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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2010.07.12]

満場が喝采! 佐久間、マッケイが踊ったライト/サムソヴァ版『白鳥の湖』

Birmingham Royal Ballet バーミンガム・ロイヤル・バレエ団
Birmingham Royal Ballet“Swan Lake”
Choreography: Marius Petipa, Lev Ivanov, Peter Wright
Production: Peter Wright & Galina Samsova
ピーター・ライト/ガリーナ・サムソヴァ版『白鳥の湖』
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バーミンガム・ロイヤル・バレエ団は6月16日〜26日まで、本拠地バーミンガムでは今シーズン最後の公演を行った。
第1週はバランシン振付の『テーマとバリエーションズ』と『10番街の殺人』、ファン・マーネン振付の『グロス・フューグ』、第2週目はライト/サムソヴァ版『白鳥の湖』を上演した。6月22日に『白鳥の湖』の初日を鑑賞する。

主役は5月のアメリカ公演でも初日を踊ったプリンシパルの佐久間奈緒とイアン・マッケイ。王妃にはバレエ・ミストレスでもあるベテランのマリオン・テイト、悪魔ロットバルトをジョナサン・ペイン。このヴァージョンでオデット/オディール、王子ジークフリートと共に非常に重要な役柄である王子の友人ベンノをアレクサンダー・キャンベルが踊った。
国王の死を悼む葬列の場面から始まり、暗い湖畔で一人溺死している王子の亡骸を見つけたベンノが王子の死体を抱きあげ嘆き哀しむシーンで幕が降りるライト/サムソヴァ版『白鳥の湖』は、大人の観客のために作られた非常に英国的なドラマティック・バレエの傑作である。作品に一貫して描かれているテーマは「愛」だ。

王子ジークフリートとオデットが初めて知る「清く」「深く」だが「絶望的な愛」、悪魔ロットバルトがオデットや囚われの白鳥(処女)たちによせる「ゆがんだ支配的な愛」、ベンノが王子ジークフリートによせる「非常に英国的な男2人のプラトニックな愛」。
「愛」と「絶望」「男たちの友情」、甘美ですらある「死」が描かれているバレエとして、マクミランの『ロミオとジュリエット』や『うたかたの恋』、ビントレーの『エドワード2世』などに通ずる。
 ピーター・ライトの手になる全幕作品は、どれも「美しく」「品格高く」「演劇的で観る者に分かりやすく」「無駄がない」。
ライト版『眠れる森の美女』『白鳥の湖』『ジゼル』は、それぞれお伽噺をベースにしながら人間にとって普遍的な「愛」を巧みに描くことにより、観客の心をつかんで放さない。そして最後には彼らの胸を大きな感動で一杯に満たすのである。
ド・ヴァロワに始まり、ジョン・クランコやケネス・マクミラン、ピーター・ライトが受け継いだ英国バレエのこのような作風は、BRBの現芸術監督(そして新国立劇場バレエの新芸術監督である)デイビッド・ビントレーの『アーサー王』パート1、パート2、『シルヴィア』『シラノ』といった感動大作の中に今も脈々と受け継がれている。

かつてサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(現BRB)でプロの踊り手となり、20代初めでライト版『白鳥の湖』全幕を踊った吉田都は、その後、英国ロイヤル・バレエに移籍し、ダウエル版を踊った後でもなお「私が一番好きな『白鳥の湖』はピーターの作品です。王のお葬式で始まり、オデットと王子の死で終わる。あの暗さが作品にとてもあっていて好きなんですよ。」と語る。
そして世界の『白鳥の湖』の中で筆者が最も愛してやまないのもこのピーター・ライト版と、シュトットガルトのジョン・クランコ版なのである。
ライト版は演劇的なだけに主演ダンサーを選ぶ。
オデット・オディール、ジークフリート、ベンノのを踊る3人は、美しく、踊りが上手いだけではつとまらない。何よりも一流の役者でなければ、このバレエを語り尽くすことができないからだ。そういう意味では佐久間奈緒、イアン・マッケイ組は、このヴァーションの初日を飾るにふさわしい素晴らしいペアであった。

