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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2007.03.10]

『白鳥の湖』:過ちを許す美しさ

  今シーズン、ロイヤル・バレエはチャイコフスキーの3大バレエのすべてを同じシーズンに上演する。 既に、『眠れる森の美女』と『くるみ割り人形』は終了し、残る『白鳥の湖』が2シーズンぶりにロイヤル・オペラ・ハウスのステージに戻ってきた。先月号で お知らせしたように、ロイヤル・バレエはウェブ上で『白鳥の湖』を上演にいたる為に携わる多くの人々を紹介するなど、古典バレエへの理解を広めようとする 努力をしているようにだ。
『白鳥の湖』に限れば、チケットが売れ残る心配はなく、今回も早々にすべての公演が売り切れになった。プロダクションは、ロイヤル・バレエ前監督のアンソ ニー・ダウエル卿が、1986年に監督になって初めて演出したもので、制作されてから既に20年も経っている。が、年月をどうこう言うよりも、主役を踊る ダンサーの技術と演技力、カンパニー全体の実力を知るために、そして古典バレエの魅力を味わうには、バランスの取れたプロダクションだと思う。



カルロス・アコスタ(ジークフリート)

カルロス・アコスタ

ローレン・カスバートソン、サラ・ラム

昨年2月のプリセツカヤ・ガラに出演した際に怪我をして以来、およそ1年間舞台から離れていたイヴァン・プトロフが復帰を果たしたという嬉しいニュース で始まった今回は、4組のプリンシパル・カップルがキャスティングされていた。中でも、二人いるスペイン出身のプリンシパル・バレリーナのうち、セナイ ダ・ヤナウスキーのオデット/オディールの解釈は、前回の上演時よりも更に深みを増したようで、大変見応えがあった。補足しておくと、以前、ある雑誌のイ ンタヴューで本人が語っていたところによると、ヤナウスキーの祖父母は東欧出身だが、彼らはカナリー諸島に移住したとのこと。ヤナウスキーは身体的には彼 らの血を濃く受け継いでいるようだが、本人曰く彼女は「スペイン人」だそうだ。



ローレン・カスバートソン、サラ・ラム

第2幕

ロホ(オデット)、アコスタ(ジークフリート)

 カンパニーきっての演技派として、また卓越した、安定感のある技術で、既にロンドンでは高い人気を誇るヤナウスキー。今回、まず目を引いたのは、ターン するときに背中をギリギリまで溜める動き。特に第2幕では、その動きによって語られるオデットの揺れ動く心がより鮮明に、そしてより細やかに表現されてい た。更に腕の、そして指先の動きだけで表現してみせたオデットの悲しみと苦悩には言葉も無く圧倒された。表情からは、呪われた運命に負けまいとする意思を 感じさせながら、儚げな指先の幽かな動きでジークフリートに求める、叶うかどうかも判らない愛。
対照的にオディールで見せた、ジークフリートだけでなく、ロットバルト以外のすべての存在を傷つけることを全く躊躇わない妖艶な冷たさ。華やかな技術、 という点ではタマラ・ロホやアリーナ・コジョカルには少しばかり引けを取る。が、『白鳥の湖』というドラマの要となる、オデットとオディールの演じ分け、 キャラクターへの理解という点では、ヤナウスキーが抜きん出ているように思う。



ロホ(オデット)、アコスタ(ジークフリート)

タマラ・ロホ(オデット)

タマラ・ロホ(オデット)


タマラ・ロホ(オデット)
  すべてが収束する第4幕、ヤナウスキーのオデットは、ジークフリートが犯した二つの過ちを許したように見えた。第2幕、オデットの手を離してしまったこ と。そしてオディールとオデットを間違えてしまったこと。我が身を投じる刹那、ジークフリートが請うた許しを受け入れたオデットの、可憐な羽ばたきが見え たようだった。

 ジークフリートは、デンマーク・ロイヤルからケネス・グレーヴ。ロットバルトは、ゲスト・プリンシパル・キャラクター・アーティストのウィリアム・タ ケットが演じた。ヤナウスキーとは前回の『白鳥の湖』、更に『マノン(マクミラン)』で組んでいるグレーヴは、今回も安定したパートナーリングだった。特 に第2幕のパ・ド・ドゥで、あと少し遅れたらオデットが舞台に衝突するギリギリの所で支える絶妙なタイミングからは、両者の信頼の深さが伺えた。グレーヴ は、若干、体が重くなったようにも思えたが、ヴェテランらしいそつの無い演技、安定した技術は、ロイヤル・バレエの若手ダンサーの手本になるだろう。


