいろいろな所に座ってみて、観客の反応とリズムを観察して、ちょっとだるいと思ったところとかを変えています。だんだん明確になってきて出来上がってきました。プレビュー3時間前に出演者が怪我をしたり、数々の小さなトラブルが続きましたので、神道の神主さんにお払いをしていただいたり、僕はペリーのお墓参りにも行って来て臨みました。明日12日の公開は、来ないと思って心配していました。この3ヶ月間は、日本で4本のミュージカルもやってきたし、3年と感じるくらい長かったです。演出家は、真中にいて、みんなの意見を聞くことがとにかく大事だと考えています。トップにいるという気持ではないです。皆とクリエイションしていくことです。彼らとゼロの作品を作るということは、一生の思い出になりました。時間との戦いでした。毎朝5時か6時には起きて、11時から6時まで、徹底的にフル回転で稽古して、やることはすべてやって頑張りました。後の批評は、どう書かれても僕の力ではないです。夢がかなったというより、素晴らしい出会いでした。最も実験作だと言われたこの作品をやってみることは、人生の勉強になりました。」

 「黒船から現代の日本について、アメリカに何を感じてもらいたいかという視点は、“違う文化をもった国”があったということです。アメリカを表現しているところでは、違い人にどう思われるかというところを見て欲しいです。日本は参戦していますが、今のアメリカは戦争をしているので、今アメリカでこの作品を上演することは、違う国の考え方を示すいい機会です。」

 「今まで100%満足した自分の舞台は無いです。それが、私が演出を続ける原動力になっています。舞台にカタルシスと結論を出すと、意味がないと僕は考えています。舞台の空間を感じて欲しいのです。観客に、“次の時代のネクストをどう思いますか?”と投げかけを残して、それ以上言わないことにしています。皆にそれぞれ、何かを感じて、考えて欲しい、考えるきっかけにして欲しいと思います。舞台は戦争と反対のことをしています。平和のエネルギーです。まず、観客に共感していただかなければ、人は考えるところまでいきません。共感していただくには、バランスが肝心です。面白く言うのか、真面目にシリアスに言うのか、そのバランスが大事なのです。苦いがバカバカしいというように、観客を飽きさせてはいけないのです。ブロードウェイは、情報の行き来が狭くて熱いです。やっぱりすごい。新しい風を自分なりに作りたいです。いつかはブロードウェイでオリジナル作品を上演したいです」