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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2012.03.12]

ビントレー初期の傑作『ホブソンズ・チョイス』6年ぶりのリバイバル上演成功!

バーミンガム・ロイヤル・バレエ(BRB)Birmingham Royal Ballet
Hobson’s Choice by David Bintley 『ホブソンズ・チョイス』

バーミンガム・ロイヤル・バレエ団の2012年本拠地初公演は、芸術監督で物語バレエの巨匠振付家デイヴィッド・ビントレーの初期の傑作『ホブソンズ・チョイス』(1989年)でその幕を開けた。
この作品はハロルド・ブリグハウス作の戯曲を原作に、ビクトリア時代のイギリス北西部の街サルフォードの靴屋を舞台に、未婚の長女マギーと真面目で腕のいい靴職人ウィルを主人公に、ごく普通の人々の日常生活を描いた心温まる全幕作品。

london1203a00.jpg Photo/Angela Kase

1幕 ホブソンの靴屋の店内
靴屋の店主ヘンリー・ホブソンは年頃の3人娘を持つ男やもめだ。しっかり者の長女のマギーを中心に次女のアリス、末娘のヴィッキーが店を切り盛りしてくれるのを良いことに、昼間から仲間と酒を飲んでいる。
次女のアリスには青年弁護士のアルバート、末娘のヴィッキーには穀物商の息子のフレッドというボーイフレンドがおり、ヘンリーの留守を見計らって彼女らに会いにやってくるが、ヘンリーは安く使える娘たちを嫁にやるつもりはさらさらない。長女のマギーは異性にモテたためしがなく、ヘンリーも妹たちも、まず結婚は無理だろうと信じている。
ある日、上顧客ヘップワース夫人が店に現れ「自分の靴を作った職人と会いたい」と告げる。薄汚れた顔で夫人に挨拶するために地下の工房から現れたのはウィル・モソップ。酒も飲まず、女遊びもしない真面目で仕事一筋の若き靴職人だ。ヘップワース夫人はウィルに名刺を渡し「今後自分の靴は全てウィルが作るよう」言い渡して帰っていく。
店じまいをしたマギーは妹のボーイフレンドが落としていった一輪の薔薇を拾い、男性に愛されたことのない我が身を憂う。涙ぐんで階段を駆け上がり自室に戻ろうとすると、地下の工房からその日に作ったたくさんの靴をカゴに入れたウィルが、靴を納品して帰宅しようと現れる。そして階段の踊り場にマギーがいることも知らずに、自分が作った靴を手にして踊りだす。微笑みながらその様子を覗き見していたマギーは、ウィルに「自分と結婚してほしい」と逆プロポーズ。驚いたウィルは「自分は1日中日も当たらない地下の工房で靴を作る労働者で、お嬢様とは身分が違いすぎます」と反論。マギーは「貴方が靴を作り、私が店を経営すれば成功は間違いない。良い結婚になるわ」と薔薇色の未来を語るが、事の顛末に驚いた内気なウィルはあわてて家に帰ってしまう。

2幕1場 日曜日の公園
マギーとウィルがデートしている様子を妹のアリスとヴィッキーが見つけ、まさかのロマンスに大騒ぎ。とにかく父に報告しなければ、と帰宅。
公園にはキリスト教団体の救世軍が「飲酒撲滅」をスローガンに行進してくる。

2幕2場
マギーとウィルが交際していることを知ったヘンリーは激怒。ウィルとマギーを前に、ズボンのベルトを抜き、ウィルを鞭打ちの刑にすると言い放つ。体を打たれることに黙々と耐えていたウィルだが、職人にとっての命である手を打たれた直後に、意を決しマギーと手に手を取って店を後にする。マギーはウィルの靴のファンでお金持ちのヘップワース夫人に融資してもらい、自分たちの靴屋をオープンする。
3週間後、酔っ払ったヘンリーは、夜店に帰る途中に誤って穀物商の地下倉庫に転落する。

