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響き合う幻想的音楽空間に「愛の奇蹟」のリアリティを創造したアシュトンの『シンデレラ』、舞台映像が2月21日より公開される

ワールドレポート/その他

関口 紘一 Text by Koichi Sekiguchi

英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ

『シンデレラ』フレデリック・アシュトン:振付

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金子扶生 ©2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

英国ロイヤル・バレエ&オペラ in シネマ 2024/25では、昨年12月10日にコヴェント・ガーデンで上演されたばかりのフレデリック・アシュトン振付の『シンデレラ』を2月21日より上映する。
シンデレラを踊るのは英国ロイヤル・バレエ プリンシパルの金子扶生、やはりプリンシパルのウィリアム・ブレイスウェルが王子を踊る。シンデレラの義理の姉妹にはベネット・ガートサイドとジェームズ・ヘイ、愛の奇蹟を司る仙女役はマヤラ・マグリ、春の精はイザベラ・カスパリーニ、夏の精は佐々木万璃子、秋の精はミーガン・グレース・ヒンキス、冬の精はクレア・カルヴァート、道化には五十嵐大地、という清新なキャストが組まれている。

『シンデレラ』の音楽はソ連に帰国していたセルゲイ・プロコフィエフが1944年に作曲し、翌年、まず、ボリショイ劇場(ザハロフ振付、ドレス・リハーサルでウラノワ、初日はレペシンスカヤがシンデレラ役、台本はニコライ・ヴォルコフ)が、続いて1946年にキーロフ劇場(セルゲイエフ振付、ドゥジンスカヤ)で上演された。
フレデリック・アシュトンは、1948年にサドラーズ・ウエルズ・バレエ団に英国最初の全幕バレエとして、プロコフィエフの音楽による『シンデレラ』を振付け、モイラ・シアラー主演によりロイヤル・オペラ・ハウスで上演した。この振付にあたってアシュトンは、第3幕のディヴェルティスマン部分をカットしている。(台本はジャン=デニス・マルクレスが衣裳とともに担当した。)
ディヴェルティスマンとは元々は18世紀のオペラなどで行われていた幕間狂言のことだったが、19世紀のバレエでは、『眠れる森の美女』の童話の主人公たちの踊りのように、饗宴の豪華さを現す余興を観客を楽しませるエンターテインメントとして踊られることになっていた。しかし20世紀に入ると、ディヴェルティスマンを物語のテーマとかけ離れた装飾的な踊りとしてではなく、ドラマと深い関わりを持つシーンに組み込んで表現を深めようとする試みが行われ、例えばブルメイスティル版『白鳥の湖』(1953年)ピーター・ライト版『ジゼル』(1961年)などが成功を収めるようになっている。
アシュトン版『シンデレラ』は、そうした動向の以前に振付けられている舞台だが、すでにディヴェルテスマン部分はカットし、シンデレラの家と王宮にセットを組み、現実と魔法が行き交う幻想的音楽空間を創っている。この二つの空間の中にロマンティックで情感豊かなプロコフィエフの音楽を響かせて、物語を繰り広げ、万人の胸に迫る愛の奇蹟のドラマを創造しているのである。
シャルル・ペローの原作童話は、「高慢で思い上がった女」とシンデレラの義理の母に触れているが、アシュトン版には登場しない。義理の姉妹たちは、自分の欲望に夢中になって狂奔しており、家事など面倒な雑務はすべてシンデレラに押し付けているが、特別にシンデレラを苛めているわけではない。シンデレラは亡くなった実母を慕っており、虐げられているが明るさを失わず健気に生きている。この両者の心根の違いが物語の背景をなしている。

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金子扶生
©2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

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©2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

第1幕では、王宮の舞踏会に出かける義理の姉妹たちの準備のドタバタがコミカルに描かれ、一人になったシンデレラは亡き母を偲んで悲しむ。気を取り直したシンデレラは、王宮の舞踏会を空想力豊かに想像して、スカーフを靡かせて<箒の王子>とパ・ド・ドゥを踊る・・・。すると、かつてパンを恵んだ老婆が仙女となって現れ、春・夏・秋・冬の妖精たちを呼び出し、シンデレラに豪華な衣裳を纏わせ、カボチャの馬車に乗せて王宮に向かう。このシーンでは、音楽のテンポが上がり、劇空間がまるごと魔法にかけられたよう。仙女役のマヤラ・マグリは妖精たち、スターたちを緩やかに導いて、おおらかで自然な存在を感じさせ、息を呑んで見守る観客たちに、現実から幻想への転換を心地良く軽やかに完結させた。
シンデレラの金子扶生は、夢見ていたことが次々と実現していく驚きをとても素直に表現し、日頃キッチンでお馴染みのカボチャの馬車に身を委ねて王宮へと、胸をときめかせて向かった。「真夜中の12時には必ず戻りなさい」という仙女の言葉を忘れずに。
日常的・現実的なシンデレラの家から、目の覚めるような魔法の空間が現れる、というマジカルな美術は、英国ロイヤル・バレエ団の劇場力を遺憾なく発揮して見事だった。(舞台装置デザインはトム・パイ、衣裳デザインはアレクサンドラ・バーン)

