ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.11.10]

ザ・ウィールドン・カンパニー モルフォーセス

The Wheeldon Company `Morphoses`
ザ・ウィールドン・カンパニー モルフォーセス
Christopher Wheeldon :Comedia ,Continuum , Rhapsody Fantaisie
Lightfoot Leon:Spftly as I leave you
Tim Harbour : Leaving Songs
Alexei Ratmansky :Bolero
クリストファー・ウィールドン振付[『コメディア』、『コントリヌーム』、『ラプソディ・ファンタジー』
ライトフット・レオン振付『ソフトリー・アズ・アイ・リーブ・ユー』
ティム・ハーバー振付『別れの歌』
アレクセイ・ラトマンスキー振付『ボレロ』

英国のダンス・シーズンは毎年秋に始まり初夏に終わる。
ダンス・シーズンの初めにあたる9月下旬〜10月は、各バレエ団が話題の新作やリバイバル作品を上演して関係者やダンス・ファン、一般市民に話題を提供する。そしてロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場には世界のダンス・カンパニーが次から次へと新作や人気作品を持って現れ、ダンス・パフォーマンスを披露するのである。

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毎年この季節にロンドンを訪れダンス・ファンを沸かせるのが、若手振付家クリストファー・ウィールドン率いる「モルフォーセス」ウィールドン・カンパニー。
NYを本拠地に世界的な活躍を続けるウィールドンは、2007年に母国イギリスのサドラーズ・ウェルズ劇場のアソシエイト・アーティストとなった。
同劇場は現芸術監督アリステア・スポールディングによる「世界の優れたコンテンポラリー・ダンスを紹介する」方針のもと、シーズンごとに各国の振付家やカンパニーを招聘。またアソシエイト・アーティスト同士によるコラボレーションも盛んで、世界のダンス界に話題を提供し続けている。
 
現在同劇場のアソシエイト・アーティストは、マシュー・ボーン、クリストファー・ウィールドン、ウェイン・マクレガー、ラッセル・マリファント、アクラム・カーンら、今をときめく振付家たちの他、シルヴィ・ギエム、マイケル・ナンとウィリアム・トレヴィットによるバレエ・ボーイズなど、いずれも世界のダンス界を牽引する者揃いだ。バレエ・ボーイズとギエム、マリファントやカーンとギエムのコラボレーションも同劇場のサポートがあったからこそ実現し、今にいたっている。

モルフォーセスは今年も2プログラム6作品を持って来英。プログラム1,2ともに世界初演作品やロンドンの観客が初めて目にする英国初演作品を含む非常に意欲的なもの。
ダンサーはNYCBのウェンディ・ウィーランや、ロイヤル・バレエのリアン・ベンジャミン、エドワード・ワトソンらのように著名バレエ団に所属しながらも、ウィールドンの作品に魅せられ、彼の活動に共鳴する有名ダンサーたちと、エドワード・リヤン、ドリュー・ジャコビ、ルビナルド・プロンクといったカンパニーのオリジナル・ダンサーたちで、顔ぶれはその年によって異なる。
今年はオーストラリアに立ち寄ったウィールドンが現地で注目したダンサー、ダニエル・ロウ(オーストラリア・バレエ団プリンシパル)を招聘した他、やはり豪州出身でロイヤル・バレエやバーミンガム、オランダ国立バレエ団で踊っていた長身の男性ダンサー、アンドリュー・クローフォードを招き、カンパニーに新風を吹き込んだ。
プログラム1,2ともに公演を鑑賞し、ゲネプロ撮影を敢行した。

毎公演、舞台に先立ってカンパニーの芸術監督で振付家のウィールドンから観客への挨拶と簡単なトークがある。
「今年のプログラムは100周年に沸く「ディアギレフのロシア・バレエ」に捧げるものです。ロシア・バレエの作品を(復刻したり)再演するものではありませんが、ダンスを=総合芸術として、振付家、音楽家、舞台装置デザーナーや衣裳デザーナーたち、アーティストのコラボレーションを可能にし、新作によって観客に常に「驚き」を与え続けた、ロシア・バレエのあり方に共鳴してのプログラム構成になっています。また観客の皆さんに主としてカンパニーのダンサーの毎日をご紹介するための映像を適所に盛り込んでいます」

