ヤスミン・ナグディに聞く「白鳥の羽ばたきの力強さの源は背中にあります」、英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』ROHシネマシーズン2023/24
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ワールドレポート/その他
香月 圭 text by Kei Kazuki
英国ロイヤル・バレエの『白鳥の湖』が、6月14日(金)から TOHOシネマズ日本橋 ほかで公開される。主演を務めるプリンシパルのヤスミン・ナグディは、均整の取れた美しいラインと、ロイヤル・バレエスクールで培われた正確なテクニックを併せ持つ。オデット / オディールという、静と動のキャラクターをどう演じ分けるか、またジークフリート王子役のマシュー・ボールとのパートナーシップについても語ってもらった。
――リアム・スカーレット版『白鳥の湖』の3度目となる今回の再演について、ケヴィン・オヘア芸術監督は「新世代のダンサーと観客のためのプロダクション」であり、「現在の英国ロイヤル・バレエのショーケース」だとコメントしています。新しい世代を代表するプリンシパルのお一人として、このプロダクションにはどんな特徴があると思いますか。
ヤスミン・ナグディ © Andrej Uspenski
ナグディ コール・ド・バレエのときに、アンソニー・ダウエル版の『白鳥の湖』にソリストとして出演したことがありますが、プリンシパルとして英国ロイヤル・バレエで踊ったのは、このスカーレット版だけです。このプロダクションは私の体内に染み込んでいて、音楽を聞くと、私にとって基盤となっている作品だなと、あらためて思います。スカーレット版はジョン・マクファーレンによる衣装デザインや舞台美術が美しく、見応えがあります。金の装飾を施した豪華な舞台セットもあるんですよ。2022年11月にウズベキスタンの首都タシケントのナヴォイ劇場でも『白鳥の湖』に出演したのですが、好評をいただき、嬉しかったです。
――悪魔ロットバルトの魔法によって白鳥に変えられたオデットはジークフリート王子に出会って、彼なら真実の愛を貫いて、ロットバルトの呪いを解いてくれるかもしれないと期待を寄せるようになります。ジークフリート王子のどんなところにオデットは惹かれたのでしょうか。
ナグディ オデットはジークフリート王子に初めて出会ったとき、最初のうちは恐れて躊躇しています。王子を簡単に信じてはいけないと思っているのです。ジークフリートは、オデットに害を及ぼすつもりはないと時間をかけて証明します。彼は花嫁を選んで王国を継がなくてはならない身であり、一方、オデットも夜の間しか人間の姿に戻ることができないという呪いにかけられています。彼女を愛し、その呪いを解いてくれる男性がオデットには必要なのです。二人は囚われの身であるという点で似ており、絆を感じているのだと思います。
英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』ヤスミン・ナグディ、マシュー・ボール
――白鳥の羽ばたきを表現する腕の動きはバレリーナの真骨頂ともいえるものですが、工夫した点や苦心した点について教えてください。
ナグディ オデットはロットバルトの魔力によって白鳥の姿に変えられた乙女なので、優雅さや王女らしい威厳を観客に感じさせなくてはなりません。オデットの動きは柔らかく繊細ですが、静かな強さも見せる必要があります。その力の源は、背中にあります。腕は背中から延長しているように動かしています。腕には骨がないかのように見えるように、空中に立ち上る煙や香水のようなイメージで踊っています。
――オデットは慎ましい性格ですが、彼女に共感できる点はありますか。
ナグディ ええ。オデットはこの魔法から解放されるためにはどうしたらいいかが分かっていて、賢い人だと思います。彼女の繊細な性格と優雅さ、そして静かにコミュニケーションをとっている様を好ましいと思います。オデットは物腰が柔らかく、優しくて思いやりがありますが、強さも秘めている点に惹かれます。
――儚げなオデットから一転、第3幕に登場するオディールはロットバルトの娘で、妖艶な魅力を放ち、ジークフリート王子を欺きます。オディールに扮しているときは、どのような気持ちで踊っていますか。
ナグディ オディールは魅力的で、官能的ですが、ロットバルトと共謀していて、とても狡猾です。私は彼女のことを黒ヒョウのようなイメージで捉えています。宮殿の階段にオディールが颯爽と現れたとき「彼女はオデットと似ているが、全く別人だ」と観客が一目で分かるのは、彼女が獲物を狙うような目つきをしているからです。その鋭い視線からすべてが始まるのです。さらに大きな違いとしては、オデットが抒情的であるのに対して、オディールはダイナミックで力強く踊る点です。彼女は王子を危険な巣穴に誘い込むように彼を誘惑するのです。