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©2023 Tristram Kenton_ext

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一方、王宮では五十嵐大地が扮する道化が縦横に踊って、舞踏会の開始を告げる。義理の姉妹たちも登場してユニークなキャクターたちとコミカルな出会いと"多彩な"応酬を繰り広げる。そしてウィリアム・ブレイスウエルの気品ある王子が登場し、舞踏会も酣(たけなわ)、と思われた時、高貴な気の流れとともに、この上なく華やかなシンデレラが得も言われぬ魅力を漂わせ、豪華な馬車に乗って姿を現す。
王子とシンデレラは出会いのパ・ド・ドゥを踊り、愛する心を確かめ合う。プロコフィエフ作曲のオペラ『三つのオレンジへの恋』の音楽を使った義理の姉妹たちのオレンジの踊りなどが挿入され楽しい時が刻まれていくが、いつしか王子はシンデレラを見失う・・・。やがて再会した二人はいっそう愛を深める素敵なパ・ド・ドゥを踊る。そしてついに舞踏会はクライマックスを迎えコーダとなるが、どこかでメトロノームが速いリズムを刻んでいるように感じられるうちに、運命の12時を大時計が打ち始める・・・シンデレラは大慌てで現実へと駆け戻る、片方のガラスの靴を残して。
第2幕は、音楽とドラマの流れと踊りの一体感が圧巻だった。物語のいきさつは知っているのだが、観客の情感のすべてが、時を刻む音に追われて、一気に舞台と合体し、たちまち崩壊してしまったような感覚に陥った。そして、この舞踏会のシーンでもディヴェルティスマン的な踊りは、全く設定されていない。
第3幕では、シンデレラが魔法の世界で履いていたガラスの靴と、王子が求めるもう一方が合致。二人は愛のパ・ド・ドゥを踊り、仙女に祝福される。優しさの中に強い意思を描いた金子扶生のシンデレラとおおらかな心を踊ったウィリアム・ブレイスウェルの王子は、揺るぎない深い思いやりを持って固く結ばれたのである。
響き合う幻想的音楽的空間と舞踊の振付を鮮やかに融合させて、観客の心に愛の奇蹟の揺るぎないリアリティをもたらした、フレデリック・アシュトンの芸術、素晴らしい、という他はあるまい。
参考 https://www.chacott-jp.com/news/worldreport/tokyo/detail031781.html

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©2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

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© 2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

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金子扶生、ウィリアム・ブレイスウエル
©2023 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

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2月21日(金)より2月27日(木)まで TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開

■公式サイト http://tohotowa.co.jp/roh/
■公式 X https://x.com/rohcinemaseason
■配給:東宝東和

《シンデレラ》
振付:フレデリック・アシュトン、音楽:セルゲイ・プロコフィエフ、舞台装置デザイン:トム・パイ、衣裳デザイン:アレクサンドラ・バーン、照明デザイン:デヴィッド・フィン、指揮:ジョナサン・ロー、ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団

キャスト
シンデレラ:金子扶生、王子:ウィリアム・ブレイスウェル、シンデレラの義理の姉妹:ベネット・ガートサイド、ジェームズ・ヘイ シンデレラの父:トーマス・ホワイトヘッド、
仙女:マヤラ・マグリ、老女に扮した仙女:オルガ・サバドック、ダンス教師:テオ・デュブレイユ、洋服屋:デニソン・アルメイダ、お針子:ハンナ・パーク、マディソン・プリッチャード、美容師:エイデン・オブライエン、宝石商:ハリソン・リー 、ヴァイオリン弾き:グレイス・リー、クセニア・べレジーナ、春の精:イザベラ・ガスパリーニ、夏の精:佐々木万璃子、秋の精:ミーガン・グレース・ヒンキス、冬の精:クレア・カルヴァート、道化:五十嵐大地、王子の友人:レオ・ディクソン、ハリー・チャーチス、ルーカス・B・ブレンツロド、求婚者:ハリス・ベル、リアム・ボズウェル

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