「今回のデ・グリュー役は、これまでにないほど感情がこもっていました」リース・クラーク=インタビュー

ワールドレポート/その他

インタビュー=香月 圭

ケネス・マクミランの『マノン』が「英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」として、4月5日(金)~4月11日(木)TOHOシネマズ日本橋ほかで全国公開される。今年はドラマティック・バレエの名作『マノン』が1974年に初演されてから、ちょうど50年となる。
奔放に生きたヒロインのマノンと恋に陥る学生デ・グリューを演じたのは、英国ロイヤル・バレエのプリンシパル、リース・クラーク。ダンスール・ノーブルとして知られるクラークに、役作りのこと、演技力と卓越した技術を併せ持つナタリア・オシポワとのパートナーシップなどについて話をきいた。

――純愛と裕福な暮らしのとの間で揺れ動くマノンと彼女を一途に愛するデ・グリューの悲劇の物語に引き込まれました。デ・グリューを演じるのは何回目ですか。

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リース・クラーク © Royal Opera House 2024

クラーク 今回で3回目です。23歳のとき、急にデ・グリュー役でデビューする機会が訪れ、幸いなことにうまくいきました。そして年月が経ち、人生でいろんなことがあり、自身の経験を役の解釈や舞台での気持ちの上でも活かしています。今回の舞台では、これまでにないほど感情がこもっていました。この作品はとてもエモーショナルな物語で、デ・グリューを踊る前から大好きでした。自分自身の成熟とともに、このようなドラマティックな役に、より惹かれるようになりました。バレエスクールの上級生の頃は、技術的なことに気が向きがちで、王子役や超絶技巧のソロを舞台で踊りたいと思っていました。しかし年齢を重ねるにつれ、舞台で自分以外の異なる登場人物の感情をお客様へ伝えたいと思うようになりました。デ・グリューはまさにそのような役です。

――今回、デ・グリューの役作りをどのように行いましたか。

クラーク 幸運なことに、英国ロイヤル・バレエには初演のアンソニー・ダウエルの素晴らしい映像があり、学生時代から拝見しては触発を受けていました。ダウエルは最高のダンサーの一人であり、ロイヤル・バレエスクールでは、僕も彼と同じカリキュラムで学んでいます。彼はこの作品で優美なソロや素晴らしいパ・ド・ドゥをマクミランと作りましたが、マスネの音楽と相まって自然に流れるような振付です。彼が作ったデ・グリューの役を踊れることを光栄に思います。
この役のデビューのとき、役作りの準備のためにアヴェ・プレヴォーの原作をプレゼントしていただきましたが、数年後の再演の際も読み返しました。この物語が好きということもありますが、再演のたびに必ず原作にあたります。
デ・グリューは簡単な役ではなく、特に最初のアダージオをはじめとして、この役の踊りを体に覚え込ませるには時間がかかります。まず、振付を覚えて、自然に踊れるようになるところまでもっていきます。リハーサルが始まると、まずナタリア(・オシポワ)とコーチのアレクサンドル(・アグジャノフ)と練習を始め、自分なりのデ・グリュー像を見つけていきます。僕たちはお互い信頼し合っているので、このときになぜこのように演じているのかなど、それぞれの解釈について、お互い話し合って役を作り上げていきます。

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』リース・クラーク、ナタリア・オシポワ
©2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

――お二人が一緒に踊るようになって、お互いの信頼は強くなりましたか。

クラーク はい。ナタリアと一緒に踊るようになって5年がたちます。彼女と組む前に、僕は彼女の舞台を何年も前から見ていましたが、マクミラン作品では特に、彼女の天性の演技力と芸術性が、彼女をさらに輝かせていました。彼女は非常に強い個性の持ち主で、舞台上でも素晴らしいダンサーですが、当時は彼女のことをよく知らず、共演するまでほとんど話す機会もありませんでした。僕たちが『オネーギン』でペアを組むことが急に決まったとき、本番2週間前に初めて一緒に踊りました。そのとき、お互い相性がいいことがすぐに分かったのです。僕たちはお互いの気持ちをよく理解できましたし、舞台では彼女を見て反応するだけでよかったのです。
僕たちは仕事に対してお互いに似たような考え方を持っています。取り組む課題が同じで、ストーリーや解釈についても話し合うのが好きです。『オネーギン』で初共演した後、『白鳥の湖』ではお互いの距離がぐっと近づきました。両作品とも僕にとってデビューのレパートリーでしたが、彼女はとても優しかったです。彼女は自分の解釈に基づいてどう踊るのか話してくれて、そして僕がどのように人物を描きたいのかといった点についても耳を傾けてくれました。それ以来、僕たちは古典作品を多く踊ってきました。もちろん、現代作品もあります。海外でもたくさん共演しました。僕たちの舞台でのダンスのパートナーシップは発展し、さらに強固なものとなっていると思います。

