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アンジェラ・加瀬 text by Angela Kase 
[2014.04.10]

ロイヤルの『眠れる森の美女』崔、高田、平野デビュー、ムンタギロフ初主演に観客が沸いた

The Royal Ballet 英国ロイヤル・バレエ
"The Sleeping Beauty " Choreography by Marius Petipa, Additional Choreography by Ashton, Dowell, Wheeldon
『眠れる森の美女』マリウス・プティパ:振付、フレデリック・アシュトン、アンソニー・ダウエル、クリストファー・ウィールドン:追加振付

ロイヤル・バレエは、2月22日〜4月9日まで『眠れる森の美女』を15公演行った。
『眠れる森の美女』は、戦後ロイヤル・バレエがコベント・ガーデンのロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)を本拠地にして活動を行うことになった際のロイヤル・ガラで、マーゴット・フォンテーン主演で上演された。以後、フォンテーンとロイヤル・バレエの名前を世界に知らしめた米国公演、改装後の新ROHお披露目のガラ公演でもダーシー・バッセルがリラの精に扮し、眠りについていたROHを目覚めさせるというストーリーの下、一部が披露されるなど、バレエ団の歴史の節目に必ず上演されては成功をおさめ続けている。

london1404a_06.jpg photo=ROH Johan Persson

典型的なロシアの古典バレエ作品でありながら優美で節度のあるダンス・スタイルを持つロイヤル・バレエの美質をたいへん良くアピールする作品であり、かつて大英帝国の名の元に七つの海を支配し、今も階級社会の頂点にエリザベス女王をはじめとするロイヤル・ファミリーを抱く王国イギリスで、全幕上演されるにふさわしいバレエである。
今回バレエ団は初日をカスバートソン、ゴールディングというペアで飾り、その後は世界32カ国140の映画館に集まったバレエ・ファンに、その姿を観せたラム、マックレー、ヌニェズ、ソアーレスといったバレエ団に長く在籍するスター・ダンサーや、オシポワ、ゴールディング、ムンタギロフら今シーズンからバレエ団に移籍した外国人プリンシパルが主演キャストに名を連ねた。
また小林ひかる、平野亮一、崔由姫、高田茜と日本出身のダンサー4人もが主役に配役され、小林以外の3人にとっては、この作品の主役デビューであったことから、ロンドン在住の日本人の多くが彼らの主演公演を観ようとROHに足を運んだ。
2月26日の崔と平野、3月25日の高田のデビュー公演と3月11日のラムとマックレーによる映画館ライブを観た。

00年にパリ国際バレエ・コンクールで銀賞を受賞、02年のローザンヌ国際バレエ・コンクールで1位とコンテンポラリー・ダンス賞をW受賞後、ロイヤル・バレエで1年研修を積み翌2003年に入団。以来『くるみ割り人形』の金平糖の精、『ラ・バヤデール』のニキヤとガムザッティ、『シンデレラ』のタイトル・ロール、『不思議の国のアリス』のアリス役他を主演。可憐な容姿と繊細な舞踊表現でイギリスのバレエ関係者からファンに人気の高いバレリーナだ。

平野は2001年のローザンヌ国際バレエ・コンクールに入賞後、ロイヤル・バレエで1年研修し、翌02年に入団。『スケートをする人々』のホワイト・カップル、『ベアトリクス・ポターの世界』の蛙のジェレミーなどロマンティックな役からキャラクターまで様々なソリスト役を踊り、表現力やパートナー技術を磨いた。12年の6月にマクミラン版『パゴタの王子』のタイトル・ロール・デビューでブレークして以来、抜擢が続き、13年末は『くるみ割り人形』の王子役でデビュー。以降も抜擢が続いていた。
2月26日は両名ともオーロラ姫、フロリムンド王子がデビューながら、どの幕も破綻なく満を持したデビューであった。特に3幕「オーロラの結婚」のグラン・パ・ド・ドゥのそれぞれのソロが白眉で、崔が姫らしい愛らしさと優美に満ち、腕使いや足の入れ替えも品格高く、それぞれのポジションを観客にくっきり印象付けるバランス能力など完成度の高いソロを見せた。平野はこの作品の王子役を踊るダンサーの誰もが最後のソロで見せる2度のアチチュードのバランスをはずし、その代わりに5番ポジションで立って品格と王族らしい威厳を見せるという、技巧ではなく品性と芸術性を披露。これがロイヤル・バレエの『眠れる森の美女』を踊る王子らしい節度にあふれ、当日ROHに集まったバレエ関係者と玄人ファンを唸らせた。

london1404a_04.jpg photo=ROH Johan Persson london1404a_07.jpg photo=ROH Johan Persson

