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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.10.12]

シーズン開幕はクランコの名作を佐久間らBRBドリームキャストが踊った

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
The Lady & The Fool by John Cranko ジョン・クランコ振付『ザ・レイディ & ザ・フール』

イギリスの2010/2011バレエ・シーズンは9月22日、イギリス第2の都市バーミンガムで開幕した。
バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)が本拠地ヒポドローム劇場で、
22日~25日までマクミランの『コンチェルト』、クランコの『ザ・レイディ&ザ・フール』、サープの『イン・ジ・アッパー・ルーム』によるバレエ小品集「ポイント・オヴ・ビュー」を上演したのである。
バレエ団はシーズン第2週の9月28日~10月2日にはマクミラン振付『ロミオとジュリエット』を上演。「小品集」『ロミオとジュリエット』共にバレエ団の新旧スターと日本人ダンサーが活躍し、地元とイギリス中部およびロンドンから集まったバレエ関係者やファンを熱狂させた。
また、BRBは10月6日~9日までイングランド北部の都市サンダーランドで『ロミオとジュリエット』を、12日~16日はロンドンで『ロミオとジュリエット』と『コンチェルト』バランシンによる『10番街の殺人』『イン・ジ・アッパールーム』の3作品になるツアー版「ポイント・オヴ・ヴュー」を上演予定。
本誌は10月更新号でバーミンガムでのみ上演されたクランコの名作『ザ・レイディ&ザ・フール』(L&F)を、11月更新号でロンドン公演の模様を写真と記事でご紹介する。
 
シュツットガルト・バレエの芸術監督・振付家としてドイツに奇跡を起こした鬼才ジョン・クランコは、南アフリカ共和国出身。子供の頃は人形劇に親しみ、後にケープ・タウンでバレエを学んだ。振付家としての処女作は17歳の時にストラヴィンスキーのスコアに振付けた『戦士の物語』であるという。
 第2時世界大戦終焉直後に、世界的な活躍の場を求めて10代でロンドンに渡りロイヤル・バレエ・スクールに留学。英国バレエの母、ニネッタ・ド・ヴァロワに認められ、卒業直後からダンサーとして活動を始めると共に、内外のオペラ・カンパニーやバレエ団に振付家としても作品を提供するようになる。
早熟の天才であった彼は20代はじめには最も将来を嘱望される振付家と評され、
ロイヤル・バレエの前々身にあたるサドラーズ・ウェルズ・シアター・バレエ(SWTB)の常任振付家に就任している。

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『ザ・レイディ&ザ・フール』はクランコが27歳の時にSWTBに振付けた作品。
社交界の華として男たちの羨望の的である美女、ラ・カプリチョーザと道化2人が主人公の小品で、後にスベトラーナ・ベリオソヴァ主演でモノクロ、ナレーション付きのバレエ映画になっている。57年の世界初演で道化の1人を踊ったのは若き日のケネス・マクミランであったという。
 
季節は冬。浮浪者のムーンドッグとブートフェイスは寒さと空腹でフラフラだ。
「おなかがへってもう一歩も歩けない」というブートフエイスを兄貴分のムーンドックが抱きかかえ、豪奢な館の外のベンチに座って互いの体で暖をとり眠りにつく。
まどろむ2人は知る由もないが、その館は社交界でも金満家として名高いミダス氏の持ち物で、その夜は華やかな舞踏会が開かれ社交界の名士や貴婦人たちが集まっていた。
美女ラ・カプリチョーザが御者に手をとられ馬車からおりて館に入ろうと歩いてくる。そしてベンチでうずくまっている2人に気づく。
浮浪者の命を心配した美女は、御者に2人がまだ生きているかどうか確認させ、生きていると知るとお金を恵むよう伝える。
ムーンドッグとブートフェイスは自分たちを心配してくれたのが、美しい社交界の貴婦人なのに気付いて驚いて棒立ちになる。
そしてお金のお礼にと、命の恩人ともいえる美女にコミカルな踊りを披露。2人を気に入ったカプリチョーザは、ムーンドッグとブートフェイスを連れて舞踏会場に向かうのだった。