英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』ヤスミン・ナグディ、マシュー・ボール
――ジークフリート王子役のマシュー・ボールさんとは、今回も息のあったパートナーシップを見せてくださっています。英国ロイヤル・バレエの来日公演のほか、日本のライブシネマでも『ロミオとジュリエット』『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』でお二人の共演を見られました。ヤスミンさんにとって、マシューさんはどのようなパートナーでしょうか。
ナグディ 私たちはコール・ド・バレエにいた頃『オネーギン』でオルガとレンスキーを演じ、初めて主役デビューを果たしました。次に『ロミオとジュリエット』に主演する機会に恵まれましたが、素晴らしい経験でした。その後も多くの作品で共に主演デビューを重ねてきたので、私たちはキャリアの面で一緒に成長してきたと思います。今ではお互いのことがよくわかっているので、共演するとまるで一緒に呼吸をしているかのように感じられます。別のパートナーと組んだ作品の後に、次の作品で再びマシューのところに戻ってきて一緒に踊っていると、いつも懐かしい感じがします。マシューは強靭で信頼できるパートナーで、直感的なタイプです。また、俳優としても演技力に優れているので、舞台上でとても踊りやすいです。彼が与えてくれた合図に反応して踊ると、彼も私の反応にさらに応えてくれていると感じられます。彼とのパートナーシップには感謝しています。
――ヤスミンさんは、ロイヤル・バレエスクールでも2年生を飛び級し、ロイヤル・バレエに入団されました。プリンシパルに昇進したのは25歳という若さでしたが、これまでの歩みをどのように振り返りますか。
ナグディ 子どもの頃、初めて見たバレエ・ビデオはレスリー・コリア主演の『ラ・フィーユ・マル・ガルデ』だったのですが、それ以来「私は英国ロイヤル・バレエに入ってプリンシパルになる」という夢を持ち続けていました。ロイヤル・バレエスクールのロウアー・スクールに入学し、上級アッパー・スクールへと進み、その後すぐに英国ロイヤル・バレエに入団しました。当時の芸術監督だったモニカ・メイスンによってファースト・アーティストに任命していただき、現在のディレクター、ケヴィン・オヘアに交代してからは、ソリスト、ファースト・ソリスト、そしてプリンシパルに昇進することができました。このように、憧れのバレエ団へのまっすぐな道を歩んで来られたのは、とても幸運でした。幼い頃からの夢が叶い、プリンシパルになれたことを光栄に思っています。ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台をこよなく愛しています。また、英国ロイヤル・バレエの一員として世界各地の舞台に立てることを嬉しく思います。
英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』ヤスミン・ナグディ、マシュー・ボール
――ヤスミンさんは、子ども向けに「Ballet Besties : Yara's Chance to Dance」という、バレエ学校の子どもたちを描いた本を執筆されましたが、どのような目的で出版されたのでしょうか。
ナグディ ロックダウン中にインドのバレエ学校に何度か教えに行ったことがあるのですが、生徒たちは貧しい地域の出身でした。世界にはこのような子どもたちが大勢いることに思いを馳せ、バレエを通じて世界の様々な地域から来た子どもたちが繫がって親友になれるようなストーリーのアイデアが生まれました。また、イギリスの多くの学校で、ダンスの授業がカリキュラムからなくなりつつあるというニュースを知り、とても残念に思っていました。ダンスは人々に喜びをもたらす素晴らしい芸術です。また、ダンスの中でも特にバレエを習うことで決断力、機敏さ、時間を守るなどの規律性が培われます。バレエは運動としても優れているため、子供たちにバレエとダンス全般について教えてみたいと思っていました。
そこで、児童書を書いた経歴を持つ方にお力をお借りしたいと思い、インドご出身のチトラ・サウンダーさんのお名前を見つけて、彼女に連絡を取りました。担当の書籍エージェントの方は大のバレエファンで「まさか、あの大好きなヤスミンから連絡が来るなんて!」と驚いていましたが「ぜひ一緒に本を作りましょう」と言ってくださいました。こうして、あの本が生まれたのです。
英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』©2022 ROH. Photographed by Tristram Kenton