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』リース・クラーク ©2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

――パ・ド・ドゥでは、リースさんがオシポワさんを安全にサポートしています。お互いの信頼関係ができているからこそ、高度なパートナリングが続くパ・ド・ドゥを踊ることができるのでしょうか。

クラーク おっしゃるとおりです。そしてマクミランの振付はトリッキーで難しいことで知られています。彼は最初に複雑なパ・ド・ドゥを作ってから、他の場面を作りました。学生のときに習うパ・ド・ドゥはプロムナードなども垂直で、すべてオン・バランスです。一方、マクミランはオフ・バランスでの片手サポートのプロムナードや、男性ダンサーの背中や首の周りに女性ダンサーが絡みつく動きなどを好んで取り入れています。特に、この作品ではオーバーヘッド・リフトがたくさんあります。最後の沼地のパ・ド・ドゥでは、デ・グリューがマノンを頭上で2回転させた後、フィッシュ・ダイブした彼女をキャッチする大技があります。こうした難易度の高いシークエンスは、お互いの信頼関係があり、音楽性がぴったり合わなければうまくいきません。アンソニー・ダウエルとアントワネット・シブレー、それからシルヴィ・ギエムとジョナサン・コープなどは、見事なパートナーシップを見せていました。僕もナタリアと踊っていると、彼女が望むままに踊らせているように感じます。まるで手袋をはめた手のように、お互いがぴったり合い、相手の体の動きが読めるのです。そうした信頼関係が、彼女の良さを最大限に引き出していると思います。

――お二人の共通の話題は何ですか。

クラーク 僕は犬を1匹飼っているのですが、ナタリアの家にも4匹の犬がいるので、僕たちは舞台を離れても、カフェに座ってコーヒーを飲みながら、犬の様子についてよく話しています。僕たちは世界中で公演を行っていますが、このような長旅の道中には、音楽の話題や世界で起こっていることなど、いろいろなことを話します。

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』リース・クラーク、ナタリア・オシポワ
©2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

――昨年夏の英国ロイヤル・バレエ団の日本公演でもナタリア・オシポワさんとケネス・マクミラン振付『ロミオとジュリエット』に主演されましたが、このときの感想をお聞かせください。

クラーク ナタリアを相手役に、日本の観客の皆さんのためにロミオを演じるのは、とても素晴らしい気分でした。日本での初めての全幕公演という特別な機会をいただき、ロミオは私のお気に入りの役のひとつになりました。日本の観客の方々はとても温かく情熱的で、バレエを愛してくださっているのが感じられます。そのため、アーティストとして感謝を込めて素晴らしいパフォーマンスをお見せすることができるのです。

――7月末には「第17回世界バレエフェスティバル」〈全幕特別プロ『ラ・バヤデール』〉でマリアネラ・ヌニェスさんと主演されますが、抱負をお聞かせください。

クラーク とても嬉しいです。マカロワ版『ラ・バヤデール』のソロル役でデビューします。学生の頃、バレエ・コンクールにはたくさん出ましたが、僕はいつもソロルのヴァリエーションを選んでいました。『ラ・バヤデール』はずっと踊ってみたい作品だったので、夢がかなってとても嬉しいです。英国ロイヤル・バレエ以外で全幕物を踊るのは初めてなので、期待が高まります。東京バレエ団との共演も楽しみにしています。
それから「世界バレエフェスティバルAプロ・Bプロ」にも出演します。東京は、ロンドン以外で一番好きな場所です。なぜなら、日本では観客の方々がバレエという芸術を高く評価してくださるからです。アーティストとして僕はこのことを実感しており、それがやりがいにつながっています。劇場で上演が行なわれる数時間、観客の皆様もアーティストと同じくらいパフォーマンスから得るものがあると思います。僕たちは何か特別なものを観客の方々と共有できるような気がします。この夏、東京で再び僕の舞台をお目にかける日が今から待ち切れないほどです。

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』リース・クラーク、ナタリア・オシポワ
©2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

――スコットランドのご出身で4人兄弟の末っ子だそうですね。ご兄弟は全員、地元のバレエ学校に通った後、ロイヤル・バレエスクールで学ばれたということですが、皆バレエダンサーになったのでしょうか。