ロホ(オディール)、アコスタ(ジークフリート)

セナイダ・ヤナウスキー(オデット)

セナイダ・ヤナウスキー(オデット)

 今回も彼がユニークな存在に見えたのは、ジークフリートをどう演じるか、という点。ダウエル卿の演出では、マザー・コンプレックスがジークフリートの性格付けの鍵に思える。多くのダンサーはこの点をさらっと流してしまう、もしくは演じきれていないことが多い。
が、グレーヴのジークフリートは心底、情けなかった。常に母親からのプレッシャーから逃れようともがき苦しんでいるようだった。だからこそ、最後、ジーク フリートがオデットを追って身を投げる場面は、彼の精神的な成長の結果と捉えられなくもない。こじ付けが過ぎるかもしれないが、変に現代的な要素を持ち込 まなくても、古典バレエそのものが現代に通じる普遍性、柔軟性を持っている証のように感じた。

セナイダ・ヤナウスキー(オデット)

 ソリストやコール・ドの踊りの水準は高かったのだが、ヤナウスキー、グレーヴ、タケットの三人が創りだす場の力が強すぎて、他のダンサーたちがかすんでしまった舞台だった。
ヤナウスキーが全幕の主役を踊る機会は、本拠地ロンドンですらとても少ない。「ガゼル」のようと例えられるすらっとした長身はヤナウスキーの大きな魅力 だ。が、それは同時に彼女に合った長身のパートナーを見つけるのが難しい、ということでも有る。過去数シーズンでは、ヤナウスキーが全幕の主役を踊ったの は『白鳥の湖』、『マノン』、『シルヴィア(アシュトン)』の3演目だけだ。先ごろ発表された2008年7月の日本公演の予定演目に『シルヴィア』が入っ ているので、もしかすると日本にいるバレエ・ファンが彼女の全幕を見ることが出来るかもしれない。また、今年の5月にも2回、グレーヴと一緒に『白鳥の 湖』を踊る予定になっている。



セナイダ・ヤナウスキー(オデット)

ヤナウスキー(オデット)、グレーヴ(ジークフリート)

 カンパニーのもう一人のスペイン人プリンシパル・ダンサーは、タマラ・ロホ。筆者が観た夜は、コンサート・マスターが怪我で欠場した影響か、オーケスト ラが全く精彩を欠いていた。特に第2幕のオデットのソロで、突然テンポが落ちた時は、ほんの数秒だがオデットの動きが旋律から外れてしまった。病気、怪我 でダンサーの交替も多かった夜で、コール・ドのアンサンブルも安定していなかった。第3幕の終了直前、オディールを抱え上げるコール・ドの男性がロホを落 としかけた場面には、どきりとさせられた。
そんな状況で、ロホは自分が演じる役を完璧以上に見せ、芸術としてのバレエ、娯楽としてのバレエで観客を大いに興奮させた。個人的には、オデットの腕の 動きがかなり鋭角的な所に違和感を覚えた。しかしながら、第3幕でみせた、「技術一辺倒」という言葉をねじ伏せてしまうほどの技術を惜しげもなく繰り出す ロホのオディールは、人間を超越した存在というオディール像として正しい解釈だった。
ジー クフリート(カルロス・アコスタ)とのパ・ド・ドゥでみせた、本当に5秒間、全くぐらつかなかったバランスに、観客は驚きのあまり拍手出来ずにただ舞台を 観つづけるだけだった。そして、32回転のフェッテでは、自信に満ちた笑みを絶やさず、ぐらつくこともなく、軸が動くこともないまま4度、4回転を織り込 んだ。



ヤナウスキー(オデット)、グレーヴ(ジークフリート)

ヤナウスキー(オデット)


ヤナウスキー(オディール)
  ロホも、5月に相手を替えて2度踊ることになっている。また、ロンドンでは未だに『白鳥の湖』でだけ相応の評価を得ていないコジョカルが3度、さらにカン パニーの思惑が気になる、ローレン・カスバートソンとルパート・ペネファザーの「イギリス人」カップルがロール・デビューを果たす予定になっているなど、 話題は盛りだくさんだ。