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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.04.10]

シルヴィ・ギエム、ロベール・レパジェ、ラッセル・マリファントによる『女形』世界初演

Sylvie Guillem, Robert Lepage, Russell Maliphant :"Eonnagata"
シルギ・ギエム、ロベール・レバジェ、ラッセル・マリファント『女形』
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 2月26日、今年上半期のロンドンで最も話題となったダンス・パフォーマンスの幕が上がった。
シルヴィ・ギエムがロベール・レパジェ、ラッセル・マリファントとコラボレーションし、アレクサンダー・マックイーンの衣装をまとって踊る新作『女形』を世界初演したのである。
当初3月の第1週に初日と批評家を集めてのプレスナイトが予定されていたこの公演は、チケットが瞬く間に完売となったことから、急遽2月26日~28日までプレビュー3公演が追加されたが、それらもまたあっという間にソールドアウトとなった。

 10代で当時パリ・オペラ座の芸術監督であったヌレエフに見出され世界的エトワールになりながら、オペラ座の束縛を嫌い、ゲスト・プリンシパルとして英国ロイヤル・バレエに移籍。ロンドンに家を南仏にダンス・スタジオを併設した別荘を持ち、マクミランやベジャール、フォーサイス、エクといった世界的な振付家と仕事をしてきたギエム。数年前にロイヤル・バレエのゲスト・プリンシパルの地位も手放してからは、サドラーズ・ウェルズ劇場のアソシエイト・アーティストとして、さまざまな振付家やダンサーとコラボレーションを重ね、新しい舞踊スタイルに挑戦し続けている。

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 ギエムとラッセル・マリファントのコラボレーションは、元ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとファースト・ソリストで、日本のKバレエ創設時のメンバーであったウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンが、彼らのカンパニー、ジョージ・パイパー・ダンシズィズ発足記念公演にギエムを招待した6年前にさかのぼる。
この公演でイギリスではバレエ・ボーイズとも呼ばれる2人が披露したマリファント作品とそのスタイルに大いに心を動かされたギエムは、ロイヤル時代にフォーサイス作品で何度も共演したことのある2人に「共にマリファント作品を踊りたい」と申し出、その結果がマリファント振付、ギエム、ナン、トレヴィット共演によるローレンス・オリビエ賞受賞作品『ブロークン・フォール』となり、イギリスでの大成功を経て、欧米、そして日本を含むワールド・ツアーへと発展した。その後ギエムとマリファントは『プッシュ』でダンサーとして初共演。同作品の大成功もあり、世界中で共演を重ね、深い友情に結ばれたのであった。

 今回の新作『女形』は、18世紀のフランス、ルイ15世と16世の時代に実在した外交官シュヴァリエ・デオンことシャルル・ド・ボーモントの一生を描いたもの。ド・ボーモントは女装して諜報活動を行った最初のスパイとして知られ、特にルイ16世には常に女装して生活するよう命じられていたこともあり、彼の性別についてはその死まで様々な憶測が飛び交ったといわれている。フランス国王のため英国海峡を渡って諜報活動を続けた彼は、だが晩年は祖国から忘れられ、大道芸をして日銭を稼ぐなどして貧困のうちにイギリスでその一生を終えたという。

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 今回ド・ボーモントの生涯を描くため、ギエムとマリファントが共演者に指名したのはフランス語圏カナダ出身の俳優、演出家、劇作家のロベール・レパジェ。ダンスのバックグラウンドこそ持たないが、さすがは世界的に評価の高い俳優である。フランス語なまりの英語でボーモントの独白を担当し、演技者として晩年の落ちぶれたシュヴァリエ・デオンの悲哀を演じて見せたほか、ギエム、マリファントと共に披露するダンス・シーンにおいても(相当な特訓を重ねたのであろうが)2人と共演し全く遜色がなかった。

 ギエムとマリファントが今回の作品に導入したのが、日本の伝統芸能である歌舞伎や人形浄瑠璃、剣舞、剣劇の立ち回りや、和太鼓、影絵といった様々和のスタイルであった。衣装も着物もあれば、ルイ王朝風のドレスや軍服もあり、またルイ王朝スタイルをマックイーンが現代風にアレンジしたダンス・コスチュームもあるなど盛りだくさん。

 コンテンポラリー・ダンス、歌舞伎、人形浄瑠璃、和太鼓、剣舞、当時のヨーロッパの大道芸といったヨーロッパと日本の様々な芸能スタイルが次々と披露されながらも、不思議とそれらが違和感なく溶け合って作品が進行していくのは、ギエムとマリファントが、この作品を作るため、長期間にわたって和のスタイルについて研究を重ね、準備し、各々の肉体的訓練をもまた欠かさなかったからなのであろう。

 マリファントとのコラボレーションで有名な照明アーティスト、マイケル・ハルズの優れたライティング技術により、ある時は舞台空間が小さく切り取られ、ある時は影の伸縮効果により1人~3人という少人数の演技者の存在を大きく際立たせて見せたのも、また非常に興味深かった。

 両性具有的存在のデオンを演じるのは、時には女性のギエムであったり、時には男性のレパジェ。衣装も、たとえば軍服をまとい男装したギエムが、敵に捕らわれ拘束されて軍服を剥ぎ取られると、中から白い襦袢風の着物がこぼれ一瞬にして着物姿の女性に早代わりするなど、そこここに日本の技が取り入れられ、満場のロンドンの観客をエキゾチックなジャポニズムの世界に誘った。

 ダーシー・バッセルはロイヤル引退前に、かつてのダンス・パートナーの一人であるイーゴリ・ゼレンスキーと「バッセル・ゼレンスキー」なる公演を行ったことがあった。ダンス界のスーパー・スターである2人の共演が観られるとあって、ロンドンのファンは大いに熱狂。チケットは瞬く間にソルド・アウトになったが、ふたを開けてみるとロンドンとノボシビリスクという距離や過密スケジュールから、作品の準備期間やリハーサル時間が取れなかったらしい2人による、付け焼刃の企画に、関係者もファンも大いに失望させられたものであった。バッセルは、その後も美人歌手キャサリン・ジェキンズと共演したショーが話題で、チケットも完売になったものの、「お嬢様芸」ともいうべき企画と、そのクオリティの低さを、バレエ関係者や玄人ファンから冷笑されたものである。
だがギエムは違った。舞台芸術のトレンドに常に耳目をそばだて、興味深い振付家やアーティストを見つけては自ら共演を持ちかけ、新しいスタイルに挑戦して舞台人としての自らを高め、観客をも裏切ることなく、常に彼らに興味深いひと時を提供し続けている。
40代半ばという年齢が信じられないほど、今なお往時と変らぬ完璧な肉体と超人的な身体能力を保ち、若き日と変らぬ真摯な姿で作品に取り組み、自らの可能性に挑戦し続けるアーティスト、シルヴィ・ギエム。彼女はいったいどこまで進化し続けるつもりなのか。

 3月8日、大好評のうちに幕を下ろした新作『女形』は、チケットを求めるファンの熱い要望に答えるため、既に6月23日~27日の再演が決定している。
(2009年3月2日 ロンドン、サドラーズ・ウェルズ劇場での世界初演を鑑賞。2月25日夜の最終ドレス・リハーサルを撮影)