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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.11.10]

マリィンスキー・バレエ団のフォーサイス、バランシン、ラトマンスキー

 10月13日~16日の4日間、マリィンスキー・バレエ団が2年ぶりのロンドン公演を行った。
通常マリィンスキーやボリショイのロンドン公演といえば、それぞれの劇場のオフ・シーズンである夏に、コベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス や、トラファルガー広場近くのコロシアム劇場といった大劇場で行われる。演目は『白鳥の湖』や『ドン・キホーテ』といったロシア・バレエの古典全幕作品が 中心で毎晩男女主要ダンサーを配役し上演する。
今年マリィンスキー・バレエ団が英国を訪れるのは2度目で、5月にマンチェスターとバーミンガムというイギリス地方の二大都市で、バランシンの『ジュエルズ』「ガラ・コンサート」『ドン・キホーテ』を上演している。

 今回の公演は、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場が、新シーズンを通じて世界の様々な団体によるウィリアム・フォーサイス作品を紹介する企画、「フォーカス・オン・フォーサイス08・09年」の一環として、同バレエ団を招聘し実現したもの。
当初の発表ではフォーサイスの小品を披露するプログラム1と、バランシンとラトマンスキーの小品によるプログラム2が予定され、2にはラトマンスキーの 『月とピエロ』を主演するためディアナ・ヴィシニョーワが来英するという前宣伝で、チケットの売れ行きも良かった。
ところがバレエ団は同時期にロパトキナ、ヴィシニョーワ、ファデーエフ、コールプ、テレショーキナらを主役に米国公演を行うということで、ヴィシニョー ワの来英が不可能となり、直前になってプログラム2のラトマンスキー作品が『月とピエロ』から『ミドル・デュエット』に変更になるというハプニングがあっ た。この番狂わせはヴィシニョーワを楽しみにチケットを購入していたロンドンのバレエ・ファンを大いに失望させた。

  公演直前に最終配役が発表されてみるとロブーヒン、イリーナ・ゴルプ、オブラツォーワ、ノーヴィコヴァ、コンダウーロワ、シクリャローフら中堅と若手ダン サーに加え、プログラム1には1作品にイーゴリ・コルプが、プログラム2には『アポロ』にゼレンスキーが主演するという充実した配役の良心的な公演内容と なった。

 両プログラムのゲネプロを撮影し、それぞれの公演2日目を観る。
フォーサイス小品集では『ステップテクスト』『アプロキシメイト・ソナタ』『精神の不均衡なスリル』『イン・ザ・ミドル・サムフォワット・エレヴェイ ティッド』の4作品が取り上げられた。同じプログラムは、数年前のロイヤル・オペラ・ハウスでの公演でも披露されており、その当時は『ステップ・テキス ト』にヴィシニョーワらが、『精神の不均衡なスリル』にはサラファーノフらが出演した。

 今回『ステップテクスト』を踊ったのは、06年にバレエのアカデミー賞ともいえるブノワ賞を受賞し注目される若手のエカテリーナ・コンダウーロワ、ミハイル・ロブーヒン、アレクサンダー・セルゲイエフと、米国公演からこの作品を
2度踊るためだけに駆けつけたイーゴリ・コルプの4人。
コンダウーロワは、柔軟な肢体と優れた身体能力の持ち主でありながら、フォーサイスを踊るにあたってもテクニック偏重の罠に陥らず、あくまでもフェミニンでたおやか、気品に満ちている。 
若々しくフレッシュ、流麗なアームスに芸術性が香るセルゲイエフ、マリィンスキーの男性ダンサーらしい品位の中にひそむ野生を時に垣間見せ踊るロブーヒン、音楽と戯れ、古典から現代作品の群れを縦横無尽に駆け抜け、様々なダンス作品に自らの刻印を刻むコルプ。
マリィンスキーの踊り手中、最もフォーサイス作品をよく理解し、表現する才能を持つコルプが、暗闇に挑み、うねり押しよせては砕ける波頭のような力強いアームスを見せ、舞台を、そして観客を支配した。

  幕間、招待者席から関係者ラウンジに向かおうとする私の耳に、英国人女性関係者二人が大声で意見しあう声が飛び込んできた。「あのバレリーナの腕の使い方 はいったい何なの?『白鳥の湖』でも踊っているつもりなのかしら? 音楽も全く理解していじゃない。この作品の持つインパクトが全然表現できてないわよ」 と、この国の批評家らしく、手厳しい。 
『ステップテクスト』は、ロイヤル・バレエのゲスト・プリンシパル時代にシルヴィ・ギエムが、マイケル・ナンやウィリアム・トレヴィットらとよく踊った。男性的なナンとトレヴィットに攻撃的なギエムのパフォーマンスをよく覚えている
者には、マリィンスキーのそれは上品に纏りすぎて目に映ったのであろう。

