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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2008.09.10]

アナニアシヴィリのグルジア国立バレエ ヨーロッパ・デビュー公演

 7月下旬から8月第1,2週のロンドンは、北京オリンピック開催直前に、中国からの団体による公演が相次いだ。
まず中国国立バレエ団が、コベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスで『白鳥の湖』と『紅夢』を上演。初日の客席には、ナターリア・マカロヴァやファルフ・ルジマトフの姿もあったという。
またその翌週は、昨年日本でもパフォーマンスが行われた「アクロバティック・スワン・レイク」が上演され、妙技の数々がコベント・ガーデンに集まったロンドンのバレエ・ファンを大いに驚かせた。

 一方スコットランドの古都エジンバラでは、8月8日から31日まで、1947年以来夏の風物詩となっているエジンバラ国際演劇祭が行われた。これ は期間中エジンバラ市内の様々な劇場やコンサート会場を舞台に、世界中から選び抜かれた劇団やバレエ団、歌劇団、音楽家たちがパフォーマンスやコンサート を行うもの。

 今年は8月9日から13日までニーナ・アナニアシヴィリ率いるグルジア国立バレエ団のヨーロッパ・デビュー公演がプレイ・ハウス劇場にて行われた ほか、鬼才マシュー・ボーン率いるニュー・アドヴェンチャーズが、8月22日にロンドンに先駆けて新作『ドリアン・グレイ』をエジンバラ・キングス劇場に て世界初演。またイスラエルからはバトシェヴァ・ダンス・カンパニーも招待されるなど、例年になく話題のダンス公演が目白押しであった。

 ABTと日本公演を行ったニーナは、自らのバレエ団を率いて8月6日にエジンバラ入り。演目は8月9、10日にアレクセイ・ファジェーチェフ版 『ジゼル』を3公演、12、13日にバランシン作品やユーリ・ポーソーホフの最新作を含む「バレエ小品集」を上演。8月10日(日)の『ジゼル』昼の部を 除いてはニーナ本人も出演し、話題を集めた。

 初のヨーロッパ公演という希望に胸をふくらませたニーナと団員たち、そしてバレエ団のスタッフは来英直後に大きなショックを受けることになる。8 月8日、世界が北京オリンピックの開会式に注目している最中、ロシアがグルジアに軍事介入し、瞬く間に戦争が始まったのである。

『ジゼル』昼・夜2公演を観ようと、私がエジンバラ入りした8月10日の現地の主要紙(スコティッシュ・ヘラルド、タイムス)日曜版第一面は、どれ も血を流し泣き叫ぶグルジアの高齢女性や中年女性の写真が使われていた。記事によると2千人が命を失い、3万人以上もの人々が家を焼かれ難民となったとの 報道である。
昨年5月、グルジアの首都トビリシにバレエ団を訪ね、ニーナが2年の休養後初めて踊る『ドン・キホーテ』全幕の舞台撮影にあたり、貧しくとも真面目で優 しく、バレエという芸術に激しい情熱の炎を燃やすグルジアの人々と国土を知る私にとっても、ロシアとグルジアの戦争は大きな衝撃であった。

 14時半から始まった昼の部を主演したのはニーノ・ゴグア。昨年の日本公演では『白鳥の湖』で3羽の白鳥を、『ドン・キホーテ』で森の女王を踊っ た美貌のバレリーナである。男性主役はラシャ・ホザシヴィリ。日本で『白鳥の湖』のパ・ド・トロワや『ドン・キホーテ』のエスパダを踊り、大いに注目され たバレエ団の新進ダンスール・ノーブルだ。森番のハンスは、昼夜共に長身のキャラクター・ダンサー、イラクリ・バフターゼ、ミルタはニーノ・オチアウーリ がつとめた。

 1幕、舞台に現れたゴグアは、大柄で大人びた容姿の持ち主。当初私の目には処女のまま死んでいく10代の村娘ジゼル役には似合わないのではないか? とさえ思えた。
だが優美で流れるようなアームスと、非常な演技力を持った女優バレリーナで、アルベルトに抱かれ踊る場面では、恥じらいつつも振り向いて彼を見るたびに 高まる愛を巧みに表現して、私の疑いをすぐさま打ち砕いた他、2幕では母性の強い精霊ジゼルを演じて、終演まで観る者の心をわしづかみにして放さなかっ た。

 一方ラシャ・ホザシヴィリは、始終優雅で甘やかな雰囲気をたたえ、跳躍の各種で見せる美しい脚のラインとアームスとのコーディネーションも見事で あった。また2幕では、大柄なゴグアを巧みにサポートかつリフトして、精霊となったジゼルの浮遊感を最大限に引き出していたし、自身のソロの最後にひらり と身をひるがえして倒れこむ場面も、軽やかで着地音もたてず完璧とすら思えた。

