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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.05.10]

ミックス・プログラムから

 ロイヤル・バレエの2005/06シーズン2作目の世界初演バレエを含むミックス・ビルが、3月下旬から4月上旬にかけて上演された。数年前は、ミックス・ビルの時はたいてい空席が目立ったものだが、ボックス席すら完売状態。カンパニーの人気ぶりがうかがえた。
クリストファー・ウィールドンとマチャス・ムロジェフスキーの、若手二人による振付は大変興味深かった。が、昨年秋同様、結果として、ケネス・マクミラ ンの作品が、最も普遍的な輝きと力強さを放っていたように思う。初日を観てきたが、「この夜、一番輝いていたダンサーは誰?」、と問われたなら、多くの観 客が即座に「リアン・ベンジャミン」の名前を挙げたことだろう。

『ポ リフォニア』は、ロイヤル・バレエ出身で、現在、ニュー・ヨーク・シティ・バレエ(NYCB)専属であり、最も注目を集める若手振付家のウィールドンが NYCBのために2001年に創作した作品。音楽は、ゲョルグ・リゲティの10曲の曲から構成されている。ロイヤル・バレエでの初演は2003年。
ダンサーは、カップル4組、計8人。最初と最後に8人が舞台にそろう他は、一組のカップルごと、もしくは3人が全く異なるムーヴメントを披露した。 ウィールドンがロイヤル・バレエに振付けた『Tryst』との共通点がいくつかあるように感じた。スロー・テンポの曲ではダンサーがどのように彼らの身体 を美しく動かすことができるか。また、テンポの速い曲では、バレエの枠組みをギリギリで超えそうなアクロバティックな動き、そういったものをある評論家 は、「肉体美の折り紙を見ているよう」、と表現していたが、いい得ている。

『ポリフォニア』
ベンジャミンとハーヴェイ

ダンサーでとりわけ素晴らしかったのが、リアン・ベンジャミンとアリーナ・コジョカル。両者とも、スロー・パートでも展開の速い振付でも鋭さと優美な動 きのコンビネーションがとても自然な感じだった。特にベンジャミンはシャープなムーヴメントで、コジョカルはゆっくりとした曲でのびやかな動きで、振付家 の意図を見事に再現していたように思う。
ロイヤル・バレエのイメージは、「古典バレエのカンパニー」と言うほうが強いかもしれない。しかし、このようなコンテンポラリーでも高い水準の舞台を作 り上げることができることを証明した。『ポリフォニア』は、今後もカンパニーのレパートリーとして残っていくことだろう。


ベンジャミンとハーヴェイ

コジョカル

コジョカルとボネッリ

『キャッスル・ノーウェア』:語られないまま終わってしまったドラマ。
これは、以前、ロイヤル・オペラ・ハウスの地下のリンベリー・シアター向けに作品を振付けた、ポーランド系カナダ人のマチャシュ・ムロジェフスキーの作 品。オペラ・ハウスのメイン・ステージ向けでは初めてになる。音楽:アルヴォ・ペルト、セット・デザイン:Yannik Larivee、衣装:Caroline O’Brien。
幕が上がると、天井から、夥しい数のオブジェが吊り下がっている。明らかに壊れている年代物の時計、大きな鏡、小さなアンティークのランプなど。暗い舞 台の左手に、女性(ゼナイダ・ヤナウスキー)が佇んでいる。パーティーから抜け出してきたかのようなドレス姿。何かを必死に考えているようで、その表情は 非常に険しい。



ヤナウスキーとワトソン

ヤナウスキーとワトソン

ヤナウスキー

右手後方からタキシード姿の男(エドワード・ワトソン)が静かに現れる。こちらも何か思いつめたような表情をしている。やがて二人は踊り始める。女性は 男性を求めるように、男性はその手から逃れるように。他の3組のカップルが彼らに加わり、全員が相手を次々に替えながら踊り続ける。
 再び、最初の男女が残る。女性は男性を捕まえることが出来ず、男性は彼自身が女性の手に捕まることを許さないよう。漸く女性が男の腕をつかむ。その手を暴力的に振りほどく男。女性が、悲しみとも驚きともつかない表情を浮かべた瞬間、舞台は闇に。
こちらの批評家の大半は、この作品をお気に召さなかったようだ。曰く、物語の主題が語られていない、からだとか。確かに、ドラマや映画の一場面を切り 取っただけの舞台とも言える。何故女性はそれほどまでに男を求め、どうして男はそれを受け止められないのかが全く語られていない。一番辛らつだったのは、 サンデー・テレグラフで「観客は、カーテンが降りるやいなや、この作品を埋めるための穴を掘り始めるだろう」。

