英国ロイヤル・バレエ in シネマ『ウルフ・ワークス』に主演したナタリア・オシポワ インタビュー「キャリアの後半で演じる機会に恵まれた大きな贈り物」
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インタビュー=香月 圭
英国ロイヤル・バレエ in シネマ 2025/26『ウルフ・ワークス』が5月15日(金)~5月21日(木)TOHOシネマズ 日本橋 ほかにて1週間限定公開される。20世紀モダニズム文学の作家ヴァージニア・ウルフによる豊かで衝撃的、そして心に深く響く内面世界を、革新的な作風で知られる現代バレエ界の旗手ウェイン・マクレガーが舞踊化。「ダロウェイ夫人」「オーランドー」「波」をモチーフにした三部作で、作者ウルフと物語の登場人物が交錯する、重層的な作品に仕上がっている。2015年に英国ロイヤル・バレエのために創作された『ウルフ・ワークス』は、オリヴィエ賞と英国批評家協会ナショナル・ダンス・アワードを受賞し、英国ロイヤル・バレエのみならず、ミラノ・スカラ座バレエやアメリカン・バレエ・シアターなど、世界を代表するバレエ団でも人気を博している。今回ヴァージニア・ウルフと「ダロウェイ夫人」の主人公、クラリッサ役に挑んだのは、ナタリア・オシポワ。分かりやすい超絶技巧を排し、抑制のきいた舞踊で生と死の境目で揺れ動くウルフの複雑な内面心理を情感豊かに演じた。キャリアの円熟期に入った彼女に『ウルフ・ワークス』の役作りのことなどについて話をきいた。

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』
――初演でアレッサンドラ・フェリさんが演じたヴァージニア・ウルフ役を演じました。この役に抜擢されたときの気持ちを教えてください。
オシポワ もともとアレッサンドラ・フェリの大ファンで、この作品も大好きな作品のひとつです。彼女の演技は実に素晴らしいものでした。 この役をオファーされた時は、とても嬉しかったのですが、うまく演じることができるかどうか、他人がどう評価するかといったことが気になり、初めは少し心配な気持ちもありました。でも、私はもうすぐ40歳で、それほど若くはなく、キャリアも後半にさしかかり、現役でいられるのは、あと5年、10年ぐらいでしょうか。幸運なことに、これまでいくつか当たり役に巡り合うことができました。今回演じた役も、大きな贈り物をいただけたと思っています。自分にとって身近に感じられる部分があると感じます。この作品では多くの物語が交差するため、お客様にお伝えするものがすごく多い作品です。ドラマチックな役を演じることがとても好きで、私のすべてを与えたいと思って演じている役なので、特別な気分を味わいました。

