パリ・オペラ座のエトワールとして踊り、バレエ学校校長を30年間にわって務め大きな功績を残したクロード・ベッシーが逝去した
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Icare/ Opéra national de Paris
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関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi
去る4月23日パリ・オペラ座バレエ学校校長を30年間にわたって務めたクロード・ベッシーが逝去した。享年は93歳だった。パリ・オペラ座は総支配人のアレクサンダー・ネーフを始め、ジョゼ・マルティネス舞踊監督、エリザベート・プラテル バレエ学校校長が揃って、クロード・ベッシーのパリ・オペラ座バレエ団における偉大な功績を讃え、その死を深く悼む追悼の文を発表している。
クロード・ベッシーは、1972年から2004年まで、パリ・オペラ座バレエ学校校長の職にあり、数々の業績を成した。まず挙げられるのは、オペラ座バレエ学校をあらゆるダンスと一般教育が実施でき、食堂と寄宿舎を備えた新たな校舎(クリスチャン・ド・ボルザンパルク設計)としてナンテールに建設したことだろう。さらに自身で振付けた作品も含めたオペラ座バレエ学校にふさわしい上演演目を整え、今日行われているデモンストレーションと定期公演のスタイルを確立。こうして充実したバレエ教育を安定的に提供できる基盤を作った。また、生徒たちをたびたび海外公演に連れていくなどして、さらなる発展に努めている。
そうした優れた環境の中からマニュエル・ルグリ、シルヴィ・ギエム、ローラン・イレール、エリザベット・モラン、マリ=ピエトラガラ、エリック・ヴ・アンなどの類まれな「黄金世代」のダンサーたちを育て、パリ・オペラ座バレエ団に送り込んだ。

「クロード・ベッシーへのオマージュ」カーテンコール(2004年3月30日ガルニエ宮)
©Icare/ Opéra national de Paris

クロード・ベッシー © Francette Levieux
クロード・ベッシーは1932年生まれ。9歳でパリ・オペラ座バレエ学校に入学した。オペラ座バレエ団では、バランシン振付『クリスタル・パレス』リファール振付『白雪姫』『フェードル』『白の組曲』クランコ振付『美しきエレーヌ』ランダー振付『エチュード』、『白鳥の湖』『ジゼル』などを踊り、1956年、24歳のベッシーはオペラ座のエトワールに任命される。1959年、ジョルジュ・スキービン振付『ダフニスとクロエ』は、舞台美術と衣裳をマルク・ジャガールが手がけ、スキービンがダフニス、ベッシーがクロエを踊って大成功を納めている。また、オペラ座ではバレエ・リュスを知るセルジュ・リファールやイタリア派を代表するセルジュ・ペレッティなどにも教示を受け親しく交流を重ねている。さらにハリウッドに招かれて、ジーン・ケリーの台詞のないオムニバス映画『舞踏への招待』(1956年公開、日本公開『腕環のロンド』1958年)に出演し、ジーン・ケリーと共演している。その後、シーン・ケリーはパリ・オペラ座にジャズ・バレエ『パ・ド・デュー(神々の踊り=DeuxとDieuxを重ねた)』(1960年)を振付け、ベッシーはアッテリオ・ラビスほかと踊っている。
1967年にクロード・ベッシーは、肋骨7本を骨折し、そのほかにも骨折や外傷を負うとい大変な交通事故に遭う。しかし、非常に厳しい努力の末、オペラ座の舞台に復帰する。そして、1970年にローラン・プティが辞任した後を受けて数ヶ月、パリ・オペラ座バレエ団の芸術監督となっている。就任中にはモーリス・ベジャールをオペラ座に招き、パレ・デ・スポールで大きな公演を行なった。その時、ベッシー自身がベジャールの『ボレロ』を踊って大喝采を浴びた。以後、ベジャールの『ボレロ』はパリ・オペラ座のレパートリーとなっている。

「ボレロ」モーリス・ベジャール振付 © Francette Levieux

「ダフニスとクロエ」 クロード・ベッシー、ミカエル・ドゥナール © Francette Levieux
私は、東京バレエ団の『ザ・カブキ』がガルニエ宮で上演された時になどに、フォワイエでベッシーとベジャールの姿を見かけたが、二つの<B>は肩を抱きように親しげに語り合っていて、まるで<ダンス戦線>の戦友のようにも見えた。また、ナンテールを取材に行った時にも、大変好意的に応じていただいたことも大切な記憶の一つである。
クロード・ベッシーは「La Danse pour passion」という回想録を残しているが、未だ邦訳は出版されていないようである。しかし、生前、さまざまな交流のあった京都バレエ団からクロード・ベッシーの『バレエレッスン ルソン・ドゥ・ダンス』という立派な大型レッスン書の邦訳出版されている。ベッシーのレッスンの基本が写真家ジャック・モアッテイの素晴らしい写真で構成されており、シルヴィ・ギエム、ニコラ・ル・リッシュ、イザベル・ゲラン、マチュー・ガニオなどのバレエ学校時代の写真が収められている。
そして、パリ・オペラ座バレエ団にとって、とりわけオペラ座バレエ学校にとっては、偉大なるバレエの母を失った、という思いではないだろうか。
クロード・ベッシーの跡を継いでバレエ学校校長に就任してたエリザベート・プラテルは、追悼の言葉に「今日、バレエ学校のすべての生徒たちは孤児となっています」と記している。

パリ郊外ナンテールのオペラ座バレエ学校
© Alain Denize

オペラ座バレエ学校の生徒たちに囲まれて
© Francette Levieux

ジェーン・ケリー振付「パ・ド・デュー」 クロード・ベッシー、シリル・アタナソフ
© Francette Levieux

© Francette Levieux

モーリス・ベジャール振付「コンクール」リハーサル風景
© Michel Lidvac

「クロード・ベッシーへのオマージュ」ジョゼ・マルティネス エリザベット・プラテル
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris

左からマルティネス、プラテル、ヤン・サイーズ、ファビエンヌ・チェルッティ、クリストフ・デュケンヌ、クロード・ベッシー、ヴィルフレッド・ロモリ、キャロル・アルボ
© Svetlana Loboff/ Opéra national de Paris
*上記の記事は、パリ・オペラ座 "Hommage à Claude Bessy"、「フィガロ紙」アリアーヌ・パヴリエ記者の2026年4月23日のを参考しています。
*クロード・ベッシーの『バレエレッスン<ルソン・ドゥ・ダンス>』(京都バレエ専門学校刊)をご購入希望の方は、下記メールアドレス、もしくは京都バレエ専門学校HPのお問い合わせ欄よりお申込みください。
Email:attend@kyoto-ballet-academy.com
HP URL:http://www.kyoto-ballet-academy.com/
京都バレエ専門学校 北白川スタジオ TEL:075-701-6026
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