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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.10.13]

タマラ・ロホが依頼したROH2の新作ブランドストラップ『ゴールドベルグ』

ROH2 The Brandstrup-Rojo Project
ROH2 ブランドストラップ・ロホ・プロジェクト
Kim Brandstrup "GOLDBERG "
キム・ブランドストラップ 『ゴールドベルグ』 
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10月初旬のロイヤル・バレエの新シーズンに先駆け、9月21日〜26日まで、ロイヤル・オペラ・ハウスの中劇場リンバリー・スタジオで、ROH2によるキム・ブランドストラップ振付の『ゴールドベルグ』世界初演が行われた。
ROH2はロイヤル・バレエの元プリンシパルのデボラ・ブルを芸術監督に、コベントガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスの中劇場リンバリー・スタジオ・シアターで新作の世界初演や実験的プロジェクトを企画・上演している。
最近日本公演が行われたウィリアム・タケット振付、アダム・クーパー主演の『兵士の物語』も、元はROH2プロジェクトであり、リンバリー・スタジオで世界初演されている。
今回の『ゴールドベルグ』は、ROH2とロイヤル・バレエのプリンシパルであるタマラ・ロホが、振付家キム・ブランドストラップに新作を依頼したもの。
ロホは主演ダンサーと作品のクリエイティブ・チームのメンバーとして振付家であるブランドストラップを補佐した。
ダンサーは計7名で、ロイヤル・バレエからはロホの他、新プリンシパルのスティーブン・マクレーとソリストのトマス・ホワイトヘッドが、 イングリッシュ・ナショナル・バレエからはクララ・バルベラが、ほかにROH2やブランドストラップと過去に仕事をしているフリーランス・ダンサーのラウラ・カルドー、スウェーデン出身のオールラウンド・ダンサーであるトミー・フランツェン、イタリア人ダンサー、リッカルド・メネギーニというそれぞれバックグラウンドの異なるダンサーが集った。
 

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舞台上手にはグランド・ピアノが置かれ、ピアニストのフィリップ・ギャモンが黙々とピアノを奏でている。
一人の男が舞台下手後方のはしごを登り天窓を閉めると暗い室内が静寂でいっぱいになった。はしごを降りた男(スティーブン・マクレー)は、観客に背を向けピアニストの左に腰を下ろした。
室内にグレーの服を着た若者たち4名と黒い衣装のタマラ・ロホとトマス・ホワイトヘッドの2名が入ってくると、リンバリー・スタジオ内の雰囲気が一瞬にして、明るく楽しいものに変わった。
6人は舞台後方に置かれた大きなテレビの前に寝ころんだり座り込みながら楽しげに見入ったり、時にはテレビに映される映像に合わせて踊ってみたりもする。
6人は大きな家で共同生活をする友達同士なのだろうか?
 

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公演プログラムにストーリーはない。
観客はバッハの『ゴールドベルグ変奏曲』に時々雷や雨の音、車が行きかう音など効果音が挿入されたサウンドを聴き、舞台上で起こる風景や各々が感じ取った雰囲気から、物語を紡ぐ自由がある。
今では愛がさめてしまった恋人同士に見えるロホとホワイトヘッドは、下手の椅子に腰をおろし若者たちが踊る姿を見つめている。ホワイトヘッドは、まだ彼に愛情を求めているらしいロホを振り切るように立ちあがってはジャケットを肩にかけ部屋を出ていく。
暗い室内に一人残され、まどろみ、淋しく一人テレビに見入るロホ。マクレーが現れ二人の影が壁に不気味に黒く映しだされる。
仲間たちが見守る中一人無心に踊ってみたり、仲間と踊りのかけ合いをする楽しさ、そしてそれとは対照的に一人打ち捨てられたかのように大きな暗い室内でテレビだけを目に過ごす孤独。
だがそれらをさらりと受け止めることができるのはバッハの『ゴールドベルグ変奏曲』という不朽の名曲に負うところが大きいかもしれない。
 
踊り手としては、バレリーナそして女優として魅力あふれるロホ、男らしい魅力で存在感を奮ったトマス・ホワイトヘッド、そしてストリート・ダンスやはしごを使ってのムーブメントを披露したトミー・フランツェンが印象に残った。
ここのところぐっと顔立ちが大人びたスティーブン・マクレーは、ロホと踊っても男女二人でダンスを紡ぐニュアンスをかもし出せず、作品中孤立しているように見えたがどうもそれは振付家の意図するところであったようだ。
 

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キム・ブランドストラップは83年より振付家としての活動を続けている。
古くは自らのカンパニーARC(アーク)に当時ロイヤル・バレエのプリンシパルであったイレク・ムハメドフを招いて振付けた『オテロ』のようなストーリー・バレエを作っていた。最近ではバーミンガム・ロイヤル・バレエに振付けた『プルチネラ』やロイヤル・バレエが先シーズン上演した『ラッシュズ』(08年5月号で紹介)などの作品を発表している。少人数のダンサーを使うことに長けた振付家であることを考えれば、リンバリー・スタジオのような小さな空間での作品発表に最も強みを発揮する。
 
公演は連日立ち見も含めチケットが完売の大盛況。
コンテンポラリー・ダンスを好む若者からロイヤル・バレエを観に通う熟年層まで、国籍も年齢も異なる観客が集まり、オーケストラ・ピットがない小さなスタジオ内でロホやマクレーといったスター・ダンサーを間近に見る幸せを満喫した。
 (2009年9月25日 ロイヤル・オペラハウス リンバリー・スタジオ・シアター。 写真は9月18日ドレス・リハーサルを撮影)

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