――ヴァージニア・ウルフを演じるにあたってどのような準備をしましたか。
オシポワ ヴァージニア・ウルフという作者自身と「ダロウェイ夫人」の主人公、クラリッサの二人を演じるために、長い時間をかけて準備しました。ヴァージニアの伝記を読み、彼女の人生や生まれ故郷、住んでいた場所など、あらゆる情報を徹底的に調べたのです。彼女の伝記は素晴らしくて、興味深い内容でした。皆様も彼女についてもっと知ってほしいと思っています。彼女は精神的に不安定で、ついには心が崩壊してしまうような人でした。また「ミセス・ダロウェイ」など、たくさんの本を読みました。振付家のウェイン・マクレガーとはよく話をしました。彼は彼女の生涯や原作について熟知していて、なぜこの作品を創ったのか、この作品についてどう思っているかなどを語り、この作品にまつわる多くの情報を与えてくれました。この役を演じるにあたって、大いなるインスピレーションを彼から授かりました。
――『ウルフ・ワークス』は「ダロウェイ夫人」「波」「オーランドー」といったヴァージニア・ウルフの作品を下敷きにしています。
オシポワ 「ダロウェイ夫人」では、クラリッサをはじめ登場人物たちが、花を買いにいくといった日常生活を送りながら、過去の恋愛など様々なことに思いをめぐらせている様子が詳細に描かれています。そこにはたくさんの小さなディテールがあり、ヴァージニアならではの画期的な手法が表れています。今回のライブ映像を収録した映画で見ると、登場人物の心の動きがより鮮明に伝わるので、素晴らしいと思います。作者によってこのように細かく描写された彼女を演じるのは、とても興味深いことです。ある花の香りをかいだとき、その香りにまつわる瞬間が10年前であっても、そのときのことを鮮やかに思い出すことができます。そういった意識の流れを丹念に描いたことが、ヴァージニアの功績だと考えています。
――ヴァージニア・ウルフは最終的に人生を自ら終えました。彼女に共感する点はありましたか。
オシポワ 第3幕 火曜日「波」では、ヴァージニアが夫に宛てた最後の手紙の朗読が聞こえます。夫に別れを告げた彼女がどれほどの苦痛を頭に抱えていたのかを、観客は理解することになります。夫や家族への愛は計り知れないほどありましたが、人生でこれ以上戦い続けることができなくなったのです。舞台上で止まっているときに、この朗読を聴いているのは本当に辛いです。感情が高ぶって泣きたくなりますが、舞台にとどまって踊り続けなければならず、本当に難しい瞬間です。ドラマチックな出来事があると感情的になり、彼女が味わったような痛みを感じて軽い鬱状態になったりすることもありますが、実生活の上では、ヴァージニアが体験したような深い絶望を感じることはありません。演技者として、彼女の気持ちを理解しようと努めています。
――振付・演出のウェイン・マクレガーさんとのリハーサルはいかがでしたか。
オシポワ ウェインとはもう長い付き合いになります。彼と一緒に仕事をしたのは、私がまだ若かった頃、いや、正確には22~25歳くらいの頃で、もう15年近く前のことです。
彼はエドワード・ワトソンと私のために特別な作品を創作してくれました。その後もロイヤル・オペラ・ハウスで彼の作品に多く出演しました。ウェインは本当に素晴らしい人で大好きです。彼とアートについて、そしてその他のいろいろな話題について話すのが楽しいのです。彼は驚異的な振付家です。彼と一緒に仕事をするのが楽しく、スタジオで彼と過ごす時間は、いつも最高です。彼は自分が創り出した作品に、情熱を注いでいます。エネルギーに満ち溢れていて、私は彼の動きを真似しようと必死です。彼はいい雰囲気を作って、リハーサルを盛り上げてくれます。彼が私の人生に関わっているということは、天の恵みとしか言いようがないくらい、幸運なことです。

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』左より、レティシア・ディアス(サリー)、ウィリアム・ブレイスウェル(ピーター)、パトリシオ・レーヴェ(リチャード)、ナタリア・オシポワ(ヴァージニア・ウルフ/クラリッサ)

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』ナタリア・オシポワ
――ウィリアム・ブレイスウェルさんと共演してどのように感じましたか。
オシポワ ウィリアムのことは大好きです。美しい魂の持ち主で、最高の男性ダンサーの一人だと思います。パートナーといると、時に特別な何かを感じることがありますが、ウィリアムにエスコートされると、私たちは輝きながら共に進んでいくような感覚なのです。実は、彼とはあまり一緒に踊ったことはなく、オースティンで数ヶ月前に『真夏の夜の夢』で共演したばかりです。そして今回が3度目の共演となります。彼は特別なダンサーで、彼の比類なきエネルギーを感じます。これからも彼と踊りたいです。
――使い込まれたトゥシューズで踊ることが多いですね。
オシポワ 私は人生を通して、ずっと踊り続けてきました。とても高くジャンプするので、たくさんの怪我を抱えており、骨にも多くの問題があります。身体能力に恵まれている方なので『ドン・キホーテ』のキトリや『ローレンシア』『パリの炎』『海賊』など、ジャンプが多い演目を多く踊ってきました。一日中ジャンプし続けたら、足と骨にかなりの負担がかかります。床の感触を感じにくい、硬くて丈夫な靴を履いていたら、ジャンプし続けることはできず、足を骨折してしまう可能性があります。だからこそ、自分の体に合わせて準備万端に整えるのです。私にとって、柔らかい靴はとても快適なのです。

