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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.10.10]

マシュー・ボーンの新作『ドリアン・グレイ』

 通常イギリスでは10月にバレエの新シーズンが始まる。
英国3大バレエ団のシーズン前の端境期にあたる9月、ロンドンのサドラーズ・ウェルズ劇場ではマシュー・ボーンとクリストファー・ウィールドンという世界的に評価の高いイギリス人振付家がそれぞれのカンパニーを率いて新作を披露した。

 鬼才マシュー・ボーンは、この夏2年半ぶりに新作『ドリアン・グレイ』を発表。
これは世紀末の耽美派作家オスカー・ワイルドによる原作を21世紀の現代に置き換えたもので、世界初演は8月25日、国際演劇祭に沸くスコットランドのエジンバラ・キングス・シアターであった。

『スワン・レイク』や『ザ・カーマン』で世界を席巻し、ローレンス・オリビエ賞を5回、米トニー賞を2度受賞しているボーンの新作ということで、公演チケットは国際演劇祭61年の歴史始まって以来という異例のスピードで完売した。
それに続く2週間のロンドン公演も早くよりチケットがソールド・アウトとなっていた。それでもファンからの問い合わせが後を絶ず、劇場側は立ち見エリアを設けたが、それもあっという間に売り切れてしまった。
結局ボーンと劇場は、通常の19時半からの公演の後に、23時半~深夜1時半というチャリティ公演を追加し、チケットを求めて止まないファンの反響に答えたのであった。

 ロンドン公演前のテレビ・インタビューでボーンは「(原作の核となる)<永遠の美と若さへの渇望>は、21世紀のわれわれも求めてやまない非常に 現代的なテーマである」と答え、またインタビュアーが、映画のシーンを作品に生かすことで有名なボーンに「『ドリアン・グレイ』に影響を与えた映画はあり ますか?」と質問すると、有名写真家を主人公に60年代のロンドンを描いたミケランジェロ・アントニーニ監督作品「『欲望(ブロウ・アップ)』と、80年 代のNYを描いたクリスチャン・ベール主演映画『アメリカン・サイコ』からインスピレーションを得ている」と答え、他には「主要登場人物のうち2名は、原 作とは性別を変えていてね。ヘンリー卿に相当するのはレディHといって、ドリアンを発見し世に売り出す女性だし、シヴィル・ヴェインはシリル・ヴェインと いう男性になっている。」と語った。

Photo/Bill Cooper

 9月7日の公演を観る。
舞台は現代のロンドン。チャイコフスキーの『眠れる森の美女』の音楽をバックに、若きドリアン(リチャード・ウィンザー)が自室で目を覚ます。場面は一 転し、売れっ子ファッション写真家のバジルが撮影するスタジオへ。その後、レディHの会社、ホワイト・ボックス・メディアでのモデル・オーディションへ。 ウェイターをしている無名の若者ドリアンの美貌に写真家のバジルやレディHが注目。
バジルがドリアンを撮影した写真は「イモータル(不老不死)」という名の香水のポスターとなり、ドリアンは一躍「時代の寵児=トップモデル」となる。

 今やセレブリティの仲間入りをしたドリアンは、ある夜レディHとロイヤル・オペラハウスにバレエを観に行く。そして『ロミオとジュリエット』の主役を踊る男性ダンサー、シリルに心惹かれ、終演後に一人出待ちをして名刺を渡すのだった。

  人気の頂点にあるドリアンのベッドからレディH、バジル、シリルなど様々な有名無名の男女が這い出してくる。誰もが若く美しく有名なドリアンに惹かれ、彼 を熱愛する。だがドリアンの青い目はいつも空を見つめるばかりだ。ドリアンは自分以外誰も愛さないナルシストなのである。

 2幕、深夜ドリアンの部屋でパーティーが行われている、テーブルの上には酒とドラッグ。舞台を終えたシリルは帰ってくるなり、ドリアンやパー ティー客にはおかまいなしに、汚れたタイツやダンス・ウェアを、バジル撮影のドリアンの肖像写真の上などに干し始める。気分を害したドリアンは、その後、 誤ってドラッグを過剰摂取して苦しむシリルを殺害。入浴中のバジルをも彼の愛機であるカメラで撲殺してしまう。

 ドリアンのロフトは、いまや退廃の匂いに満ち、髑髏や腕にヘロインを注射するドリアンの写真が飾られている。バジル撮影の香水「イモータル」のポスターも変化している。
自分の罪深さに恐れをなしたドリアンは、レディHに助けを求めるが拒否される。亡霊となったシリルと踊るドリアン。その後、自分の悪の分身であるドッペルゲンガーをも殺めるが、それはドリアン自身の最期でもあった。

 ロフトのベッドに死んだドリアンが横たわっている。変死したセレブリティに写真家が群がり、しきりにシャッターを切る。傍らには冷めた目でドリアンを見つめるレディHの姿があった。

 衣装と装置デザインはレズ・ブラザーストン、音楽はテリー・デイヴィスによるオリジナル・スコアに、プロコフィエフの『ロミオとジュリエット』のバルコニー場面の曲が挿入され、最後にアダム・アンド・ジ・アンツの「プリンス・チャーミング」が流れる。

  出演ダンサーは全員で11名。ダンス・シーンとしてはファッション撮影中のバジルのソロ、同性愛のバジルとドリアンの男2人のデュエット、ドリアンと年上 女性レディHとのデュエット、ロミオを踊るシリルのソロ、群舞、ドリアンとシリルのデュエットなどあるが、どれもあまり心に残らない。

『スワン・レイク』『シンデレラ』、『ラ・シルフィード』を現代のスコットランドの都会を舞台に改作した『ハイランド・フリング』、『くるみ割り人 形』、『ザ・カーマン』といったボーンの代表作と比べると、改作にさほど光る部分がなく、何よりもダンス・シーンが精彩に欠け、パワーのない作品であっ た。

 テーマからいって『ドリアン・グレイ』こそ、『スワン・レイク』のアダム・クーパーや、『ハイランド・フリング』のウィル・ケンプ、『ザ・カーマ ン』のアラン・ヴィンセントのようなカリスマ・ダンサーを主役に据えなければいけないのだが、主役のリチャード・ウィンザーには、前述3人のようなカリス マも舞踊技術もない。そして『スワン・レイク』や『ザ・カーマン』のように心揺さぶる音楽をバックにエネルギッシュに踊る群舞もない。
ダンス公演というほどのダンスもなく、心をわしづかみにする音楽もない。
唯一レディH役のミカエラ・メアッツァが、カリスマに満ち、ブラザーストン・デザインのファッショナブルな衣装を粋に着こなし、その一挙手一投足に心奪われた。
(2008年9月7日、サドラーズ・ウエルズ劇場)

Photo/Bill Cooper