ワールドレポート ~世界のダンス最前線~

From London <ロンドン>: 最新の記事

From London <ロンドン>: 月別アーカイブ

アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2009.12.10]

小林ひかる、英国ロイヤル・バレエ団でオーロラ・デビュー

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
Maius Petipa (Additional Choreography Sir Frederick Ashiton/Anthony Dowell/Christopher Wheeldon) :The Sleeping Beauty
マリウス・プテイパ振付(フレデリック・アシュトン、アンソニー・ダウエル、クリスてファー・ウィールドン一部振付)『眠れる森の美女』
london0912a01.jpg

英国ロイヤル・バレエは10月23日〜11月24日まで『眠れる森の美女』を上演した。
この作品については昨年の日本公演で披露されたので、読者の皆さまも良くご存じであることと思う。オリジナルのプティパ版にアシュトン卿、ダウエル、ウィールドンの振付が加えられた非常に英国ロイヤル的なヴァージョンである。
 
『眠れる森の美女』といえば、ロイヤル・バレエにとって18番ともいうべきバレエである。ロシア皇帝を称える目的で1890年にサンクト・ペテルブルグで世界初演されたこのバレエは、七つの海を制覇した大英帝国と英王室を称える作品としてもまた非常にふさわしい。
 

london0912a02.jpg

第二次世界大戦後、バレエ団の本拠地であるコベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウスの再オープンにあたり、国王・皇后、現女王陛下と妹君ご臨席のロイヤル・ガラが行われた時にこのバレエが上演されたほか、旧オペラハウス改装前のガラ公演や、新オペラ・ハウスこけら落としの公演といった国やバレエ団、オペラ・ハウスの節目には必ず全幕もしくは部分的に上演されている。
 英国を代表するバレリーナ、マーゴ・フォンティーンが最も得意にしたのが、この作品のオーロラ姫だったこともあり、バレエ団はフォンティーンとともに米国をはじめとする海外公演でこの演目を披露してきている。
 
10月23日昼の公開ドレス・リハーサルでは、上演に先だちバレエ団で長らく男性プリンシパルをつとめ、日本でも非常な人気を誇ったジョナサン・コープがマイクを片手に、会場に集った友の会会員の前に現れた。
そして前述の『眠れる森の美女』と英国ロイヤル・バレエの歴史について語るとともに「これからも皆さまから変わらぬサポートをお受けしたいと思います」と挨拶を述べた。
 

london0912a03.jpg

ゲネプロで、オーロラ姫を踊ったのは、首の手術からの復帰後、全幕作品やガラ出演をたびたびキャンセルしてファンを心配させているアリーナ・コジョカル。
登場直後にバランスの数々や難しいダンス技術を披露し、スター性や踊り手としての充実、スタミナを試されるオーロラ役は、大きな怪我から復帰直後のダンサーが最も恐れるもののひとつだ。
『ジゼル』『レ・シルフィード』『オンディーヌ』『マイヤリング』を降板してきたコジョカルは、オーロラ役で全幕復帰できるのであろうか。
そんな友の会のメンバーの危惧をよそにコジョカルは、登場からローズ・アダージオまでを破たんすることなく見事に踊りきってみせた。コジョカルの完全復帰を目撃したコベントガーデン友の会のメンバーの熱狂はいうまでもない。当日のオペラハウスは通常の公開ドレス・リハーサルでは考えられないファンの熱狂とブラボーの嵐につつまれ、舞台中央に佇むコジョカル自身の両の目にも涙が光った。
 
ロイヤルとバーミンガムの両ロイヤル・バレエの歴史の中、日本人バレリーナでこの作品の全幕を踊ったのは、これまで吉田都と佐久間奈緒の2人のみであった。
この秋、その歴史にもう一人のダンサーが名を連ねた。英国ロイヤル・バレエ団芸術監督モニカ・メイソンの抜擢を受けたファースト・ソリストの小林ひかるである。
 

london0912a04.jpg

デビューは11月7日。相手役はバレエ団期待の新人、入団3シーズン目のセルゲイ・ポルーニン。筆者はスケジュールの関係で同ペアにとって2度目の主演公演となる11月19日の公演を鑑賞した。
登場場面の小林を観て感じたのは、ステージプレゼンス(舞台上の存在感)の大きさ、強さである。照明が明るいことで知られる1幕で、小林の周囲だけ一際明るく感じられるような存在感は、コジョカル、ラム、マルケスといった少女タイプのオーロラ・バレリーナが多い現在のロイヤル・バレエでは見ることのできない類の物。
優雅な腕の運び、正確なポアント・ワーク、4人の求婚者に送る目線も魅力的で、それはどこかわれわれ観客に在りし日のマーゴ・フォンティーンのオーロラを思い出させた。
 