――昨年秋にご結婚されましたね。おめでとうございます! イタリアのトスカーナ地方でのガーデン・ウェディングの様子は夢のように素敵でした。このような人生の節目となるご経験をされ、ご自身のキャリアにおいても何か変化がありましたか。
ナグディ ありがとうございます。私の舞台を見て「あなたの踊りは結婚してから成熟したように感じる」と言ってくださる方がたくさんいらっしゃいますが、それは恐らく、人々が私のプライベートを舞台でのパフォーマンスに重ねてロマンチックな想像をしていらっしゃるのだと思います。私自身は「人間として完全になった」という新しい感覚を感じています。バレエのキャリアだけでなく、それ以外の生活も充実しており、幸せです。それが精神的な安定にもつながっています。夢見ていたことをすべて手に入れたような気がして、穏やかで満たされた気持ちです。バレエ以外のことでストレスを感じることなく、自分の人生を私が望むままに生きていると感じられるので、バレエのキャリアに没頭することが可能なのです。
――ROHシネマシーズン2023/24『白鳥の湖』を楽しみにしている日本のお客様へメッセージをお願いします。
ナグディ 日本の皆さんは優しくてフレンドリーで、観客の方々からいつも温かく迎えられていると感じます。皆様からの愛情とサポートに感謝します。日本は世界で一番好きな国の一つで、私にとって第二の家のように感じます。バレエのおかげで何度も来日することができて幸運です。この夏は世界バレエフェスティバルにも出演する予定で、東京文化会館で踊るのをとても楽しみにしています。スクリーンでも『白鳥の湖』をお楽しみいただければ、幸いです。
英国ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』©2022 ROH. Photographed by Tristram Kenton
『英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24』
ロイヤル・バレエ『白鳥の湖』
6/14(金)~6/20(木) TOHOシネマズ 日本橋 ほか1週間限定公開
上映時間:3時間25分
振付:マリウス・プティパ / レフ・イワノフ
追加振付:リアム・スカーレット / フレデリック・アシュトン
演出:リアム・スカーレット
美術・衣装:ジョン・マクファーレン
作曲:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
照明デザイン:デヴィッド・フィン
ステージング:ギャリー・エイヴィス、ラウラ・モレ―ラ、サマンサ・レイン
スカーレット財団芸術監修:ラウラ・モレ―ラ
レペティトゥール:ディアドラ・チャプマン、ヘレン・クロフォード、シアン・マーフィー、サミラ・サルディ
プリンシパル指導:アレクサンダー・アガジャノフ、ダーシー・バッセル、オルガ・エヴェレイノフ、イザベル・マキーカン、エドワード・ワトソン、ゼナイダ・ヤノウスキー
指揮:マーティン・ゲオルギエフ
コンサートマスター:マグナス・ジョンストン
ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団
【キャスト】
オデット/オディール:ヤスミン・ナグディ
ジークフリート王子:マシュー・ボール
女王:クリスティーナ・アレスティス
ロットバルト:トーマス・ホワイトヘッド
ベンノ:ジョンヒュク・ジュン
ジークフリートの妹たち:レティシア・ディアス、アネット・ブヴォリ
1幕
ワルツとポロネーズ:
ミカ・ブラッドベリ、桂千理、シャーロット・トンキンソン、ララ・ターク
アクリ瑠嘉、デヴィッド・ドネリー、テオ・デュブレイユ、ベンジャミン・エラ
2幕/4幕
小さな4羽の白鳥:
ミカ・ブラッドベリ、アシュリー・ディーン、前田紗江、ユー・ハン
大きな2羽の白鳥:
ハンナ・グレンネル、オリヴィア・カウリー
3幕
スペイン王女:ユー・ハン
ハンガリー王女:ミカ・ブラッドベリ
イタリア王女:前田紗江
ポーランド王女:桂千理
スペイン:ナディア・ムローヴァ=バーレー、デヴィッド・ドネリー、ベンジャミン・エラ、ハリソン・リー、エイダン・オブライエン
チャルダッシュ:カタリーナ・ニケルスキ、ケヴィン・エマートン、シエラ・グラシーン、ヴィオラ・パンテューソ、シャーロット・トンキンソン、マリアンナ・ツェンベンホイ、五十嵐大地、ジョシュア・ジュンカー、ジェームズ・ラージ、マルコ・マシャーリ
ナポリ:イザベラ・ガスパリーニ、レオ・ディクソン
マズルカ:ジュリア・ロスコ―、ジャコモ・ロヴェロ、オリヴィア・フィンドレー、マディソン・プリチャード、ルーカス・B・ブレンツロド、テオ・デュブレイユ
配給:東宝東和
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