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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.11.10]

バーミンガム・ロイヤル・バレエ団「ロシアン・ステップス」

 スター・ダンサー多数の降板に泣いたロイヤル・バレエ団に対して、一際充実したアーティストの布陣で新シーズンに臨んだのは、デイヴィッド・ビントレー率いるバーミンガム・ロイヤル・バレエ団(BRB)であった。
先シーズン半ばに若手プリンシパルのイアン・マッケイが夫人のシルヴィア・ヒメネスと共にスペインに移住するためバレエ団を離れたが、その後オーストラリア・バレエ団からマシュー・ローレンスとゲイリーン・カマフィールドが入団。

 今シーズンは94年の入団以来10年近く振付家ビントレーを触発してきたプリンシパルのロバート・パーカーが、アメリカでの1年の休みを経てバレエ団に戻ってきた他、映画撮影のため半年ほどバレエ団を離れていたプリンシパルの曹馳(チー・ツァオ)も復帰した。
イングリッシュ・ナショナル・バレエ団(ENB)からは、チリ出身の男性プリンシパルのセザール・モラーレスが移籍してくるなど、元々男性の層が厚かっ た同バレエ団がますますパワー・アップした他、パーカーと曹馳の不在とマッケイの早期退団によって、先シーズン数々の役柄に抜擢され成長した若手もひしめ いており、バレエ団は大いに活気付いている。

  そんなBRBの新シーズンが幕を開けたのは10月1日。演目は今年初めの日本公演で非常な好評を博した『美女と野獣』。続いて9日よりは「ロシアン・ス テップス」と題された小品集を上演。これはヌレエフ版『ライモンダ』弟3幕と、ショスタコーヴィッチの楽曲にマクミランが振付けた秀作『コンチェルト』、 そしてフォーキン振付の『火の鳥』という魅力的なラインナップであった。

 BRBは本拠地であるバーミンガム市ヒポドローム劇場で の開幕公演直後に、英国地方公演に出発したが、舞台装置移動の関係で、『火の鳥』以外は異なる作品を携えてのツアーであったことから、熱心なバレエ・ファ ンは同団体が長らく上演していなかった『ライモンダ』や『コンチェルト』を一目観ようと、首都ロンドンや英国内の様々な街からバーミンガムまで足を運ん だ。

 10月初め「ロシアン・ステップス」のゲネプロを撮影し、週末に公演を見るため2度ヒポドローム劇場を訪れた。英国第2の都 市であるバーミンガムはロンドンから特急で約2時間。最近の都市再開発により、数年前に街はヨーロッパで最もエキサイティングなショッピング・タウンに生 まれ変わり、今ではロンドンっ子にも羨まれるほどに発展。再開発は現在も進行中で、2012年のオリンピックに向けて、街はこれからますます美しく変貌す る予定と聞く。
ロンドンもそうだがイギリスの大都市には、かつての植民地から流れてきた者たちも数多く居住するため、市民には白人のみならず、インド・パキスタン系や 中華系人種も多い。様々な国から集まったダンサーたちがのびのびと活躍するバーミンガム・ロイヤル・バレエ団が、人種の坩堝であるこの街の市民に愛される ようになるのに時間はかからなかった。今回街を訪れると、いたるところに佐久間奈緒が
火の鳥を踊るポスターが貼られていた。

Photo/Angela Kase

 10月11日(土)夜の公演を観る。
ヌレエフ版『ライモンダ』弟3幕は、戦いから帰りサラセンの騎士アブデラフマンとの決闘にも勝利したジャン・ド・ブリエンとライモンダとの結婚式の場面を描いている。
結婚の宴を催すのは騎士ジャンが仕えるハンガリー王アンドレイ2世。幕が上がるとまずハンガリーの民族衣装に身を包んだ群舞の男女が多数登場し、中心と なるペアがハンガリー舞踊を披露。その後、女性ソリスト4人が一人ずつソロを踊り、女性3人が愛らしく踊るパ・ド・トロワ、男性4人による勇壮なパ・ド・ カトルが披露され、最後に主役2人によるソロが踊られる。

Photo/Angela Kase

 グラズノフの名曲、きらびやかな舞台装置と美しい衣装、様々なヴァリエーションが披露されるこの作品は、34分の小品にもかかわらず全幕バレエに匹敵する魅力を備え、上演されるたびにバレエ・ファンを魅了している。

 64年に全幕『ライモンダ』を手がけたヌレエフは、初日を英バレエ界の至宝マーゴ・フォンティーンと主演。
よってヌレエフ版『ライモンダ』を踊る主役ダンサーは、類まれなる技巧とカリスマを持ったヌレエフとマーゴに匹敵するスター性とダンス・テクニックの持ち主でないとつとまらない。

 11日夜の部の主役は佐久間奈緒と曹馳(チー・ツァオ)。

  佐久間は、このプログラムの初日であった9日(木)にエリーシャ・ウィリスの病気降板により『ライモンダ』を昼夜2回踊り、11日も昼の部で『火の鳥』を 主演するなど大忙し。スケジュール的にかなり疲れていたにもかかわらず、ソロで持てる技巧のすべてを披露。当夜ヒポドローム劇場に集まった観客は、彼女が 持つ女王さながらの強い存在感にただただ圧倒された。

