「高田茜さんと心を通じ合わせた舞台」『ジゼル』に主演したマシュー・ボール インタビュー〈英国ロイヤル・バレエ in シネマ〉
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ワールドレポート/東京
香月 圭 text by Kei Kazuki
ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスで上演された、選りすぐりのバレエとオペラを映画館で鑑賞できる「英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2025/26」。ふんだんに織り込まれる舞台裏でのインタビューやリハーサル映像もこのシリーズの魅力となっている。5月29日(金)~6月4日(木)に公開されるのは、高田茜とマシュー・ボール主演の英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』。1841年にパリ・オペラ座で初演されて以来、ロマンティック・バレエの不朽の名作として世界中で踊り継がれている。マシュー・ボールは、純朴な村娘ジゼルを裏切ってしまうことになる、村人に扮した貴族アルブレヒトを演じる。憂いを秘めた表情、ノーブルな佇まいで、高貴な生まれの若者を見事に体現したマシュー・ボールにインタビューした。
――今シーズンの英国ロイヤル・バレエの『ジゼル』では元々、マヤラ・マグリさんと組んでのご出演でした。今回のシネマで収録された公演では、スティーヴン・マックレーさんの怪我のカバーで急遽、高田茜さんの相手役を務めました。『不思議の国のアリス』以来の共演だったそうですが、彼女のジゼルはいかがでしたか。

©RBO Andrej Uspenski.
ボール 同じ作品を違う人と演じるのはとても興味深いことだと思います。そうすることで、自分の役の解釈について新たな発見があるからです。本番に向けてリハーサルにかけられる時間がそれほど多くなかったのも、確かに大変でした。でも、茜さんはとてもプロ意識が高く、勤勉で努力家のダンサーです。僕たちはピーター・ライト版の出演の経験があるので、解釈や芸術性をどう深めるかといった点にすぐに集中することができました。茜さんは純粋さと誠実さを自然に、実に巧みに表現するダンサーです。彼女の目を見つめた時、演技という仮面を被っていないように感じられました。舞台上では、共演者たちの頭の中では、いろいろなことが渦巻いていて、実際のストーリーとはかけ離れたエネルギーが溢れかえっていると分かることがあります。彼らの目元には、たくさんの心配事が隠されているんです。でも、茜さんは僕と一緒に、今、この瞬間に集中してくれているように感じました。それが、演技者としての僕を落ち着かせてくれただけでなく、舞台の中で本当に心が通じ合っていると感じさせてくれたのだと思います。
――マシューさん演じるアルブレヒトは従者ウィルフリードが心配しているにもかかわらず、村人に変装して、ジゼルの気を引こうとします。彼にとってジゼルとの恋愛は、戯れの恋に過ぎなかったのでしょうか。
ボール バレエ作品に登場する王子や貴族は、高貴な生まれという境遇から逃れたいと願っています。貴族社会の日常は牢獄のようなもので、そこから抜け出したいと思っているのです。アルブレヒトは、ジゼルという村娘の気を引きたかっただけだと捉えることもでき、そうした行為はとても浅薄なことのように見えます。しかし実際には、自分らしく生きられない、あるいは自分の望むように行動できない彼の人生に対する根深い不満があるのだと思います。ジゼルと二人きりのとき、彼は本当の自分になっているのでしょう。他のどこにも行きたくない。美しい女性と戯れ、戯れることで、彼は至福の時を過ごしているのだと思います。これが心の奥底にある彼のリアルな感情なのだと思います。しかしながら、おそらく頭では、二人の幸せな関係が長く続かず、未来で二人が結ばれることはないだろうと分かっているのでしょう。