ポルーニンは弱冠19歳。今シーズンに入ってまた身長が伸びたようだ。肉体のみならず、アーティストとしての成長も目覚ましく、特に古典の大作を1つ踊るごとに、立ち姿や醸し出す雰囲気がより大人びて貴公子らしさを増しているのに気がつく。
フロリムンド王子登場の2幕でも、しなやかな若木のような清々しい立ち姿に少しばかりの憂いを滲ませ、舞台上手に佇んでいるだけで観客の目を一身にひきつける磁力が備わった。彼の身体に脈打つ東欧の血は、14歳よりロイヤル・バレエ・スクールで学び、英国的なダンスール・ノーブルに成長したポルーニンを、演舞の途中で時として激しく熱く燃え立たせ、ソロやグラン・パ・ド・ドゥのコーダを踊るこの才能あふれる若者にさらなる陰影を与えるのだった。
これまで常に問題となっていたパートナー技術にも努力の跡がうかがわれ、『眠れる森の美女』のような古典の大曲を小林と踊って破綻がないまでになっている。
 

london0912a07.jpg

3幕、オーロラの結婚のソロで、小林ひかるはポーズの一つ一つを美しくまとめ、腕の運びや足の入れ替えも流麗で、バレエを志す少女にとってお手本といえるヴァリエーションを披露した。
日本では大塚礼子のもとで、留学後はパリ・オペラ座バレエ学校で研鑽を積み、チューリッヒ、オランダ国立バレエとヨーロッパの大バレエ団で活躍してきた彼女にとって満を持したオーロラ・デビューであった。
筆者は小林・ポルーニン組の2度目の舞台を観たわけだが、本人たちにとって相当なプレッシャーがあったであろうデビュー当日の11月7日も素晴らしい舞台だったと聞いている。
 
だが11月19日の舞台は、他のダンサーの熱演による汗でぬれていたのだろうか。
完璧ともいえるソロを見せ、観客の心を鷲掴みにしていた小林が突然転倒。
同日は青い鳥を踊ったブライアン・マロニーなど、小林と共に常に破綻とは最も遠くに位置するダンサーの転倒が相次ぎ、観客を驚かせた。
小林はその後、このアクシデントをものともせず、見事にこの絢爛豪華な古典の大作を踊り、『眠れる森の美女』には常に一家言のある英国のバレエ関係者やファンから暖かく迎えられた。
 

london0912a06.jpg

同日はローザンヌ・コンクール後1年の研修期間を終え、今年入団した高田茜がプロローグの妖精の一人を踊った他、蔵健太がフロレスタン、崔由姫がフロリナ王女を踊った。
高田は研修中の去年より群舞の中でも一際目立つ存在であった。入団直後から妖精や「フロレスタンと姉妹たち」に抜擢され、現常任振付家ウェイン・マクレガーにも新作に抜擢されるなど、いまだコール・ド・バレエながら、既にソリストなみの活躍を見せている。
フロレスタンを踊った蔵健太は姉妹役のイオナ・ルーツとエマ・マグワイアを左右に、まるで氷上を滑るスケーターのように舞台に現れ、女性二人を見事に導きサポートして、英国ロイヤル・バレエの男性ダンサーらしい優美を印象付けながら、ソロの跳躍には品性の良さの中にダイナミズムを散りばめる堂々のパフォーマンスだった。
崔のフロリナ王女とマロニーの青い鳥は美麗なペアで、容姿のみならず実力も十分。3幕に多彩な登場人物を持つこのバレエの準主役として観客を大いに喜ばせた。
 
21日の昼、今シーズンの初日キャストをつとめたサラ・ラム、イヴァン・プトロフ主演公演を観る。
ラムは故障とそれに続く長いリハビリから舞台復帰したばかり。だがそんな長期のブランクがまるで嘘のように、若々しくエレガントにして男性の庇護欲をそそる儚いプリンセスを主演。コジョカルと共に観客に全幕バレエでの完全復帰を強く印象付けた。
 

london0912a05.jpg

かつての英国ロイヤルはフォンティーン、ギエム、バッセルといったバランスや跳躍など舞踊技術にすぐれたバレリーナを多く擁していた。
『眠れる森の美女』となれば、ローズ・アダージォでのバランス、その後のマナージュでの跳躍の高さ、ダイナズムが見ものであった。今はその時代も過ぎ、技術という点ではタマラ・ロホが時折旋回の妙技を披露する程度である。
 
かつてのロイヤルにはまたアントニー・ダウエル、ブルース・サンソム、ジョナサン・コープといった英国紳士の品性と優美を体現したダンスール・ノーブルたちがいたものだが、今や英国人プリンシパルとしてはルーパート・ペネファーザーが一人フロリムンドを踊るのみだ。
イヴァン・プトロフといえば、現在のロイヤル・バレエを代表する貴公子ダンサーだが、その2日前に19歳のポルーニンのあまりにも大きな将来性を再び目の当たりにし、アーティストとして成長著しい舞台を観た後では、プトロフから大きな感動を得ることができなくなっていた。
当日は平野亮一がリラの精のカヴァリエとロシアの王子を、崔由姫が再びフロリナ王女を踊った。
プロローグで妖精の一人を踊ったオリヴィア・コウリー、3幕で「赤ずきん」を踊った新人のサビーナ・ウェストコムが充実した演舞を見せ印象に残った。
(2009年11月19日、21日昼 コベント・ガーデン ロイヤル・オペラ・ハウス。舞台写真は10月23日午後の公開ドレス・リハーサルを撮影)

london0912a08.jpg london0912a09.jpg london0912a10.jpg london0912a11.jpg
london0912a12.jpg london0912a13.jpg london0912a14.jpg london0912a15.jpg
london0912a16.jpg london0912a17.jpg london0912a18.jpg london0912a19.jpg

撮影:Angala Kase
※画像をクリックすると、大きな写真をご覧いただけます。