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ミダス氏の館にはホワイト・タイに燕尾服の紳士たちと、目にも鮮やかな色のドレスを身にまとった淑女たちが集っていた。
金満家のミダス氏、英雄の誉れ高い軍人アドンチーノ指揮官、ハンサムなアロガンザ皇太子ら社交界で最も魅力的な独身男性に、エリート・ハンターの女性たちが群がる。
だが仮面の美女カプリチョーザが登場すると共に男たちの視線は彼女に釘付けになり、ミダス氏、アドンチーノ指揮官、アロガンザ皇太子それぞれがカプリチョーザにダンスを申し込む。
ムーンドッグとブートフェイスといえばカプリチョーザが投げてくれた薔薇の花を我が物にしようと、互いを殴りあい蹴飛ばしあいながら一厘の花を奪い合う始末。
シャンデリアの煌き、上品な会話やマナーの人々、高価な酒や夜食。
華やかな舞踏会には何とも不似合いな浮浪者2人の一挙手一投足は、社交界の人々の目には、まるで宮廷の道化(フール)のように映った。

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ミダス氏、アドンチーノ指揮官、アロガンザ皇太子は、カプリチョーザと踊り、「仮面を取って素顔を見せてほしい」と嘆願するがカプリチョーザは素顔を見せず、名も明かさない。
彼女は欺瞞に満ちた社交界と娯楽としての恋愛劇に倦み疲れ、優しい心を持ち、自分一人を心から愛してくれる男性の出現を待っているのだ。
 
誰もいなくなったボール・ルーム(ダンス会場)で、一人仮面をはずし涙ぐむカプリチョーザを見つけ彼女を心配し優しい言葉をかけたのは浮浪者ムーンドッグ。
彼の心からの愛の言葉に真実を感じたカプリチョーザは、社交界の名士たちよりムーンドッグを選び共に生きていくことを夢見る。
だが彼女の選択に社交界の人々は怒りをあらわにし、場違いな浮浪者2人を舞踏会から叩き出し、カプリチョーザを社交界から追放しようとする。

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暗いボール・ルームの階段にうずくまって、社交界の美女と相思相愛となるムーンドッグを見ていたのはブートフェイス。
「ずっと2人で助け合って生きてきたのに。一人ぼっちになってしまうなんて。一体これからどうやって生きてゆけばよいのだろう」と将来を憂い一人涙にくれる。
だが彼の名を呼ぶ懐かしい声に驚いて振り返ると、暗い舞踏会場の階段の上にコートを着たムーンドッグとカプリチョーザが彼を手招きしている。2人は優しくブートフェイスにコートを着せ、帽子を被せてやり、暗く寒い屋外に出て行く。
欺瞞だらけの社交界を後にし、愛に満ちた新しい世界を求めて。
 
筆者がこの作品に初めて接したのは、ロンドンの国立映画館でのベルオソヴァ主演の白黒バレエ映画であった。
ライブで観たのは2002年の夏のハンブルグ・バレエ週間でのこと。その年はシュトットガルト・バレエ団がゲスト・カンパニーとして招聘されており、この作品を披露したのである。
美女を踊ったのはエレーナ・チェンチコワ、ムーンドッグをダグラス・リー、ブートフェイスはアレクサンダー・ザイツェフ、若き日のフリーデマン・フォーゲルが皇太子、ジェイソン・ライリーが指揮官を踊った。
当時のシュトットガルト・バレエ団のベスト・キャストなのだが、作品とダンサー各人の間に化学反応が起こらず、そのため作品がひどく古びて見え、結果、ノイマイヤーの現代作品を愛するハンブルグの観客は、この作品に対してぞっとするほど冷たい反応を示し拍手もまばらであった。

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BRBがこの作品を上演するのを初めて見たのは5年前の初冬、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場でのこと。
ビントレーにこよなく愛され『アーサー王』パート1、パート2、『シェイクスピア組曲』『オルフェ組曲』など数多くのビントレー作品の主要な役を世界初演してきたバレエ団の看板男性プリンシパル、ロバート・パーカーがムーンドッグ、山本康介(昨年末退団)がブートフェイス、プリンシパルのエリーシャ・ウィリスがカプリチョーザを踊った。
この時のパーカー、山本コンビの名演は今もイギリスのバレエ・ファンの間では語り草だ。
イギリスの良心ともいえるパーカーの善良さとロマンチシズム、山本のコミカルな演舞と作品の終盤で「一人路傍を徘徊する定め」と我が身を嘆く場面で、舞台中央によろばい出、ステージに身を投げうって号泣する山本の汚れ役に徹した役作りが、当日劇場に集まった関係者や観客の心を打ち大いに涙させたのである。
 