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』高田茜、マシュー・ボール
――2幕の終盤のアルブレヒトのヴァリエーションでは、今にも倒れそうになりながら、ジゼルを失った後悔を全身で表現しているように感じられました。
ボール あのヴァリエーションは、男性ダンサーにとって素晴らしい機会です。ダブルトゥールやピルエット、大きなジャンプもあり技巧的ですが、真の感情や絶望から生まれた、とても表現力豊かな動きです。それから、ポール・ド・ブラなど、フランスのロマンティック様式の繊細さもあります。『ダイアナとアクティオン』や『ドン・キホーテ』のような力強い動きではなく、常に優しい心や美しい感情が表現されています。しかし同時に、踊っている身からすると、体の痛みや足の重さ、あまりの苦しさに肺が僕に向かって「止まれ」と叫んでいるような感覚も、はっきりと感じられます。そして、踊り続けたいという衝動と、もう踊れないと感じる身体との間の、あの葛藤のような感覚は、表現者としては面白いと感じます。ただし、毎日演じるのは厳しいですね(笑)。心臓がバクバクして肉体の苦しさが限界に達する頃、鐘の音が聞こえ、夜明けが訪れます。アルブレヒトは全身全霊で踊り切ったという達成感を味わいます。同時に、感情の面でも、ジゼルのおかげで自分が生かされたことへの安堵と、彼女が彼のために尽くしてくれたことへの感謝の思いが溢れ、筆舌に尽くしがたい気持ちに襲われます。そして、最後の場面で、アルブレヒトはジゼルの残した小さな花を手に取って、前に進み出ます。今、起こったことは現実であり、彼女が存在していたということを実感するとても感動的なシーンですよね。
――ミルタの毅然とした態度、彼女が率いるウィリの群れにアルブレヒトが踊らされる感覚はどんなものでしたか。
ボール そうですね。ミルタの存在感はかなり圧倒的です。この役は女性にとって肉体的に難しい役でもあります。物語の中では、ミルタはアルブレヒトにずっと踊り続けるよう命令します。ウィリたちも彼を助けてくれる存在ではありませんが、舞台裏では、皆がお互いを支え合い、励まし合っているんですよ。舞台上では同僚たちのサポートがあるので、とても気持ちよく踊ることができます。僕がうまく演じることができ、いい舞台にしてほしいと皆が願ってくれているのが分かるのです。

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』マシュー・ボール

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』高田茜、マシュー・ボール
――『ジゼル』のアルブレヒト役について過去のエピソードについてお伺いします。2018年3月、デヴィッド・ホールバーグさんの怪我により、マシューさんが急遽、第2幕から登場し、ナタリア・オシポワさんのパートナーを見事務めました。この演技で同年7月にプリンシパルに昇格しています。ほとんど準備期間もなかったかと思いますが、素晴らしい快挙でした。代役を務めたとき、そして昇進を告げられたときのことを覚えていますか。
ボール 記憶が少し曖昧なのですが、ヤスミン・ナグディを相手にアルブレヒトのデビューをしたばかりで、それが僕にとって唯一のアルブレヒトとしての舞台経験でした。その2、3週間後、帰宅して、夕食を食べようとしていた時にロイヤル・オペラ・ハウスから電話がかかってきて、タクシーに飛び乗ったことは覚えています。オペラ・ハウスに着いて、すぐにメイクアップ・チェアに座り、手早くメイクをしてもらいました。準備してもらった衣裳を着て舞台に上がり、5分か10分くらいかけてナタリアが演じるヴァージョンを確認すると、すぐに第2幕が開幕しました。当時の舞台上のことはあまり覚えていません。特に経験の浅い僕にとっては、間違いなく、非常に厳しい状況でした。でも、素晴らしい時間でした。この作品は、まさにバレリーナのためのバレエですから、ヒロインの名を冠した『ジゼル』という題名で、ジゼル役こそが主役ですが、終演後、ナタリアが僕を前に押し出して、一人でカーテンコールをさせてくれたのを覚えています。そのことにとても感謝しています。彼女は親切で、とても優しかったです。プリンシパルに昇進したのは、その公演の2、3ヶ月後くらいだったと思います。アルブレヒト役のほかに、カンパニーで主役をかなり多く務めていたので、いずれはプリンシパルになるだろうとは思っていました。でも、あの公演で僕が示した勇気や粘り強さ、そして信頼性といったものが、昇進の決め手になったのは間違いないと思います。