 アルベルトの許嫁であるバチルドには昼夜ともにマイア・アルパイゼが扮した。
通常ロシアのバレエ団が『ジゼル』を上演する場合、バチルドには若く美しいアーティストを配し、演技らしい演技もさせないため観客には「優雅で美しい」という以外、殆ど印象に残らない。
一方、演劇性重視の英国のバレエ団の場合、この役には美人でかつ演技に優れたキャラクター・アーティストを配し、存分に演じさせて、貴族と村人という身分の違いをはっきりさせている。

 たとえばピーター・ライト卿版を上演する英国ロイヤル・バレエのバチルドの場合、ジゼルの母がふるまうワインを口にしても、そのお粗末な味に顔を ゆがめてみせる。また自分たちに「踊りを披露したい」という村娘ジゼルの直情的な言動に対してもあくまで冷ややかで、褒美のネックレスを貰い感動したジゼ ルが、バチルドの手をとって感謝の念を示そうとするにいたっては、身分の低い娘に手を取られた嫌悪感から手を引いて見せさえするのである。

 今回グルジア国立バレエが披露したアレクセイ・ファジェーチェフ版『ジゼル』のバチルドは、美しくろうたけているものの、幼い頃からお姫さまとし て遊び暮らしているために結婚前の若さで、既に貴族の暮らしや日々の享楽に飽き、倦み疲れている。親が決めた婚約者であるアルベルトに対しても、さほど愛 は感じておらず、村人の服装に身を包み、お忍びで村にいる彼を見ても、たいして驚くでもなく、心中彼を見下してすらいるようだ。

 ファジェーチェフ版『ジゼル』が優れているのは、このバチルドという人物が登場することで、観客にアルベルトを取り囲む「愛なき宮廷生活」が明らかになるとこと。そしてこの物語の伏線から彼のジゼルによせる愛が真実であることが示唆される点である。

 ファジェーチェフ版は、また通常1幕で村の男女各1名によって踊られるペザント・パ・ド・ドゥの部分が、村人6名が踊るパ・ド・シスになってい る。ライト卿版でもこの部分はパ・ド・シスで男女各3名が踊るのに対して、ファジェーチェフ版では女性4名、男性2名によって踊られる。
女性4名は昼夜ともマリアム・アレクシーゼ、テオーナ・アホバーゼ、ツィシア・チョロカシヴィリ、ニーノ・マクハシヴィリが踊り、形象美に優れたファジェーチェフ版のパ・ド・シスの女性パートを優雅に表現。
昼の部の男性2名は、ダヴィッド・ホザシヴィリとアルトゥール・イワーノフがつとめた。

 ダヴィッドは昨年の日本公演で『白鳥の湖』の芸術監督と悪魔の一人二役や『ドン・キホーテ』でエスパダを踊った、ラシャ・ホザシヴィリの兄であ る。長年グルジア国立バレエでプリンシパルを勤めると共に、それに前後してサンクト・ペテルブルグやドイツのバレエ団でも踊っているだけに、音楽性と観客 に自らをアピールするスター性の持ち主だ。バレリーナを最も美しく見せるパートナーリングにも長け、包容力も充分である。昼の部では男性2人の踊り最後の 着地で破綻し、怪我が心配されたが、6人の中で圧倒的な光を放っており、関係者やファンの目を一身に奪った。

 グルジアといえば男性舞踊手が勇壮に舞う民族舞踊の剣舞でも世界的にその名を知られており、国民は男女共に情熱的である。グルジア国立バレエ団の 男性コール・ド・バレエによる村人の舞も、欧米やロシアのバレエ団の踊り手たちには見られない情熱の迸りを見せて強く印象に残ったほか、ハンス役のバフ ターゼも、ジゼルを巡ってアルベルトと争う場面では、アルベルトに対して激昂し、大きくナイフを振りかざすなど直情的な演技を見せていた。

『ジゼル』の2幕といえば、通常舞台は暗い夜の森の中。ジゼルの墓とその周辺で物語が紡がれてゆくが、グルジア国立バレエ版の舞台デザインは、左右 に暗い影を落とす森の木々、向かって左手の舞台下手にジゼルの墓、中央の遠方に教会の建物が見えるという珍しい物。デザイナーの名を調べるとヴャチェスラ フ・オークネフであった。先月号でご紹介したミハイロフスキー・バレエ団のコフトン版『スパルタクス』とドルグーシン版『ジゼル』の衣裳と舞台デザインを 手がけた才人である。
オークネフはグルジア国立バレエ団が昨年日本で披露した『白鳥の湖』や『ドン・キホーテ』でも、衣裳と装置に腕を奮っている。

 ファジェーチェフ版では、2幕の後半で精霊の女王ミルタに率いられた群舞のウィリたちが、フォーメーションを組んで激しく舞い、森に迷いこんだ男たちを死に至らしめる脅威を垣間見せるのも非常に興味深かった。

 カーテン・コールでは、満場のエジンバラの観客からゴグアとホザシヴィリに大きな拍手喝采が贈られ、ヨーロッパ主演デビューが成功裏に終わり、その感動につつまれた2人の様子とともに印象的に残った。

