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ヌレエフ版『くるみ割り人形』はドロテ・ジルベールの美しい存在感、ギヨーム・ディオップの素晴らしい身体が圧巻だった、パリ・オペラ座 in シネマ 2026

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

ルドルフ・ヌレエフは1983年から89年までパリ・オペラ座バレエ団の芸術監督の座にあり、多くのクラシック・バレエの全幕物を改訂した。現在もそれらの演目はパリ・オペラ座バレエのレパートリーとして、上演され続けていている。そのひとつ、ヌレエフ版『くるみ割り人形』は、1967年スウェーデン王立バレエで初演され、1985年にはパリ・オペラ座バレエで上演されてレパートリーとなった。近年では2007年、2014年、2023年と再演されている。2007年の再演では、劇場スタッフのストライキが行われる渦中でなんとか上演され、ガルニエ宮でマニュエル・ルグリと踊ったドロテ・ジルベールがエトワールに任命された。また、2023年にはイネス・マッキントッシュの舞台が話題を集めた。このヴァージョンは芸術監督だったマニュエル・ルグリによりウィーン国立歌劇場バレエ団でも再演されている。

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© Agathe Poupeney / OnP

ドロテ・ジルベールがクララを、ギヨーム・ディオップがドロッセルマイヤー/王子を踊ったヌレエフ版『くるみ割り人形』は、開幕からパリ・オペラ座バレエ団の実力を見せつけるような舞台だった。まず、シュタルバウム家のクリスマス・イブのパーティに人々が集まってくるシーン。降り積もる雪の中、門前の傍に手弾きオルガンの芸人がいる。「子ねずみ」たちと愛称されるパリ・オペラ座バレエ学校の生徒たちが元気良く戯れながら次々と訪れる。馬跳びをしたり、雪を丸めて投げたり、オルガン弾きに興味を示したり・・・その動きは当然ながら、ダンスとしての表現となっており、これから始まる物語への期待を高める。
全体の物語の流れは大きく変えられていない。ただ、シュタルバウム家の夫妻(セバスチャン・ベルトー、ファニー・ゴルス)、クララの姉ルイーザ(ビアンカ・スクダモア)、フィリップ(アントワーヌ・キルシェール)といった魅力的なダンサーが踊っているばかりでなく、「子ねずみ」たちがこぞって出演しているので、舞台全体が生き生きと活発でレベルが高い。

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© Agathe Poupeney / OnP

パーティでは、女の子たちは人形をプレゼントされる。女の子たちの喜びの踊り、興奮した男の子たちはおもちゃの馬に跨り騎馬隊を作ってラッパを鳴らして大暴れ。紳士淑女が踊り、クララの祖父と祖母の踊りもある。そしてニコラス・ジョージアディスの美術と衣裳が実に素晴らしい。背景にキャンドルが煌めく大きなクリスマスツリーを仕立て、アールヌーボー風だがどこかジャポニズムの印象もある灯りが輝く、華やかでありながらアットホームなクリスマス・イプのパーティを時代の情景さながら見事な現実感を持って表している。
子どもたちの闊達な群舞があり、足を引き摺るようにして一方の目に眼帯を着けた謎めいた紳士、ドロッセルマイヤーが登場。クララの名付け親でもあるドロッセルマイヤーはマジックを見せ、人々を翻弄する。そしてねずみの王を倒す人形劇を観せる。人形たちの踊りとなり、銃を手にした兵士人形が踊り、女の子の人形はねずみ顔に見えたり、真紅の衣裳のアラビア風の人形は刀を振り回して踊る。どうやらこの家族の背後には、ねずみたちの油断できない存在があるらしい・・・。
クララはドロッセルマイヤーから白い風変わりなくるみ割り人形をプレゼントされて、運命的に出会ったかのように特別なお気に入りとなった。フィリップが意地悪をして、クララのくるみ割り人形を傷つけるが、ドロッセルマイヤーがすぐに治す。やがてパーティはお開きとなり、少し物悲しいお別れの踊りとなる。しかしクララは、大広間の椅子の上でくるみ割り人形を抱いたまま眠りに落ちてしまう。
すると真夜中、子ねずみたちが本当のねずみとなってクララに襲いかかり、執拗にくるみ割り人形を奪おうとする。さらに真紅の衣裳を着けた巨大なねずみの王が忽然と姿を現し、クララを圧倒。するとあのくるみ割り人形が凛々しい戦士となって刀を振るい、クララを救出。たちまちねずみの王に従うねずみ軍とくるみ割り人形が率いる兵士人形たちの大戦争が勃発する。ここでは兵士人形の騎兵隊も大活躍し、迫力のある戦闘シーンとなる。くるみ割り人形は騎兵隊の隊長となって果敢に戦い、ねずみの王を倒すと美しい王子に変身する。そして伸びやかなパ・ド・ドゥを踊ってクララと王子は天使像の森に至る。王子の見事なヴァリエーションが踊られ、エロイーズ・ブルトンとロクサーヌ・ストヤノフがソリストとなって群舞をリードする粉雪の舞い散るシーンとなり、美しい俯瞰のカットも観ることができる。恐ろしいねずみの王やねずみ軍との戦いの恐怖を浄化するようにキラキラと粉雪が舞い散る中を二人はともに旅していく。