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』高田茜、マシュー・ボール

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』高田茜、マシュー・ボール
――7月の英国ロイヤル・バレエ団2026年日本公演では『リーズの結婚』をマヤラ・マグリさんと踊ります。フレデリック・アシュトンのコミカルなラブ・コメディにおけるマシューさんの演技も楽しみです。この作品の見どころをお聞かせください。
ボール 『リーズの結婚』は『ジゼル』と比べると、とても軽やかな物語だと思います。とても楽しい雰囲気がありますね。感動的な物語が中心にあるものの、どちらかというとコメディ・タッチのバレエです。有名な場面がたくさんあり、主役のリーズとコーラスのリボンの踊りなどのほかに、未亡人シモーヌの有名な木靴ダンスや、バレエの冒頭の鶏のダンスなどがあります。作品全体に魅力と明るいエネルギーが満ち溢れています。難しく考えずに、エンターテイメントそのものを楽しむような作品だと思います。コーラス役は肉体的にはかなり大変です。コメディは完璧なタイミングが要求され、自分と様々なキャラクターとのやり取りのリズムに大きく依存するので、一番難しいと言われています。でも、マヤラ(・マグリ)がロンドンでレオ・ディクソンとこの役でデビューする予定なので、楽しみです。今回の英国ロイヤル・バレエ団の日本公演では、彼女の相手役を僕が務めることになり、2人でこの作品を一緒に踊るのは初めてなので、すごくワクワクしています。彼女はこの作品にすごく温かみをもたらしてくれます。イギリスの太陽よりもっと熱いブラジルの太陽です(笑)。それがこのバレエ作品にどう反映されるのか、彼女がどう解釈するのか、特に彼女の信じられないほどパワフルなダイナミック・テクニックでリーズ役をどう表現するのか、本当に楽しみです。

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』高田茜、マシュー・ボール

英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』マシュー・ボール
●英国ロイヤル・バレエ『ジゼル』
振付:マリウス・プティパ
原振付:ジャン・コラーリ、ジュール・ペロー
音楽:アドルフ・アダン
台本:テオフィル・ゴーティエ (ハインリヒ・ハイネによる)
演出・追加振付:ピーター・ライト
美術:ジョン・マクファーレン
照明:デヴィッド・フィン(ジェニファー・ティプトンのオリジナル・デザインによる)
ステージング:クリストファー・カー、サマンサ・レイン
シニア・レペティトゥール:サミラ・サイディ
レペティトゥール:ジャン・アティムタエフ、シアン・マーフィー
プリンシパル指導:アレクサンダー・アグジャノフ、リアン・ベンジャミン、ダーシー・バッセル、スチュアート・キャシディ、オルガ・エヴレイノフ、モニカ・メイソン、イザベル・マクミーカン、クリストファー・サウンダース、エドワード・ワトソン
〈キャスト〉
ジゼル:高田茜
アルブレヒト:マシュー・ボール
ヒラリオン(森番):ヴァレンティノ・ズケッティ
◇Act I 1幕
ウィルフリード(アルブレヒトの従者):ジョシュア・ジュンカー
ベルタ (ジゼルの母):クリステン・マクナリー
クーランド公爵:ベネット・ガートサイド
バチルド(クーランド公爵の娘):オリヴィア・カウリー
狩のリーダー:トーマス・ホワイトヘッド
前田紗江、ジョンヒュク・ジュン、ヴィオラ・パンテューソ、リアム・ボズウェル、
エラ・ニュートン・セヴェニーニ、五十嵐大地
◇Act II 2幕
ミルタ(ウィリの女王):アネット・ブヴォリ
モイナ(ミルタの従者):レティシア・ディアス
ズルマ (ミルタの従者):ミーシャ・ブラッドベリ
音楽
指揮者:ヴェロ・ペーン
管弦楽:ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
コンサートマスター:セルゲイ・レヴィティン
5/29(金)~6/4(木) TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
■公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/
■公式X:https://x.com/rbocinema
■配給:東宝東和 (2026年3月3日上演作品/上映時間:2時間41分)
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