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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2006.03.10]

マヤ・プリセツカヤ80歳誕生日ガラ

 昨年、80歳を迎えたマヤ・プリセツカヤ。彼女を称えるガラ公演が、2月12日にロンドンで開催された。会場は、ロイヤル・オペラ・ハウス。通常、今回のようなガラ公演だと報道用の写真が提供されないので、印象に残った点を簡潔に。

当夜集まったダンサーは、ロイヤル・バレエ、ボリショイ・バレエ、マリインスキー・バレエのトップクラスのダンサーばかり。のはずだったのだが、ボリ ショイから参加予定で、プログラムで『ドン・キホーテ』のパ・ド・ドゥを踊るはずだったガリーナ・ステパネンコとアンドレイ・ウヴァーロフはなんの説明も 無くキャンセル。ボリショイから参加したスヴェトラーナ・ザハロワは、マリンインスキーのアンドレイ・メルクリーエフと踊ったので、結果的にボリショイの 色は無かったに等しい。
この点に限らず、今回のガラはロイヤル・オペラ・ハウスでなく外部のプロモーターが主催したもので、段取りに不手際が多かった。残念ながら、全体としてはとても散漫なガラ公演になってしまったように思う。

先に書いたように、前半の2番手で登場したイワン・プトロフが、『ジゼル』第2幕のヴァリエイションのジャンプで着地に失敗し、左ひざを抱え、うずく まったまましばらく動けなくなるアクシデントが、その後のアナウンスで、4月中旬までのキャスティングから外れている。怪我の程度が酷くないことを祈るば かりだ。
そんなショッキングな舞台の後に登場したのは、イルゼ・リエパとファルフ・ルジマトフ。ロンドンでは滅多に観ることが無い『シェヘラザード』からのパ・ ド・ドゥ。アクシデントのざわめきが残る会場全体を、あっという間に舞台に惹きつけた両者の技術、官能的な存在感は、さすが。

続いてロイヤルからタマラ・ロホとホセ・マーティン。演目は、ロホに振付けられたらしい『白雪姫』からのグラン・パ・ド・ドゥ。技術、技術、技術の連 続。普通これだけ見せられると、「もういいよ」と思うことも有るだろうが、その気分をさらに覆すほどの技術。ロホのフェッテなど、オディールの32回転を 遥かに上回る回数で、途中で数えるのを止めてしまった。

第1部の最後は、イルマ・ニオラーゼによる『瀕死の白鳥』。彼女の腕の動きは、まさしく白鳥のそれだが、死に至る前に大きな拍手をする観客に唖然として しまった。この夜は、最近イギリス経済界を席巻するロシアのニューリッチが、スポンサーとして会場に詰め掛けていた。彼らだけ、と断定は出来ないが、観客 のマナーも相当酷いものだった。
そして第1部が終了すると、プリセツカヤがボレロのメロディとともに舞台に登場。会場はスタンディング・オヴェイションでこたえた。

第2部は、マクミランの『ロミオとジュリエット』のバルコニーのシーンから。吉田都とエドワード・ワトソン。吉田は、前夜に『ジゼル』全幕を踊った疲れ も見せず、役への入り込み方には驚嘆するしかなかった。相手を務めたワトソンとの踊りもごく自然で、この二人で全幕を観てみたかった。
続いては、アリーナ・コジョカルと、ロイヤルの新星スティーブ・マックレイによるバランシーンの『スターズ・アンド・ストライプス』。コジョカルも振付 の雰囲気によくあった清新な踊りを披露していたが、舞台をさらったのはマックレイ。彼の快進撃は、コジョカルのそれとかぶさる。コジョカルがバレエファン の視界にいきなり飛び込んできたのは、6年前、吉田都が怪我で降板したアシュトンの『シンフォニック・ヴァリエイションズ』に抜擢されてのセンセイショナ ルなデビュー。マックレイも、昨シーズンの終わり、誰かの代役で『シンフォニック・ヴァリエイションズ』に登場した。今ではコール・ドの中から彼を無視す るのは不可能なほどの存在感を示している。
マリインスキーのユリアナ・ロパートキナとイリヤ・クズネツォフはプティの『薔薇の死』。ロパートキナの技術をここで書く必要は無いだろう。彼女にしか見えていない何かを宙空にみいだし、追い求める視線の美しさは、この世のものとは思えなかった。
ザハロワはメルクリエフと、ラトマンスキーの『ミドル・デュエット』。これを「今」のザハロワが踊らなければならない理由がわからなかった。

最後に、プリセツカヤが、モーリス・ベジャールが彼女に捧げた『アヴェ・マイヤ』を。彼女は本当に80歳なのだろうか?まるで、バレエの魂がゆったり舞台で戯れているようだった。
が、ここで止めておけばよかったのでは、と思ったのが、彼女が観衆の拍手にこたえて、アロンソの『カルメン』を踊りだしたとき。彼女は笑みを絶やさずに 身体を動かそうとしているのだが、『カルメン』が既に彼女のものではない、という感じがした。『アヴェ・マイヤ』が振付けられたのは、それほど昔のことで は無いだろう。彼女の「今」を知っているからこそ、ベジャールはこれを振付けたのだろうし、プリセツカヤは踊れる。が、『カルメン』は彼女が若かったとき のもの。
ポジティヴな表現にしよう。プリセツカヤは別格にしても、バレエ・ダンサーが踊り続けられる年数は伸びているはずだ。そんなダンサーに必要なのは、歳を重ねたダンサーのための踊りを創作できる振付家、ではないだろうか。