以前ハンブルグで他のバレエ団による公演を観ていただけに「社交界の名花が浮浪者と恋に落ちる」というありえないストーリーも、BRBの芸達者たちが演ずると、ここまで観る者の心を熱くするのか、と大いに感心、開眼したものである。
そしてその直後に当時20代後半で、怪我らしい怪我もしていなかったR・パーカーがバレエを辞め、パイロットになるため渡米してしまった時、「この作品の命もまた終わった。」と私を含むイギリスのバレエ関係者とファンは、大いに失望したのである。

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今回はパーカーが2年のブランクを経てバレエ団に戻って以来初めての再演。
「伝説のブートフェイス山本康介の名演に迫る新たな踊り手は現れるのか?」
「今回初日を任されるイアン・マッケイがパーカーのムーンドックを凌ぐことができるのか?」関係者とファンの期待が高まっていた。
 
22日シーズン初日の配役はカプリチョーザにエリーシャ・ウィリス、ムーンドッグをイアン・マッケイ、ブートフェイスにセザール・モラーレスが予定されていた。
ところが直前になってウィリスが「足の痛みのためにトウ・シューズを履いて踊れない」ということでカプリチョーザ役から降板。
佐久間奈緒が初日をつとめることになった。
ミダス氏には熟年役が良く似合うマシュー・ローレンス、アドンチーノ指揮官には、この夏、映画『小さな村の小さなダンサー』が日本でも封切られ人気の曹馳(ツァオ・チ)、アロガンザ王子はスティーブン・モンティス。
 
バレエ団にはこの秋からユース・アメリカ・グランプリ(YAG)でグランプリを受賞、ロイヤル・バレエ・スクール(RBS)の卒業公演でもテューダーの『リラの園』の男性主役を踊った大型新人ウィリアム・ブレイスウェルが鳴り物入りで入団した。また、同じくRBSから福岡出身の森高真知が入団。付属校エルムハーストより今年のローザンヌ・コンクールで決勝当日に10人抜きでスカラシップを受賞、
コンテンポラリー賞もW受賞したルイス・ターナーが研修生として参加している。
 
22日の初日にはブレイスウェルが美女カプリチョーザの御者として、ターナーがミダス氏の召使として、バレエ関係者とファンへのお披露目があった。それぞれ細身で長身、美しいプロポーション持ち主である。
なで肩のブレイスウェルはシルクハットや古きよき時代の装束が非常に良く似合い、品性の良さと演技力があいまって短い時間の登場ながら、観るものに強い印象を残した。ターナーもロココのカツラや衣装の中にしっくりとおさまり、共に絵画から抜け出したかのようであった。

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女優バレリーナ佐久間奈緒はピンクのマントをひるがえして現れる登場の場面から、一瞬にして観客にウィリスを忘れさせてしまった。
それだけ艶やかさと優しさを兼ね備え、男たちを翻弄する社交界の名花ラ・カプリチョーザそのものだったのである。
初日の数時間前に急遽マッケイと組むことになったにもかかわらず、ムーンドッグとのデュエットも滑らかで、ソロでもア・ラ・セゴンドでのバランスで技巧の強さをアピール。作品を征し、観客の心を鷲づかみにした。

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ミダス氏、アドンチーノ指揮官、アロガンザ皇太子ら求婚者3人は、実は「女性をアクセサリーとしかみなさないお金持ち」「自信満々で鼻持ちならない男」「ナルシスト」と、それぞれが問題をかかえている。
02年に観たシュトットガルト・バレエによる公演では、それらの問題が浮き彫りになっていたのだが、性格の良いダンサー揃いのBRBが上演すると、3人とも非常に魅力的で、カプリチョーザはなぜこの3人を選ばないのだろうか?と不思議に思うものだ。
初日の3人のうちでは曹馳(ツァオ・チ)のみが、高慢ちきな軍人を演じてクランコの意図するところを観る者にクリアに伝えて見せていた。
 
マッケイは明朗な個性とのびのびとした演技で決して悪くはなかったが、相棒のブートフェイスを踊るモラーレスの演技力のなさに足をひっぱられ、5年前のパーカー、山本の伝説ともいえる名演を覚えている関係者やファンを熱狂させるにはいたらなかった。
今回の再演で最強のチームは、誰もが想像したとおり佐久間奈緒、ロバート・パーカー、アレクサンダー・キャンベルの3人だった。

