ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

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守屋光嗣 text by Koji Moriya 
[2005.11.10]

●シルヴィ・ギエム&ラッセル・マリファント公演----幸運な巡り会い

ことしの「ダンス・アンブレラ」のテーマの一つ、「フラン ス・ムーヴズ」のトップを飾ったシルヴィ・ギエムとラッセル・マリファントの公演。稀代のバレエ・ダンサーが熱望した、世界新作を含むこのコラボレイショ ンのすべてを見逃すまいとする観客の熱気に、サドラーズ・ウェルズ劇場は包まれていた。会期中、ギエムの写真集『インヴィテイション』を編集した写真家の ジル・タピやサドラーズのアーティスティック・ディレクターは毎日会場に姿を見せていた。また初日は、客席にバレエ・ボーイズの二人も姿を見せていた。

プログラムは、当初の3演目にギエムのソロ『Two』が加わった。全演目とも、振付はマリファント、ライティングはマイケル・ハルス。(サドラーズ・ウェルズ劇場、9月30日、10月1日、2日、3日)
世界初演の『Solo』と名づけられたギエムのソロ。舞台をぼんやりと浮かびあがらせる淡いオレンジ色の照明のなかに、背後の薄闇からギエムが静かに浮か び上がるように姿を見せた。衣装は照明の効果で、彼女のボディのラインをシルエットで見せるほど薄いもの。哀愁を帯びたフラメンコ・ギターにのせて、軽や かに舞い始めるギエム。始まった瞬間に抱いた「こんなシンプルな踊り、ギエムに必要なのか?」、との疑問はすぐに消えてしまった。
いつものとおり、360度自在に繰り出される手足の動きは鋭い。軽々と、そしてこれまで以上にしなやかに柔らかく耳元まで上がる脚。舞台上に物語りはな い。が、自分が望み、進んでいる方向をしっかりと見つめているギエムの明確な意思を感じた。後半は音楽にカスタネットのリズムが加わり、照明もぼんやりと した青に変わる。ギエムの踊りはより勢いを増し、ふと照明が落ちて彼女の姿が舞台上から消えたとき、一陣の風が颯爽と吹き抜けていったような爽快感があっ た。
ライトが照らし出す数メートルの範囲を円を描くように踊る姿からは、初めて、ギエムからたおやかな印象をうけた。日ごろ、イギリスのプレスからは、マノン やジュリエットを踊っても「まるで体操選手のような動き」と必ずいわれてきたギエム。それに対しての意見は別にして、ギエムのダンサーとしてのアイデン ティティと女性としての姿が上手く溶け合った印象だった。

2番目はマリファントのソロの『Shift』。舞台の真中よりやや後ろよりに、屏風のような6面の大きなついたて。舞台袖から現れたマリファントは、中 央で前屈の姿勢になる。テープによるチェロが奏でている静かな曲に乗せてゆっくりとマリファントが動き出すと、彼の立ち位置、前方後方、舞台右手左手に よって、ついたてに映る彼の影法師が現われては消え、マリファントの動きとともに大きくなり、またついたてに近づけば等身大になる。影法師の数も時に一 つ、時に3つ、更に位置によって微妙に映る角度が違ったり。今まで右端に映っていた影がふと消えたかと思った一瞬のあと、左端のついたてに現れる。
マイケル・ハルスのライティングがとても効果的で、またマリファント自身、どう動けば影法師が影法師として映らないかを理解しているらしく、観ているうち に影法師ではなくて、黒の衣装に身を包んだ本当の人間が踊っているようにすら見えてきた。子供の頃、自分の影法師を追いかけ、探し、一緒に遊んだような、 そんな懐かしさを覚えてしまった。
盛大な拍手を受けるマリファントが、左右後方の自分の影法師にも拍手を、とのジェスチャーを見せたのが、微笑ましかった。

3番目は再びギエムのソロで『Two』。これはバレエ・ボーイズとの共演のときにも披露された。前回同様、まるでギエムの残像が踊っているような速い動 きに目を奪われたままだった。どことはいえないが、振付が微妙に変わっているように感じたのだが、二日目のパフォーマンス後に行われたフリートークで、マ リファントは「『Two』を少し変えた」といっていた。

  最後はこれも世界初演、ギエムとマリファントによるデュオ『Push』。照明がつくと、立っているマリファントの肩の上にギエムがしゃがんでいる。ゆっく りと舞台にギエムが下り、かた膝をついて向かい合う二人。照明が落ち、再びつくと、位置は若干違うが、マリファントの肩の上に居るギエム。今度はかた膝を ついて二人は並ぶ。3度目が終わり掌を合わせ、引っ張り合う動きを始める二人。そしてギエムがマリファントの肩によじ登り、マリファントがギエムの背中に のしかかる。そうかと思うと、倒立やマリファントの現在の振付の要素の一つ、格闘技のカポエイラの鋭い蹴りの動きが繰り返される。
ついでマリファントの動きを真似るギエム。ギエムの動きを追うマリファント。時折、純粋な古典バレエのパドドゥが踊られ、目のくらむようなリフトが静かに展開される。そして再び、掌を合わせ、互いを引っ張り合うギエムとマリファント。

『Push』


『Push』
  4演目すべてを通して感じたのは、ライティングの妙。振付家が何を観客に見せたいのか、ライティング・スペシャリストがどのように自分の動きを照らし出し てくれるのか、もしくは隠してくれるのかを、双方が理解している、統一感の取れた舞台だった。マリファントのソロ『Shift』とデュオの『Push』 は、日本人の感覚で言えば幽玄の世界。逆にギエムが踊った『Solo』と『Two』は朝焼けの空の下で踊られているような、何かの「始まり」を見ているよ うな印象をもった。

フリートークでギエムが笑いながら「ラッセルは常に振付を変えるから緊張感があるのよ」といっていたとおり、どの演目も毎日進化しているようだった。変更の可能性もあるようだが、2006年6月に再演があるらしい。そのときはまた別の驚きがあるだろう。
ある批評家の言葉が強く印象に残っている。「マリファントもギエムも幸せだ。だって、二人は巡り会うことが出来たのだから」。そこに居あわせることができた我々観客もまた、幸せだろう。
『Solo』(世界初演):8分
振付:ラッセル・マリファント
ライティング:マイケル・ハルス
音楽:カルロス・モントーヤ
編曲:アンディ・カウトン
衣装:サーシャ・カイア
出演:シルヴィ・ギエム
『Shift』:15分
振付:ラッセル・マリファント
ライティング:マイケル・ハルス
音楽:シャーリー・トンプソン
出演:ラッセル・マリファント
『Two』:10分
振付:ラッセル・マリファント
ライティング:マイケル・ハルス
音楽:アンディ・カウトン
出演:シルヴィ・ギエム
『Push』(世界初演):32分
振付:ラッセル・マリファント
ライティング:マイケル・ハルス
衣装:サーシャ・カイア
出演:シルヴィ・ギエム&ラッセル・マリファント