3幕1場
ヘンリーは怪我もせず地下の倉庫から這い出てくるが、不法侵入と商品に危害を加えた罪状により裁判所に出頭するよう言い渡される。

3幕2場 ウィルの靴屋
人目に付きにくい地下に店を構えたウィルとマギー。だがウィルの作る履き易い靴が評判となり、売り上げは右肩上がりだ。2人の妹とそのパートナーだけが出席者という地味な結婚式を挙げ、それでも充分幸せな2人は店の奥の住居で披露宴としてティー・パーティーを行う。
そこに窮地に陥った父ヘンリーが、しっかり者の長女の助言を請いに現れる。裁判沙汰となれば街の名士としての立場に傷がつく上、罰金を支払うことになれば一文無しである。マギーは「父が娘たちの結婚を許すのなら穀物商と掛け合ってこの話は示談にする」と諭すが、ヘンリーは激怒して出て行ってしまう。

london1203a04.jpg Photo/Angela Kase

3幕3場 9ヵ月後 ホブソンの靴屋 
ヘンリーは酒びたりが高じて健康を害し、今では幻覚を見るようになっている。それだけではない、店は傾き借金取りに追われる始末だ。娘たちに金銭的援助を請うがアリスとヴィッキーには、けんもほろろに断られてしまう。
かつての使用人で長女の婿のウィルが立ち上がり、ヘンリーがある条件を飲みさえすれば借金の肩代わりをするという。その条件とは「ウィルに店をゆずり共同経営者となるが、ご隠居として店の経営には一切口出しをしない」というもの。本来のヘンリーであれば最も許せない提案だが、四面楚歌の今となってはこの条件を飲むしかなかった。
ホブソン靴店の玄関外に立つマギーとウィル。店先に新しい看板が掲げられる。その名も「モソップ&ホブソン靴店」。
駆け落ちして1年足らず。愛する妻の知恵と自らの技術でウィルは一介のしがない靴職人から今では街一番の靴屋の経営者になったのであった。

80年代後半ロイヤル・バレエ団の常任振付家であったビントレーは、BRBの前身サドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエ(以下SWRBと略)の芸術監督のピーター・ライトに、89年の春のシーズンにバランシンの『テーマとヴァリエーションズ』と共に上演する新作を作ってほしいと請われる。
当時のSWRBには個性豊かな男女プリンシパルやソリストが数多く集っているのを知ったビントレーは「抽象作品より物語バレエを振付けるほうが、バレエ団のダンサーを生かせる」ことに気がつき、ライトの許可の下この作品に着手する。当初1幕物として作り始めるも、泉のように湧き出るアイディアと振付に導かれ、上演時間約2時間の大作になってしまった。
89年2月13日のコベントガーデンでの世界初演時は、2本立の1つの作品として上演するため、1幕と2幕の間に休憩を入れずに2幕仕立てで紹介されたという。
以来『ホブソンズ・チョイス』は、作曲家ポール・リードの名曲と共にイギリスのバレエ関係者とファンの心を掴み、SWRBの、そして後のBRBの代表作になった。

london1203a01.jpg Photo/Angela Kase

まず振付が素晴らしい。
1幕の妹の恋人2人のソロと2組のカップルが踊るパ・ド・ドゥ、自分が作った靴と踊るウィルの4つのソロ、マギーに逆プロポーズされて踊るパ・ド・ドゥ。2幕、日曜日の公園で踊るビクトリア時代の衣装をまとった男女群舞、「飲酒撲滅」のスローガンと共にキリスト教団体・救世軍が披露するパ・ド・シス、ヘンリーと飲み仲間の踊り、3幕で結婚式前にウィルが男友達と踊るイギリスの民族舞踊の一つであるモリス・ダンス、結婚式後のティ・パーティでのウィルとマギーのソロ、ウィルと義理の妹のパートナー2人との踊り、フィナーレと、思わず口ずさみたくなるオリジナル・スコアにのって披露される踊りのオン・パレード。
特に目を奪うのが1幕のウィルのソロだ。自分が作った様々な靴を手にし、身に着けながら、毎日靴を作るだけで娯楽のない自らの人生を抜け出し、靴を履くであろう4人の人物の人生を生きる場面の振付。
子供靴を手に自らの子供時代に戻って元気いっぱいにケンケンパーをするウィル。かかとまでのドレスをまとったレディ用の靴に手を通し、しとやかな女性が滑るように優雅に歩く様子を空想する場面、乗馬ブーツを片足に履き、馬に鞭をあてて走らせる様子を踊るソロ、木靴で床を叩きながら踊る木靴の踊り。ビントレーの豊かなイマジネーションと主役男性の魅力と技量に圧倒される作品一番の見所である。
ウィル・モソップ役は、全3幕を通じて演技と踊りにほぼ出ずっぱりの大役。ただ美しく履き易い靴を作ることだけに情熱を傾け、女性に縁のない人生を送ってきた若者が雇い主のお嬢様に懸想され、シンデレラ・ストーリーの主人公になるという展開だけに、観客の心を鷲づかみにする天性の魅力と様々なソロを踊るダンス技術と音楽性に加え、1幕でマギーと初めて踊るパ・ド・ドゥ、2幕の公園での初デートの場面で見せる女性に不器用な様子、2幕でヘンリーに鞭打たれた後、マギーの手を取って駆け落ちするさいに見せる男らしさ、3幕の新婚初夜前の困った様子など、容姿や魅力、ダンス技術以上に相当な演技力の持ち主ではないとつとまらない難役である。

