『不思議の国のアリス』マッドハッター役スティーヴン・マックレーにきく「怪我を乗り越えた経験は演技に深みを与えた」1月17日公開『不思議の国のアリス』

ワールドレポート/その他

香月 圭 text by Kei Kazuki

今シーズン「ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ」で最初にスクリーンに登場するバレエは『不思議の国のアリス』。怪我のため、長期間にわたって舞台を離れていたプリンシパルのスティーヴン・マックレーが、自身のために作られたマッドハッター役で舞台に復帰した。

――『不思議の国のアリス』の手品師/マッドハッターという役は、あなたのために作られた役ですね。

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© Johan Persson

スティーヴン・マックレー ヌレエフやバリシニコフといった、偉大なダンサーのために作られた役を踊らせていただくことも素敵なことですが、今回、クリストファー・ウィールドンが僕のために役を作りたいと言ってくださったときは、とても嬉しく、光栄に思いました。マッドハッターの役というのは、いろいろなダンスのスタイルが組み合わされていて、僕もそうした点が気に入っています。ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台でタップダンスが披露されることは、これまであまりありませんでしたが、その機会に恵まれ、嬉しさが隠せません。タップダンスが含まれる役が英国ロイヤル・バレエのレパートリーの中に入り、名誉なことだと思います。

――マッドハッターの振付はどのようにして行われましたか。

マックレー 最初のリハーサルのとき、クリストファーは僕にタップシューズを持ってくるように言いました。タップダンスを実際に振付に入れるかどうか、彼は決めていませんでしたが、いざリハーサルで僕がタップダンスを踊ってみると、これは何か素晴らしいものが生まれそうだということがすぐにわかりました。こうして、その日から振付を発展させていきました。実際、この役を彼と作っていくのはとても簡単なプロセスでした。クリストファー・ウィールドンはとても音楽性豊かで、音楽を重要視しています。タップの要素を彼の振付に融合し、僕のステップの音をオーケストラに組み合わせています。クリエーションは容易に進み、クリストファーと一緒に役を作っていくプロセスはとても楽しいものでした。

――スティーヴンさんはティーカップがたくさん載ったテーブルの上で華麗なタップダンスを披露しますが、そこで踊るのは窮屈ではありませんでしたか。

マックレー この場面の舞台は素敵で印象的なデザインですが、舞台が小さいうえに、正面を向いておらず、角度もあり、小道具がいっぱい載っていて滑りやすく、この舞台の上で踊るのはやはり難しいことでした。靴の中にマイクが仕込んであるので、どんなステップも聞こえてしまうというプレッシャーのなかで、一度にたくさんのことをやり取りしなければならなかったので、大変でした。

――生演奏のオーケストラに靴音を合わせるのは難しそうですね。

マックレー 僕たちは一緒に音楽を作っていきます。ダンサーと指揮者の関係というのはすごく大切で、両者のパートナーシップがうまくいけば、パフォーマンスが特別なものになりますし、両者の関係がうまくいかないとパフォーマンスの出来にも影響します。この場面が始まるたびに、自分は指揮者とチームとして一緒に音を作っていくのだと再確認しています。僕が刻むステップは70人ほどのフル・オーケストラのチームの一部になっている、という思いで演じています。

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――アキレス腱と膝の怪我のため、舞台から長らく離脱されていましたが、今回、あなたが復帰するのを皆心待ちにしていました。無事、本番の舞台を務めた感想を教えてください。

マックレー アキレス腱の怪我は考えうる限り、最悪で複雑な怪我でした。コロナ禍もあり、回復には長くかかりましたが、何とか復帰して2シーズン踊ることができました。その中には『ロミオとジュリエット』『ラプソディ』『ダイヤモンド』『シンデレラ』といった最も難しいレパートリーも含まれていました。その後『ドン・キホーテ』を踊っている最中、膝を怪我してしまいました。アキレス腱の怪我が回復してからの伸びが著しく、ステージへの愛と演じる喜びが戻ってきたところだったので、とても残念でした。しかし、今回の怪我は、アキレス腱の経験のおかげで、精神面では前回よりうまく対処することができました。そして再びスタジオに戻って同僚たちと『不思議の国のアリス』のリハーサルを行い、舞台で本番を無事迎えられたことは、適切な医療ケアによるサポートのおかげでパフォーマンスを達成できたことを祝福するものでもありました。英国ロイヤル・バレエの芸術監督ケヴィン・オヘアが最大限のサポートをしてくださったことは、幸運でした。3人の子供たちも、僕がマッドハッター役で復帰するところを見てくれたので、とても嬉しかったです。