3月11日、ロンドンの繁華街の中心ピカデリー・サーカスにある映画館で『眠れる森の美女』のライブ・シネマを観た。日本では3月20日に映画館で放映された際ご覧になった読者も多いことだろう。
主演はサラ・ラムとスティーヴン・マックレー。サラ・ラムの冴えた美貌と少女のような姿にはオーロラ姫が似合いで、当日の観客や世界140の映画館に集ったファンを夢の世界に誘った。
サラ・ラムはアメリカのボストン出身、マックレーはオーストラリアのシドニー、青い鳥役のヴァレンティーノ・ズケッティは北イタリアのカルチナーテ、フロリナ王女を踊った崔由姫は北九州と、当日主役や準主役を踊ったダンサーの多くがロンドンを遠く離れた国に生を受け、祖国でバレエ教育を受けた外国人。
母国の映画館で自分たちを観ている家族やバレエ関係者に届けとばかりに、王子役のマックレーが目にもとまらぬ速さのシェネを見せれば、それに触発されたかのように青い鳥のズケッティも技巧を奮い、男性陣を中心に超絶技巧が続出するエキサイティングな舞台となった。
マックレーについてはこれまでパ・ド・ドゥで女性と踊る際のパートナー技術の弱さが目に付いたものだが、今シーズンは『ジゼル』のアルブレヒト役あたりからだいぶその弱点を克服しつつある姿がうかがえた。3月11日の『眠れる森の美女』映画館ライブではソロで次々と美技を繰り出し、またラムとのパ・ド・ドゥでもパートナーとして成長した姿をアピールした。
POHやボリショイ劇場からのライブ中継では時々ハプニングが起こる。ロイヤル・バレエのライブ・リレーでは、過去に関係者の多くが見守るロンドンの映画館で『不思議の国のアリス』の中継が全編通じてところどころ途切れ、観客は真っ暗な画面に音楽だけを聞かされたものだが、今回私が観ていた映画館では3幕の最後のフィナーレ部分の映像が暗転し、当日映画館に集まった観客を大いに落胆させた。

london1404a_01.jpg photo=ROH Johan Persson

3月25日の高田茜とワディム・ムンタギロフの公演に足を運んでみると、英五大新聞をはじめとするこの国のバレエ評論家の殆どが1階席に着席しているので驚いた。普通は公演初日に劇場に集うお歴々である。皆シーズン半ばでイングリッシュ・ナショナル・バレエからロイヤルに移籍したムンタギロフのコベント・ガーデン・デビューを観に来たのである。
ロイヤル・バレエにとって才能豊かなロシア人男性ダンサーの入団は、常に大ニュースであった。
1962年、ロイヤル・バレエの創設者ニネッタ・ド・ヴァロワは、亡命直後の若きルドルフ・ヌレエフ(23歳)をバレエ団に招き、『ジゼル』で20歳近く年の離れたマーゴット・フォンテーンと共演させた。以来フォンテーンとヌレエフによる舞台は「世紀のパートナーシップ」として世界を席巻した。
アントニー・ダウエル芸術監督時代の1990年にはボリショイのスター・ダンサーであったイレク・ムハメドフ(30歳)が入団。レスリー・コリアやヴィヴィアナ・デュランテ、ダーシー・バッセル、吉田都らと共演した他、晩年のマクミランを触発し『ユダの木』やチェーホフの『3人姉妹』を原作にした『ウィンター・ドリームス』を世界初演している。
ワディム・ムンタギロフは2006年15歳で初挑戦したローザンヌ国際バレエ・コンクールに入賞し、その縁でロイヤル・バレエ・スクールに留学。留学中の08年にはユース・アメリカ・グランプリ(YAGP)で金賞を受賞。09年にイングリッシュ・ナショナル・バレエ(ENB)に入団し、直後にダリア・クリメントヴァの相手役として『ジゼル』のアルブレヒト役で全幕主演デビュー。タマラ・ロホ芸術監督時代の2012年に、ENBの最高ランクであるリーディング・プリンシパルに昇進している。
06年のローザンヌ・コンクールと言えば、ロイヤル・バレエ・スクールから出場したセルゲイ・ポルーニンが1位入賞を果たした年。筆者はこの年のコンクールも取材しているが、世界各国から才能あふれる少年少女が集った近年で最もレベルが高い年であり、現在バーミンガム・ロイヤル・バレエで活躍するセリーヌ・ギッテンズや今年2月にロイヤル・バレエからルーマニア国立バレエにプリンシパル入団したダヴィッド・チェンチミエックらも入賞を逃している。ポルーニン(16歳)とムンタギロフ(15歳)はゼッケン番号が1番違いで、バーやセンターでのレッスン審査では、左右に並んで審査員にジャッジされていたのも今では懐かしい。ムンタギロフはローザンヌ出場時からプロポーションの良さとバレエの基本の充実が顕著で、将来、優れたダンスール・ノーブルになるであろうことがうかがえる逸材であった。
相手役の高田茜は2008年のローザンヌ国際コンクールで研修賞と視聴者賞をW受賞。その後ロイヤル・バレエでの研修を経て09年モニカ・メイスン芸術監督時代のロイヤル・バレエに入団している。入団初年度よりソリスト役での抜擢が続き、これまで『オネーギン』のオリガや『ジゼル』のズルメ、『くるみ割り人形』の金平糖の精、『スケートをする人々』のブルー・スケーターなどの主役・準主役を踊っている他、マクレガーの小品の数々を世界初演している。『眠れる森の美女』のオーロラ役は2011・12シーズンにスティーヴン・マックレーを相手役にデビューすべく抜擢され、2012・13シーズンには『白鳥の湖』のオデット・オディール・デビューも予定されていたが2度とも膝の不調のために降板を余儀なくされていた。
高田とムンタギロフは共に23歳。それぞれローザンヌ・コンクールでの受賞をきっかけにロンドンに渡り、ロイヤル・バレエとENBで活躍を続けてきた大型新人2人の主演公演には英バレエ関係者やファンの期待が高く、チケット完売後はファンが当日券やリターン・チケットの入手に奔走した。

