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●リモン・ダンス・カンパニーの4つの小品集

9月21日から10月3日まで、ジョイスシアターでコンテンポラリー・ダンスでは世界を代表するリモン・ダンス・カンパニーの公演が行われています。今月はプログラムBをレポートいたします。来月、プログラムAのレポートを書きますので続けてお楽しみに。
リモン・ダンス・カンパニーは、1946年にホセ・リモンとドリス・ハンフリーによって結成されました。ホセ・リモンは20世紀を代表する最も重要で影響力のあるコンテンポラリー・ダンスの巨匠の一人で、ダイナミックな男性的ダンスとドラマチックな振付で知られています。
72年の彼の死後もカンパニーと作品は継承されています。1908年メキシコ生まれで、15年にカリフォルニアに転居しました。28年にニューヨークに来て初めてダンス公演を観て、彼の人生が変わってしまいました。それから、ドリス・ハンフリーなどのダンス・スクールに入学し、30年から40年の間、彼の先生たちの作品を踊っていました。

彼がダンスを始めた年齢が20歳だったなんて、しかもその後巨匠になっていったなんて、驚くべきことです。ダンスやバレエは、一般的には、踊るだめの身体を作っていくのに何年もの鍛錬が必要なので、ダンサーの体つきにするために成長期にレッスンをするほうがいいといわれているので、プロになるためには10歳くらいまでにスタートする人が多いからです。ですから、彼の人生とその業績を知ると、元気づけられます。何事もやり始める年齢は関係ないのですね。彼がクラシック・バレエを選ばなかったことと、ダンスに打ち込んでいた場所がアメリカだったということも大きかったと思います。アメリカは、人種、出身、教育、バックボーンに関係なく、「いいか、悪いか」で判断する、いい意味でも悪い意味でも実力社会なので、意志がはっきりして主張していれば、どんな人にもオープンに機会が与えられる自由な場所だからです。

現代では、彼の振付の基礎は、「リモン・テクニ―ク」と呼ばれ、コンテンポラリーを学ぶダンサーたちは必ず1度は授業を受けたことがあるほどの、メジャーなものです。クラシック・バレエと反対で、両脇を閉じたまま手を上下して踊ったり、上半身を前に倒す反動で後ろの足をブンと振り上げるものがあります。クラシックでは基本姿勢はすべて両脇を開けるし、上半身も上にキープしたまま後ろの足を上げるので、全く違います。私の推測ですが、きっと、クラシック・バレエの型を壊してもっと自由に踊りを表現したいという、アメリカン・モダンの時代の流れに乗ってでてきた反・クラシックの一つだったのではないかと思います。両脇を閉じたまま手を上下に動かす動作を中心に顔の上下の動きが続くと、全体的に、天に祈っているかのように見えます。そのせいか、とても抽象的でスピリチュアルな雰囲気になっていました。確かに、背筋を伸ばして両脇を開けて踊るクラシックは、気品は漂っていますが、自信に満ち溢れた感じが強く感じられる姿勢なので、天に祈るような感じは伝えにくいです。

プログラムBは、4つの小品集です。『イヴニング・ソングス』は、87年初演の、イリ・キリアン振付の作品です。教会の賛美歌のような、ゆっくりした曲で、とても抽象的な、スピリチュアルな感じの振付でした。両手で水をすくい上げるような動作が印象的でした。『チャコンヌ』は、ホセ・リモンの振付で、42年の作品です。こちらも天を仰いで祈るようなスピリチュアルな作品でした。ヴァイオリンのソロ演奏付きで、とても良かったです。『ダンス・イン・ザ・サン』は、ダニエル・ナグリン振付で、51年の作品です。上半身裸体の男性ソロでした。ピアノの生演奏付きでした。目玉は、『PSAML』で、67年のホセ・リモン振付の作品です。数人のミュージシャンによる生演奏つきでした。ストリングスを多用した、クラシックのような静かな曲でした。スピード感がある走り去っていくような踊りで、とてもダイナミックでした。右から左から、数人ずつ踊りながら走り抜けていきました。手のひらを両方上に向けて脇を閉めたまま、手を上に上げるところが多かったです。