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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.10.13]

アインシュタインの関係式を題名を冠したビントレーの『 E=mc2 』世界初演

Stanton Welch "Powder"
David Bintley "E=mc2"
Garry Stewart "The Centre and it's Opposite"
スタントン・ウェルチ振付『パウダー』
デイヴィッド・ビントレー振付『E=mc2』
ギャリー・スチュワート振付『ザ・センター&イッツ・オポシット』

9月23日、バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)が、本拠地であるバーミンガム市ヒポドローム劇場にて09・10新シーズンの幕を開けた。
 第1週は、バレエ団芸術監督で振付家であるデイヴィッド・ビントレーの新作『E-mc2』を含む現代作品3作からなるバレエ小品集「Quantum Leaps クアンタム・リープス」を上演。第2週はビントレーの人気作でシラノ・ド・ベルジュラックを主人公にした物語バレエ『Cyrano シラノ』を再演した。
「クアンタム・リープス」とは日本語に訳すなら「飛躍的進歩」という意味。またQuantum のみでは量子を表し、これはビントレーの新作のタイトルとテーマに関係している。
9月26日(土)に現地入りし2公演を鑑賞した。

スタントン・ウェルチ振付『パウダー』

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幕開作品はスタントン・ウェルチによる 『パウダー』。
ウェルチはオーストラリア出身の振付家で、2003年以来ヒューストン・バレエ団の芸術監督を務めている。95年に吉田都をゲスト・プリンシパルに招きオーストラリア・バレエ団に『マダム・バタフライ』を振付け、日本でも話題になった他、
先シーズンは、革命により断頭台の露と消えたフランス王妃マリー・アントワネットの一生をバレエ化した『マリー』を発表し、国内外に話題を提供した。
日本の観客には04年にニーナ・アナニアシヴィリがグループ公演でフィーリンやベロゴロフツェフと踊って披露した作品『グリーン』でおなじみのことであろう。
 
『パウダー』はウェルチがビントレーにこわれ、98年にBRBのために振付けた。
モーツアルトの名曲『クラリネット協奏曲』をスコアに男女各7人のダンサーが踊る小品である。
昼の部、ファースト・キャストの中心のペアを踊ったのは新プリンシパルのナターシャ・オートレッドとロバート・パーカー。ほかにアンブラ・ヴァッロ、ゲイリーン・カマフィールド、キャロル・アン・ミラーのプリンシパル、ヴィクトリア・マー、レティシア・ロッサルド、アンジェラ・ポールらバレリーナ、山本康介、ジェセフ・ケイリー、スティーヴン・モンティス、厚地康雄、アーロン・ロビソン、クリストファー・ロジャーズ・ウィルソンら男性ダンサーたちが踊った。 
キャンディス・クックによる宮殿の回廊か、舞踏会場を思わせるセットを背景に 14人のダンサーがあるときはペアで、ある時はソロやアンサンブルを踊る。
古典的なセットとは裏腹にダンサーたちは男女ともにモダンな衣装を身につけ、舞踊言語も現代的である。
バレエにはこれといったストーリーはないが、観客は観ているうちに、宮廷の貴族文化華やかなりし頃の男女の恋愛遊戯を描いているのではないか、と想像するようになる。舞台上では男性ダンサーによる求愛、バレリーナの恥じらい、おののき、喜びといった情景がくり広げられると共に、女性ダンサーの優美や男性ダンサーの肉体美も堪能できる振付である。
 

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夜の部は中心のペアを佐久間奈緒とマシュー・ローレンスが踊った他、アランチャ・バセルガ、レイ・ザオ、ジェンナ・ロバーツ、サマラ・ダウンズ、ソニア・アグイラー、平田桃子のバレリーナ、ロイ・マッケイ、アレクサンダー・キャンベル、ファーガス・キャンベルらが踊った。
恋愛劇のロマンを醸し、作品のストーリーやニュアンスを体現して見事であったのは夜の部を踊った佐久間とローレンスであった。
ローレンスに抱きとめられ、リフトされる佐久間の夢見るような表情と恍惚、慕い追い続けた女性をついに手に入れたローレンスが見せる優しさと包容力には、まるで上等なワインさながらの香気があふれ、一瞬のことながら、時計の針が永遠に止まったのでは、という錯覚すら覚えた。
 
女優バレリーナ佐久間とローレンスの中心ペアのみならず、セカンド・キャスト(夜の部)のダンサーたちのほうが、作品をよりよく理解し表現していた。
中でも昼夜2公演に出演した山本康介の一際舞台を明るく華やかなものにするスター性と音楽性、厚地康雄のリリシズム、夜の部を踊ったソニア・アグイラーのコケットリー、平田桃子のしとやかで女性らしい所作、ファーガス・キャンベルの瞬発力あふれるパフォーマンスが印象に残った。
昼の部ではロバート・パーカーの抒情とニュアンス、アンブラ・ヴァッロとアーロン・ロビソンのスター性が観客の目を引きつけてやまなかった。

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ディヴィッド・ビントレー振付『E=mc2』

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『E=mc2』は芸術監督デイヴィッド・ビントレーの新作で9月23日に世界初演された。
題名の『E-mc2』とはアインシュタインが1905年に発表した特殊相対性理論の有名な関係式で、「質量とエネルギーの等価性」を意味する。
バレエは4つのパートからなり、タイトルのEから「エネルギー」、mから「マス」、世界初演までビントリー自身「謎のパート」として多くを語らなかった「マンハッタン・プロジェクト」、タイトル末尾のc2からの「セレリティス2」からなる。