Photo/Angela Kase

『アプロキシメイト・ソナタ』には4組のカップルが登場する。
第1のカップルはバレエ団のキャラクター・ダンサーで現代作品も非常に得意にする技巧派アンドレイ・イワーノフとエレーナ・シェシナ。第2のカップルは 美貌に長身の韓国人バレリーナ、リュウ・ジ・ヨンとイスロム・バイムラードフ、第3がアナスターシャ・ペチュシコヴァとアントン・ピモノフ、第4はクセニ ア・ドゥブロヴィナとアレクセイ・ネドヴィガ。かなり実験的な現代作品ではあるが、イワーノフや、リュウ・ジ・ヨン、バイムラードフらの存在が光った。

Photo/Angela Kase

『精神の不均衡なスリル』にはエレーナ・アンドロソーヴァ、ナデジタ・ゴンチャル、エフゲーニャ・オブラツォーワの女性3人と、ウラジーミル・シクリャローフとマクシム・ジュージンの男性2人が出演。
シューベルトの第9シンフォニーと共にアレグロで踊り続けるこの小品は、踊り手の技巧と音楽性、スタミナを大いに試すもの。
この作品がロンドン・デビューとなったバレエ団の男性ホープ、シクリャローフは作品の終盤に近づけば近づくほど音楽と一体化し、疲れを超越して、まるでダンサーズ・ハイともいえる境地に昇華したかのようで見事であった。 
女性ではエフゲーニャ・オブラツォーワが、音楽性豊かなアームスとポアント使い、愛らしい個性をふりまき、観客の目を奪った。

Photo/Angela Kase

 プログラム1最後の演目『イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイティッド』を踊ったのはイリーナ・ゴルプ、コンダウーロワ、ゴンチャル、シェシナ、ペチュコーヴァ、ジ・ヨン、ロブーヒン、セルゲイエフ、ピモノフ。 
数年前にバレエ団がこの作品をコベント・ガーデンで披露したさいは、主演のイリーナ・ゴルプとイーゴリ・コルプ以外の踊り手に、マリィンスキーらしい品 性の良さが目立ち少しばかりの違和感を感じさせていたが、身体能力に優れる若手を多数導入した今回の公演では、コンダウーロワの身体能力の高さや、イリー ナ・ゴルプの気迫が観るものの目に迫り、関係者や観客を圧倒し、公演は大いに盛り上がってその幕を降ろした。その夜、関係者席を後にする私の耳に、彼らに 対する手厳しい批評はもう何も聞こえてこなかった。

 ボリショイと並んでバレエ界の「世界最高峰」を意味するマリィンスキーというブランドは、ロンドンにおいても未だ不滅で、「フォーサイスの夕べ」のように難解な作品を交えた意欲的なプログラムでも劇場をほぼ満席にしてみせた。 
残念だったのは、前回バレエ団がフォーサイス作品を披露したさいゴルプと共に非常に強い印象を残したイーゴリ・コルプが、今回は『ステップテクスト』にし か出演しなかったこと。またプロポーションに優れたダンサーばかりをよりすぐった今回のグループの中にあって、バレリーナらしからぬ体型になってしまった シェシナがかなり目立ってしまったことであろうか。

Photo/Angela Kase

 フォーサイスも興味深かったが、より充実していたのはプログラム2の「バランシンとラトマンスキーの夕べ」であった。
演目はバランシンの『アポロ』『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』『放蕩息子』とラトマンスキーの『ミドル・デュエット』完全版の4作品を披露するというもの。

『アポロ』はタイトル・ロールにゼレンスキー、テレプシコールにエカテリーナ・オスモルキナ、カリオペにゴンチャル、ポリムニアにオレンシア・ノーヴィコヴァ。
今年39になったゼレンスキーは、跳躍に幾分の衰えが見えたものの、大スターの存在感と品性の良さ、包容力は充分で、3人の美しきミューズを率いる芸術の神アポロそのもの。
  ここ数年ロンドンでは、カルロス・アコスタやラスタ・トマスがタイトル・ロールに挑戦し話題となったが、やはり『アポロ』ばかりは容姿の良さと品性の高さ を備え、純粋な古典バレエの美を体現できる一握りの男性舞踊手が踊る時にのみ、作品が最もその輝きを放つのではないだろうか。

 こ のバレエ団の女性アーティストの充実にはいつも目を見はらせられる。オスモルキナ、ゴンチャル、ノーヴィコヴァの3人は、それぞれ容姿に優れエレガントに してフェミニン、音楽性に優れ、ゼレンスキーと共に、この作品を踊るにあたって、現在世界最高の配役であるように思われた。
特にオスモルキナとノーヴィコヴァには目を奪われるばかりであった。身体能力にまかせてバランシン作品を機械的に踊るバレリーナが多い現代にあって、この2人は常に女性的魅力にあふれ、芸術の香りに満ちているのである。

Photo/Angela Kase

  今年バレエ団は長らく舞踊ディレクターを務めたワジーエフの急な退任があり、混乱の一時期を経験した。5月に行われた英地方公演も、招聘元の発表では当初 ロパートキナが暫定的な芸術監督としてバレエ団のスターを率いて公演するという発表であった。が、ふたを開けてみるとロパトキナも発表されていた主要ス ターの姿も殆どなく、スター総出演で踊られる予定だったバランシンの『ジュエルズ』を、少数のソリストが複数のパートに出演することで凌がねばならなかっ た。

