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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.05.10]

『ロミオとジュリエット』:ギエムの去就について噂が飛び交う中で

 ここ数年、マノン、マルグリット、ナタリア(A month in the country)そしてジュリエットを踊るたびに、「この役をギエムが踊るのは最後だろう」といわれているシルヴィ・ギエム。今回、彼女がジュリエットを 踊る数日前に、2006/07のロイヤル・バレエのプログラムが発表され(後述)、それを受けて「とうとうシルヴィ・ギエムがロイヤル・バレエを去る日が きたか」、との観客の不安が渦巻く中、4月1日と7日、ギエムとカンパニーは素晴らしい舞台を作り上げた。ロミオは怪我で降板したニコラ・ル・リッシュに 代わり、ミラノ・スカラ座からマッシモ・ムッル、リカルド・セルヴェラがマキューシオ、ティボルトにウィリアム・タケット。パリスはルパート・ペネファ ザー。

タマラ・ロホとカルロス・アコスタの初日のレヴューの中で、ある批評家が面白い点に言及していた。キャピュレット夫人を演じたキャラクター・ダンサー が、当時の女性の境遇をまざまざと描いていたと。つまり、自由な恋愛を許されず、政略結婚の末に自分の立場を守るためには、子供、特に男子をなすことが自 分のアイデンティティの確立につながる、と。その不条理さ、不公平な立場に甘んじなければならない女性の境遇を理解し表現していた、とのこと。
この考えは、舞台を、そしてそれぞれのダンサーが演じるキャラクターを見る視点に深みを与えてくれたように思う。両夜とも、キャピュレット夫人を演じた エリザベス・マクゴリアン、乳母を演じたジェネシア・ロサート(ともにプリンシパル・キャラクター・アーティスト)は、立場は違えども、女性である限り人 生を自分の意思で全うする自由がないという諦めにも似た感情を抑制の効いた演技、存在感で表現していた。

そして、ジュリエットもその運命からは逃れられなかった。逃れられないことに甘んじることが出来なかったのがジュリエットの運命だった、そんな厳しく、一瞬だけ光り輝き、人生を駆け抜けていったジュリエットをギエムからは感じた。
パリスに初めて紹介されたとき、ジュリエットは自分の胸のふくらみの意味を理解するすべがなかった。ロミオと遭遇し、乳母に「彼はモンタギュー家のロミ オ」と知らされても、それが自分の人生にどんな意味があるのか理解できないまま、ロミオの姿を追いつづけるジュリエット。

そして、ロミオと一夜を過ごしたジュリエットを待っていたのは、権力を振りかざすだけの父親とパリス、その権力に従うように説得するだけで、ジュリエッ トを受け入れることを許されない母と乳母。裏切られ、また自分の無知に憤るジュリエット。最後、ナイフで自分の胸をついたジュリエットは、まるで自分が死 ぬとは思っていなかったかのようだった。
ギエムだけでなく、すべてのダンサーが、人生を楽しみ、厳しい境遇を笑い飛ばし、人生を嘆き、悲しみに身を貫かれ、怒りに我を忘れ、そして舞台で輝いた夜だった。