この役を世界初演したマイケル・オヘアは、それらすべての要素を備え、彼の名演が映像として残っているだけに、ウィルを受け継ぎ踊るダンサーの両の肩に乗る十字架の重さは想像して余りある。
今回の再演ではビントレーの男性主役の多くを世界初演し、今年5月に惜しまれながら引退するロバート・パーカーと、演技派のジェイミー・ボンドのWキャストが予定されていた。ところがボンドがリバイバル直前になって怪我で降板を余儀なくされたため、ポルーニン突然の退団で大混乱のロイヤル・バレエに続いて、姉妹カンパニーであるBRBも代役探しと配役変更に追われる騒ぎとなった。
不幸中の幸いは、去年5月の香港公演で一度だけウィルを踊った後、今シーズンからロイヤル・バレエに移籍し活躍をしていたアレクサンダー・キャンベルが、ちょうどこの時期バレエ団の休みでフリーであったことであろうか。急遽ボンドの代役としてBRBに客演し3公演に主演。この作品の再演を楽しみにしていたファンと関係者の前にその姿を現した。

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2月22日夜、ファースト・キャストによる初日を観る。 
6年ぶりの本国イギリスでの再演初日は、靴屋の店主ヘンリーをデイヴィッド・モース、長女のマギーをエリーシャ・ウィリス、靴職人ウィルを前述のロバート・パーカー、次女アリスをビクトリア・マール、アリスのボーイフレンドで青年弁護士のアルバートをジョナサン・ペイン、三女ヴィッキーをキャロル・アン・ミラー、ヴィッキーのボーイフレンドで穀物商の息子のフレッドをマシュー・ローレンス、顧客のヘップワース夫人をマリオン・テイト、救世軍の女性リードを佐久間奈緒、男性リードをジョセフ・ケイリーと、主要な役にバレエ団のプリンシパルを6人、大幹部を2人も導入してのリバイバルとなった。
それだけに初日の舞台の充実度は相当なもので、場面の一つ一つに笑いや涙を誘うペーソスがあふれ、それぞれの役柄にふさわしいダンサーの技量により、ビントレーの優れた振付が舞台の上に最良の姿で具現化された。
女性主役のマギーは30歳になっても男っ気のない「行かず後家」という設定から、89年の初演から2006年の再演までは地味な容姿のベテラン・バレリーナによって踊り次がれてきた。今回はファースト・キャストがエリーシャ・ウィリス、セカンド・キャストがアンブラ・ヴァッロと女らしい魅力にあふれるバレリーナたちが主演。原作の面白さが生きるのだろうか? と心配してみれば、ウィリス、ヴァッロ共に演技達者たちゆえ、それは全くの杞憂に終わった。
父ヘンリーに見せる厳しさ、腕は良いが世間知らずのウィルを鍛え一人前の男にする強さやたくましさ、という意味ではセカンド・キャストのアンブラ・ヴァッロのほうがより原作に近いマギーであったろう。
マイケル・オヘアと共にビントレーが好む善良な若者を長く演じ踊ってきたロバート・パーカーのウィルはまさに適役。世界中の老若男女に愛される魅力の持ち主ゆえに、ヘップワース夫人の鶴の一声で、地下の工房から汚れた顔で姿を現す登場シーンから、観客の心をとらえて放さず、階級社会の枠を飛び越え大出世を遂げるウィル役が観客の目に何とも自然に映るのである。
当日は木靴をはいて踊るソロの椅子に飛び乗る場面で、飛び乗った椅子が後ろに倒れ、その後マギー役のウィリスと踊るパ・ド・ドゥで、マギーを片方の肩に乗せて舞台を1周する場面のリフトが最初一瞬背中側に流れてしまうなどのハプニングがあったが、ベテランゆえすぐ態勢を立て直しことなきを得た。
演技者としても、雇い主のお嬢様に見初められ身分違いの結婚話に困りきってしまう初心な靴職人から、駆け落ち後ビジネスが軌道に乗り、無事結婚式を挙げ、一人前の紳士に成長した後のウィルの演じ分けが見事であった。

