ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2005.12.10]

●「マノン」~終わりと始まり

シー ズン最初の全幕バレエは、ケネス・マクミランの『マノン』。過去数年は、上演されるにしても、3キャストということが多かったが、今回は7人のプリンシパ ルがそれぞれの「マノン」を披露した。中でも前半で特に注目を集めたのが、ゼナイダ・ヤナウスキーのタイトル・ロール・デビューと、たった一夜限りのシル ヴィ・ギエムの舞台。

今年の2月と3月に、ジョナサン・コープとともに忘れられないほど鮮烈な、マノンとデ・グリューの波乱に満ちた人生をダイナミックに舞台に再現したシル ヴィ・ギエム。12日は、ロイヤル・オペラ・ハウスに詰め掛けた観客のテンションがあからさまに高く、幕が上がる前からハウス内は異様な熱気に包まれてい た。デ・グリューはミラノ・スカラ座からマッシモ・ムッル、ムシューGMはアンソニー・ダウエル。レスコーにティアゴ・ソアレス、ミストレスはマリアネ ラ・ヌニェス。

  第1幕の寝室の場面で、ベッドから起き上がったマノンの後ろ髪のひと房がとけて、左肩にかかった。その瞬間、再びギエムはこの役に新たな生命感を吹き込ん だ気がした。更に、デ・グリューが去ったあと、GMがマノンに豪華なガウンを見せたとき、マノンは自分の人生を悟ってしまったのではないかと。だから、自 分が生きた証として一瞬の贅沢を享受しよう。そんな決心が感じられた。例えば第2幕、GMによってブレスレットをつけられるの待つのではなく、マノンから 手を伸ばしたシーン。GMの権力と富に目がくらんだかのようには見えなかった。あたかもブレスレットはマノンに身につけられるのを待っていたかのよう。

他方、自分の過酷な運命に、デ・グリューやレスコーを巻き込みたくない。これ以上誰も傷つけたくない、と。だから、サロンでデ・グリューを見つけたときのマノンの視線からは、悲しみ以外に何も伝わってこなかった。

ベンジャミン

第2幕、紳士達に身をゆだねる場面でマノンのスカートの一部が破けて左足にまとわりついた時はどうなるかとはらはらしてしまった。が、マダムを演じたエ リザベス・マクゴリアンが如才なくストーリーの一部としてまとめてしまうなど、脇を固めた全てのダンサーたちの素晴らしさも付け加えておく。
第3幕、マノンのメイクが余りにも綺麗だったので、良くも悪くもこの夜、シルヴィ・ギエムがなりきったマノンは、肉体的にはもう既にこの世のものではな いんだ、と感じた。肉体がもうこの世のものではないからこそ、最後のパ・ド・ドゥでは、マノンの心がこちらの手の届かない所に行ってしまう、そんな気分に なってしまった。


ベンジャミン、ボネッリ
 そしてカーテン・コール。なんと表現していいのか。文字通り、あのロイヤル・オペラ・ハウスが大きく揺れた。客電が点いても鳴り止まない拍手と足踏み。恐らく、感謝の言葉を静かに口にしながら、何度もお辞儀をするギエムの目からは、今にも大粒の涙が零れ落ちそうだった。

辛口で知られる「The Guardian」紙のバレエ批評家が5つ星(満点)をつけた上に、「歴史的デビュー」と締めくくった、ゼナイダ・ヤナウスキーの「マノン」デビュー。過 去のインタヴューでは、何度も「マノンを踊りたい」と口にしていたヤナウスキー。プリンシパルの中では、ギエム、バッセル(もしくはバッセル、ギエム)に 次いで背の高いダンサーとしては「3番目」、ということでなかなか実現せず、本人も彼女のファンも待ちに待ったデビューとなった。昨年の冬に一度だけ、 ジークフリートを踊ったケネス・グレーヴ(デンマーク王立バレエ)がデ・グリュー、GMはウィリアム・タケット。レスコーとミストレスはギエムの夜と同 じ。

この夏の東京公演では、日本のバレエ・ファンの皆さんはヤナウスキーを観る機会がなかったようなので、先に書いておくと、とても美しいダンサー。なので 個人的には、初日は余りにもメイクが濃かったのに驚いてしまった。恐らくそのメイクの所為なのか、彼女の大きな魅力の一つ、美しい目元が成熟した女性の妖 艶さを放っていて、第1幕第1場では、少女というにはやや抵抗があった。
それを除けば、ヤナウスキー自身が、考えに考えてきた、そしてパートナーのグレーヴとともに理解を深めてきたマノンとデ・グリューが舞台で輝き、命を燃 やし尽くしたといっても過言ではない。初日、二日目とも、第3幕の沼地のパ・ド・ドゥでは、二人とも体力と精神の限界の所で演じているのが判るほど。ギエ ムのマノンがこの世のものではない美しさだとすれば、ヤナウスキーのマノンはこの世のものの美しさだった。変な表現かもしれないが、ヤナウスキー本人の美 しさと、マノンが見せた命が尽き果てた表情が奇跡的に混ざり合い、人間の死って奇麗事ではないんだなと。二日目の最初のカーテン・コールでは、ヤナウス キーは、まるで子供のようにグレーヴにすがり付いていて、一人では立っていられないようだった。

グレーヴは、『白鳥の湖』のときも感じたことだが、ステージマナーが素晴らしい。彼のデ・グリューは、これまで観てきたどのデ・グリューよりも背が高く ステージ映えするのに、これまで観てきたどのデ・グリューよりも弱々しく見えた。こんな解釈もありなのかと、新鮮な驚きだった。
両日ともヤナウスキーに贈られる花束の数は記録を塗り替えているのではというくらい多く、彼女と彼女のファンの幸せは最高潮だったことだろう。また、カ ンパニーが一丸となって彼女のデビューをバックアップしていたように思う。二日目、カーテン・コールを終えたマクゴリアンが、タケットが、そしてソアレス が、緞帳の陰にたっているヤナウスキーに暖かく投げキッスを送っているのが印象深かった。



ベンジャミン

ベンジャミン、ボネッリ

ベンジャミン、ボネッリ