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「エネルギー」は当初ファースト・キャスト中心のペアをエリーシャ・ウィリスと新プリンシパルのジェイミー・ボンドが、セカンド・キャストを佐久間奈緒と新ファースト・ソリストのジョゼフ・ケイリーが踊るはずであった。だがボンドの故障により、ファースト・キャストはウィリスとケイリー、セカンド・キャストは急遽、佐久間と若手のアーロン・ロビソンがペアを組むことになった。
昼の部のウィリスとケイリーから「エネルギー」が感じられなかったのとは対照的に、夜の部の佐久間とロビソンは、それぞれスター性とエネルギーみなぎるパフォーマンスで群舞を率い、ビントレーが表現させたかったであろう「エネルギー」や「パワー」を大いに体現した。
新シーズン開幕直前のバレエ団は、小品集3作と『シラノ』の上演準備で非常な忙しさで、佐久間とロビソンは殆ど一緒にリハーサルする時間がなかったと聞いているが、とてもそのようには感じられない堂々のパフォーマンスである。
ロビソンは04年の韓国ソウル国際バレエ・コンクール金賞受賞者。先シーズンの『2羽の鳩』のジプシー・ラヴァー役を得て大いに自信をつけたようだ。
佐久間とはスター性の大きさが似合いで、それぞれが互いの女性らしさと男性的な魅力を引き立てあうペアで、今後の共演が待たれる。
 

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「マス」は女性3人、男性6人によるパートで、暗い照明の中、男女ダンサーが 美しい音楽と共に様々な形象美を構築して見せる。昼夜2公演を踊った新プリンシパル、ゲイリーン・カマフィールドの抒情、セリーヌ・ギテンズの美しいプロポーションと優れた身体能力が光った。
「マンハッタン・プロジェクト」は、女性ダンサー1名が赤い扇に白い着物のような衣装で日本舞踊を踊るもので、昼の部をサマラ・ダウンズ、夜の部をダスティー・バトンがつとめた。
光の粒子を表現する「セレリティス2」は背景にスポットライトの照明装置を配した中、光のスピードさながらに計18人のダンサーが踊った。
昼の部は中心のペアを新プリンシパルのキャロル・アン・ミラーと新ファースト・ソリストのアレクサンダー・キャンベルが、夜の部を平田桃子と山本康介がつとめた。
スポットライトの強烈な光の中、光の粒子のまばゆさやスピードをより良く表現できたのは平田と山本のペアで、二人の身体能力と音楽性に加え、山本の観客の目を一身にひきつけ放さない明るい個性が輝いた。

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ギャラリー・スチュワート振付『ザ・センター & イッツ・オポジット』

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最後の作品『ザ・センター & イッツ・オポシット』は今年5月、カンパニーが2つの小チームに分かれて地方公演を行ったさいに世界初演された作品で、オーストラリアン・ダンス・シアターの芸術監督であるギャリー・ステュワートが振付けたもの。
ウェイン・マクレガーの『クローマ』のように、身体能力と柔軟性に優れたダンサーを集め、彼らの肉体の極限まで表現させるかのような振付が盛り込まれ、
ビントリーをして「BRBがこれまで上演したバレエの中で最も過激な作品」と言わしめた。
この作品は昼夜公演とも同一キャストで、ソニア・アグイラー、ダスティー・バトン、サマラ・ダウンズ、平田桃子、ビクトリア・マー、エリーシャ・ウィリス、レイ・ザオの女性7人とロバート・パーカー、ジョゼフ・ケイリー、アーロン・ロビソン、厚地康雄、クリストファー・ロジャーズ・ウィリソン、ネイサン・スケルトン達男性7人の計14名が踊った。
 
長くビントレーの男性ミューズとして王子やロミオなど主として貴公子役を踊ってきたプリンシパルのロバート・パーカーが、過激にして斬新な現代作品にキャストされ踊る姿が新鮮であった。
またこの作品では2006年のYAG銅メダル受賞者でバレエ団入団2年目のダスティー・バトン、アンガス・フール、平田桃子、アーロン・ロビソンら若手が身体能力と個性を奮った。
ダンサーたちはふだん使わぬ筋肉を駆使させられるスチュワートの振付を習う過程で非常な筋肉痛に悩んだ一方で、これまで表現したことのない斬新な舞踊スタイルを大いに楽しんだという。筆者である私自身も各ダンサーの個性、ダンス・スタイルと共に、オーストラリア人パーカッショニストでサウンドトラックを担当したヒューイ・ベンジャミンのサウンドを純粋に楽しむことができた。
昼夜2キャストを鑑賞して、セカンドキャストによる夜の公演のほうがより充実していたことが気になった。
 
芸術監督ビントレーは、新シーズン最初の作品のファースト・キャストに新プリンシパルと新ファースト・ソリストを集め、新作を発表し、バレエ関係者を招いて彼らのお披露目をしたい意向であったのだろう。だがやはり佐久間や山本、ローレンスのようなベテランや、平田、ロビソン、ソニア・アグイラー、ファーガス・キャンベルのような実力のある若手が踊ったセカンド・キャストのほうがビントレーの新作や『パウダー』を存分に表現して観客にアピールしてやまなかったというのは何とも皮肉な結末になった。
さてファースト・キャストだけ鑑賞した英国のバレエ関係者はビントリーの新作や『パウダー』に対し、どのような印象を持ったのであろう。
(2009年9月26日昼、夜 バーミンガム・ヒポドローム。写真は9月23日の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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