――ダンサーとして致命的と思えるこれらの脚の怪我を見事克服されましたが、今回の演技にもその影響があったと思いますか。

マックレー この役に戻るまでには、まだ肉体的な限界があったため、多くを克服しなければなりませんでした。これらの苦難を乗り越えた経験は、演じるキャラクターに深みを与えてくれると思います。マッドハッター自身も様々な経験を重ね、人生いいことも悪いこともあったと思いますが、決して楽しむこと、子ども心を忘れない人物です。怪我はつらい経験で、楽しくないことばかりでしたが、マッドハッターという役は面白くないときでも、楽しんだり、少しばかり馬鹿をやったりしてもOKなのだということも思い出させてくれるのです。

――今回の舞台へのご出演もリハビリ・プログラムの一貫だそうですね。

スティーヴン・マックレー

スティーヴン・マックレー

マックレー ロイヤル・オペラ・ハウスのメディカル・チームと相談して、ダンスと本番の舞台のパフォーマンスをリハビリの一環としました。2024年の夏に、デンマークで芸術監督を務めるヤーナ・サレンコさんと、「Verdensballeten」という屋外ガラ公演で、どのステップが僕にとって安全で、どれが危険か、メディカル・スタッフのアドバイスを聞きながらパ・ド・ドゥ作品を作り、一緒に踊りました。同様にソロ作品も作ったんですよ。こうしてこの公演を終え、リハビリの次の段階として、肉体的に負荷が多いマッドハッターを演じることになりました。ジムやバレエスタジオで行っていたエクササイズから、次のステップとして舞台本番のパフォーマンスを行ったわけです。そうして、古典作品の役に戻れるようにリハビリを行っていました。マッドハッターの舞台が終わると、次は『シンデレラ』の王子役で、可能な限りトップレベルのパフォーマンスを目指します。それをクリアすると、ロミオ役やバランシン作品やその他の難役が待ち受けています。膝の怪我は複雑で回復が困難でしたが、このようなリハビリが可能でした。アキレス腱の怪我のときは損傷がひどかったので、治るまでもっと長い時間がかかりました。

――お子さんたちも舞台袖であなたの踊りをうれしそうに見守っている様子がSNSに上がっていました。

マックレー はい。 子どもたちがいてくれたからこそ、ここまで頑張れたと思います。自分のエネルギーの源は子どもたちにあり、彼らのために踊りたいという気持ちが、さらに上のレベルの踊りに到達することができると信じています。自分の仕事を子どもたちに見せることで、彼らに喜びやインスピレーションを与えられることを日々願いつつ踊っています。

――あなたが脚の怪我を乗り越えようと奮闘する様子を撮影した「A Resilient Man」というドキュメンタリー映画(監督:ステファン・カレル Stéphane Carrel)は、イギリスではBBCで「Dancing Back to the Light」という表題で放映されることが決まったそうですが、この映画について教えてください。

マックレー この映画を日本の皆様にも見ていただきたいと思っており、配給に向けて動いているところです。この作品を通して、ダンサーの仕事の美しさや素晴らしさを皆様にお見せしたいということと同時に、この仕事の大変さも知っていただきたいと思いました。ダンサーの人生は複雑な問題を抱えています。家族を持つことも大変でしたし、プレッシャーの中で仕事と私生活のバランスをどのようにうまく取っていくか、ということも課題のひとつです。燃え尽き症候群やダンサーの体に対するイメージ、例えば「太りすぎだ、または痩せすぎている」といった、いろいろな偏見についてもご紹介したかったのです。自分の実体験を皆様に見ていただくことで、ダンスに限らず、様々な職業をしている方たちにとっても、何か得るものがあるのではと思います。

――スティーヴンさんにとって、バレエとタップダンスとは、それぞれどのようなものなのか、教えてください。

マックレー ダンスというのは、僕にとって世界を開いてくれた存在です。僕は子供のとき恥ずかしがり屋でしたが、ダンスのおかげで、自信をもって世界に足を踏み入れることができるようになりました。世界を旅して、素晴らしいアーティストの方々から学び、重要な会話に参加することができ、僕の人生は変わりました。ダンスは人生にとって大事なものだと思っています。

「英国ロイヤル・バレエ&オペラin シネマ 2024/25」

ロイヤル・バレエ『不思議の国のアリス』
アリス:フランチェスカ・ヘイワード
庭師ジャック/ハートのジャック:ウィリアム・ブレイスウェル
ルイス・キャロル/白うさぎ:ジェームズ・ヘイ
アリスの母/ハートの女王:ローレン・カスバートソン
アリスの父/ハートの王様:ベネット・ガートサイド
手品師/マッドハッター:スティーヴン・マックレー

振付:クリストファー・ウィールドン
音楽:ジョビー・タルボット
指揮:コーエン・ケッセルス
美術:ボブ・クロウリー
管弦楽:ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団

1月17日(金)~1月23日(木) TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
配給:東宝東和
公式サイト:http://tohotowa.co.jp/roh/

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