プログラム1は昨年サドラーズ・ウェルズで世界初演し好評を博した、ウィールドン振付の『コメディア』で開幕。ストラヴィンスキーの『プルチネラ』のスコアにウィールドンが振付けたもので、鬼才ウィールドンによる『プルチネラ』21世紀ヴァーションともいえる作品だ。昨年同様ロイヤル・バレエ団からプリンシパルのベンジャミンとワトソンが客演した。

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前の週にコベントガーデンで人間の愛欲渦巻くマクミランのドラマティック・バレエ『マイヤリング』のルドルフ皇太子やマリー・ヴェッツラを主演していた二人が、ウィールドンによるなごやかな雰囲気の抽象作品にダンサーとしての充実を奮う姿を観られるのだからロンドンのダンス・ファンは恵まれている。
ドラマティック・バレエと共に、現代抽象作品をも得意とするワトソンは、持ち前の男性ばなれした四肢の柔軟性や優れた音楽性を披露。
ベテランのベンジャミンとのパートナーシップもますます充実し、パートナーリングやリフトにも美技を奮い9人の主演ダンサーのうち最も抜きんでていた。

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プログラム1の世界初演作品は、オーストラリアの新進振付家ティム・ハーバーによる『別れの歌』(リーヴィング・ソングス)。
冒頭の挨拶でウィールドンは「ティム・ハーバーの『別れの歌』をこの劇場で世界初演できることに対して、興奮を抑えきれません。僕自身がティムとその作品に惹かれるのは彼が現代舞踊の新しい言語を開拓しつつも、女性ダンサーのポアントとポアント技術にこだわり続けるこです。彼のこのアプローチは、僕とモルフォーセスが目指しているテーマに合致することから、今回新作を依頼しました」

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作品上演前に映像が映し出されダンサーたちの練習風景や振付家本人による作品紹介があった。ハーバー本人は作品について「人間の死とそれによる身近な者たちとの別れ。現世から新しい世界に飛び込むといった意味合いや輪廻転生について描いている」と語った。
コントラクション、リリースといった現代ダンスの基本テクニック、女性のポアント技術にも基本が盛り込まれながらも、男女のダンサーたちがパ・ド・ドゥで見せる形象美、ダンサー全員が構築する形象美は新鮮にして美的である。

どこか似た要素を持ちながら、バランシン的(音楽の視覚化)な音楽へのアプローチを持つウィールドンとは異なり、ハーバーは静謐にしてより内省的な作家であるようだ。
ボス・エドワードによるミステリアスにして耳に心地よいスコアやほの暗い照明効果により、黄泉の国の入り口のような情景が広がる。それは時代を忙しく謳歌する現代人にとっての究極の涅槃であるかのように感じられ、心惹かれる作品であった。
ダンサーではワトソンのように柔軟な肢体を持ちながらも、筋肉に鎧われた男性的にして性的な魅力の持ち主で、現代作品の表現力に優れるルビナルド・プロンク、ニュー・フェイスのオーストラリア・バレエ団プリンシパルのダニエル・ロウやアンドリュー・クローフォードが強い印象を残した。

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『ソフトリー・アズ・アイ・リーヴユー』はNDT(ネザーランド・ダンス・シアター)の常任振付家であるポール・ライトフットとソル・レオンによる作品。
ライトフットはロイヤル・バレエ・スクール出身の長身美貌のダンサーであったが卒業と共にNDTIIに入団。その後NDTIに移り、ダンサーとして振付家として一世を風靡した。
ソル・レオンは彼の妻で、NDTI時代はペアを組み自らの作品を踊っていた。
暗い舞台の上に、まるで棺桶のような箱が縦におかれ、中で一人の女が苦悶している。舞台の下手前方では男が一人うつぶせに横たわりまどろんでいる。
箱の中で暴れのたうつ女はやがて広い空間で男とパ・ド・ドゥを踊る。共に踊っても二人に幸せは見られない。
彼らはそれぞれ一人寝のまどろみの中で、かつての愛人のぬくもりを求め苦悶する孤独な男女たちなのだろうか?
箱の中で一瞬の抱擁と口づけをかわす二人は、だがそれが一時の夢・幻であったかのようにまた一人、暗闇の中で孤独を囲うのである。
 