 この地方公演初日の5月13日、マンチェスターで一晩に『ジュエルズ』の「エメラルド」と「ルビーズ」に出演したのがノー ヴィコヴァ。この時は雰囲気の異なる2つのパートを踊ってもさして強い印象を残さなかった彼女が、僅か5ヶ月の間に別人のような成長を遂げていた。今回ロ ンドンでは『アポロ』のポリフミニアと、プログラム2の初日にシクリャローフと『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』を踊ったのだが、卓越した技術と音楽性 を奮って自己の肉体で見事なまでに音楽を視覚化しながらも、優美さあふれる真のバランシン・バレリーナになったのである。

  第2部の『ミドル・デュエット』完全版を主演したのは、コンダウーロワとバイムラードフのペア。完全版には中心になる2人のダンサーと共にホワイト・エン ジェルとダーク・エンジェル、そして中心のペアがダーク・エンジェルに倒された後、ホワイト・エンジェルに庇護され舞台を後にしたのちに、暫し登場する第 2のペアの計6人が出演する。
今回は第2のペアをドブロービナとセルゲイエフ、ホワイト・エンジェルをイヴァン・シトニコフ、ダーク・エンジェルをアンドレイ・ウシャコフがつとめた。
かつてザハロワがよく踊ったこの作品は、身体能力と容姿に優れたバレリーナが踊らないと絵にならない。
  優れた身体能力を際立たせ、現代作品を踊っても、常にエレガントで女性らしいコンダウーロワは、作品に似合いで、バレリーナの後ろに黒子のように控えなが ら巧みなサポートで彼女を支えるバイムラードフと共に、冬枯れの夜の木立を背景に、何かに怯える若きカップルを巧みに踊り表現してみせた。

 この作品は、ロンドンでも日本でもこれまで2人のデュエット部分だけが披露されてきた。完全版は、このデュエットの終わりに数分エンジェルと第2のペアが出演するだけのもの。
私は昨年モスクワでボリショイのホープ、オーシポワがこの作品にデビューする際にも完全版を観ているが、善悪の天使や第2のペアを登場させても、特別作品に深みや哲学性が加味される印象もない。
ラトマンスキーといえば、ボリショイの芸術監督および振付家として多忙な日々を送り、またABTの次期常任振付家として注目されているわけだが、いつかこの作品に少し手を加える時間が持てるのなら、作品をより味わい深いものにできるのではないか、と思っている。

Photo/Angela Kase

『チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ』は初日にノーヴィコヴァとシクリャローフが、私が観た2日目はオブラツォーワとシクリャローフが踊った。
15日の午後のゲネプロで、シクリャローフは柔軟な四肢からくりだすバロン豊かな高い跳躍で劇場に集まった英国の舞台写真家たちを大いに驚かせたのであ るが、2日目のこの日は緊張していたのか登場直後に振付を少し間違ってしまい、その後も本来の実力の8割ほどしか披露できずに終わった。 
だがそれでも観客は、初めて見るこの青年の中に、バレエ・ダンサーとしての類稀な才能と可能性を見てとったのであろう。オブラツォーワと踊ったパ・ド・ ドゥに、男性ソロに、フィッシュ・ダイブの最後のポーズに大いに熱狂。第2部は大変な騒ぎの中、その幕を降ろした。

Photo/Angela Kase

 第3部はロブーヒンとコンダウーロワ主演の『放蕩息子』。
これまでマリィンスキーは、繊細な持ち味の男性ダンサーにこの役を踊らせることが多かったが、包容力ある踊り手ロブーヒンと、透明な美貌の中に男性を虜にする魔性を秘めたコンダウーロワを組ませることで、作品は大いにその魅力を増したようだ。
暖かな我が家を捨て世の中を見てみたいという思いを抑えられない若者(ロブーヒン)が見せる、冒頭の跳躍に宿る爆発的なパワー、氷の微笑みの下に確かな 演技力を押し隠すコンダウーロワ。氷と火いう異質の、だが絶妙な取り合わせ。若者の友人を踊ったアントン・ポモノフとグリゴリー・ポポフ、そして群舞の男 性陣も若々しく力にあふれ、プロコフィエフの音楽と共に作品に大きなインパクトを与えた。
英国人好みのストーリー・バレエで終わったプログラム2は、観客を静かな感動で満たし、マリィンスキー・バレエ4日間のロンドン公演は好評のもとにその幕を降ろした。

 正式な発表こそまだないものの、バレエ団は来年再びロンドンを訪れる予定だと聞く。
ロンドンでは、来年3月初めにシルヴィ・ギエムの新作公演、下旬にはABTの引越し公演が予定され、4月にはデイヴィッド・ビントレーが新『シルヴィ ア』全幕を持って、バーミンガム・ロイヤル・バレエと共にコロシアム劇場にやってくるなど、すでに注目の公演が目白押しである。
これら注目の公演と共に、ロンドンのバレエ関係者やファンは、マリィンスキーの魅力あふれるダンサーたちとの再会を指折り数えて待っている。
(プログラム1、2008年10月13日撮影、14日鑑賞、プログラム2 10月15日撮影、16日鑑賞)

Photo/Angela Kase