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佐久間は10年前のデビュー当時から3幕の黒鳥オディールが非常に魅力的で、その前後の幕のオデットとの対比を鮮やかに踊り描くことで、観客を熱狂させ、そして涙させる演技力の持ち主。
バレリーナとしてアラベスクで見せるバランスや、黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのコーダでグラン・フェッテにトリプルやダブルを入れる舞踊技術にも優れているが、彼女の魅力は何といっても女優としてのスター・オーラの大きさと、巧みな演技力である。
オディールとして舞台に登場直後に、彼女をオデットと信じて疑わない王子の手を取り、彼を欺く妖艶な姿、その後4幕で絶望して湖に身を投げる哀しく儚いオデット。2つの女性像がそれぞれ魅力的で、観客を支配して放さないのだ。
ライト版は、女性主役と準主役のベンノの踊りに比べ、ジークフリートのパートは1、2幕、そして黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのある3幕ですら地味で見せ場が少ない。
バレエの基本に優れ、静謐な動きの中で自らの体をコントロールできることが必要とされる振付で、プラス、ダンスール・ノーブルらしい優雅な立ちふるまいとリリシズム、演技力、そして巧みなパートナーリングが要求される役なのである。
20代の踊り手がこれらすべてを満たすことはまず不可能だ。
イアン・マッケイは、スペインのコレーラ・バレエ移籍直前の2年前は、まだまだ演技力が伴わず『白鳥の湖』に代表される悲劇を苦手にしていた。(08年3月号)
だがスペインで主演ダンサーとして様々な作品に挑戦した経験や、私生活でも1児の父となった喜びが、彼を表現力豊かな踊り手に変貌させてしまったようだ。
1幕で親友のベンノや若き友人、父王の側近らが憂いに沈む王子を励まそうと様々な手を尽くしても、心楽しめないジークフリートの憂鬱。
2幕でオデットに出会い、彼女が実は自分と同じく身分の高い姫であることを知った後に示す敬意の表現。
3幕、オディールをオデットと信じ、高らかに愛を誓う姿。
4幕で悪魔ロットバルトと闘い勝利し、悪魔を亡き者にしながらも、愛するオデットを追って湖に身を投げることを誓う絶望のマイム。
それぞれの場面での演技は鮮やかで雄弁でいながら品性と節度があり、この作品と役柄にふさわしいものであった。
またマッケイの何よりの強みは、そのパートナーリングの巧みさである。
一人の踊り手として優れていると共に、2幕の湖畔の場のアダージオで、3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥで、主演バレリーナの後ろに一歩下がって彼女たちを絶妙なまでにサポートし引き立てる能力は、世界に男性舞踊手多しといえども、ロシアの超一流のダンスール・ノーブル以外にはまず見ることのできない類のもの。
佐久間を初めとするバレリーナがマッケイを「驚異のパートナー」と評する所以である。

このプロダクションの成功の鍵を握っているのが王子の友人ベンノである。
プロローグからエピローグまで王子を想い影のようにつき従う心優しき貴公子の役で、1・3幕にはダンス・パートも多い。演舞に優れるダンスール・ノーブル候補の若手やドミ・キャラクテールによって踊られることが多い。
2年前のリバイバルでは山本康介やジェイミー・ボンドという、この役にうってつけの2人が踊り、王子の亡骸を抱いて舞台に現れるエピローグで観客に大きな感動を与えたものである。
A・キャンベルはダンス・パートは素晴らしいし、演技力に不足があるわけでもないのだが、山本やボンドといったこの役を得意とする2人に迫るものはなかった。
佐久間とマッケイが好演しただけに、ベンノを演技派ダンスール・ノーブルのジェイミー・ボンドが踊ってくれたらどんなに素晴らしかっただろうと思うと残念である。
5月のアメリカ公演で王子ジークフリートを踊り好評を得たボンドは、今シーズンからプリンシパルに昇進したものの腰の怪我とその再発のため、バーミンガムとロンドンでは殆ど舞台に立つことができなかった。
もう一人ベンノに予定されていたジョゼフ・ケイリーもアメリカ公演で負傷し、ヒポドローム劇場の舞台に立つことかなわなかた。

主役・準主役の3人以外では、1幕のパ・ド・トロワ、2幕で4羽の白鳥を踊った平田桃子にバレリーナとしてますますの充実がうかがえた他、大きな白鳥を踊ったサマラ・ダウンズ、3幕のパ・ド・シスを踊ったファーガス・キャンベル、イタリアのプリンセスを踊ったアランチャ・バセルガ、スペインの踊りの厚地康雄とタイロン・シングルトンが、それぞれ踊り手としての技量と魅力を奮って観客の心をつかんだ。
今回2年ぶりにこの優れたプロダクションを見ることができるとあって、バーミンガムの観客は、チケット売り出し直後の、かなり早いうちからチケットを購入し、楽しみにしていた。
2幕の湖畔のアダージオで、3幕の黒鳥のグラン・パ・ド・ドゥのコーダで、4幕の冒頭に白いスモークの中から群舞の白鳥が姿を現す場面で、満場のヒポドロームの観客が口々にブラボーを叫ぶ姿を目にするのは実に久しぶりのこと。
カーテンコールでも熱狂する観客と共に、私自身もライト・サムソヴァ版『白鳥の湖』の遠からぬ再演を願ってやまない。
(2010年6月22日 バーミンガム・ヒポドローム劇場)

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撮影:Bill Cooper
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