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ビントレーが新シーズン開幕直前まで11月下旬に世界初演する予定の新『シンデレラ』の振付に集中したことから、主役級のダンサーたちは皆疲弊し、開幕作品である3つの小品のリハーサルがほとんど進んでいなかった。
パーカーは腰を痛め初日数時間前のゲネプロ出演と、彼にとってのシーズン初日である23日の主演も直前まで危ぶまれており、内部事情を良く知る関係者やファンは、現在世界でこの作品主演に最も優れた「ドリーム・キャスト」を見れなくなってしまうのではないか、と大いに心配したものである。
 
だがパーカーは彼のムーンドッグを待ち焦がれていた関係者や舞台写真家、バレエ・ファンの前に帰ってきてくれたのである。
A・キャンベルのブート・フェイスとは息もピッタリで友情にあふれ、山本康介と踊った時とはまた違う物語を紡いで見せた。
最終日25日夜の部を観る。

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A・キャンベルはロイヤル・バレエのスティーブン・マックレーと同じ2003年のローザンヌ・コンクールのファイナリスト。まだ20代初めながら技巧と演舞に優れ、『眠れる森の美女』の王子や『モーツァルティーナ』の主役を踊れば、男らしく存在感たっぷり。
だがこの作品のブートフェイスは、長身のパーカーと始終舞台で並んでいるせいか、小柄で幼く、まるで少年のようだ。
だから作品冒頭で、ブートフェイスが空腹から動けなくなり、兄貴分のムーンドッグが彼を抱き上げる場面には愛があふれ、観客の耳には2人の会話がはっきりと聞こえてくるようだし、最後の場面でブートフェイスが一人静かに涙している場面も殊のほか哀れだった。
この役を踊り演じなれているパーカーとのコンビは絶妙ともいえるレベルで、カプリチョーザの恵んでくれたお金に感謝して2人で踊る場面には、日本の伝統芸能の「二人羽織」のような振付があるのだが、2人の友情と踊り手としての魅力がはじけ、それは微笑ましく魅力的であった。
 

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観客は皆この場面ですでに「この2人なら社交界の名花に気に入られ舞踏会に連れて行ってもらうのも不思議はない」と感じ、バレエの物語に引きずりこまれてしまった。
この作品の見所であるムーンドッグとブートフェイスの一輪の薔薇を奪い合う場面も、踊り手によってはやや下品になってしまうのだが、パーカーとA・キャンベルの場合、2人の天性の魅力と古典バレエの踊り手らしい品性の良さから、品格高いバレエ作品の中に見事に納まるのである。
また、この役を当たり役とし知り抜いているパーカーが、薔薇の花をブートフェイスの鼻先にこれ見よがしに振ってみせ、その花を手に取ろうとA・キャンベルが右に左にジャンプする場面のダイナミズム、パーカーが花を口にくわえて「ざまあ見ろ」と踊る姿に観客は圧倒され、2人が花びらを分け合う仲直りには、またホロリときた。

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佐久間は登場の場面から、貴婦人らしいエレガンスとたおやかさにあふれ、まるで高価なパフュームの香りを漂わせているかのよう。
ただそこに佇んでいるだけで観客に彼女がカプリチョーザだと信じさせることができる、3人の名士を初めとする男たちが夢中になるもの無理はない魅力の持ち主だ。
パーカー扮するムーンドッグとの愛のパ・ド・ドゥは、愛に満ちロマンティックで、男2人が薔薇を奪い合うスピード感あふれるダンスと対極をなし、観客の心に強い印象を刻んでみせた。
 
当日はミダス氏をロバート・グロブナー、指揮官は初日に続いて曹馳、皇太子はモンティスであった。
それぞれ佐久間扮するカプリチョーザと踊るのだが、アドンチーノ指揮官に扮した曹馳は、初日以上に役と振付に入りこんでしまい、軍人らしいステップを踏み佐久間と右に左に交差するデュエットの途中、音楽が急に高まりを見せる部分で、突如「神が降臨して来たのか?」と思わせるほどのパフォーマンスを見せ関係者やファンを驚かせた。
当日ヒポドロームに集まった観客は、天才クランコの名作をベスト・キャストで見る幸運にあずかりシーズン初バレエから大感動。なかなか座席から立ち上がることができないでいた。
私自身忙しいスケジュールの合間をぬって撮影と公演鑑賞のためバーミンガムに2度も足を運んだのだが、シーズン初の撮影と舞台鑑賞から、こんなに充実してしまって後が続くのだろうか、と心配になるほど。今回のドリーム・キャストをロンドンの観客に見てもらえなかったことだけが悔やまれた。
(2010年9月22日、25日夜 ヒポロドーム劇場 22日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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撮影:Angela Kase
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