  曹馳(チー・ツァオ)も、ソロの冒頭から技巧とスター性を果敢にアピール。観客は曹馳の映画出演のよる休団中、半年ほど観ることがかなわなかった二人による充実のパートナーシップの再現に、盛んな拍手喝采を送った。

 4つのヴァリエーションを踊った女性ソリストたちでは、第1ヴァリエーションを踊ったセリーヌ・ギデンズと第3ヴァリエーションを優美にまとめたレイ・ザオが印象に残った。
ギデンズはトリニダット生まれ。カナダでバレエ教育を受け、2005年のアデリーン・ジニー金賞受賞者。翌06年のローザンヌ・コンクールでも受賞の最 有力候補とされながら、将来性のあるティーンを発掘する同コンクール参加者としては、あまりにも踊り手として完成されすぎていたせいか、惜しくも入賞を逃 したバレリーナである。だが同年の秋にBRBに入団し、その後、様々な役に抜擢されている。

 今シーズンよりソリスト昇進を遂げた平田桃子はパ・ド・トロワを踊ったが、8日のゲネプロでは第2ヴァリエーションにシャープな技巧と音楽性を発揮し、ゲネプロと11日夜、第4ヴァリエーションを踊ったレティシア・ロッサルドと共に非常に強い印象を残した。

 8日のゲネプロでライモンダを踊ったのはエリーシャ・ウィリス。
『ダフニスとクロエ』のクロエに代表される善良な乙女役が似合いの彼女には『ライモンダ」のような絢爛豪華なバレエの姫役には、その儚い持ち味が災いしてしまう。
8日も自らのソロにバランスの強さを振るったが、優れた舞踊技術と個性により光を放った平田やロッサルドらの存在にのまれ作品に埋没してしまった。

  ゲネプロと11日にパ・ド・カトルを踊ったのはジョゼフ・ケイリー、アーロン・ロビンソン、タイロン・シングルトン、山本康介というBRBならではの魅力 あふれる男性4人。フレッシュな魅力のケイリー、観客に対するアピールの強いロビンソン、個性派シングルトンらの中にあって入団8年目で、アーティストと してここ数年非常な充実を見せる山本康介は、芸術性とエレガンスを奮い自らの存在を際立たせて見せた。

 残念だったのは作品の冒頭でハンガリアン・ダンスを踊ったジェイムス・グルンディー。踊りが重く、音楽性も感じられず、それがファースト・キャストのダンサーたちの中にあって悪目立ちしてしまった。

 ゲネプロ当日にハンガリアン・ダンスを踊ったのは、なんと帰ってきたプリンシパルのロバート・パーカー。いつもなら主役を踊る彼に民族舞踊を躍らせるという豪華な配役、そして何よりも彼とサマラ・ダウンズ゛による華麗なパフォーマンスには大いに酔わされた。

Photo/Angela Kase
Photo/Angela Kase

『コ ンチェルト』は、ショスタコービッチのピアノ協奏曲第2番をスコアに鬼才マクミランが66年に振付けた抽象バレエの小品である。軍隊のマーチを連想させる アップテンポなスコアを用いた第1楽章。ロマンティックでメランコリックな曲と共に踊られる第2楽章。舞台セットはなく、衣装も男性は総タイツ、女性はレ オタード姿で踊るシンプルな小品だが、マクミランの選曲の素晴らしさと、優れた振付により観客の心に忘れがたい印象を残す秀作である。

 第1楽章を快活に踊ったのはアンブラ・ヴァッロと山本康介のペア。
ある日、自らの作品のミューズであったリン・シーモアが、ダンス・スタジオのバーを用いて一人練習に励む姿をヒントに振付られた、という第2楽章を踊ったのはナターシャ・オートレッドとジェイミー・ボンド。
第3のペアによって踊るよう振付けられながら、66年の世界初演当日に主演予定の男性が降板したことから女性1人のソロに変更になった、という第3楽章を踊ったのはゲイリーン・カマフィールド。

Photo/Angela Kase

  舞台に飛び散ったダンサーの汗に足を取られたのか、作品後半でアンブラ・ヴァッロが大きく転倒するハプニングがあったが、観客はアレグロに優れるヴァッロ と山本ペア、似合いのパートナーシップでロマンティックな香気を放ったオートレッドとボンド、音楽を見事に視覚化した群舞の好演を十二分に堪能した。

 これまで若手演技派アーティストとして注目されていたジェイミー・ボンドは、今回純粋なダンス技術と音楽性のみ必要とされる同作品を踊ることで、バレエ関係者やファンにダンサーとしての更なる充実と成長の跡を印象付け、将来が楽しみである。

 同夜の公演はキャロル・アン・ミラーとマシュー・ローレンス主演の『火の鳥』で締めくくられたが、この作品についてはロンドン公演を鑑賞後次号で詳細を紹介させていただく予定。
(バーミンガム ヒポドローム劇場にて2008年10月11日(夜)の公演を鑑賞 舞台写真は10月8日のゲネプロ時に撮影)

Photo/Angela Kase