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』ナタリア・オシポワ、ウィリアム・ブレイスウェル

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』ナタリア・オシポワ ©2026 Johan Persson
――ナタリアさんは男性並みに高く力強い跳躍が可能ですが、子どものときから自然と高く跳べたのでしょうか。子どものとき体操をされていたそうですが、そのときの基礎がこのような驚異的な身体能力を生んだのですか。
オシポワ 高いジャンプをするためには身体能力がすごく重要なのです。他のダンサーも同じように感じているはずです。生まれつきそういう能力を持っている人もいれば、そうでない人もいます。練習すれば上手く跳ぶようになる人もいるでしょう。私は生まれつき脚の力が強くて、高いジャンプが跳べます。もちろん、他のバレエダンサーと同じように、私もトレーニングをたくさん積み、毎回、練習を欠かしませんでした。ボリショイ・バレエのマリーナ・コンドラティエワは素晴らしい先生で、『ジゼル』のコーチもしていただき、お世話になりました。跳ぶときは、ジャンプというより足が息継ぎをするような、ゆっくりとした一瞬の感覚を掴むことができました。先生はいつもテクニックについての話題がお好きで、パワーや創造性といったものをどう活用するかといったことを夢中になってお話しされます。その会話を聞いても、どのようにスーパーテクニックを実演できるのか、一般の方々には理解できないと思います。
――今年7月にはロイヤル・バレエの日本公演で「ジゼル」を披露されます。クラシック作品でも、「演じている」より「役の人生を生きている」ように感じられます。
オシポワ ジゼルは大好きな役で、私にとって一番大切な役でもあります。21歳の時に、ボリショイ・バレエでジゼル役デビューして以来、20年近く踊ってきました。どの公演も私にとって特別で、この役は私の成長とともに変化していきます。この役は私のキャラクターに一番近いと感じています。舞台に上がると、ただ演技をしているというより、自然と馴染んでいくのです。ジゼルは私そのものです。「この場面では、私だったらどう反応するだろうか」という感じです。私は人を信じやすく、誰かを好きになったり愛したりしたら、自分の心、そしてすべてを捧げます。「ナターシャ、あのひとは悪い人だ」と言われても、私は決して人を疑ったりせず、その人は良い人だと信じます。私はジゼルを演じているというより、むしろ自分の個性をこの役に注ぎ込んでいるのです。第二幕は許しがテーマとなっています。誰かを愛しているなら、常に許す必要があるでしょう。この世界にとって許しは常にとても大切なことだと感じます。ウィリとなったジゼルには、たくさんのジャンプが待ち受けています。マリーナ先生も、私の踊り方を気に入ってくださいました。私のジャンプを通してジゼルのキャラクターをお伝えし、観客の皆様と対話をしています。私にとって本当に特別なバレエです。私自身の身体性と精神性に合った、私の最高の役の一つだと思います。

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』ナタリア・オシポワ ©2026 Johan Persson

英国ロイヤル・バレエ『ウルフ・ワークス』ナタリア・オシポワ、ウィリアム・ブレイスウェル ©2026 Johan Persson
『ウルフ・ワークス』
演出、振付:ウェイン・マクレガー
音楽:マックス・リヒター
美術:Ciguë, We Not I、ウェイン・マクレガー
衣裳デザイン:モーリッツ・ユンゲ
照明デザイン:ルーシー・カーター
映像デザイン:ラヴィ・ディープレス
音響デザイン:クリス・エカーズ
メイクアップデザイン:Kabuki
ドラマツルギー:ウズマ・ハミード
ステージング:アマンダ・エイルズ、ミカエラ・ポリー、ジェニー・タッターサル、アントワーヌ・ヴェレーケン
レペティトゥール:ジャン・アティムタエフ
主演指導:エドワード・ワトソン
<キャスト>
I NOW, I THEN「ダロウェイ夫人」より
ヴァージニア・ウルフ/クラリッサ:ナタリア・オシポワ
リチャード:パトリシオ・レーヴェ
若き日のクラリッサ:前田紗江
ピーター:ウィリアム・ブレイスウェル
サリー:レティシア・ディアス
セプティマス:マルセリーノ・サンベ
レツィア:高田茜
エヴァンス:マルコ・マシャーリ
ビカミングス (「オーランドー」より)
アクリ瑠嘉、ハリス・ベル、リアム・ボズウェル、クレア・カルヴァート、レティシア・ディアス、金子扶生、前田紗江、マルコ・マシャーリ、中尾太亮、マルセリーノ・サンベ、フランシスコ・セラノ、高田茜
火曜日 (「波」より)
ナタリア・オシポワ、ウィリアム・ブレイスウェル、クレア・カルヴァート
デニルソン・アルメイダ、マディソン・ベイリー、ベサニー・バートレット、ラヴィ・カノンニアー=ワトソン、マーティン・ディアス、オリヴィア・フィンドレイ、リュック・フォスケット、ハリソン・リー、キャスパー・レンチ、エラ・ニューストン・セヴェルニーニ、アイデン・オブライエン、ハンナ・パーク、マディソン・プリッチャード、ケイティ・ロバートソン、佐々木須弥奈、ブレイク・スミス、ジネヴラ・ザンボン
レオ・アルミタージュ、ウィリアム・クーパー、マデリン・コープランド、ピッパ・レイク、ベルタラン・ヴィンツェ、ダーシー=ローズ・ウォラル=ハルステッド
■公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/ ■公式X:https://x.com/rbocinema
■配給:東宝東和
5/15(金)~5/21(木) TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
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