クラーク ええ、僕の兄弟は全員ロイヤル・バレエスクールで学びました。一つの家族から4人が卒業したというのは、学校が始まって以来、初めてのことだったそうで、僕たちはこの成果を誇りに思っています。上の二人の兄は、プロのバレエダンサーとしてのキャリアを歩み、二人とも米国アリゾナ州にある同じカンパニーの舞台で、そのキャリアを終えました。ロンドンに住んでいるもう一人の兄は学術研究の道に進みましたが、ロイヤル・バレエスクールで学んだことは今でも役立っているそうです。学生の頃、僕は兄たちにとても憧れていました。プロのバレエダンサーになるにあたって、兄たちからは大切なことを学びました。兄弟が皆ダンスの世界のことをわかっているので、今でもこの話題について皆で話すことができて、うれしいです。

――プリンシパルに昇進するまで順調でしたが、現在までの歩みをどのように振り返りますか。

クラーク 年次ミーティングで昇進についての打ち合わせをするのが恒例ですが、ケヴィン(・オヘア芸術監督)からプリンシパル昇進を告げられたときは、予期していないタイミングでした。とても感動的な瞬間で、彼が言ったことを受け止めるのにしばらく時間がかかりました。ロンドンに引っ越してロイヤル・バレエスクールで研鑽を積み、その後、英国ロイヤル・バレエに入団し各階級を経て、プリンシパルに到達するまでの道のりには、家族や故郷の人々をはじめ、学生時代に出会った人たちなど、周囲の人々の支援の輪があってこそ、ここまで来ることができたのだと思います。英国ロイヤル・バレエでは毎日のように出演できる機会があり、トレーニング施設も整っていることに感謝しています。素晴らしい同僚にも恵まれ、彼らから良い刺激を受けています。カンパニーの多くのレパートリーを踊ってきましたが、これから挑戦してみたい役もいくつかあります。『マノン』で3回目となるデ・グリュー役ですが、再演であっても作品について、そしてアーティストとしての自分や一人の人間としての自分自身に新たな発見があります。これ以上望めない特別な道のりを歩んできたと思いますので、この環境を変えようとは思いません。

――健康的なライフスタイルを維持する方法を教えてください。

クラーク プロのダンサーになって10年になりますが、僕の場合は食事と睡眠を十分取ることを心がけています。炭水化物は多めに、タンパク質と新鮮な果物や野菜をたっぷり取ります。人生のあらゆる楽しみを、できる範囲で体験すべきだと思うので、時にはピザやハンバーガーもいただきます。ジムやピラティス・ベースのウォームアップ、リカバリーもよく行っています。スタジオでの稽古が長時間に及んだときは、ジムに行くのを控えたりして調整しています。自宅でも朝か晩のどちらか、そして週末にもワークアウトをします。結局は、自分の体の声を聞き、必要なケアなどがないかを探ることが大切だと思います。

――「ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24」『マノン』で、リースさんの踊りを楽しみにしているお客様へメッセージをお願いします。

クラーク このたびは『マノン』をご覧いただき、ありがとうございます。最高のキャストで、マスネの音楽やニコラス・ジョージアディスによる美術なども含め、すべてが揃った素晴らしい作品です。ロイヤル・バレエの最高傑作のひとつといっていいでしょう。シネマではクローズ・アップに切り替わるときもあるので、劇場で遠くの席に座っていたら見られないようなドラマティックなディテールをご堪能いただけます。また、僕たちダンサーを至近距離でご覧いただけます。そのため、登場人物の感情やドラマを観客の皆様にも共有していただけます。『マノン』をどうぞお楽しみください。

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英国ロイヤル・バレエ『マノン』リース・クラーク ©2024 ROH. Photographed by Andrej Uspenski

ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24 ロイヤル・バレエ『マノン』

2024/4/5(金)~2024/4/11(木) TOHOシネマズ日本橋ほか 1週間限定公開
【振付】ケネス・マクミラン
【音楽】ジュール・マスネ
【美術】ニコラス・ジョージアディス
【指揮】クン・ケッセルズ
    ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団 

【出演】マノン:ナタリア・オシポワ
デ・グリュー:リース・クラーク
レスコー:アレクサンダー・キャンベル
ムッシュG.M.:ギャリー・エイヴィス
レスコーの愛人:マヤラ・マグリ
マダム:エリザベス・マクゴリアン
看守:ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド
ベガー・チーフ(物乞いの頭):中尾太亮
高級娼婦:崔由姫、メリッサ・ハミルトン、前田紗江、アメリア・タウンゼント
三人の紳士:アクリ瑠嘉、カルヴィン・リチャードソン、ジョセフ・シセンズ

【配給】東宝東和
【公式サイト】https://tohotowa.co.jp/roh/

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