ヤナウスキー


ヤナウスキーとワトソン

ローレン・カスバートソン

モレーラとセルヴェラ

ドラマティックな要素にひきつけられたので、イギリスのプレスのような厳しい評価は持っていない。強いて挙げるとすると、ムロジェフスキーは、ダン サー、特にヤナウスキーとワトソンの踊りと表現力に頼りすぎていたように感じた。その期待に応えるべく、両者とも濃密なドラマを作り出していた。特に、こ の二人が腕と背中で表現していた、すれ違うだけの愛情を抱いた者の哀しみ、いらだち、渇望感はとても鮮烈だった。キャストを知ったとき、正直な所、ワトソ ンがヤナウスキーと対峙できるのかと思ったが、杞憂だった。3月のロミオ役に対しては手厳しい評価をされていたので、もしかすると誉めすぎかもしれない が、ワトソンの着実な成長振りはカンパニーにとっても頼もしいことだろう。
もう一人意外だったのが、イギリス人ファースト・ソロイストのベリンダ・ハトレイ。可愛らしい容姿から、「リーズ」や「スワニルダ」などのコケティッシュな役が似合う彼女。そんなハトレイが、これほどシリアスな心理劇で鮮やかな踊りを見せてくれたのは嬉しい驚きだった。


ヤナウスキー

モレーラ

セルヴェラ

『レクイエム』:盟友、ジョン・クランコの死を悼んで。
これは、ジョン・クランコの若すぎる突然の死を悼んで、ケネス・マクミランが1976年にシュツットガルト・バレエ団に振付けた作品である。当時のロイヤル・バレエは、ガブリエル・フォーレの曲がバレエに合うとは判断できず、ゴー・サインを出さなかったそうだ。
初日の主要キャストは、リアン・ベンジャミン、カルロス・アコスタ、ダーシー・バッセル、ヴィァチェスラフ・サモドゥロフ、ルパート・ペネファザー。

  明るく照らし出された舞台に、白い大きな柱が立っている。その傍らで、アコスタ、サモドゥロフ、ペネファザーを含む群衆が、空に向かって両の拳を叩きつけ ながら、前進し始める。彼らの元から突然去ってしまった者への悲しみだろうか。それとも、愛するものを彼らから奪った何かへの訴えか。群衆が空に向かって 腕を伸ばしていると、その後ろから女性、もしくはMother of God(ベンジャミン)が現れる。

エヴリマン(アコスタ)は、受け入れることのできない深い悲しみ、そして慟哭を全身で表し、熾天使(バッセル)に導かれて、群集は去っていった者を静か に嘆く。最後、男性(ペネファザー)の肩に、まるで舞い降りたかのように立つ女性。宙空の一点を見つめながらも、その表情には逝ってしまった者を、残され た人々双方を、優しく包み込む慈愛が溢れていた。

アコスタ

バレエの主題、使われている音楽から、宗教色が濃くて馴染みにくい方もいることだろう。それらの点を含んで尚、マクミラン・バレエの数々の要素が素晴らし いフォームで昇華されている作品だ。主要キャスト5人に要求される技術、表現力は非常に高い。バッセルとアコスタのとても深みのある感情表現、不安定な位 置で自分の動きを完璧にコントロールするサモドゥロフの技術力は、プリンシパルのそれだろう。急遽キャスティングされたペネファザーは、ベンジャミンとの パ・ド・ドゥで彼女を受けとめ損ないそうなシーンがあったが、体力的にとてもきついパートを、よく踊りきっていたと思う。


ベンジャミン

バッセル

セカンド・キャスト

しかし、この演目の成功を導いたのはベンジャミンだといえる。ダンサーにとっては節目となる年齢になったそうだが、その事実は、バレエ・ダンサーとして の彼女の前進を阻むどころか、逆に一層バレエへの想いを高めているようだった。群集が頭上高く伸ばした腕の上という不安定な位置にいても、ソロ・パート、 Pie Jesuでのあどけない童女のような踊りでも、ベンジャミンは自分が何を表現しているかについて、迷いはなかった。

最後、彼女はペネファザーの左肩にすっくと立つ。ペネファザーは懸命にバランスをキープしながら、ゆっくり舞台後方に歩み、アコスタが傍らでベンジャミ ンを支えるかのように腕を彼女に向けて伸ばしたまま同じくゆっくり歩いている。とてもとてもとても不安定な状態にもかかわらず、ベンジャミンからは一切の 怖れを見出すことはなかった。舞台の高みにいたのは、一人の素晴らしいバレエ・ダンサーだけだった。


ベンジャミンとアコスタ

ベンジャミンとペネファザー

ロホとボネッリ

ロホとボネッリ