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© Agathe Poupeney / OnP

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© Agathe Poupeney / OnP

第2幕では、クララと王子のパ・ド・ドゥが踊られた後、再びくるみ割り人形の隊長と騎兵隊、ねずみ軍とねずみの王が現れる。しかし隊長は元のくるみ割り人形に戻ってしまい、さらにパーティで集った人たちが大きな顔の作り物をかぶり、コウモリの姿となって集団でクララにどんどん迫ってくる、と言うシュールなイメージが展開される。人間の大きな首をかぶったコウモリの群舞はなんとも不気味。このシーンはクララのナイトメアと語られている。
恐ろしいコウモリたちが消えるとスペインの踊り。クララと王子が見つめる中、4組のペアがスペインの情感を踊る。アラビアの踊りは、大皿の中の食糧をめぐってジェレミー=ルー・ケールとロクサーノ・ストヤノフのペアが男性一人と4人の女性ダンサーと踊った。ロシアの踊りは6組のペア、速いテンポの軽快な踊り。アクロバット(中国の踊り)は男性3人アントニオ・コンフォルディ、トマ・ドキール、レオ・ド・ビュスロル。パストラル(葦笛の踊り)はマリーヌ・ガニオ、イネス・マッキントシュ、チャン・ウェイ・チャンだった。
花のワルツは、背景が多くキャンドルを立てた三つのシャンデリア、壁面にもキャンドルが飾られ黄金色に輝く中で12組のペアが華麗にフォーメーションを展開。そしてクララはティアラを付けて王子と素晴らしいグラン・パ・ド・ドゥを豪華に踊った。

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© Agathe Poupeney / OnP

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© Agathe Poupeney / OnP

いろいろなことがあったクリスマス・イブの夜、クララはくるみ割り人形を抱いたまま眠ってしまっていた。ドロッセルマイヤーに優しく起こされ、目覚めたクララ。帰路に着くドロッセルマイヤーを追って雪の降る外へ。クララが追ってきたことに気付いたドロッセルマイヤーは手弾きオルガンの陰に隠れる。ドロッセルマイヤーを見失ったクララは雪の降る夜、そっと腰を下ろして満足感に溢れた微笑みを浮かべた。

ヌレエフの振付は、クララの夢を描くことに徹している(そのため明かるいシーンがなくなってしまったが)。第2幕のディヴェルティスマンもお菓子の国という設定はなく、シュタルバウム家の大広間のクリスマスツリーが立てられた空間で踊られる。くるみ割り人形が騎兵隊隊長に変身する時も隊長が王子に変身する時も、この空間に消え、この空間から現れる魔法を司る部屋である。クララの夢は、クリスマス・イブのパーティに参加した子どもたち、紳士淑女、人形たちとの体験が歪んだレンズを通して見るように反映し、クリスマスプレゼントにもらった風変わりなくるみ割り人形が変身する、というものだった。
ドロッセルマイヤーは、夢の中で、終始、影のようにクララに寄り添いながら優しく支えた。くるみ割り人形から変身した王子は美しく、頼り甲斐がある。何度か窮地に陥ったクララを助けた。少女クララは、いわば経験豊かな父性的な愛と憧れを抱く王子への愛という二つの愛を夢の中で体験し、イニシエーションを無事に通過したのだ。ラストシーンのクララの満足感のある表情はそれを表しており、またそれはヌレエフがドロッセルマイヤーと王子を同じダンサーに踊らせることによって表現しようとしたことでもあるもだろう。

ヌレエフ版『くるみ割り人形』では、クララと王子のパ・ド・ドゥは2回踊られる。どちらも素晴らしい振付であるが、やはり、最後に踊られるグラン・パ・ドウが素晴らしい。とりわけドロテ・ジルベールが踊ったヴァリエーションは奇跡のような美しさ、と言っても過言ではないと思われる。ヌレエフ振付の特徴でもある脚の動きが、特別な豪華さ、ここにしかない至高の美しさを創造しているのである。ギヨーム・ディオップも長い手足――普通は持て余してしまうと思われるのだが―-―をソフトな感覚で巧みに動かして美しかった。そしてドロテ・ジルベールの演技力というか存在感の表し方、身体を12歳の少女のと同じくらい動かすことに自信があるだけでなく、細やかな情感を見事に表していた。

パリ・オペラ座 IN シネマ 2026
『くるみ割り人形』

1月23日(金)~1月29日(木)TOHO シネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
■公式サイト https://tohotowa.co.jp/parisopera/
■公式 X https://x.com/CinemaOParisJp
■公式Instagram https://www.instagram.com/cinemaoparisjp
■配給:東宝東和

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