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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.06.10]

ロイヤル・バレエの現代感覚のトリプル・ビル『セレナーデ』『スイート・ヴァイオレット』『DGV』

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ団
"Serenade " by George Balanchine, "Sweet Violets" by Liam Scarlet, "DGV " by Christopher Wheeldon
 『セレナーデ』ジョージ・バランシン:振付、『スィート・ヴァイオレット』リアム・スカーレット:振付、『DGV』クリストファー・ウィールドン

ロイヤル・バレエは5月14日〜26日まで、バランシンの『セレナーデ』およびバレエ団ゆかりの2人のイギリス人振付家、リアム・スカーレットとクリストファー・ウィールドンの小品からなるトリプル・ビルを2配役、6回公演した。

london1406a02.jpg © ROH / Tristram Kenton

『セレナーデ』は、アメリカにバレエ芸術を根付かせた振付家ジョージ・バランシンが1934年に自ら設立したバレエ学校の生徒のために振付けた作品。バランシンの代表作の1つとして世界中で上演されている。
バレリーナの美と音楽の視覚化、多数のダンサーによる形象美(フォーメーションの美しさ)にこだわり続けたバランシンらしさが最も良くうかがえる小品の1つであり、いつ観てもたいへん現代的で今から80年も前に創作された作品とは思えない。
今回の再演初日に『セレナーデ』を踊った主要キャストは、マリアネラ・ヌニェズ、ローレン・カスバートソン、メリッサ・ハミルトンと、今シーズン半ばにオランダ国立バレエから移籍して来たプリンシパルのマシュー・ゴールディング、そして平野亮一の5名。
バレエ団唯一のイギリス人女性プリンシパルであるカスバートソンが素晴らしかった。長く美しい手脚のライン、音楽性あふれるパフォーマンスと香る女らしさで、入団以来『セレナーデ』を踊るたびに観る者に強い印象を残すバレリーナである。
06年のヴァルナ国際バレエ・コンクール銀賞受賞者でありながら、入団後難病と足の怪我で2度のブランクがあり、再起不能を噂された。そのたびに不死鳥のように蘇えりコベント・ガーデンの舞台に返り咲いている。特に今回は怪我の前とは見違えるほど大きく成長を遂げ、『冬物語』のようなドラマティック・バレエからバランシンのアブストラクトまで、何を踊っても関係者や観客の期待を大いに上回るパフォーマンスを見せている。今やバレエ団のトップ・スターだ。主要男性2人の中では平野亮一がノーブルな存在感と確かなパートナー技術で観客の目を惹きつけた。

london1406a01.jpg © ROH / Tristram Kenton

バレエ団の常任アーティストとして20代の若さで振付に専念するリアム・スカーレットがロイヤル・バレエに初の物語バレエ『スイート・ヴァイオレット』を振付けたのは2012年のこと。大英帝国として七つの海を支配する繁栄を謳歌しながらも、階級社会で貧富の差が大変激しかったビクトリア時代の東ロンドンで、娼婦が次々と惨殺された「切り裂きジャック」事件をテーマにしたバレエである。
世界初演時は画家のウォルター・シッカートをヨハン・コボー、惨殺される娼婦メアリー・ジェーン・ケリーをアリーナ・コジョカル、画家のモデルのメアリーをタマラ・ロホ、ジャックをスティーブン・マックレーという豪華キャストも話題であった。

london1406a03.jpg © ROH / Tristram Kenton

今回、再演初日にこの作品を彩ったのは、画家のシッカートをティアゴ・ソアーレス、メアリー・ジェーン・ケリーをローレン・カスバートソン、モデルのメアリーをサラ・ラム、踊り子のリトル・ドットを崔由姫、ジャックは世界初演に続いてマックレーであった。
シーズンも終盤のバレエ団では怪我人が相次ぎ、ソアーレスは当初予定されていたルーパート・ペネファーザーの、ラムははリアナ・コープの代役で、この作品の主要な登場人物を踊った4人ものダンサーが予定されていたダンサーの代役をつとめた。だが演技達者が揃うロイヤル・バレエだけに、この配役変更が思わぬ作品効果を生むことになった。
「切り裂きジャック事件」があったビクトリア時代の東ロンドンといえば、貧しい者たちが住むスラムで、この地域で道に立って客引きをするのはロンドンでも場末の娼婦たち。その娼婦たちがナイフで切り裂かれ惨殺されたこの事件は、血生臭く、目を覆いたくなるような歴史的事件であった。
ところが今回の再演ではカスバートソンやラム、崔というバレエ団でも姫や貴婦人役が似合いのバレリーナたちが様々な役で、高級感と香気あふれる魅力を奮ったことにより、「切り裂きジャック事件」が、まるで一夜の夢のような美しく儚い作品世界を醸し出したのであった。
また事件のカギを握っている画家のシッカートをティアゴ・ソアーレス、シッカートの友人エディー役を2年前に続いてフェデリコ・ボネッリがつとめ、バレエ団の中でも人間味とペーソスあふれる男性陣2人が揃ったことにより、「若く美しい女性の死とそれを嘆き悲しむ男たち」という対比が、より味わい深く演じられたことも付け加えておきたい。ジャック役のスティーブン・マックレーも、世界初演時以上に冷たい存在感と鬼気迫る演舞を見せて作品を大いに引き締めた。

london1406a04.jpg © ROH / Bill Cooper

ウィールドン振付『DGV』は2006年にロイヤル・バレエのために振付けられた抽象作品。映画『ピアノ・レッスン』『英国式庭園殺人事件』の音楽他で世界的に有名なイギリスの作曲家マイケル・ナイマンが、フランス北部の街リール市のフェスティバル実行委員会の依頼で、フランスの新幹線TGVをテーマにした音楽の作曲を依頼され、93年9月に世界初演された曲、MGV(フランス語Musique a grande vitesse、英語訳はハイ・スピード・ミュージックの略)を聞いたウィールドンが同音楽に触発されて創作したのだという。バレエの題名DGVはフランス語Danse a grande vitesseの略である。
イギリスで上演されたウィールドンの抽象作品は、殆どがメロディアスで詩情あふれる楽曲を用いた美意識の高い作品揃いだが、『DGV』だけは毛色が異なり、後半打楽器が華々しく打ち鳴らされる明るく活発な音楽を用いており、振付もまたそれに呼応している。
今回の再演初日に中心となる4組のペアを踊ったのは、ゼナイダ・ヤノースキー、ナターリア・オーシポワ、マリアネラ・ヌニェズ、ラウラ・モレーラとエリック・アンダーウッド、エドワード・ワトソン、ティアゴ・ソアーレス、ヴァレリー・フリストフである。(フリストフは当初予定されていたフェデリコ・ボネッリの代役)無表情で踊るダンサーが殆どの中で、今回初めて挑戦したオーシポワが、まるで観客に物語を伝えたいかのように、短い自らのパートを表情豊かにコケティッシュに踊ったのが印象深かった。相手役はワトソン。アスレティックでボリショイ・スタイルが身上のオーシポワと非常にイギリス的な持ち味のワトソンとは、水と油のように異なる個性の持ち主ながら、オーシポワの移籍以前から現代作品でペアを組むことが多い。『DGV』では作品のタイトルにマッチした身体能力を見せるオーシポワを、英国紳士さながらに影で支えるワトソンという組み合わせが印象に残った。
(2014年5月14日 ロイヤル・オペラ・ハウス)