london1404a_02.jpg photo=ROH Johan Persson

高田は1幕の登場場面ではやや緊張していたようだが、ローズ・アダージオで4人の王子に手を取られてのバランスを最後にたっぷりと見せ、観客から盛んな拍手を浴びた。また高田の個性ともいえる空間使いの大きさでも関係者やファンの目を引き付けた。2、3幕と舞台が進むにつれて上り調子となり、2幕の幻の場面は舞台で求心的な表情を見せることの多い高田にたいへん良く似合ったし、ムンタギロフを相手に踊る3幕のグラン・パ・ド・ドゥでも大きな盛り上がりを見せた。
ムンタギロフは2幕、これまで関係者やファンが目にしたことのない洗練されたヘアスタイルで舞台に登場。ENB時代はヘアやメイクも自分で行っていたのだが、ロイヤル・バレエのプリンシパルともなると劇場のヘア・メイク・アーティストの手が入る。ROHのヘア担当に作ってもらった纏め髪は、ロイヤル・バレエの王子らしくエレガントな舞踊スタイルを持つムンタギロフに良く似合った。
ムンタギロフの踊り手としての強みは数あるが、大舞台で初めての相手役との共演に際しても緊張せずに自分の美質を100パーセント出し切れる舞台強さと、パートナーリングの巧みさ、芸術性の高さの3つが上げられる。
ロイヤル・バレエとのプリンシパル全幕デビューであった3月25日も全く緊張することなく、エレガントで節度のあるステージ・マナーを見せ、トゥール・ザン・レールの繰り返しでは、綺麗に伸びきったつま先から完璧な5番ポジションに着地する、まるでバレエの教習本から抜け出たような美技を見せてくれた。

london1404a_03.jpg photo=ROH Johan Persson

ムンタギロフの優美にしてアカデミックなスタイルは、フロリムンド王子を踊ったロイヤル・バレエの古のダンスール・ノーブルたちにも似て、目に美しくまたたいへん好感度の高い物。また2幕の幻の場面のリフトや3幕のグラン・パ・ド・ドゥの場面でパートナーリングの巧みさ見せ、弱冠23歳ながら踊り手としての充実を関係者やファンに印象付けた。
通常ロイヤル・バレエを観にROHに集まる客層は、英国内の他の劇場の観客と比べ上品で落ち着いており、通常は公演中も激しく盛り上がることは稀なのだが、当日は、高田とムンタギロフによる3幕のグラン・パ・ド・ドゥの途中から1階席の観客を中心に大いに熱狂し、フィナーレやカーテンコールもたいへんな盛り上がりを見せた。

この日バレエ団は準主役にも期待の新星を配役。まずプロローグの妖精のお付の一人として今シーズン、ENBからバレエ団に移籍して来たイギリス人ダンサー、テオ・デュブロイがデビューし、関係者や観客の目を楽しませた。バレエ学校時代から容姿の良さと芸術性の高さで将来を嘱望されている2世ダンサー(父母ともにバーミンガム・ロイヤル・バレエの元スター・ダンサー)である。リラの精を踊ったのは大型新人ベアトリス・スティックス・ブルネルで、時として主役の2人をかすませるほどのスター性を見せたし、青い鳥はバレエ団期待の新星マルセリーノ・サンベで、天才肌で観客の関心を一身に引き付ける個性を奮うなど、関係者や観客は大きな将来性を有する新人スポッティングに忙しかった。
シーズン下半期のロイヤル・バレエでは怪我や不調を訴えるダンサーが多く、『眠れる森の美女』でも、ルーパート・ペネファーザーが降板したためマシュー・ゴールディングが代役をつとめた。また当初25日の1公演のみ主演予定だったムンタギロフも、降板したティアゴ・ソアーレスの代役として2度マリエネラ・ヌニェズと共演。ナターリア・オーシポワの降板の代役には崔由姫が抜擢されゴールディングと、平野亮一は降板したネマイア・キッシュの代役としてロベルタ・マルケスと共演した。
(2014年2月26日、3月25日 ロイヤル・オペラ・ハウス)

london1404a_05.jpg photo=ROH Johan Persson

お詫び
文中、キャスト表記に誤りあり修正させていただきました。ご覧いただいた皆様、関係者の皆様には大変ご迷惑をお掛けいたしました。謹んでお詫び申し上げます。(2014.4.30)