カンパニー発足以来のメンバーであるドリュー・ジャコビとルビナルド・プロンクの二人が、大人の愛の世界を肉体のみで表現し得て白眉であった。
この作品はプログラム1,2双方で披露され、サドラーズ・ウェルズ劇場に集まった観客を熱狂させたのである。

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プログラム1最後の作品は、アレクセイ・ラトマンスキー2001年作品『ボレロ』。
ラベルの『ボレロ』をスコアに6人のダンサーが踊る小品である。同名の作品はベジャールによる世界的な名作があり、その作品をジョルジュ・ドンやパトリック・デユポン、ギエムといった数々のスター・ダンサー主演で観ている私にとって、ラトマンスキー版は、ダンサーたちの熱演にもかかわらず、何やら魅力に乏しく古めかしく目に映ってならなかった。
プログラム1,2を通じ、ウィールドンによって選び抜かれた美意識高い作品群の中にあって、この作品だけが一つ孤立して異色だったのである。
 
プログラム2では、ウィールドンが2002年にサン・フランシスコ・バレエに振付けた『コントリヌーム』、『ソフトリー・アズ・アイ・リーヴユー』、そしてウィールドンによる世界初演作品『ラプソディー・ファンテイジー』が上演された。
 
ロンドン公演最終日でプログラム2のプレスナイトであった10月24日夜、ウィールドンは冒頭の挨拶で、「プログラム2は(『コントリヌーム』のリゲティのスコア、そして新作のラフマニノフの『ピアノ組曲』1番、2番を指して)ピアノ・ナイトともいえます」と語った。また「僕の新作ではカルバン・クラインのデザイナーであるフランシスコ・コスタに衣装を担当していただくことができ、舞台のセット・デザインはイギリス人アーティストのヒューゴ・ダルトンの線画を用いることができ非常に幸運に恵まれました。」とも語った。

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新作『ラプソディー・ファンテイジー』は、振付家のこれまでの作風に見られる、ダンサー全員が構築する形象美や、男女によるパ・ド・ドゥの美、優れた空間使いの他に、今までのウィールドン作品には見られなかった男性群舞によるエネルギッシュで勢いに満ちた雄々しい舞が加わり、非常にエキサイティングなもの。
男女ダンサーが着用した(カルバン・クラインの)コスタによる深紅の衣装が印象的で、かつて往時のモーリス・ベジャールが三宅一生やジャンニ・ヴェルサーチとコラボレーションした時代を懐かしく思い出した。
ラフマニノフのピアノ曲、ミニマルでいながら目に鮮やかな衣装の色彩とリズムや現代性に満ちた線画デザイン、美意識たかく心揺さぶる振付。たくさんの才能が集まることで可能になる総合芸術ダンス・パフォーマンスと、それをかみしめ味わう観客にとっての至福の一時。
 
会場にはタマラ・ロホ、サラ・ラム、マリネラ・ヌニェズ、フェデリコ・ボネッリらロイヤル・バレエのプリンシパルたちとともに、ラッセル・マリファント、ウェイン・マクレガーら今をときめく振付家たちも集い現スカラ座のバレエ・マスターとして活躍する元ENBのスター・ダンサー、パトリック・アルマンらの姿もあり、サドラーズ・ウェルズ劇場に集まったダンスを愛する老若男女とともに公演を堪能した。

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ウィールドンとモルフォーセスは、また今年もロンドンの観客に現代ダンスの最も美しい作品の数々を披露し、大西洋のかなたに帰って行った。
来年ははたしてどのような作品やダンサーと共に故国に帰ってきてくれるのか。
英国のダンス・ファンは今からその日を指折り数えて待ち焦がれている。
(プログラム1は10月21日、プログラム2は10月24日のプレスナイト公演
写真は21日、24日の最終ドレス・リハーサルを撮影)