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ボンド降板により急遽ウィル役でバレエ団に客演のアレクサンダー・キャンベルは、若さと明るさ、軽快なダンス・シーンで観客の目を楽しませた。実年齢で10歳以上の差のあるヴァッロとのパートナーシップは、キャンベルが少年っぽい容姿であることも災いして、実際以上に年の差の大きなカップルに見えてしまうハンデがあった。だが幕が進むごとにキャンベルのダンス技術とスタミナに圧倒され、気にならなくなってくるから不思議だ。
飲んだくれの雷親父を演じながらどこか憎めないデイヴィッド・モースの飄々とした姿、ウエストを絞ったビクトリア朝のドレスを纏い日傘を手に店に現れるヘップワース婦人役のマリオン・テイトの優美、公園でデートする姉とウィルを見つけ大騒ぎをするビクトリア・マールとキャロル・アン・ミラーの闊達な演舞、穀物商のぼんをキザに演じて心に残ったマシュー・ローレンス、マギーとウィルの結婚直前に教会の前で、自分の義兄となる新郎と固い握手を交わしながらも直後に「こんな冴えない職人風情と貴賎結婚するなんて」とさげすんだ目でウィルを見る青年弁護士アルバートを演じ見事だったジョナサン・ペイン、ア・ラ・セゴンドでの豊かなバランスとグラン・フェッテ・アントールナンの連続を余裕で披露した救世軍の女性リードの佐久間奈緒。主役2人と同じぐらいの存在感を放つ準主役や脇役たちの何と魅力的なことか。

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初演から四半世紀近くの時を経て、ビントレー初期の傑作が、バレエ団新世代のダンサーたちに受け継がれ、新たな魅力を吹き込まれる様を見るのは何ともスリリングであった。
残念だったのはパーカー引退後、ウィル・モソップ役を一人受け継ぐはずのジェイミー・ボンドの本拠地デビューが怪我で流れてしまったこと。独自の解釈と巧みな演技で、これまで数々のドラマティック・バレエの主役・準主役を演じて見事であったボンドだけに、今回もイギリスのバレエ関係者や玄人ファンの期待を一身に集めていた。ボンドが長い時を置かずして、ウィル・モソップを演じ踊る機会に恵まれることを祈ってやまない。

シーズン後半に向け現代作品の新作リハーサルにも忙しかったBRBは、プリンシパルから新人の何人もが怪我に倒れた。当初3月に日本で吉田都と共演するはずであった男性プリンシパルのセザール・モラーレスは、腕を怪我し手術。復帰は来シーズンになりそうだ。また昨年12月にロイヤル・バレエ・スクールから入団したコール・ド・バレエの渕上礼奈は1月13日に足の骨を骨折し、5月の復帰に向けて準備を重ねている。
最近イギリスではバレエ学校の生徒が夏の卒業を待たずに、卒業の年の冬にバレエ団に入団する傾向が続いている。今シーズンも既に前述の渕上の他、ロイヤル・バレエ・スクールからローラ・デイが、エルムハースト・スクールからアナ・モンレオンと計3人が入団している。
(2012年2月22日バーミンガム・ヒポドローム劇場初日。同日午後の最終ドレス・リハーサルを撮影)

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写真に登場するダンサー
ヘンリー・モソップ/ジョナサン・ペイン
ウィル・モソップ/アレクサンダー・キャンベル
マギー・モソップ/アンブラ・ヴァッロ
ヴィッキー・モソップ/レティシア・ロッサルド
アリス・モソップ/サマラ・ダウンズ
穀物商の息子/スティーブン・モンティス
青年弁護士/ロリー・マッケイ
ヘップワース夫人/ビクトリア・マール
救世軍女性リード/佐久間奈緒
男性リード/マティアス・ディングマン
ヘンリーの飲み仲間/ジェイムス・バートン
マクファーレン医師/ウィリアム・ブレイスウェル