 19時半からの夜の部は、前日の初日と同じベスト・キャストが組まれていた。
タイトル・ロールを踊るのはアナニアシヴィリ、アルベルトをワシル・アフメテリ、ミルタは昨年の日本公演で、アンヘル・コレーラと共に『ドン・キホーテ』を踊り、脅威のテクニックを見せたラリ・カンデラキがつとめた。

 1幕、舞台下手からマントを翻して舞台に走り出てきたアフメテリのアルベルトは、ジゼルへの想いに激しく胸を焦がす熱情の貴公子であった。
トビリシのバレエ学校を卒業し、バレエ団で頭角を現しながら、その後トルコやマケドニア国立バレエなど周辺諸国で第1男性舞踊手として活躍。昨年アナニ アシヴィリに招かれプリンシパルとしてバレエ団に復帰し、4月の『白鳥の湖』全幕ではニーナのカムバック公演の相手役をつとめた他、最近バレエ団が本拠地 で「フレデリック・アシュトン小品集」を初演した際もアナニアシヴィリの相手役として『マルグリットとアルマン』を主演している。
眉目秀麗にして立ち振る舞いも優美なダンスール・ノーブルで、ニーナとの身体的な相性も非常に良かった。また踊り手としての技量と包容力、パートナー技 術も見事なら、演技も細やかで、踊りが大好きなジゼルにねだられて「仕方がないな」と、共に踊る前に見せる逡巡も優しく高貴で、ジゼルのみならず世界の婦 女子が憧れ胸を高鳴らせるのも大いにうなずける貴公子ぶりであった。

 一方アナニアシヴィリのジゼルの圧倒的な魅力的については、日本のバレエ・ファンの良く知るところであり、私が多くを語る必要もないであろう。
ただ一つ言及しておきたいのは、今回エジンバラで彼女を観て、「アナニアシヴィリのジゼルは今が旬なのではないか?」と感じたことである。
舞台に登場すると共に、その場を一挙に華やかなものにする圧倒的なスター性、何者も抗うことの出来ない明るい魅力と、小さなしぐさや豊かな表情にあふれる暖かな人間味。
彼女の実年齢とは反比例して、1幕のジゼルは昔よりも尚一層若さを増し、狂乱の場はドラマティックでありながら、決してオーバー・アクティングにならない。

 若かりし日のアナニアシヴィリの1幕は、抑えようとしても持ち前の明るさや元気さが迸り「体の弱いジゼル」とは異質の何かを感じさせたものだが、経験と年齢を重ねた今では、明るさと元気さはよりまろやかな物となり、ジゼルと見事な融和を見せるようになった。

 彼女と同世代のバレエ界の大スターが次々と世界の檜舞台に別れを告げ、ファンの前から消えてゆく今、ニーナの名演を再び目にすることができるのは、何と幸せなことであろうか。

 スター・キャストの夜の部は、脇役もまた魅力的であった。
パ・ド・シスの男性2人を踊ったのはダヴィッドとラシャのホザシヴィリ兄弟。豊かな舞台経験と男らしいアピールが微笑ましい兄のダヴィッドと、若々しく優美な弟ラシャは、同じ音楽性を有し、息もピッタリ。
それぞれのソロとデュエットでは、グルジア男性らしい男気を誇る兄のダヴィッドが口火を切って互いを触発し合うかのような「掛け合い」を見せ、場を大いに盛り上げて見せた。

 2幕、精霊の女王ミルタに扮したカンデラキは、短い登場シーンに存在感を奮い、ウィリたちを率いる女王の威厳と、男たちを死に至らしめる冷酷で非情な様を見せ、作品を引き締めた。

 アナニアシヴィリは、昔と何ら変わらぬ大きな跳躍に衰えを知らぬ技量とスタミナをうかがわせたほか、アフメテリという格好のパートナーを得て、夜の森の闇に浮かびあがる幽玄な精霊ジゼルを見事なまでに体現していた。

 終演直後のエジンバラ・プレイハウスの観客は、蹂躙される祖国と家族を憂いながらも、そんな様子を微塵もうかがわせず、入魂の舞台を披露したバレエ団のダンサーと、アナニアシヴィリに熱狂的な反応を示した。
口々にブラヴォーを叫び、拍手喝采と共に劇場の床を踏み鳴らす様子は、イギリスでは殆ど見られない非常に大陸(ヨーロッパ)的な反応であり、これまで世界中で踊っているニーナ自身も大いに驚いた様子であった。

 日本ではウヴァーロフやコレーラといった男性ゲストと共に全国公演を行ったグルジア国立バレエ団だが、バレエ団のダンサーのみでも充分に世界の観客を納得させられるほど自前のダンサーが育ってきている。

 グルジアの国土が再び自由を取り戻し、国民が幸せを謳歌できる日が一刻も早く訪れるよう、そしてニーナと踊り手たちが今後もまた安心してバレエ芸術に専念できる日々がそれに続くよう、私も、そして世界のバレエ・ファンもまた願ってやまない今日この頃である。
(2008年8月10日 スコットランド エジンバラ プレイハウス劇場 昼・夜2公演を鑑賞)